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 少しの休みがあった後の出勤日、真新しいローブに身を包み、早足で渡り廊下を行く。道の先に佇む古びた木の両扉をノックし、返事を待たず即座に開けた。

「おはようございます! 今日から魔道具開発部門に配属になりましたエメと申します!」

 よろしくお願いします、と言葉を続けるつもりだったがその前に口を噤んでしまう。なぜなら誰もいなかったから。張り切った挨拶の声は石壁に反射し、虚しく響く。

 ・・・うむ、少し早かったか。研究室のほうにもほとんど人いなかったもんな。いやあ、居ても立ってもいられなかったもんで。昨日も興奮してあんまり寝てない。

 とりあえず扉を閉めて、中に進む。四角い造りの部屋で、まず目を引いたのが壁際に積まれた剣の山だ。誰も来ないうちに一つ取って見てみる。柄の先の部分に丸い窪みがあるので、おそらくはここに魔石を嵌めるのだろう。ジル姉の魔剣を思い出す。鞘から抜くと刃こぼれしており、新品ではなかった。まさか修理もここでするのか?

 剣の直し方なんてよく知らないが、刀だったらでかい竈に突っ込んだりするんだよな、確か。しかし部屋を見回しても竈はない。暖炉はあるが、そこじゃ無理だろう。とはいえ、この部屋に鍛冶屋のような竈があったとしても違和感はないように思える。他の魔法使いがいる研究室は絨毯が敷かれていたり、机と椅子がいっぱいあったりしてオフィスに近い印象なのだが、ここは飾り気がなく、剥き出しの壁と床が工房といったイメージだ。やや寒々しいが、無機質で静かな空間の雰囲気は嫌いじゃない。

 ただちょっと、物が雑然と置かれ過ぎというか、汚れた床に工具やメモ紙が散らばっていたり、空気が埃っぽいのが難点か。ここの住人の性格が怪しまれる。見学させてもらえなかったのって汚いから見せたくないとかじゃない、よな?

 剣を山に戻し、今度は窓際の壁につけられた広い作業台の上を覗く。無数の紙が台の上に散乱し、ペンと共に赤い魔石が一つ無造作に転がしてあった。貴重な魔石の管理がこんなんじゃだめだろ。せめて机の上くらいは片付けろよな。

 咄嗟に文句が浮かんだが、紙に書かれてあるものを見たらすぐにどうでも良くなった。

 それは、魔法陣、というべきものだろうか。

 一枚、取って見たものには、均等な四重丸の隙間に、線に沿って無数のミトア文字が連なっていた。そして狭い中央の円の中に力の性質を示す文字が一つだけ置かれている。他の紙に書かれているのも何重丸かに違いがあるだけで形は一緒。

 見覚えがある図だ。ギートの義眼にこれと似たようなものが刻まれていた。この図形だか魔法陣だかわからないものを、魔石に刻めば誰にでも魔力が使えるようになるのか? ただ、ジル姉の魔剣にはこんなのなかった気がする。いや、文字が刻まれていないはずはないのだが、記憶にないんだよなあ。見落としたのかな。

 まあそれはともかくとして、台に転がっている赤い魔石を左手に取って見てみる。手のひらに収まるほどの大きさで、表面が平らに磨かれており、そこにすでに文字が彫られてある。右手に持っている紙に書かれたものと同じ魔法陣であるようだ。文字を見るに、おそらく、これは火を発生させる魔法が書かれてあるのではと思えた。中心の文字が《熱》を表しており、それに近いところの文字列には発動する位置と、向きを指定する文字があり、魔法使いが呪文に組み込む要素と共通する。

 わかったのはそれだけ。後はさっぱりだ。普通の呪文には組み込まれない単語がいくつも入り混じり、外側に近いところの文字列にいたっては、読めるけど一体何を意図して配置されているのかまるで不明。

 大体これ、どうやって発動させるんだ?

 赤い魔石から魔力の気配は感じないので、閉じられたままなのだとわかる。開封されて放置されている状態だと、魔石の魔力が空気中に発散され、魔法使いはそれを感じ取ることができ、触れれば体に魔力が流れ込んでくる感覚がするのだ。

 これを開けたらどんなことになるのか気になるが、さすがにやっちゃまずいわな。

 余談だが、他人の所有する魔石でも耳を傾ければ開封の呪文が聞こえる。ただし封緘の呪文は持ち主に聞かないとわからない。例の禅問答まがいの質問を、石は最初に開封した者にしかしないのだ。つまり封緘の呪文を知らずに他人の魔石で魔法を発動し、暴走でもしようもんなら最後、石の魔力がなくなるまで止められない。何か悪意を感じるシステムである。呪文を聞いておけば問題ないんだけどね、無闇に他人の魔石を使うべきではない。なので、この石もうかつに開けてはいけないのだ。

 ああ早く知りたいな!

 そう思う少し前に、始業を知らせる鐘が鳴った。いい加減、誰か来てもいい頃だ。逸る心は待ちきれない。早く来い! じゃなきゃ本格的にその辺を漁り始めるぞ。

 すると顔を向けた先に扉がもう一つあるのを見つけた。入り口からは壁がせり出ていて気づかなかったが、窓辺に向かって立つとちょうど真後ろの位置にある。

 どうせ誰もいないのだろうから、ノックなしにいきなり開けた。ら、途端に強いアルコール臭が鼻をついた。

 酒臭ぇ! なんで、魔技師の職場でこんな匂いがするんだ?

 小さな部屋の隅にベッドがあって、その上に小柄なおじいさんが寝ている。骨張った片手に酒瓶を握り締め、魔法使いの証である白いローブを毛布がわりにしていた。彼の持っている酒瓶と同じものがベッドの周辺から入り口付近までいくつも床に転がっている。時々、老人の鼻からぐずず、ぐずず、と小さないびきが漏れていた。

 ええっと・・・

「おはよーございまーすぅ?」

 次の行動を決めかねているうちに、さらに背後で物音と声がした。

 最後、語尾が上がったのは私の姿が視界に入ったためだろう。振り返ったちょうどその先に、窓枠に片足を引っかけ、まさに今、侵入してきている体勢の男がいた。

 お互いに固まり、しばらく時間が止まったようになった。老人のいびきが耳に響く。

 

 ええっと・・・とりあえず、そうだな、叫びたい。

 誰なんだお前らっっ!

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