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04

「いたぞーー!」

 夜中に響き渡る幼い声に、私たちは弾かれて立ち上がった。小さな影がわらわらと右手の方向から集まってきている。

 一瞬恐怖に固まるリル姉の手を引っ張り、諸々の荷物は置いて反対方向へ駆け出すが、今夜は数が多かった。そちらからも回り込む者があったのだ。

 どれもこれも子供ばかり。彼らは子供ギャングとでも言えばいいだろうか。仲間でない者は捕まったら漏れなくひどい目に遭わされる。

「うおおおおっ!!」

 狂ったように叫び、勢いだけで前方の子供らを散らす。だが奇声にびびらない年上の輩もあり、服や腕を掴まれたりしたらとりあえず蹴って殴って暴れる。以前の生で、父の知り合いの少林寺拳法の道場にお試し入門したことがあり、大層な技を使えるわけではなかったが、腕を掴まれた時の逃れ方(手を開いて引き寄せ、肘を相手のほうへ突き出す)や、目潰しが有効であることを覚えていた。虫を払うように相手の目元に指先を当てるだけでも、結構なダメージを与えられる。

 だがギャングはしつこい。異様にしつこい。追い縋る追い縋る。

 リル姉より先に私の体力がなくなる。もはやリル姉に引っ張られてしまっている。まずい、このままでは二人とも捕まってしまう。

「ごめんっ、リルねえ!」

 一応謝ってから、日々の稼ぎを入れた袋の中身を後方へばら撒いた。銅貨が道端の小石に当たって高い音を出す。私たち貧乏人はこの音を聞くと反射的に地面を探ってしまうもの。

「おかねだ! おかねがいっぱいおちたぞーーっ!」

 だめ押しで教えてやったらもう、幼い追撃者たちは単純なもんだから拾うのに夢中になってしまう。その間に最後の力を振り絞って走り、あらかじめ避難所として定めておいた商家の裏に身を潜めた。警備を雇っている豪商宅であり、屈強な男が夜も見回っているため、見つかるとどやされるがだからこそ、子供ギャングが寄って来ないのだ。

「エメ、ケガしてない?」

「ぅん。ちょっと、ひっかかれたけど、へーき」

「どこ?」

 リル姉は? と訊く前に腕を取られて、月明かりで大したことない傷の具合を確認された。お姉ちゃんだなあ。

「痛くない?」

「へーきだよ。リルねえは? だいじょぶ?」

「なんともないわ」

 嘘だな、たぶん。あのもみくちゃな状況でなんともないわけない。心配させまいとしてまったく・・・まあ大怪我ではないんだろうけど。

「ごめんね、リルねえ。おかねが、だいぶなくなっちゃった」

「しかたないわ。お金より命が大事よ。エメは正しいわ」

 リル姉がちっとも怒っていなくて、ほっとした。賢い姉でほんと助かる。

 子供ギャングたちは私たちと同じみなしごが徒党を組んだもの。基本的に物乞いで生計を立てているのだが、縄張り意識が高くて面倒くさい。じゃあ仲間になればと思うかもしれないが、大いに問題がある。

 私は元の世界で《乞食ビジネス》の記事を読んだことがあった。憐れな子供を集め、物乞いで得たお金を悪い大人が徴収しているのだ。奴らは時により多くの同情を買うため、健康な子供の手足をわざと切り落としたりするらしいのだ。そして最もあくどいのは当の子供にほとんど分け前が入らないこと。

 私たちを追いかけてきた奴らの仲間の中にも、手か足のない者がいたので、果てしなく嫌な予感がするのだ。しかもあいつら盗みまでしてるっぽい。いかに苦しい生活でも犯罪はいけない。自分と周囲の人間を見てきた経験上、良い行いに反応がない時はままあるが、悪い行いにはかなりの高確率で報いが来る。親切にお礼を言い忘れることがあっても、殴られたら殴り返すのがきっと人情なんだろう。

 そんな理由があり、私たちは奴らの仲間にはなるまいと逃げ回っているのだ。しかしそれにも限界がある。仲間になるのは絶対あり得ないとして、だとすればいずれこの街を出て行くことになるかもしれない。その前に浮浪者生活から脱出できればいいのだが、残念ながらプランはない。

 目下、問題は明日の生活だ。靴を脱ぎ、中に隠していたお金がどのくらいかリル姉と数えてみた。カツアゲ対策は万全だ。

「こっちは500」

「わたしは600よ」

 う、二人で1100か。もっと隠しときゃよかったかなあ。1ベレと100ベレ硬貨しかなくて500円玉みたいのがないからあんまり入れると痛いんだよな。ちなみに1000ベレからは銀貨、1万ベレは金貨になる、らしい。見たことないが。おしゃべり好きな客に教えてもらった。

「道具を置いてきちゃったわ。朝になったら取りに行かなきゃ」

「まちぶせしてるかもよ? っていうか、とられてるかも」

「あ、そっか」

「あたらしいのさがすのがいいよ。あしたたべるぶんくらいはあるし、へーきだよ」

 不安げなリル姉を励まし、その日は周囲に警戒しながら眠った。

 だが、大問題は翌日になってから発覚した。

 いつもの通り屋台に買いに行くと、恰幅の良い店主が眉をひそめて銅貨を突っ返したのだ。

「よく見な。これで払うなら足りねえよ」

「え?」

 一枚を手に取り、確認した瞬間絶叫しそうになった。

 あ、悪銭かーーーっ!!

 要するに偽金なのだが、国に流通する貨幣が足りないので通用しているものの、価値は本物の半分だ。き、気づかなかった。一生の不覚だ。うわあマジでごめんなさいリル姉!

 結局あるだけ全部出し、二人分の食事を買えた。取っておいても仕方がないお金なのだ。

 文字通り無一文に戻り、さすがに私は言葉なく、リル姉も「だいじょうぶよ」と言いつつ生気のない顔をしていた。

 善良に暮らしていたって不幸が訪れる。ならばいっそ、悪人にでもなるべきなんだろうか?

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― 新着の感想 ―
いつまで、暗い話が続くのかと思う。題名がら飛ばし読みは難しいし、早く次のステップに行って欲しい。延々と暗い話は勘弁して欲しい。
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