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 王都からの派遣団体の拠点は領主館を間借りしていた。ここでも個室を与えられ、なんだかんだで特別待遇を受けている私。出世したよなあ。しかしリル姉が疫病の村にいると思うと素直に喜べない。

 調査を終え、夕方に館に帰って来るとちょうどグエンさんと鉢合わせたので、首尾を報告した。

「じゃあ魔力の影響ではねえんだな?」

「はい。さすがに発見されていない鉱脈までは調べられませんが、現在採掘されている鉱脈で何も問題ないとなると、可能性は低いかと」

「そっか、ご苦労だったな」

 ご褒美とばかりに大きな手で豪快に頭をなでられた。この人は力加減がなあ。せっかく整えている髪がぐちゃぐちゃになってしまった。

「すぐ馬車を手配していいな? 嬢ちゃんのことは王都にさっさと送り返すように上に言われてんだ」

「待ってください。まだ調べることがあります」

「あん?」

 グエンさんは、よく見れば意外と可愛い目をぱちくりさせていた。

「魔石の鉱脈は全部調べたんだろ?」

「ええ。でもまだ調べておきたいことがあるんです」

「そりゃ魔法のことなのか?」

「もしかしたら、関係あるかもしれません」

 なんてね。ぼかすのは、確証のないことを言って混乱を招きたくないためだ。

「わかった、じゃあ終わったら言ってくれ。他の兵士でも誰でもいいからよ」

「はい。ところで、村の様子は何か聞いていますか?」

 するとグエンさんは殊更に顔をしかめた。聞いているだけでなく、彼は実際に少し様子を見て来たらしい。

「ひでえもんだぜ。ありゃあ、嬢ちゃんは絶対近づいちゃだめだ。女は特に、あんなんなっちまったら不幸だろう」

 ・・・ものすごく不安になること言うな! なに、どういうことなの!?

「一番ひどい奴なんて完全に起き上がれねえんだ。可哀想によ」

「リル姉は大丈夫なんですかっ?」

「そっちは元気そうだったぜ。村のモンも若いのは大丈夫な奴が多いな。やっぱ弱ってるモンからやられんのかねえ」

「隊長は平気なのかよ?」

 ギートが口を開いたら、グエンさんはすかさずその頭を殴った。

「いって!?」

「仕事中は敬語使えっつってんだろうがクソガキ」

 ギートは痛そうに殴られた個所をさすりつつ、「すいませんでした」と棒読みで謝った。

「我らが隊長におかれましては、お体のお具合はいかがでございましょうか?」

「問題ないっ。余計な心配してねえで、てめえは黙って嬢ちゃん守ってろ」

 グエンさんは豪快に笑い飛ばし、すぐ部下に呼ばれて行ってしまった。疫病の具体的な症状を聞きたかったのに。

「なあ」

 仕方がないので次は領主に報告に行くかーと思ったら、ギートに話しかけられた。

「魔石のせいじゃねえのは確かなんだろ? 他に疫病の原因に見当ついてんのか?」

「はっきりとはわかってないよ。だから明日、村に行ってみよう」

「は?」

 途端に彼は慌て出す。

「いや、だめだっつの! お前は近づけるなって言われてんだぞ!」

「キクス村に行かなきゃ良いんでしょ。調べるのはその近くの村。領主に馬を貸してもらってこっそり行こう」

「面倒を起こすな!」

「それじゃ私の来た意味がないっ」

「面倒起こしに来たのかよ!?」

 ギートのわめきを背に、さっそく領主のもとへ向かった。



 緑の平原を、栗毛の馬が颯爽と駆ける。空に少し雲は見えるが、大部分は晴れで気持ち良い。

 膝で体を支え、馬の走りの邪魔にならないよう、揺れに合わせて腰を前へ前へと動かせば長距離も楽に走っていられる。あとは手綱をたわませず、しかし引っ張り過ぎないこと。領主の馬はよく調教されていて非常に乗り心地が良い。また前日までの筋肉痛も若さによって見事に回復していたために、終始、快適だった。

 どうやら前世の記憶というのは単なる知識ばかりではないらしい。学生時代に馬術部で大学の馬を乗り回して以来、久しぶりの乗馬で、鞍も慣れない形ではあったが、体が乗り方を覚えていた。専門は植物なのになんで動物関連の部活に入ったのかと言えば、単なる興味本位以外の何物でもない。とりあえずなんでも齧っておけばいつか役立つもんだと実感した。

