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 計画を立ててからは格段に忙しい毎日だった。

 街で見つけた廃材を、先生の目を盗んで寮の裏手にこっそり運び込み、授業と課題を片付ける合間に喧嘩しながらよく話し合って組み立てつつ、当然、それを後輩や寮の世話人には見つかったので口止めしたり、あるいは引き込んで片棒を担がせてみたり。ノリの良い奴もいれば、悪い奴もいたが、後者はアレクに一言お願いされれば大人しく口をつぐんだ。権力はこうやって使うんだな。

 その間に魔法も練習。夏が過ぎる頃にはメリーの制御もうまくいくようになってきた。いやほんと、これが一番苦労した。放課後に、イカダ作りの傍らクリフやアレクと交代でコツを教えていたのだが、マジで私と足して2で割りたいと思った。

 何度も試しと段取りの確認を繰り返し、ようやく決行に移ったのは秋も深まる頃だった。



 休日、庭にイカダを運び出し、シーツで作った帆を広げた。

 マストのてっぺんには無事飛べるよう祈る意味で鳥の羽(その辺で拾ったやつ)を飾ってある。乗組員たちはそれぞれ腰にロープを結びつけ、先をマストに繋いだ。これで投げ出される心配はない。

 周りには手伝ってくれた後輩たちも見学に来ている。ちなみに先生は校内にいないのだ。

 では出発の前に、乗組員をご紹介しましょう。

 まずイカダを浮かせる重要なエンジンの役割を担うのがアレクとメリー。イカダの重量がけっこうあるので、共に出力で他を上回る二人をあてがった。

 舵取り担当が私とロック。私が魔法で風を吹かせて、ロックが帆の向きを操作するのだ。帆の操作方法とかマストの立て方とかは王都の船大工に教えてもらって見よう見まね。点検と操作確認はたくさんした。

 クリフは安全装置。魔法の発動が早く制御も完璧な彼には、不具合が生じたところを素早くフォローしてもらう。

 そしてマティはマストと背中合わせに胴体を結びつけられ、身動きが取れない状態でいる。

「ね、ねえ、どうして僕だけ異様にしっかり縛られてる、の?」

「君が落ちたら悲しいからだよ」

 なんかマティってどんだけきつく縛っといても落ちそうな気がするんだよな。ドジっ子属性というか、不運そうというか。彼には特に役目はない。だが事前準備ではたくさんがんばってもらった。

「さて、心の準備は良い? 万が一、落ちた時の呪文も覚えてるよね?」

「大丈夫だ」

 アレクが代表して言ってくれた。それに頷き、僭越ながら私が音頭を取らせてもらう。

「では、出航!」

 メリーとアレクが合図に応え、呪文を唱える。

「ツェル、アンメルト!」

 一瞬で、イカダが空へ押し上げられ、後輩たちの悲鳴と歓声が響いた。

「うひゃあ!」

 ついでに私もおかしな悲鳴を上げて板に這いつくばる。学校の屋根より高く舞ったところで、イカダはやや不安定に揺れながらも空中に浮き続けた。第一段階成功!

「アレク見える!? 王都の街が下にあるよ!」

「ああ、見える」

 魔法を維持しながら、アレクは眼下に広がるカラフルな街並みを紅潮した顔で眺めている。他の皆もしばしこの光景に見惚れていた。

「ロック、しっかり帆を張って! 空を旅しよう!」

 私も魔法の準備をし、出発の呪文を唱えた。

「ツェ、ユイ、トゥイユ」

 後ろから前へ、吹く風を帆がはらみ、宙を滑るようにイカダは進んだ。下から押し上げる風の魔法は板の下に位置固定してある。こうすれば風からはずれてイカダが落ちることはない。皆で知恵を寄せ合って完成させた呪文だ。

 魔法学校の敷地を離れ、青い空の下を不格好なイカダが進む。下から見たらどんな光景なんだろう? 王都の人々の気持ちを想像してより楽しくなった。

 地上とは違う強さの風が頬を切る。傍を通りすがった小鳥が私たちを抜かしていった。

 もっと速く飛びたいな。彼らに負けないくらいに。

「速度を上げるよ! ロック、帆を張ったままでいてね!」

「え? お、おいっ」

 この半年ちょっとで私も成長したのだ。アレクやメリーなどには到底敵わないものの、以前よりは強い魔法を使えるようになっていた。出力を上げたらぐーんと速くなり、イカダが大きく揺れた。

