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 果てしなく広い魔法学校の敷地。こんなの、外壁に沿って一周走るだけでも息が上がってしまう。

 わかってる、わかってるんだ、馬鹿げてるってことは。でもこの時にはすでに猶予の半分を過ぎていて、焦った私たちが他にすることなんてなかったのだ。

「この、程度でっ、音を上げるのか平民!」

 数歩前を走るクリフに叱咤激励され、棒になっている足を懸命に動かす。

「ま、けるかぁっ!」

 魔石の声を聞くために走っていたはずが、いつの間にか変なスイッチが入ってしまい、お互い意地になっていた。

 私たちの中ではクリフが一番体力があり、不思議なことに次が最年少であるはずの私だった。メリーは五周を超えたあたりで倒れ、マティは二周目途中で気づいたら消えていて、三周目を走っている時に潰れたヒキガエルみたいに地面にへばっているのを発見した。

 仲間の屍を乗り越え、そこから必死にがんばってはみたものの、私もまた十周目に差しかかったあたりで屍の仲間入り。クリフはしばらく粘っていたが結局、二十にも届かないところで力尽きた。

 やっぱり、日々机で勉強ばっかで運動不足の学生に百周は現実的でなかった。

 体力がある程度回復した頃、次にはひたすらその場で回り続けてみた。

 スーフィズム的な? 視界を流れる景色がそのうち混ざってわけがわからなくなり、神と交信できそうな気がしたところで、理性がストップをかけた。激しい嘔吐感にしばし苛まれる。

 また回復したら、スカートをズボンに履き替え、誰もいない自習室の壁を使って逆立ちしてみた。

 地味に辛い。時間が経過するにつれ、頭に血が集まってきて破裂しそう。顔面の穴という穴から血が噴き出そう。まずメリーがダウン。マティは最初に逆立ちをし損ねて首をぐきっとやってしまい、早々に沈黙していた。

 またしても残ったクリフと私。血が集まったおかげか、頭が少し冴えてきた。

「ねえっ、私たち、先生に、おちょくられたんじゃないっ?」

「奇遇、だなっ、私も、そんな気がっ、してきているっ」

 そして二人同時に、崩れ落ちた。なんかもう疲れた・・・

「―――え?」

 不意に、メリーが起き上がった。呆然とした表情で、胸に付けている魔石に指先を触れ、

「エン、ルゥヤ」

 《幾年続く》――――ミトア語で呟いた瞬間、魔石が輝きを放った。

 メリーは悲鳴を上げて慌て出し、両手をめちゃくちゃに振る。こっちがどうしていいかわからずいると、やがて早口で何かを叫び、すると途端に魔石の光が収縮し、メリーは、ぱたりと倒れ伏した。