 自由に動きたかったので、領主に適当な言い訳をして馬車ではなく馬を借り、出発したのが今朝のこと。そろそろ目的地に着く頃だ。

 私が向かっているところはキクス村より下流にある。農業を営む村々は主に川沿いに存在していた。他の村ではすでに発症者が移動させられ、健康な人しかいないと聞いている。特に道案内も必要なく、せいぜい1、2時間程で目的地に到着できた。

 ギートも少し遅れて到着した。

「あんま、飛ばすなよ・・・」

 なんとか止められた馬の上でぐったりしている。ごめん、気持ち良くてつい。

 兵士は当然馬に乗れるもんだろうと思ったら彼、騎兵じゃなかった。なので大きな馬に二人乗りで行こうと提案したら、全力で拒否された。女の腰に掴まるなんて男の沽券に関わるそうだ。仕方がないので簡単に乗り方を教えてあげ、あとは自力でがんばってもらった。初めてで遠乗りに付いて来られたのだから、さすがの身体能力だ。それか馬が優秀だね。

 その辺の木に馬を繋ぎ、さっそく村の中に入る。目当ては人ではなく、家々の周りに広がる畑だ。もしも公害が原因なら、作物に何かしらの影響が出ているのではと思ったのだ。私の専門は植物だからなっ。人を診れないかわりにこっちを診る。

「なに調べるのかは知んねえが、時間かけんなよ。隊長に見つかってどやされんのは俺だ」

 ギートはしかめっ面をしているが、かえってそれが笑えてしまう。

「フィリア姫の時もだったけど案外優しいよね。怒られるのを承知で付いて来てくれるんだからさ」

「あの姫さんもお前も、どうせ止めたって無駄な人種だろ。反対して勝手に出て行かれるくらいなら付いて行って見張ってたほうがまだマシだ」

 勝手に出て行かせれば面倒みなくて良いのにね。けっこー真面目というか苦労性だな。おかげでこちらとしては説得の手間が省けて楽だった。

「感謝してる。王都に戻ったらご飯でも奢るよ」

「んじゃ、サルアの店の肉全種乗せ飯大盛り」

「遠慮なしだね。別に良いけど」

「さっさと済ませろよ」

「はいはい、っと?」

 すぐに、畑で種をまいている農家の若いお姉さんを見つけ足が止まった。お姉さんは小さなカゴに入れた粒を土の上に適当に、バラバラ、と。

 ちょっと待て。

「すいません!」

 いきなり声をかけてしまったので、その人は驚いて後ずさりしていた。王都から疫病の調査に来た魔法使いと護衛の兵士だということを手短に説明してまず警戒を解く。

「へえ? あんた魔法使い? 平民、だよね? 平民でもなれるもんなのー」

 やたらに感心しているお姉さんに失礼して、畑の土を調べさせてもらった。するとやはり、硬い。

「ここ、『耕して』ますか?」

「え?」

 お姉さんは私の言ってることがわからないみたいな反応。

「種をまく前に土を掘り起こして混ぜてますか?」

「はあ? なんでそんなことしなきゃならんの?」

「・・・ばらまき農法かよっ!!」

 膝から崩れ落ち、地を叩いて叫ぶ。

 今までは機会がなくてこの世界の農業を目にしていなかったが・・・焼畑ならいざ知らず、土は耕さないと作物収量が減る。肥料だって均等に行き渡らないだろ!? 中国では紀元前からすでに行われていたことだぞ! つーか今気づいたけどこの国には『耕す』って言葉がねえ!

「こう、土を深く掘れる農具はないんですかっ?」

「雑草取るのに土を掻くやつならあるけど?」

 そうしてお姉さんが見せてくれたのは、熊手みたいな農具だった。それで雑草を土に梳きこんでいるのだろう。しかし深くは掘れない。硬い土壌で植物は根を伸ばしにくいのに。

「私、《くわ》作る! 王都に帰ったら鍬作るーーっ!」

「・・・いや、魔道具作れよ。魔技師だろ」

 決意の絶叫はギートに小さくつっこまれた。

「いきなり大声出すな。びっくりするじゃねえか」

「これも地味に重大な問題だよ。やること増えた」

「あんたら何しに来たんだい?」

 おっと、そうだ、目的を忘れるところだった。膝の土を払って、改めてお姉さんに向き直る。

「秋まきの種ですか?」

「うん。春にまいたのが、ほとんどだめになっちまったから」

 お姉さんは何もない自分の畑に顔をしかめた。

「今年は雨が少なかったんだよ。水をまいてやったりしたんだけど、足りなかったみたいでねえ。特に葉物は枯れたのが多くて。ここ数年、よくあるんだよ。だから秋にもまいて育てないと蓄えが足らないようになって」