「やめなさい! 制御できなくなるわ!」

「がんばって! ねえ、城壁の向こうまで行ってみようか?」

 すでに一の門は越えている。私が指しているのは二の門の向こう側。地平と青い空が混じるのが見える、その先だ。

「これでならどこまでも行けるよ!」

「さすがにそれはまずいだろう!」

 焦ったクリフが風向きを変える魔法をかけ、ロックがすかさず帆を傾けて進行方向を逆にした。ちっ。

 しかし向きを変えた先には、今度は王都の港が見えた。

「海だ」

 アレクが身を乗り出してその先を見つめた。

「行ってみる? 海の上へ!」

「ああ、行ってみたいっ」

「殿下!」

「少しだけだ!」

 アレクに押され、ロックは渋々ながら方向を海へ向けた。

「アレク、メリー、高度を下げて!」

 すると風が海水を巻き上げて飛沫を散らし、日の光を受けてきらきらしながら私たちの周囲を舞った。

 うわあめっちゃ楽しい! 

 大口開けて笑っていたものだから、しょっぱい水が口の中にたくさん入った。

「海の向こうまで行ってみようか!?」

「だからだめだって!」

 ロック、クリフ、メリーに同時に怒られた。

 あはは、あー、楽しいなあ。空を飛ぶのがこんなにおもしろいことだなんて知らなかった。飛行機で遥か上空を飛ぶよりも、生身で風を切ってゆくのが気持ち良い。魔法を使う時の気持ち悪さも忘れる程に。この心地良さは素晴らしい景色のせいばかりでなく、気の合う仲間と一緒にいるおかげかもしれなかった。

「楽しいねアレク!」

「ああ」

 しっかり笑っている、彼の横顔を確かめてから言葉を続けた。

「あのさ、本音と建前って知ってる?」

 アレクがこっちを見るのと交代に、今度は私のほうが景色へ目を逸らした。

「あと半年足らずで私は君をアレクとは呼べなくなる。君を遠くから見上げて、王子殿下と呼んで、どれだけ変な感じがしても敬語を使って話さなきゃいけない。ま、話す時もほとんどないんだろうけど。それでも、私たちは友達のままだ」

 それが本音。主従関係は建前だ。

「気安く話したり、隣に並ぶことができなくなっても、今日、私たちは等しく力を合わせて空を飛んだ。ここで楽しく過ごした日々は消えない。立場が変わっても、不変の過去が友達の証になるよ」

 だからさ、どうか寂しそうな顔をしないでよ。私はそれを伝えたい。クリフやメリーやマティやロックにも聞こえるように言った。学生時代の友達は一生ものなのだ。

 アレクに、ね? と笑いかけると、驚いていた彼も笑い返してくれた。

「―――ありがとう」

 アレクは私たちを見回して言った。

「君たちのおかげで私は夢を叶えられた。ここに来て本当に良かった。私も、君たちをかけがえのない友だと思う。ずっと」

 畏れ多いだなんて誰も言わなかった。今さらと言えば今さらの話だからね。友達はなるとかならないとかじゃなく、いつの間にかなってるものだと思うから。

 存分に王都を飛び回り、地上に戻った私たちは、成功を祝してそれぞれに握手を交わした。

 王族と貴族と平民が、友達だなんて言えば人は嗤うかもしれないが、上下に分けられても同じ人間。心を繋ぐことはできるのだ。


 その後、好奇心旺盛な後輩を乗せてあげて遊んでいたら、先生が王宮のほうからすっ飛んできた。きっと空を飛んでいる私たちの姿が見えたんだろうな。

 イカダは取り上げられたし、危険行為の罰としてしばらく休日の外出を禁止されたりしたものの、まったく、後悔する気にはならなかった。

 私たちはこれまで誰もできなかったことを成し遂げた。

 誇らしい気持ちで、胸が一杯だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 学園物はやっぱりこういうのがだいご味
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