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 美しい、白亜の宮殿が遠くにそびえている。

 丸かったり尖がっていたりする屋根は青緑色だ。おそらくは青銅が錆びた色であろうが、もともとのまぶしい金色の輝きよりはこちらのほうが落ちついた印象で、白の壁によく合っている。

 しっかし、広いな王宮! 門の先にさらに街があるのかと思ったわ!

 魔法学校でかなり広いと思っていたが、これは桁違い。

 まず見事な庭園が左右に広がり、中央の宮殿に繋がる道の途中で、高々と前脚を掲げた馬に跨る英雄像が客人を出迎える。ロシアの青銅の騎士を彷彿とさせる像だった。英雄は初代の国王なのだとアレクが教えてくれた。

 こういう場所がきっと千年後らへんに目ぼしい観光地になったりするんだろうなあ。後々の収益になると考えれば、権力者たちがばかばか建てる巨大施設も案外無駄じゃないのかなと思ったり。単に後世の人が商売上手なんだとも言えるが。

 今日は白亜の宮殿までは行かない。っていうか行けない、さすがに、王族の居住区までは。医療部へは途中の脇道に逸れる。

 学校からずっと馬車に乗り、門をくぐってからもそのまま広過ぎる内部を移動している。

 ごてごてした装飾の、クラシックなカボチャの馬車みたいなのが校門前で待っていたのには驚かされた。いくら出世してもこれには一生乗れなかっただろうに、アレクの友人ということであっさり乗せてもらえてしまう。だが嬉しいよりも妙に恥ずかしい気持ちになった。例えるなら、いい年してメリーゴーランドに乗っているかのような。

 ちなみに万が一アレクとはぐれても怪しい者でないことを示すため、私は身分を表せる水色のローブを羽織っている。これに縫い付けられている校章が、一の門をくぐる際にも通行証がわりになるのだ。ただし下は普段着のベストとスカート。アレクはそれで構わないと言ってくれた。だめでも他にまともな服はない。

「ほんと、とんでもないとこに住んでるよねー・・・じゃ、なくて、住んでいらっしゃいますね?」

 学校から一歩でも出たらアレクにもロックにも敬語を使う。そういう約束だったのだが、油断すると戻ってしまう。それに変な感じだ、と思ったのは私だけではなかったらしい。

「無理しなくていい。こちらも、なんだかむず痒くなる」

 誰しもに傅かれてきたであろう王子殿下はそのように仰せになる。しかし言われたら言われたで失礼な、とも思う。

「畏れながら申し上げますが、私とて、礼儀作法の一通りはきちんとした貴族の先生に習っております。どこかおかしなところがございますか? この口調に慣れぬだけだとおっしゃるのであらば、普段からもこのようにお話しさせていただきましょうか。エメは殿下のお望みの通りに致します」

「やめてくれ」

 ちょっとからかってやったら、アレクは手を挙げて止めてきて、ロックなどは小さく唸り出した。

「・・・なぜお前は敬語であるほうが無礼に聞こえるんだ」

「ロデリック様まで何をおっしゃいます」

「やめろ、鳥肌が立ってくるっ」

 散々敬意を払えと言ってたくせに! 私が敬語を使うのは寒気がする程おかしいのか? がんばって長い言い回しをして気味悪がられるだけならほんとにやめるぞ。



 やがて馬車が目的地に到着する。リル姉が働いている医療部は、王宮内の軍事施設に併設されている。王族の主治医は中央宮殿に常時待機しているそうで、アレクはその人らを通して医療部へ渡りをつけてくれたらしい。

 庭園が途切れ、緑の芝生に覆われない土の地面が現れたそこが軍部。野外訓練場にて兵士たちが汗を流しているところに、やって来た豪奢な馬車は彼らを大いにおどかした。非常に気まずいがここで降りねばならない。

