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 手のひら程度の小さな石の、平らに削った表面に、まずコンパスで円を描く。二本の足の先はどちらも針で、何度か同じ場所を引っ掻くことで白い線の傷がつく。均等な間隔で四重丸、できたらその隙間に文字を彫り込んでいく。

 中心にどのようなエネルギ-に変換するかの文字。その次の円の中には位置指定と魔力量を表す文字列。その次の円では発動条件を指定している。そして一番外側にあるのが魔力の流れをコントロールし、発動条件と呪文の間を繋ぐ《回路》を文字化した魔石加工の肝の部分。

 魔法陣とは、魔法使いの体内で起こる魔力の変換を図式化したようなもの。

 うるさがるフィン老師を一週間に渡ってしつこく問い詰め、断片的に得られた情報をまとめるとそういうことらしかった。ちなみにその時、コンラートさんが「そうだったんですかー」と初めて聞いたような声を上げていたのには、触れないでおいた。この人、もしかしてなんも知らないで仕事してたのかな。よく虚しくならなかったものだ。

 これを知って改めて魔法陣を眺め、イメージしたのがやはりというか、電気回路だ。なんか魔法って電気に例えやすい。スイッチ、出力を調整する抵抗器、仕事をする場所、それらを繋ぐ導線が、すべて文字で表されていると考えられた。しっかしこの理屈は、電池の上に『火を噴け』と書いたらほんとに発火する、そんなとんでもない夢物語に近いぞ。脚光は浴びていないものの、十分すごい技術だと思う。ミトアの民はよくぞ発見した。あるいは神から知識を与えられたんだかわからんけど。

「老師、チェックをお願いします」

 今日も黒い魔石に彫った魔法陣を老師の前に差し出す。練習に使っている設計図は実際に魔剣に彫り込むものと同じ。嫌っちゃ嫌だが練習だから、仕方がない。最初は細い彫刻刀がうまく使えず、文字のバランスを取るのが難しくて歪んだりしていたものの、何度もやり直すうち、自分でもなかなかきれいに彫れるようになったんじゃないかと思っている。特に今回はかなり良い出来だ。少しでも誤字があろうものなら大惨事を引き起こしかねないため、いかに上手に彫れるかはとてもとても重要な技能だ。

 老師は作業台に置かれた石を一瞥、金属の杭を持って石の真ん中に打ち入れた。何度も表面を削ってやり直し、薄くなった石は簡単に砕ける。おい。

 その破片の一つを突っ返された。

「おんなじもんを彫ってみろ」

 石が小さくなり、さらに難易度アップってことか。上等だ。

 これが繰り返され、最終的に小指の先程の大きさになり、彫刻刀を縫い針に持ち替える。若干いびられてる気もしなくないが諦めない。人間その気になれば米粒にも写経できる! 我が手に宿れ中国四千年!

 虫眼鏡を覗き込みながら、石との格闘が続いていた。




 ひたすら修業が続き、他の仕事はまだ雑用ばかり。魔剣から石を取り外し、魔石の整理をする傍ら、あいている頭の隅で生活に役立つ魔法陣の設計などを考えてみたりする。基本の構成要素がわかったから、現時点でも新しい魔法陣を設計できそうに思えたのだ。

 アンナさんが必要としていたライター、というかコンロ的なものを作れないかと考える。竈で作る独特の風味みたいなものは料理にうまみを与えているかもしれないが、ここは商業都市、調理時間を短縮したがる人は多いだろう。だからこそ屋台が多い。携帯型のコンロがあったら移動式の屋台でもその場で調理して出せて便利そう。ガスをボンベに詰めるなんてまだまだ無理そうだから魔石で叶えられたら良いと思うんだ。ただし問題は料理の命、火力調整だ。最初に魔力の出力を決めてしまうと、これがどうにも難しい。

 ではまあ、ひとまずライター的なものを作るとして、どんな魔法陣になるだろう。昼休憩時、試しに紙に書き出してみたら、魔力量がどのくらいの値でどの程度の威力になるんだかわからず手が止まった。導線部分は魔剣に使われていたものを流用してみたが、これも合っているのかどうか。

 実験してみればわかるけど。まずは老師に聞くのが手っ取り早いか。

 黒い魔石を投げ寄越された日に、小さく呟かれたあの人の言葉が私の中でずっと引っかかっている。その後も相変わらず意地悪で当たりがきついが、それでも、老師は私の話を聞いてくれるだろうという確信があった。

「老師、ちょっとこれを見てもらえませんか?」

 さっそく突撃すると、作業台にいた老師は耳を塞いで背を向けた。

「老師見てください! 日用の魔道具を考えてるんですが!」

「ええい大声出すな、お前の声は頭に響くんじゃっ」

「騒がれたくなきゃ見て!」

 嫌がる老師の前に回り込み、不完全な設計図を無理やり持たせ、空白部分を指しながら手早く説明をする。

「これ、火打石にかわって点火できる魔道具を作りたいんですが、魔力量はどのくらいにすればいいのかのご相談と――――」

 ところが途中で、老師は紙をびりびりに引き裂き、投げ捨てた。

 突然のことで、まして、なまじ話を聞いてもらえるものと思っていた私は驚いて固まってしまったが、すぐに怒りが噴き上げた。

「何するんですか!?」

「昨日今日来たばっかの小娘が、生意気言うんじゃねえ」

 老師は馬鹿にした目で、下から私を見る。嫌な目だ。

「そうですよ、昨日今日来たばっかりの小娘だから、老師にご意見を伺いたかったんです。師とは弟子を教え導くものではないですか?」

「コンの奴が勝手に呼び始めただけじゃ。わしゃ知らーん」

 つーん、とそっぽを向く老師。腹立つ!

「くっだらねえこと考えとる暇があんなら酒買って来い酒」

「お茶なら出しますが!?」

「あんなくっさい茶が飲めるかい。酒買って来たら見てやらんでもないがのー」

 どこまでも人を食った態度を取るジジイめ。当然、買いに走るわけがない。一番大きなカップになみなみと茶を淹れて出してやった。

「老師、私は魔石加工の技術を武器作り以外に使いたいと思ってるんですよ?」

「それがくだらねえってのよ」

 窓から茶を投げ捨てながら老師は言っていた。

 むぅ・・・私の見立ては間違いだったのか? 本当は老師も武器など作りたくない、増やしたくないと考える人だからこそ、技術の伝授を渋ったんだと思ったのだが、まさかマジでただの面倒臭がりな人なのか?

 また期待を裏切られた。いや、これは老師を責めるべきことではないのかもしれないが、失望感は否めない。同時にもやもやした怒りが発散しきれず胸の内にこびり付く。

 昼休憩を過ぎてから、ここでも遅刻して戻って来たコンラートさんは、瞬時に不和な空気を察知したらしく、「まあ、もったほうか」などと独り言を漏らしていた。いや、勝手に辞めると決めつけるなよ。

「私は諦めませんからね」

 老師に聞こえるよう言ってみたが、反応はなかった。

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