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 自分のことでもリル姉のことでも本当に色々あった年がやがて終わり、世間は新たな年を迎えていた。

 私は十三歳になった。この国には誕生日の概念がなく、誰もが年がかわる同じ日に一つ齢を加算する。ということは、年末ギリギリに生まれた子供は0歳児期間がほぼないのだがまあ、年なんて大体の目安でしかない。

 しばらくの間は、親しい人に贈り物をしたりパーティーを開いたりして互いの生まれを祝い合うイベントがあちこちで起きており、王都には日本の正月のように心浮き立つ雰囲気が漂っていた。

 ここに来る前は、せいぜいちょっといいものを食べるくらいでプレゼントの贈り合いなんかはしたことがなかったのだが、人がやっているのを見ると自分もやってみたくなる。比較的仲良くしている学校の同級生たちやリル姉やそれからジル姉にも、ぜひ贈り物をしたいと思ったがしかし、普段から少ない貯金を切り崩して学用品をそろえている身としては厳しい。バイトをしている時間もない。なのでバースデーカード的なものを自作し、簡単なメッセージを添えて主たる人々に渡した。

 ただしジル姉には報告したいことがいっぱいあったので、長い手紙になってしまった。郵便代もまあ、あまり馬鹿にならない額なので、この際に一気にと思ってしまって。封筒の中にこの地方特有の、冬でも咲く星の形をした細かい花を数輪、入れておいた。

 ま、カードを喜んでくれたのはリル姉とアレクだけだったがな。あとは大体、「これ何?」って感じの微妙な顔された。気持ちだよ。

 リル姉は髪留めリボンを贈ってくれた。初の装飾品ゲットである。これまで髪は邪魔になったらすぐ自分で切ってしまっていたのだが、せっかくなので伸ばしてみようかと思う。私も就職して初任給を得たらまずリル姉とジル姉になんか買おう。

 それからアレクもお返しの贈り物を申し出てくれたのだが・・・

「ドレスを贈ろうか」

 間髪入れず断った。

 彼は突拍子もなくこんなことを言ったのではない。実は魔法学校でもこの時期に、新年を祝う夜会が開かれるのだ。

 詳細が書かれた掲示を見た時、イベントやるより正月休みくれよと思わなくもなかった。そう、特別休業などはない。夜会の前にもしっかり授業はある。

 で、夜会とは当然ドレスを着るものであり、完全に私をハブにするイベントじゃねえかとぼやいたら、アレクが贈ってあげるよと言い出したのだ。

 お返しには重過ぎるよ! ビビデバビデブーで出してくれるわけじゃないんだろ!?

 全力で遠慮という名の断固拒否をし、ほんの少し彼を落ち込ませてしまった。

 気持ちだけ、ありがたく貰っておくよ。



 迎えたイベント当夜。

「その面の皮の厚さにだけは感心する」

 クリフォードに嫌味を言われながら、私は会場に普段のローブ姿で堂々と出現している。受験会場にも使われていた大ホールだ。緋色のカーペットが敷かれ、シャンデリアや無数の装飾ランプに照らされて、随分と様変わりしていて以前とはまるで別の場所に見える。

「だって寮で夕食出ないって言われたから」

 ローストされた肉を突きつつ反論。私とてドレスコードを強行突破したかったわけじゃないが、どうせここにいるのは生徒ばかりで私の貧乏も周知の事実なのだ、夕飯を我慢してまで遠慮しなくていいなと判断し、恥を忍んで参上した次第。意外と来てしまえばそんなに恥ずかしくもなかった。

 豪華な食事に楽団までいる立食パーティ。

 男子生徒は黒が基調のかっちりしたタキシード姿、女子生徒は色彩豊かな裾のふうわり広がるドレスに身を包み、優雅な楽曲に合わせて少年少女が手を取り踊っている。そんな光景を眺めながら済ませる夕飯もなかなか悪くないものだった。

 芸術鑑賞でもしている気分でいたら、クリフォードたちが寄って来たのだ。

「なんて格好をしているの!?」

 きりりと眉を吊り上げて、まるでシンデレラのいじわる継姉さながらに見える彼女はメリリース・ベルマンディ。同じクラスの人。自慢の形の良いおでこを今日ももちろん出して、銀色の髪に似合うシックな濃紺のドレスを着ているのが、確かにきれいなのだが、なんか悪い魔女っぽい。彼女は少し目付きがきついのだ。

