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 鍛冶屋が来る前までに魔石の取り外しと壊れた剣の運び込み――――まあ、できるわけない。石を傷つけないように取り外すコツを掴むのに時間がかかってしまったのと、二本ぽっちの腕で運ぶのが大変過ぎて間に合わなかった。びっくりするほどまったく、コンラートさんも老師も手伝ってくれなかったのだ。

 数本ずつ運ぶのが面倒になり、シーツに剣をまとめて包んで引き摺っていったら、研究室の絨毯を傷つけて所長に怒られた。結局、半分しか鍛冶屋に引き渡せず、また後日残りを取りに来てくれるようにお願いするしかなかった。

 取った石を番号順に、升目状に仕切りの入った引き出しに収めるのも果てしない作業だった。おまけに老師とコンラートさんが、修正の終わった魔石をその辺に放置したりするものだから、わけがわからなくなる。さらには何番の魔石の修正が終わったかをチェックし忘れて棚にしまい、また取り出して調べて二・度・手・間!

 全体的にやる気と覇気が足らない職場だ。魔法学校にはやる気に満ち溢れた少年少女たちしかいなかったからギャップがつらい。

 極めつけは老師のお使い。

「酒買って来い」

 さすがにキレた。酒飲みには良い思い出のない私だ。

「勤務中に飲むなっ!」

「飲まずにやってられるかい。買って来んなら、わしゃあもう仕事せんぞ」

 年寄りはある意味で最強だ。一喝しようが正論を唱えようが、けろっとしてるんだから。

 ここの現状をテオボルト所長がまさか露ほどにも知らないとは思えないが、こんなふざけたことをしていても、魔法使いはクビにならないようだ。私たちは王都の外へ出ることすら王宮の許可を必要とし、里帰りもできやしない。

 仕方なしに一の門の外まで買いに行き、帰って来てようやく、残りの剣の魔石外しに取りかかったら間もなく夕方になり、業務終了の時間。

 何をしていたんだろう。雑用すら終わらなかった。

 夕日を眺め、ひとりごちたら切なくなった。



 三週間、こんなことが続くとさすがに気力が萎えてくる。

 ただいま魔剣の一斉点検期間中で、次から次へと剣が運ばれて来ては魔石を外して、老師におつかいを頼まれて、たまにコンラートさんまで便乗してきて、気がつくと夕方。魔石加工を教わる暇がない。本気で彼らに雑用係と見なされているのかもしれない。疑惑が濃くなっていき、老師に直談判してみるも、のれんに腕押し。

「自分の仕事が終わってから言うんじゃな」

 まだ石の取り外しが終わっていない魔剣を指され、じゃあ終わらせてやろうじゃねえかと昼休みもなくその日の分を必死こいて片付けた。鍛冶屋が取りに来る日ではなかったので玄関に運ぶ作業がなく、さあ教えろと詰め寄ったら、

「掃除でもしとれ」

 って、私は掃除婦じゃないっっ!

 腹立だしいやら悔しいやら、そもそもなんで素直に教えてくれないんだかわからなくてイライラしっぱなし。コンラートさん曰く、「すぐいなくなる奴が多いから、様子見してんじゃない?」だそうだ。逆効果だっっ! ちなみにコンラートさんに頼んでも教えてくれなかった。

「いやほら、老師を差し置いては畏れ多いだろ? 俺も自分の仕事が終わってないし」

 なんか色々言い訳されたが要するに、面倒臭いんだ。頼りない兄弟子である。

 そして今日も今日とて何も得られぬまま、日が暮れるのだ。

 帰宅後、すぐさま下宿のベッドに身を投げ出すのが癖になってきている。疲れた。腕は筋肉痛だし、一日中イライラしているのが精神にくる。

 ぺしゃんこの枕に顔面を突っ伏したまま、なぜこんな毎日なのか疑問に思う。

 私は成り上がったはずだ。リル姉を幸せにしたくて、ジル姉に恩返しをしたくて、勉強も修業もがんばって魔法使いになった。確かに給料はよその数倍高く貰え、クビにもならない。しかし剣から石を取り外し、酒を買いに街へ走るだけの仕事なら、苦労して魔法使いになった意味ってなんだ? いやそのうち魔石加工の仕方も教えてもらえるのかもしんないけど。私は早く知りたいんだ。魔石の声を聞けって言われた時くらいじれったい。

 深い溜息を吐いた時、頭に柔らかい手が乗った。

「お疲れ様」

 たまたま同じくらいに帰って来たリル姉が、枕元に座り、頭をなでてくれていた。くすぐったくて、でも気持ち良くて、荒れた心に温かいものが満ちる。

 なにこれ。めっちゃ癒される。リル姉は手から癒しの波動的な何かを出しているのか?

