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祭りの後で私とリル姉はレナード宰相に呼び出しを喰らい案の定、叱られた。ただし王女のお供を務めたことに関しては感謝され、ついでに魔法使いになれたお祝いだと言ってお屋敷でご馳走してもらえたので、結局ただ久しぶりに会って話しただけな気がする。
「この件は他言無用でお願いするよ」
ささやかな冒険もスキャンダルっちゃあ、スキャンダル。緘口令を敷かれた。同じことをジル姉についても言われてるんだよな。
この時ついでにギートはどうなったのか聞いてみたら、彼もお咎めはなかったらしい。ま、具体的な処罰がなかっただけで、怒られなかったわけはないが。おそらくは私たちよりもこってり絞られたことだろう。フィリア姫の笑顔になったなら安いもの、と思ってくれてたらいいな。だめかな。
学校に行けばアレクにも感謝された。庭園を散歩しながら、周りにロックしかいない時にこっそりとね。
「帰ってからずっと祭りの話ばかり聞かされたよ」
苦笑気味にアレクはそう言っていた。
興奮してまくし立てるお転婆なお姉ちゃんの話を、大人っぽい弟が微笑みながら聞いている、そんな光景が目に浮かぶ。
アレクもまったくフィリア姫の計画を聞かされていなかったらしい。消えてしまった姉の分まで式典で役目を果たしたり、色々と苦労があったようだ。だが本人は「姉上が楽しめたなら何よりだ」と言っていた。よくできた弟さん。
ただ、とアレクはこの後で付け足した。
「話を聞いていたらとても羨ましくなった。私も、次の祭りはエメと回りたいな」
「殿下」
「冗談だ」
すかさず咎めるロックに、アレクは笑って返した。
十年後の祭りの時には、アレクは王様になっているだろうか? まだ早いかな。だが政務の一端を担うようにはなっているだろう。私はそんな彼に仕える者の一人となって、今のように隣に並ぶことはできない。友人だと言えば怒られるようになるんだろうな。対等ではないのだから。
・・・ふむ。
「どうかしたか?」
アレクの顔を眺めて考え事をしていたら、怪訝そうにされたので、笑みを返した。
「ねえ、フィリア姫を羨ましがらなくていいよ。王都の街を巡るよりもーっと楽しいことを君は体験するんだから」
「え?」
「忘れたの?」
あるいは本当に叶わないと思っているのか。
ちょうどその時予鈴が鳴り、話を中断せざるを得なかったので手短に告げた。
「王都の空を飛ぶんだよ!」
休んだ後には、きりきり頭と体を働かそう。思考と試行が、夢を叶えるすべてだ。
「ツェルア!」
魔法で風を自分の足元に発生させてみる。途端、視界が反転した。
「大丈夫か!?」
後頭部を床に打ちつけ悶える私を、慌ててアレクが助け起こしてくれる。ロックも呆れながら手を貸してくれて、たまたま近くで見学していたマティが心配そうに後方から覗き込んできた。ちなみにズボン着用中なので下着が見えた心配はないよ。
今は実技の授業中だが、今日習った魔法のテストで合格をすでに貰えたので、他の人がやっているのを横目に、隅のほうに寄って個人的な研究を行っていたのだ。ただ待ってるの退屈だし。
「やっぱだめだ。これで飛ぶにはバランスが難しい」
「無理するな?」
「大丈夫。ねえ、マティは何か良い考えない?」
「え? えーっと、もしかして、空を飛びたいの?」
事情を知らないマティが困惑気味に聞いていたので、頷きを返す。
「そう。ただ空に浮くだけじゃなくて、できれば進む方向も自分で調整できるといいな」
「む、難しい注文だね・・・たぶんだけど、一人では、無理なんじゃないかな? わ、わかんないけど、体を浮かせる魔法と、方向を操作する魔法と、少なくとも二つはかけないといけない、よね?」
「やっぱり?」
一度に使える魔法は一つだけ。そもそも風に乗るということができないし。だがすでにいくつか呪文を習って、これから習うものも予習してみた結果、やはり風くらいしか飛ぶのに使えそうな魔法がなかったのだ。反重力は夢のまた夢。
「人の体じゃ風を均等に受けられないんだよなあ」
だから変な方向に飛ぶ。そうしたらマティが提案を出した。
「寝そべる、とか? 水の上ならそれで浮くけど・・・」
「ああ、確かに風を受ける面積を増やすのはいいことだね。やってみよう。私じゃ出力足りないだろうからアレク、お願い!」
「私が、か?」
出力じゃトップクラスのアレクに頼む。本人はあからさまに不安そうだったが、さっそく私は床に伏せてスタンバイ。
「エメを浮かせるのか?」
「私が一番軽いから、試しにはちょうど良いでしょう? メリーよりはまだアレクのほうが信用できる。少しずつ風を強くしてくれればいいから。ほらほら、やってみないと進まないよ」
「わ、わかった。がんばる」