「こんばんはメリー」

 いたって朗らかに挨拶したつもりだが、メリーはますます激昂する。

「略して呼ぶなと言ってるでしょう!」

「だって長いよメリリースって。メリーでいいじゃん」

 クリフォードもたまにうっかりクリフと呼ぶと怒るんだよなあ。でも長くない? やっぱ。

「可愛くてよくない? メリー」

「不敬よ! まったくこれだから平民は!」

「その平民に課題手伝ってもらってるくせに」

 これを言うとメリーは黙る。前は私が隣に座るのも怒っていた彼女は、解けない問題があると部屋に押しかけてきて、「平民の意見も聞いてあげるわ!」とか言うんだからびっくりだよ。何言われてんのか最初わかんなかった。

 なぜ頼むほうが高飛車なのかは気になるが、これでも認めてもらえたってことなんだろう。じゃなきゃ、どんなに困っていたとて私に頼るなんて発想は生まれなかったはず。

 弱いところを突かれたメリーは慌てて話題をすり替えた。

「あ、あなたドレスの一つも持っていないわけ? 卑しさに拍車がかかっているわよ」

「ほっといてよ。―――マティアスもこんばんは」

「あ、う、うん」

 メリーの後ろに気弱げな少年が隠れている。マティアス・クラウゼン。愛称はマティ。そばかすが浮いているぱっとしない顔で、貴族というより農夫の息子と言われるほうがしっくりくる。親しみやすいと言えば聞こえはいい。まったく似ていないが彼はメリーのイトコらしく、今夜は彼女のエスコート役として傍にいるようだ。

 私に突っかかってこない貴重な相手であり、物静かで、かつ頭が良い。彼とは何度かミトアの思想についての解釈のことで、議論を交わしたことがある。声は小さいのだがよく聞けば、筋が通った論調でなるほどと思わせる。メリーは彼にわからないところを聞けばいいと思うのに、なぜかしないんだよな。

 にしてもこいつら、なんで私のとこに集合した?

「踊りの誘いにでも来てくれたの?」

「当然踊れるからそのような口を利くんだろうな?」

「いやまったく」

 さすがに前世でもこういう場でのダンスは経験がない。留学先でパーティに呼ばれたりしたことはあったものの、音楽はポップな感じで優雅なのでは決してなかった。

 私は、自分も参加するならポップで気楽なほうが好きかな。踊りなんて各人が楽しいように、適当にすりゃいいと思うんだ。

「そもそもドレスも用意できない平民などと踊るものか」

「じゃあなんで私のところに来るの」

「休憩だ。そうしたらふざけた格好をした者を見つけて、何も言わずにいられなかった」

「私もよ。みっともないったらないわ。せめてフリルの付いたスカートを穿いたらどうなの」

 余計なお世話だ。そしてマティは静かに笑っているし。言っとくけど制服は一応、正装だからな?

 ふー、まったくうるさいなあ・・・ま、私も友達が増えたってことか。最初の頃を思えば感慨深いものだ。


 一曲が終わるまでの間は他愛ない雑談をして彼らは休憩し、次の曲の始まりにはそれぞれ誘われて再び中央の踊り場に戻っていった。わりとすぐ静かになってしまい、それはそれで寂しい。

 どうやらダンスは男女どちらから誘ってもいいものらしく、そして滅多なことがない限り、断るのは無作法とされるようだ。

 なので誘われ続けるとずっと踊ってなきゃならない。

 実は今、アレクがその憂き目に遭っている。

 貴族身分でも王子とダンスができる機会なんてまずないわけで、将来を見据え自分を売り込んでおいてなんら損はない。多少強引に迫ったとて、あくまでアレクは一生徒、ここでは許される。

 たぶん、私のせいなんだよな。平民が普段から気安い態度で接しているのを見ていたら、貴族のお嬢さん方は自分も当然いけると思うに決まってる。他の人と踊りながらも次はアレクをと狙っている様子が、離れたところからはよく見えた。

