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「これから皆さんには、魔石の《声》を聞き取ってもらいます」

 二年目の春、一発目の授業で言い渡された。

 この前にミトア語講座の最終チェックテストを受け、全員合格をもらった後でのことである。

 誰もが、は? となる。

 しかしこれはお茶目な先生の冗談発言などではなかった。

 私たちの一人一人にブローチ大の緑の魔石が配られ、まじめに「石の声を聞け」とわけのわからん要求をされたのだ。

「魔石に封じられている魔力が決して外に漏れ出さないことは、習いましたね? 言うなれば魔石には《鍵》がかけられているのです。その鍵を開くために必要なのが《開封の呪文》。魔法使いの素質のある者は、その呪文が石から聞こえます」

 それは当然、ミトア語であり、それぞれの石に固有のものである、らしい。

 石が教えてくれる暗証番号ならぬ暗証言葉を唱えれば魔石の魔力が解放され、あとは好きなだけ自由に取り出して使える。力を閉じる時は《封緘ふうかんの呪文》を唱え、それもまた石と話せばわかるのだとか。

 先にミトア語を学ばせたのは、まず言語を知らなければ石の発する言葉を雑音と脳が認識し、たとえ聞こえていても気づけないためだ。

 つまり、いきなり石に口ができてお喋りしてくるとかいう話ではないらしい。当たり前だが。

 先生は「頭の中にかすかに響く」と表現していた。

 それこそが、魔法使いの素質なのだと。


 私たちには半月の猶予が与えられた。

 その間は授業も課題も一切なく、ただひたすらに石に耳を傾け続け、呪文が聞こえて魔力が体に流れ込んでくる感覚があれば、晴れて魔法使いの仲間入り。魔石はそのまま自分の所有物となる。

 半月経った後も卒業までは石を持たせてもらえるが、これまでの経験から、半月経っても聞こえなかった者には見込みがほぼないのだという。

 素質―――曖昧で理不尽な言葉だ。これまで必死に努力してきた少年少女たちの顔には複雑な表情が浮かんでいる。

 だが、「あれ? これって遅ればせての春休みなんじゃ」と一瞬暢気なことを考えた奴はおそらく私だけではないと信じたい。




 とりあえず言われた通り、耳に石をあてて待ち始めた休みの初日。

 気づいたら寝てた。

 ベッドで横になっていたのがまずかったらしい。疲れも少しは溜まっていたもんだから。

 寝ないように気を付けつつ、余計な雑音が入らないように部屋で静かに過ごすも、ただぼーっとしているのはどうにも落ちつかない。読書でもしてようかとも思うがしかし、石以外のことに意識を向けていいものかわからない。いつ何時、どんなふうにどうやって聞こえるのか予想もつかないもんだから、ただひたすらにじれったかった。

 ―――ああもう、こういうの苦手だ!

 何もできずただじっと待ってるだけなんてある意味で拷問だ! そもそも石の声を聞くってなんなんだよ!?

 暇過ぎてどうしても理屈を考えずにはいられない。

 魔法使いには《回路》があるのだと教えてもらった。普通の人にはない、魔石と自分を繋ぐ精神的な不可視の道筋であり、そこを通して石の声が聞こえ、魔力が流れ込んでくるのだと。その回路こそが、神に与えられし恩恵であり素質であるのだと。

 魔法使いは神に愛された人間だと言われている。

 魔石は神の力の欠片とされているからだ。私たちのまとうローブが空や太陽の光の色をしているのは、天空を統べる神であるヴィシュヴェレイアを象徴する色をまとうことで、より魔力を魔石から引き出しやすくするとかいう、なんじゃそりゃな理由のためだった。

 別に神の存在を否定するわけじゃない。むしろ、私はそういうものは在るような気がしてる(一部の人間をえこ贔屓しているかはともかくとして)。

 こうして私が生まれ直していることもそうだが、前世の人生でも、研究をしていると世界が不思議な程に整然とした理屈で動いており、まるで何かの意志を反映しているようだと感じることが多々あったのだ。だからって信仰を集める特定の神に傾倒する気にはならなかったが。人に語られると途端に胡散臭く感じるんだよな。

 とりあえず仮に、この世界には天空神とやらが存在するとして、彼を世界の法則を作った者だと定義しよう。法則のある世界の事象は理路整然と説明することができるはずだ。

 ならば石から聞こえる声とは何か? 

 声は音。音は空気の振動。石によって聞こえ方が異なるのというなら、それ自体が発する固有の振動を声だと比喩している? 物体を成している分子はそれぞれが常に振動している。人が聞き取れるわけがないその振動を聞き分ける、特殊な聴覚を持っている者が魔法使い?