「雨が降った年は枯れないんですか?」

「当たり前だろう? 雨が降らないから枯れるんだよ」

「その時、畑にまく水は川から汲んでくるんですよね?」

「他にどこから汲んでくるって言うの? ほらそこに灌漑用の水路が見えるだろ。それよりさ」

 こちらの話はまだ途中なのだが、お姉さんがわざわざ声をひそめて近づいてきたので聞いてやる。

「疫病の原因は魔石だっていうのは本当なの?」

「いいえ、それはあり得ません。鉱山から採掘される魔石の魔力はきちんと封じられていたのを確認してきたばかりです」

「本当に?」

「本当ですよ」

 しつこく問答と説明を繰り返した後、お姉さんはようやく安堵して、急に色々と喋り出した。

「それなら、良かったわぁ。ほら、この辺は魔石採掘のおかげで潤ってるからさ、なんかあっても困るわけよ。うちのお父ちゃんも鉱山で働いてるしね。でもほら、《荒れ地》があるでしょう? それでなーんか悪いことがあるんじゃないかって、みんな考えちゃってねえ」

「そういえば《荒れ地》はこの近くでしたっけ」

「もう少し南のほうね。たまにそこの砂が飛んでくるんだから」

 《荒れ地》とはトラウィス、ガレシュ、ティルニ王国に跨る荒野のことだ。

 そこは、かつてミトアの民が住んでいた森のあった場所。

 百年経っても草の一本も生えない、生命の消えた大地はどこの国も所有権を主張していない。大陸のまん中にぽっかりあいた穴のようなものだ。

 疫病は魔力の影響ではないか――そんな噂が流れた背景には、大地を殺すほどの力を秘めた魔法に対する、この地の人々の畏怖があったのだろう。

 しかし今回のことは、魔法とはまったく関係ない。そろそろ話を戻そう。

「作物はどんな具合に枯れましたか? 下葉から? それとも新しい葉から?」

「ええっと、そうだね・・・口で言うよりセグさんちの畑に行ったほうが早いよ。まだ片付けてなかったはずだから」

「よければ案内していただけませんか?」

 お姉さんに頼んでセグさんとやらの畑を覗きに行った。そしたら小松菜に似た青い葉物野菜の多くが話の通りだめになっていた。

 傍にしゃがんでよく観察。不思議なことに、作物は茎のところまでは瑞々しいが、葉との繋ぎ目を境に先が急に枯れてしぼんでいた。まるでそこに何かが詰まっていて、水が行き渡らなかったかのように。

 とても特徴的な枯れ方だ。これは・・・

「水が足らないから枯れたんじゃない」

 むしろ逆。水をやり続けたからこそ作物は枯れたんだ、おそらく。

 急いで確かめなければならない。立ち上がり、馬のもとへ走った。

「どこ行くっ」

「キクス村!」

「は!? 待てっっ!」

 さすがに足の速さでギートには敵わない。途中で捕まり、凄まれた。

「そこまで許すつもりはねえぞ」

 掴まれている手首が痛む。確かに私はキクス村へは行かないと約束したが、状況は変わるものだ。

「大丈夫。これは疫病じゃない。少なくとも、人から人へうつる類の病ではないよ」

「・・・うつらない病気?」

「そう。問題は水にある。私はこの病気を知ってるの。お願い、患者には触らないしすぐ帰るから、確かめるだけさせて。私は疫病の原因を突き止めるために、ここまで来たんだ」

 ギートは迷っていたが、熱心に見つめ続ければ、最後は渋々、了承してくれた。

「一瞬だけだ。言うこときかねえ時は担いで連れ帰るからな」

「っ、ありがとう!」

 馬に跨り、キクス村へ急ぐ。

 村に辿り着くとまた入り口で領主の兵士に止められたが、調査のためだとゴリ押ししてみたらいけた。王宮から派遣されている私のほうが若干、立場は上なのだ。

 入ってすぐに、救護所になっている民家を覗くと、運び込まれた患者が布を敷いた床板の上に並べられていた。

「っ・・・」

 言葉を失う。

 彼らの肌は赤く爛れ、黒ずみ、ところどころ白く角質が覆い、ひどい人は足の指がなくなっている。

 悲惨な光景に胸を潰されつつも、頭の中では冷静に、私は自分の予想が正しかったことを判断していた。原因は間違いない。


 ――――ヒ素だ。

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