「魔技師の修業は大変?」

 そっと尋ねられた柔らかい声音に、私は枕に突っ伏したまま首を振った。

「修業にもまだ入ってないよ。雑用ばっかり」

「最初はそんなものよね」

「うん」

 愚痴は言いたくない。言ってすっきりできたことが今までになかったから。顔を上げ、リル姉には別のことを言う。

「慣れてないから少し疲れただけ。大丈夫だよ」

「そう。私にはよくわからないけど、どこでもエメはエメらしく、がんばれば良いと思うわ」

 頭にあった手が頬に移り、親指の腹で目の下を軽く擦られた。

「お姉ちゃんは、目標に向かってまっすぐ突き進んでいくあなたのことが大好きよ」

 ・・・リル姉は、すごいなあ。

 期待を裏切られ、萎えていた気力が今、蘇ってきた。

 そうだ、私には目標があった。危うく忘れそうになっていた。わずかひと月足らずであの職場の雰囲気に呑まれてしまうとは、我ながら情けない。

「――――ありがと。元気出てきたよ。私もリル姉が大好き」

 優しくて可愛くて賢くて、何も知らなくたってこちらが欲しい言葉をくれる。私が前へ、たゆまず進んで行けるのはリル姉が背中を押してくれるおかげだ。

 そうして起き上がったらちょうど、一階からアンナさんの声が飛んできた。

「エメー! また火ぃつけてくれないかいっ?」

「あ、はーい!」

 二階しかない狭い下宿屋だ、声は建物中に響き渡る。すぐに厨房へ降りていき、竈の前で待っているアンナさんの足元にしゃがみ込む。すでに枝葉などの可燃材が放り込まれてあるので、それに手をかざし、魔法で着火するだけ。

「ありがとう、助かったよ」

「どういたしまして」

 魔法使いは特殊な存在、とはいえ平民があからさまに敬われるようになるわけではない。元から私を知っている人には、こうしてライターがわりに気軽に使われている。それに対して不満は何もない。むしろ、こんなことで役に立てるならいくらでもやる。

 この世界の発火法は火打石で、火を点ける動作自体がかなり面倒だ。湿気の多い日は全然だめ。どこの家でも、朝、火を点けたら火種(木やキノコの炭)を暖炉か竈の灰の中に埋めて保存しておくが、燃え尽きてしまう場合もある。

「もっと簡単に点火できる道具があればいいですよね」

「そりゃあねえ、あんたみたいに一瞬で点けられたら便利だろうけど」

 燃える炎からアンナさんに目線を移し、私は久しぶりに笑みを浮かべた。

「少し待っててください。この便利な力を、きっとアンナさんにも使えるようにしてみせます」

「え?」

 ふてくされてる場合じゃなかった。

 私にはやりたいことがあり、そのためには、黙っていても教えてもらえる学生感覚のままではだめだ。流されるままではいけない。望みを叶える方法を考えなければ。

 完全に復活した。

 リル姉に癒してもらい、アンナさんのおいしいご飯をお腹いっぱい食べたなら、明日は存分に戦える!




 翌朝、夜明けの開門と同時に出勤。静まりかえった王立魔法研究所で、私は一人、箒と雑巾を手に持つ。

「よっし、やるか」

 隣の部屋でフィン老師がまだ寝ているので、気合いは小声で。汚れないようにローブは脱いで作業台の上に置き、窓を開け放ってまずは片付けだ。

 昨日もきれいに片付けて帰ったはずなのだが、今朝になったらまた魔法陣の設計図案が殴り書きされたメモ紙が、作業台と床に散らばっており、魔石まで出しっぱなし。毎日ではないが、度々こういうことがある。コンラートさんはいつも定時で帰るので、老師の仕業だ。酒を飲みながらではあるが、残業するなんて意外と勤勉なところがある。しかし片付けは自分でしてほしい。