「メリー!?」

 すぐに仰向けにして具合を窺う。と、メリーは目を限界まで見開いて、興奮気味に騒ぎ出したのだ。

「聞こえた! 私、聞こえたのよ! 今のはきっと魔力が流れ込んできたのだわ!」

 どうやら先を、越されたらしい。

 最初の言葉が開封の呪文で、よく聞き取れなかったが最後に叫んだのが封緘の呪文だったのだろう。

「どんな声!? どんなふうに聞こえるの!?」

「わっかんないわ! 何かが頭の中にいるみたいだったの! 低くも高くもない声でああなんて言ったらいいのか! あなたたちも自分で聞けばいいのよ!」

 身も蓋もない。

「もっと逆立ちしてみなさいよ! マティってばいつまで寝てるの!?」

 果たして本当に逆立ち効果なのか? 私はメリーよりずっと長くやっていたはずなんだが。

 それからマティが鼻血を出すまで粘ってみたが、結局、メリー以外には誰も声を聞くことができなかった。



 全員ぐったりして、休憩と水分補給のために談話室へやって来ると、優雅に午後のお茶をたしなんでいるアレクを見つけた。こんな時でも彼は余裕だ。

「どう、かしたのか?」

 彼のほうは、ぼろぼろの私たちに驚いていた。ソファに座って休みつつ、ちょっと馬鹿なことをしていただけだと話すと、アレクは控えめに笑った。

「誘ってくれたら良かったのに」

 正気か? なんで微妙に残念そうにしてるんだ。

「これらの方法は有効ではないと思われます殿下」

 クリフが硬い声で言う。彼の青白い顔はまだ血が下がりきっていないせいで、ほんのり赤い。

「仕方がないさ。必ず聞こえるという方法ではないのだろう? マティアスは大丈夫なのか?」

「は、はい、なんとか。お見苦しくて申し訳ございません」

 鼻に布を詰められている彼にアレクが心配そうに問い、マティは慌てて頭を下げた。急に動くとまた血が止まらなくなるぞ。

「無駄なことを」

「ですが私は聞こえましたのよ!」

 呆れた様子でぼやくロックに、メリーが言い返す。彼女はこの場で最も晴れやかな顔をしていた。

 しかしロックは怯まなかった。

「そんな真似をせずとも殿下はすでに聞こえていらっしゃる」

「そうなの!?」

 いまだ己に素質を見出せない者たちから、一気に羨望の眼差しを送られたアレクは若干居心地が悪そうで、軽く自分のお供を睨んでいた。

「ロックは聞こえたの?」

「私は別に魔法使いになどなれなくていい」

 つまり聞こえてないんだな? まあ、彼はアレクに付き合って入学しただけだし、こんなことはどうでもいいのかもしれないが、それを必死になってる人の前で言うなよな。

「何してたら聞こえたの?」

「特に何も。ぼうっとしていたら頭に響いてきた」

 そうしてアレクはポケットから石を取り出す。

「シュロフェセリヤ」

 《霧の中にいる》――――メリーの時と同じ、ミトア語を唱えると魔石が輝きを発した。続いて、

「サリ」

 《過去》と発すると輝きは収まった。

「最初に声が聞こえ、魔力が流れ込んで来ると共にまた声がしたんだ。《不変のものは》と聞こえたので、答えるとそれが封緘の呪文になったようだ」

 へー・・・としか言い様がなかった。開封の呪文は石の言葉を繰り返して、封緘の時は問答なんだ?

「私もですわ。《朽ちぬものは》と聞こえたので、《歌》と答えましたの」

 あんなにパニクってたわりに、詩的な答えをよく導けたものだ。しかし、この最後の禅問答みたいなものに誤答はあるのだろうか。ますます魔石ってなんなんだ。

「あるいは神の声なのかもしれない」

 石じゃなく、石を通して語りかけられたのではないかとアレクは予想した。実際に声を聞くと本当にそんな気がするそうだ。

 信じられないというか、納得がいかないというか、どうにも釈然とせず、腕組みして考え込んでしまっていたら頭に手を乗せられた。

「エメ。自分の言葉で頭がいっぱいになっていると、他の声は聞こえなくなるものだ」

 顔を上げると、アレクになでられていた。

「君はいつも何か色々と考えているようだが、たまには、すべて忘れてここを空っぽにしてみるといいんじゃないか?」

 空っぽに・・・

 あれこれ思い悩んではみたが、未知なる力を自分の中にある理屈だけで捉えようとすること自体が、間違っていたのだろうか。考えるな感じろ的な?

 私に足りないことはもしかしたら、それなのかもしれない。

 アレクたちと別れた後に、私はまた走ってみた。じっとしたままで頭を空っぽにする方法がわからなかったから。

 そして限界に達したら地面に倒れた。しばらく自分の荒い呼吸音が繰り返され、ようやく静まった頃には風のそよぐ音が耳に届いた。

 いい加減、全身がだるい。そろそろ何も考える気にならなくなってきた。

 青い空には綿をちぎって散らしたような白い雲と、眩しいばかりの太陽。敷いてある芝生の先が肌に刺さって痒い。

 他に余計なことは思わずに、偉大な神の創りたもうたらしい世界を感じていた。


「――――?」

 するとかすかに、何か聞こえた気がした。最初は単なる風の音かと思ったのだが、一度その音を捕まえたら徐々にはっきりしていった。


『滅びの日』

 

 ミトア語でそう聞こえた。男とも女ともつかない声だ。しかしどこかで聞いたことがあるような気もする。

 疲れた頭では歓喜も湧かなかった。ただ無意識にその言葉を反復する。

「・・・ミンフェ、アレ・・・」

 途端、冷たい何かが体にじんわり流れ込んできた。

 慌てて飛び起き、右手に握った石を見ると光が中で渦を巻いている。そこから発せられている見えない力が、触れている皮膚の隙間に染み込んで、ゆっくり内部まで侵していく。

 怖気が走った。

 たぶん私は悲鳴を上げている。わけのわからないこの力が恐ろしくて、こんなの手に負えないと思った。

 早く、早く、追い出したい。願うと再び声が響いた。


『夢を見るのは』


 夢だって? 寝ている時はっきり夢を見ていると、確かめられているのは人間だけ!

「―――アルマっ!」

 叫んだら、一瞬で冷たい流れが遡って石に戻った。後には、力の通った道筋がじんじんと疼いていた。そこでようやく、力は冷たいんじゃなく、すごく熱かったんだと気づいた。

 再び石を見ると元の宝石と同じ輝きに戻っている。

 魔力が、神の力だと言われる所以を実感した。やっぱり私の知っている理屈にない、まったく新たな性質の力であると言っていい。いくら考えてもだめだった。これこそオカルト・フォース。


 ・・・・でも、ま、とりあえず。

 結局なんだかよくわからなかったものの、魔法使いにはなれた模様です。

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