 兵士らの前で王族貴族と並び立つのはだめだろなと多少は遠慮し、アレクとロックの後ろに隠れたのだが、その直後に、私は自らで注目を集めることになった。

「あ!」

 うっかり大声を上げてしまったのとほぼ同時。

 近くの井戸で汗を拭いていた義眼の少年兵士も、口と目を大きく開き、私たちは互いを指さした。

「ギート! 久しぶり!」

 彼のことはちゃんと忘れてない。忘れるものか。

 ええと、どのくらいぶりかな? 確か春先に会って、今が秋だから、あれ? もう半年くらい経ってたか。井戸の周りにはあの時の小隊の人たちがおり、皆、変わらず元気そうで何よりだった。

「変態女!」

 うん、本当に元気そうだ。殴りたい。

「まだ根に持ってたの? さすがにみみっちいと思うよ、それは」

「うるせえ! なんでお前がここにいるんだよ!?」

 どうやらギートは混乱している。王宮に勤めているのなら、王子の顔くらい知っていても不思議ではないし、そんな人と一緒に私が馬車から降りてきたもんだから、わけがわからなかったのだろう。とはいえ、いきなり変態呼ばわりは許容範囲外だぞ。

 また、アレクも私たちのやり取りに首をかしげていた。

「エメの知り合いか?」

「命の恩人なの!」

 まずアレクにかいつまんで事情を説明し、次にギートへ報告だ。

「私、魔法学校に入れたんだ。宣言通り、一位でね!」

「・・・はあ?」

 あ、こいつ疑ってるな。順位は私もハロルド先生に口頭で聞いただけなので証明できないが、入学できたことはローブが示してる

「ほんとだからね? 殿下と同級生なんだ。それで、殿下にお頼みして今日はリル姉の仕事場を見学に来たんだよ」

「・・・で、魔法使いになったのかよ?」

「それはまだ」

「なんだ」

「絶賛勉強中なの。ちょっと待っててよ」

 もっと感動してほしいところだったんだが、まったくどうでもよさげなんだから手応えがない。君に宣言したから、こっちはがんばったというのに。

「それは魔石か?」

 アレクがギートの左目を指して尋ねる。やっぱ気になるよね。

「あ、は、はい。ガキの頃、流れの魔技師に入れてもらったものです」

 いきなりアレクに話しかけられて戸惑いつつも、ギートが答える。今もガキだろというつっこみは置いといて、他に気になることを言ったな?

「流れって何? 魔法使いも魔技師も王都の、王宮にいるって習ったけど」

 王立魔法研究所がこのだだ広い王宮のどこかにあり、国の魔法使いは皆そこに勤めているはずなのだ。魔技師も魔石加工の特殊技術を習得した魔法使いだ。

「よくわかんねえが、この国の人間じゃなさそうだった」

「他国の人?」

「たぶんな。なんつーか、毛色の違う奴だった。いきなり現れて、かわりの目をやるって。金も取られなかったしよ」

 ずいぶんと奇特な人がいたものだ。人助けの旅でもしてんのかな。どこのご隠居様だろう。

 戦乱期は乗り越えて他国との交流は当然存在し、人も物もある程度自由に行き来している現状だ、他国の魔法使いがやって来て少年を救う、そんな話もありなのか。

 ちなみに私たちがいる大陸には、ここも含め三つの国が存在する。戦乱期に乱立していた国々がなんやかやと揉めた末に、三つでひとまず落ち着いたのだ。きっと三は均衡の数字なんだろう。そう昔の話ではない。海の向こうにも国があるらしいが、交流があまり活発ではなく情報は少ない。

「―――エメを助けてくれたことに私も友人として心から感謝する。そなたのような強い戦士に恵まれこの国は幸いだ」

 説明の後、アレクがいつもよりさらに王子然として、ギートをやや大げさな程に褒め称えていた。

 当の本人は右目をさまよわせてうろたえており、生意気な彼が何も言えずに頭を垂れる様がおもしろく、悪戯心が湧いてその脇腹を肘で突いてやった。

「ほら、私の予言通り。まだ勲章ではないけど、王子殿下からお褒めの言葉をいただけた」

「・・・後で勲章にまでなんのかよ?」

「まあ待っててよ」

「期待しねえよ」

 たかが小娘一匹助けたくらいで、と小僧がぼやいていた。




 訓練場から程近い、リル姉の仕事場は兵士らの声が分厚い石壁に遮られ、打って変わって静かであった。広い部屋に、ずらっとベッドがいくつも整然と並べられ、間に板の仕切りを入れられている。奥のほうにぽつぽつと負傷兵が寝ている足先がわずかに覗けた。