アレクは意を決して呪文を紡ぐ。最初のそよ風からもっともっと強くと言い続け、突風になった時に体が浮くと同時にあらぬ方へ吹っ飛んだ。だよねー。
「ツェルア、レウ」
高いところから床に叩きつけられる直前に、風のクッションに弾かれ無事着地。自分でも助かる用意をしていたのだが、実際に助けてくれたのは半身だけこっちを向いているハロルド先生だった。
「余計なことしてんなー。なんかあったら俺が責任取らされるだろーがー」
「はーい、ごめんなさーい」
そちらへは適当に謝り、急いで顔を青くしているアレクのフォローに回る。
彼が暴走させたわけじゃなく、ただ風にうまく乗れなかっただけなのだ。マティもアレクが焦っているのを見てさらに焦って謝ってきた。
「ご、ごめん僕が適当なこと言ったから!」
「平気だってば。とりあえずやってみた結論としては、まったくの生身で飛ぶのは難しそうってことだね。風が当たるの地味につらい」
風圧で腹や関節が痛むのだ。方向も調整できそうにないし。一人では難しい。
「複数人で魔法を同時発動するなら、何人か乗れるものが必要になるよね。とすれば、箒よりは絨毯かな」
「どういうわけで絨毯なんだ」
すかさずロックに突っ込まれた。まあ絨毯に乗ろうって発想も斬新だよな。
しかし、呟いてみたら思いつくことがあった。
「そっか、絨毯っていうか、平面のものなら風を均等に受けられるかもしれないな。布だとびらびらして不安定だから例えば―――板とか。そうだ、ねえ、水に板を浮かべるように、空中にも板を浮かばせられないかな?」
「板を浮かばせる?」
「あ、いっそ舟にしたらどうだろう! 何人もで乗り込める空飛ぶ舟! いやイカダかな? 中心にマストを立てるんだ。帆を張って、風を受けたら水の上にいるのと同じように行き先を操作できると思わない?」
「あ・・・ああっ、なるほど!」
マティがすぐに理解して、続きを継いでくれた。
「じゃあ、下から板を押し上げる風の魔法と、追い風を吹かせる魔法、があればいいね? 上昇と下降は威力を調整すれば良くて、進行方向の調整は魔法と帆の操作で・・・いけるかもしれない!」
「でしょうでしょう? やってみようよ。イカダは廃材でもきっと作れる」
「自分たちで作るのか?」
「自前でやるから楽しいんだよ」
「じゃあ、まず材料を集めればいいか?」
「そうだね。動力になる魔法使いももっと必要だ。クリフとメリーも誘おう。あとは使う呪文の構成も検討しなきゃ」
「あ、そ、そっか、呪文、作るんだよね、自分たちで」
マティが頬を紅潮させた。彼もすっかりノってきたみたい。
「習ったやつを少し変えればいいと思うんだ。冬が来る前に飛べればいいな」
「おい、それは危険じゃないんだろうな?」
ロックが不安げに問うてきたので、その肩にぽんと手を置く。
「あのね、危険か危険じゃないかなんてことは、個人の感覚でしかないんだよ。強弱と一緒。基準をどこにするかによって変わるものなんだ」
「何か誤魔化そうとしていないか、お前」
ばれたか。もちろん対策はするが、空を飛ぶのだ、まったく安全だなんては言えないさ。
「まあ皆で考えようよ。ロックにもマティにもたくさん協力してもらうからね?」
よし、大枠は良い感じ。できるかできないかは、やってみないとわからない。
授業後にメリーとクリフに協力を仰いだら、なぜだか私が嫌味を言われた。
「あなたの不敬もとうとう天空神にまで及ぶのねー」
メリーが呟き、クリフも同意していた。
「なんで?」
「空は神の領域だろう」
「鳥より高く飛ばなきゃ怒られないんじゃない?」
「そもそも最初に言い出したのは私だ」
アレクが言い添えると、二人はそろって「殿下は良いのです」と答えた。えこひいき反対!
「で、やるの? やらないの?」
「お前だけに殿下を任せられるか」
「やるってことね? じゃあ覚悟して」
「・・・覚悟?」
少年少女たちの瞳が不安げに揺れた。
「メリーはまず制御を練習! 材料調達は私がするから、クリフ、ロック、アレクは学校に運び込むのを手伝って! マティはメリーの様子を見ながら、術の構成を先に考えといてくれる? この計画の要はメリーだからね」
これに対してすぐに皆が色めき立った。
「待て、そんな労働までは了承していないぞ。力仕事なんて使用人にやらせれば・・・」
「動けるのに動かないのは怠け者だ」
「殿下まで使う気か!?」
「皆でやらなきゃ楽しくないでしょう? ロックはアレクを仲間はずれにしたいの?」
「う・・・」
「ね、ねえ、私の魔法をあまり頼りにしないでほしいのだけどっ」
「大いにするよ。メリーは先生より強い魔法を使えるんだから」
てきぱき抗議を切り捨てて、アレクとマティの同意も得た。
友人の願いを叶えるために始めたことだが、私が一番、楽しんでいる気がしないでもない。