 それがちょっと、おもしろい光景だった。アレクには悪いが。

 ちなみに王子側近であるロックもばっちり狙われている。ロックオン! とか心の中で言ってしまった。あぁ、またくだらないことを・・・


 そんなふうに、によによしながら見ていたのを気づかれたのかもしれない。

 踊りながらアレクがだんだん端に来るなと思ったら、ダンスが終わってパートナーと別れた途端に、くるりとこちらを振り返り、手を差し出してきた。

「私と踊っていただけませんか?」

 えぇ~・・・どんな羞恥プレイだよ。

 こっちはドレスもガラスの靴もないどころか、手にフォークとおかず満載のお皿持ってるんですけど。口の中には食べ物入ってますけど。とりあえずそれは急いで飲み下す。

「踊り方知らないよ」

「大体適当だ」

「そうは見えないよ? 私はご飯食べに来ただけだし気にしないで」

「だめか? せっかくだからエメと踊りたかったんだが」

 しゅんとなるなよぉ。

 お返しも断っちゃったしなー、これも断ったらさすがに悪いか。ダンスパーティで誘われて踊らないっていうのも、無粋なんだろうし。

「―――それじゃあ一曲だけ。確実に足を踏むから覚悟して」

 皿を置いて手を取ると、アレクは微笑みを浮かべた。

「エメは軽いから大丈夫だ」

 さすが紳士。でもたぶん踏まれたら普通に痛いと思う。気をつけよう。

 ステップなんて全然知らないので、アレクに誘導されるまま雰囲気で動く。優雅な曲に紛れて周りがざわついてる。かなり滑稽に見えるんだろうなあ。悪目立ちするのはすっかり慣れた。

「いいぞ。上手だ」

 踊りながらアレクが囁いてくる。彼のリードがうまいおかげで足は踏まずに済んでいる。

「まさか王子様と踊る日が来るとは・・・夢みたいな話だよねえ、よく考えたら」

 本当に童話の主人公にでもなった気分。しみじみ呟くと、アレクがかすかに笑い声を立てた。

「エメに喜んでもらえるなら、王子に生まれて良かったよ」

「いやそんなに喜んでもいないけど」

「え」

「冗談だよ」

 表情の固まる彼に笑って返す。

「別に王子じゃなくても、アレクみたいな素敵な人と踊れて光栄だよ」

 寛容なところも優しいところも含めて、彼をこそ生まれながらに高貴な人と言うのだろう。自分の尊いことがわかる人は、きっと他人を尊ぶことを自然と知っているんだ。

 そんな彼と友達になれたことは、本当に幸運だった。


「もうすぐ一年経つんだね」

 ゆりかごにでも揺られるように、ゆったりした気分の中でまた呟く。

 今日は華やかな楽しい夜であるが、明るいだけでない雰囲気がある。

 入学してからもうすぐ一年。

 私たちはミトア語で会話できるレベルに達しつつある。短くも長い道のりだった。春になれば私たちの中で誰が魔法使いになれるのかが決まる。

 全員がなれることはまずないと聞いている。素質があった者はその後、魔法使いになるための修業にシフトし、なかった者は理論だけを勉強するか、あるいは諦めて学校を去る。

 レナード宰相は魔法使いになれなくても研究所に勤められると言っていたが、よくよく話を聞いたらそんなの一握りのことらしい。魔法を使えないというデメリットが霞む程の頭脳を持ち合わせている者でなければならないってこと。そういう人たちは魔法使いたちと協力して、新しい呪文の開発や、魔石の特性なんかを研究していくそうだ。なので、狭き門に挑む気力のない者はすぐ学校を去る。

 私に魔法使いの素質はあるのか、春になって、誰がどれだけ学校に残っているのか。

「皆で魔法使いになれるといいな」

 アレクが優しい願いを口にした。

「そうだね」

 嫌がらせとか、そういうのも色々あったしまだ和解できていない人もいるが、一年近く机を並べて勉強し、同じご飯を食べて、生活してきた同級生たちにまったく情が湧かないわけもない。

 誰もが努力してきたことを知っている。皆で魔法使いになれたらいい。

「空飛ぶ呪文を習えたらいいね?」

「ああ。・・・でも、私はもう飛んでいるような心地がしている」

 冗談まじりに言ったことには不思議な言葉を返された。

「エメといるとそんな気になれる」

「なにそれ」

 よくわからないが、まあきっと、悪いことは言われてないんだろうと思っておいた。

 

 一曲を無事に踊り終え、互いにお辞儀。また捕まってしまったアレクを見送り、お腹が膨れた頃、私は夜会を途中で抜け出して部屋に戻った。

 なんだか物寂しい気持ちになってしまった、年明けの出来事だった。

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