 集まってくれようとした医師たちには気にせず仕事を続けてもらい、私たちの相手をしてくれるのはカイゼル髭の優しそうなおじいさん医療部長と、顔に大きな傷のある医師だった。

 ブラッ・・・! と、一瞬どこかの無免許医師の名前を口走りそうになったが、向こう傷が鼻筋を通って付いているのが同じなだけで、髪の色なんかは普通のこげ茶色だ。勝手なイメージだがすごく軍医っぽい。ただ、最初からなんでかずっと眉間に皺を寄せている。その理由はすぐにわかった。

「ここは学校じゃないんでね、助手の授業参観なんぞ受け付けていないんですが?」

 名乗るより先に大人が噛みついてきやがった。そしておじいさんが優しそうな笑顔のまま、男の顔を裏拳で容赦なく殴った。びっくりして私たちは何も言えなかった。

「このような王宮の末端まで、ようこそおいでくださいました殿下。リディルの妹殿も。リディルはすぐに戻って参りますので少々お待ちを」

 ご丁寧な挨拶はありがたいのですが、まさかの医者が暴力行為を働く瞬間を見てしまった私たちはどう反応すればいいの。横の人、流血してるんだけど。

 なんか怖ぇ! リル姉はここで本当に楽しくやれてるの!?

 そしてこの男がもしかして・・・

「あなたがジェドさんですか?」

 名前だけは聞いていたリル姉の上司。まさしく、偏屈という言葉を体現して見える。ポケットから出したハンカチで血を拭いながら、男は三白眼をじろりと向けてきた。

「初めまして、私はエメです。あなたのことは姉に聞いています。ええと、とても素敵な上司だと」

「下手なおべっかは単なる嫌味だ。小さなおつむに覚え込ませとけ鼻垂れガキめ」

 鼻血垂らしてる大人に言われたくない。嫌味を言われてる自覚があるなら性格直せよ。いや、開き直ってるからこそ偏屈なのか。

 とにかく仕事場に押しかけたことがジェドさんは不愉快だったらしい。かと言ってこの態度はあんまりだと思うが、あちらが正論なので言い返せない。出迎え等はアレクが断ってくれていたものの、確かに邪魔には違いない。

 わかったよ、さっさとリル姉の様子見て帰ればいいんだろ。

「リル姉は何をしているんですか?」

「表に包帯を干しに行っているのだよ」

 答えてくれたおじいさん、フランツさんの口調はひたすら優しく好意的。やたらにこにこしているのがなんか見覚えあると思っていたら、そうだ、初孫をあやす前世の両親の顔と同じだ。子供好きなのか、あるいは私と同じ年頃の孫がいるのかもな。

「見に行ってもいいですか? リル姉が仕事している様子を見たかったので」

「いいとも。殿下はどうされますか?」

「行こう。今日の私はエメの付き添いだ」

 ほんと感謝してます。

 実は、今日見学に行くことはリル姉に内緒だったりする。そのほうがおもしろいかなと思って、アレクを通して皆にお願いしておいたのだ。リル姉の驚く顔を想像しただけでにまにましてくる。

 しばらく廊下を行くとやがて中庭があり、その一端に洗濯した包帯を干すのだという。

「ほらそこに―――」

 中庭が見えてすぐ、フランツさんが指した先。


 緑の芝生に白い線が這う、その中心で、リル姉の上に男が覆いかぶさっていた。


 私は駆け出した勢いのまま、男の股間に蹴り入れた。

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