 いや、理論が飛躍し過ぎだな。大体、石の形や温度条件なんかが変わったら振動の仕方だって変わるだろうし、特殊な聴覚ってなんだ。振動音がすべてミトア語の発音になるというのにも無理がある。


 三日くらいうんうん唸っても、自分の中でうまい理屈が浮かばず、ゆえにどうすれば石の声が聞こえるのかという方法もわからず、ただただ頭が痛くなっただけ。

 ここまで来たらなんとしても魔法使いになりたいが、気ばかり焦って、解決策が見つからない。

 これはまずい兆候だと自分でもわかり、次の日、無理やり気分転換の散歩に出かけてみることにした。

 頭か体か、どうも常に動かしてないとだめなんだよなあ。

 そんでもって、部屋を出たら同じように陰鬱な表情のメリーに出くわした。

「聞こえた?」

「ぜんっぜんよ!」

 お互い深い溜息を吐く。どうしたらいいもんか。

「他の人の偵察に行きましょうよ」

 もう部屋に一人で籠もっているのに飽きたのか、メリーからそんな提案をされた。

「なんのための偵察?」

「聞こえている人がいたら、どうやったのか教えてもらうの」

 メリーってわりとプライド低・・・いやいや、素直な子だよな。


 まず自習室でマティを発見。気弱げに笑いながら、彼は質問に対して緩く首を振って応えた。

「僕は、だめなんじゃないかと」

 思って、いつも通り勉強をしていたらしい。若いくせに自分への見切りのつけ方が潔い。さすがに早過ぎるわ。

「何を弱気になっているの! まだ日があるでしょう!?」

 メリーがたまらず、いとこを怒鳴りつけた。極端に自信のない彼が、メリーに怒られているところはよく見かける。そういう時、決まってマティは眉を下げて、叱られた子犬のように肩をすくめるのだ。

「ごめん・・・ただ、僕は別に、魔法が使えなくても・・・」

 もごもご喋って言葉の終わりを濁すのが彼の悪いところだ。はっきり意見を述べることになんでか抵抗があるみたい。気が優しいからこその癖なのかもしれないが、たまに、しっかりしろよと背中を叩いてやりたくなる衝動に駆られる。ま、私がやるまでもなく、いつもメリーがやっているが。

「余裕だな」

 騒いでいたら、不機嫌なクリフが現れた。彼もまた苦戦し、気分転換の散歩をしていたようだ。それにしてもこの面子は気づくとよく集まってるなあ。

「どうしたら聞こえるんだと思う?」

「知るか。肌身離さず持っていても一向に聞こえん」

「もう先生に聞きに行きましょうよ」

 言いつつメリーは乗り気でないマティの腕をすでに掴んでいる。

 まあ、わからないどうしが何人集まったところで文殊になれるわけもなし。先生だろうが誰だろうが、ヒントをくれる人を私たちは切実に欲していた。

 学校には先生たちの休憩所となっている場所がある。いわゆる職員室のようなものだ。

 今は授業中であるため誰もいないかもと思ったが、なぜかこういう時に限って、黒髪の魔法使いはいるのだ。

 ハロルド先生かぁ・・・

 私たちはあからさまに肩を落とす。

「なんだ、その反応は」

 だってまともなアドバイスくれそうにないんだもん。どうでもいいことだが、彼の無精ひげはそろそろ伸びてまともな顎ひげになってきている。ちょっとは貫禄があるように見えるか。

 あまり期待はしないが・・・藁にも一応は縋っておこう。

「質問があります。石の声を聞くにはどうすればいいですか?」

「あーはいはい、やっぱり来たな」

 ハロルド先生は待ってましたとばかりに、にや~と笑いを広げる。

「毎度いるんだよなあ、お前らみたいに必死なのが。そんな奴らに言えることは一つだ。諦めろ」

 んな身も蓋もない。

「具体的に、どういうことをしていたら聞こえたなどの例はないのですか」

 クリフが若干いらいらした口調で問い詰めると、先生は「そうだなあ」などともったいぶってから答えた。

「敷地を百周走る、限界まで逆立ち、酒を飲む、ひたすら回り続ける、とか色々伝説は残ってるな。じっとしているのが暇なら試してみればいい」

 って、軽く言ってくれましたけど、どういうこっちゃ!

「やりませんよ!」

 ふざけた先生に憤慨し、私たちは部屋を出て行ったのだった。



 ***************************


 生徒らの背を見送って後、ハロルドは笑みを引っ込め、やれやれと息を吐く。

「やっちまうんだよなあ、これが」

 たとえ馬鹿げているとわかっていても。追い詰められた時に取る人間の行動パターンに、いくつも種類がないことを彼は知っていた。

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