 メモ紙は捨てていいものかわからなかったので、すべて拾い集めて作業台にまとめて針で刺し留めておく。床に転がっていた酒瓶は空き箱にまとめて後で捨てるとし、足の踏み場ができたら掃き掃除。床の隙間に入った砂と埃まで執念深く掃き出し、終わったら窓や壁を拭き掃除。せっかく高価なガラス窓なのに曇っていては意味がない。庶民の家の窓は木なんだからな、木。まったく景色が見えないぞ。そのかわりカーテンがいらないけど。

 ぴっかぴかに磨き終えたら、始業の鐘が鳴る前に次の行動へ。

「おはようございます老師! 朝ですよ!」

 掃除用具を部屋の隅に片付け、ノックせずに部屋に乗り込み飲んだくれを叩き起こす。放っておくといつまでも寝ているのだ。彼を起こす役目はすでにコンラートさんから私へ引き継がれていた。

「起きてください老師!」

「ええいうるさいうるさい朝っぱらからっ」

「人は朝から働くものです!」

 寝起きの悪い子供のように、毛布がわりのローブを頭にかぶる老人からそれを引っぺがし、研究所寮内の厨房から運んできた食事を出す。

「なんじゃ、今日はえらく早うないか?」

「始業に間に合わせるにはこのくらいの時間に支度しなきゃならないでしょう」

 いつもは鐘が鳴ってから、老師を起こして食事を摂らせてだったが、それじゃ遅いと気がついた。しかし本人にはいつもより早く起こしたことを怒られた。

「もう少し寝させいっ、年寄りを労らんかっ」

「世間一般の年寄りは早起きなもんですよ」

 てきぱき老師の文句と食べ終わった食器を片付け、戻って来たらはいぴったり、ちょうど鐘が鳴る。

 部屋から出てきた老師と、遅れて窓からやって来たコンラートさんが困惑気味にきれいになった工房を見回している。そんな彼らに告げた。

「仰せの通り掃除をしておきました。それから昨日コンラートさんに頼まれていた茶葉のストックがそこの棚に。鎮静作用があるものを薬師の姉に見繕ってもらいましたので老師も酒が切れたらそれをどうぞ。申し訳ないですが今後は酒の買い足しには走りません。老師はたぶんアルコール依存症です。飲めば飲む程悪くなります」

「なん、なんじゃそりゃあ?」

「酒に含まれる成分によって中毒を引き起こしているんです。多少、仕事に支障が出るかもしれませんが飲み続けて良いことは何一つありません。我慢してください」

「飲まんと手が震えるんじゃ、多少どころか仕事できんわ!」

「手はここに」

 ごねる老師の目の前に、両の手のひらを突きつけた。

「二本もあります。指は十本。老師の症状が治まるまで、かわりに石に文字を彫り、図案を書き出すくらいできますよ。自分の仕事が終わっていたら、人の仕事を手伝っても良いですよね?」

 なんで教えてくれないのかほんと意味わからんが、面倒臭がって逃げるのなら、逃げられないところまで追い詰めてやる。教えざるを得ない状況まで持っていく。本来、知識とは勝ち取るものだ。

 老師の、皺で潰れた小さな瞳を覗き込む。よく見れば、やや赤みがかった不思議な色をしていた。

「私は魔技師になりたくて、まず魔法使いになったんです。だからやめたりしませんよ。教えてくれるまで付きまといます。天の上までも」

 死んだ人の魂は天空神の御許へ召喚されるらしい。日本風に言うなれば、地獄の底まで付きまとうってところかな。

「さあ、教えてください老師。私はまず何をしましょうか」

 老師はしばらく唸るばかりだったが、やがて小さく舌打ちした。

「・・・んなに人殺しの道具が作りてえのか」

 その言葉に反応する前に、老師が棚の傍に行き、何かを投げ寄越してきたので慌ててキャッチする。そして再び顔を上げたらもう、老師のほうはこちらを見ていなかった。

「文字を彫る練習でもしとれ」

 寄越されたのは魔力の消えた黒い魔石。なるほど、これなら安心して練習できる。

 詳しい魔法陣の構成についてはまだ教えてもらえなかったが、一歩ずつだ。

 他の雑用もこなしつつ、コンラートさんに渡された図案を石に写す作業が増えてさらに忙しくなったものの、ようやく修業できている感じがして気分はずっと良かった。

 その満足感の合間に、骨張った背中を丸めて作業する老魔技師が、なぜ魔道具を重視しないこの国にいるのかを様々に想像していた。

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