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 帰り際にまさかの出来事に見舞われた私だが、リル姉はもっと大変な一日だったらしい。

 面接中、魔剣の練習をしていた訓練場で突然爆発が起き、怪我をした兵士たちが次々運び込まれてきたそうな。なんでも魔石の力が暴走したんだとか。ジル姉は普通に使ってたけど、そこまで危険なものだったとは思いもしなかった。

 当然、面接なんかやってる場合ではなくなり、手が足りないのでリル姉も看護に駆り出されたのだ。お疲れ様としか言いようがない。

 でもおかげで能力と度胸を示すことができ、その場で即採用が決まった。さすがリル姉。伊達に毎日無駄に怪我してくる男どもを相手にしちゃいない。

 リル姉が夕方にそろそろ私を迎えに行こうとしたところで、タイミングよくレナード宰相が医療部にやって来た。そして彼はそのまま私たちを屋敷に招いてご馳走してくれた。

 王子がさりげなく受験会場に混ざっていたり、宰相のフットワークがやたら軽かったり、なんなんだろうこの国は。

 それから一週間後、予定通り私の合格が決まりました。


 王都に来てからの日々は目まぐるしく、住むところを探したり必要な物を買い揃えたりするうちに、ひと月経って、私の魔法学校への入学の日がとうとうやって来た。

「いいリル姉? 何かあったらすぐ連絡してね」

 女主人の営む下宿屋のエントランスで、私はリル姉と再び別れの場面にいた。

 魔法学校は全寮制。同じ王都に住んでいても、卒業までの二年間はリル姉とあまり会えなくなる。

「やばい相手の時はレナード宰相の名前出しちゃっていいよ。あの人ならきっとなんだかんだ助けてくれる。あと必要以上に兵士の世話なんか焼いちゃダメね。ちょっと笑いかけただけでもあいつら絶対勘違いするんだから。リル姉は自分が可愛いことを自覚して行動するんだよ?」

「はいはい」

 こっちは心配が尽きないのに対し、リル姉はいつも通り暢気なものだ。お願いだから可愛さだけじゃなく警戒心も磨いて。

「アンナさん! リル姉が悪い人に騙されないように気をつけてやってくださいねー!」

 カウンターの奥にある厨房へ、大声で呼びかけるとそこにいた女主人のアンナさんはからから笑っていた。

「まかせときな。しっかし、あんたも大概、過保護だねえ」

 まあ、否定はしない。だってリル姉は独り暮らしするの初めてなわけだし。下宿とはいえさ。

 アンナさんは四十を超えて女手一つで息子も立派に育て上げた頼もしい女性で、ここに下宿を決めたのは彼女の人柄によるところが大きい。そして料理もうまい。ちなみに、ここは一の門の外側、庶民の住む街中にある。貴族屋敷の立ち並ぶ中にまさか安い下宿屋があるわけないからね。

 さすがにアンナさんにまで頼んだのはリル姉も恥ずかしかったらしく、「もう、エメったら」と口を尖らせていた。だからそういう可愛いことを・・・

「私は大丈夫よ。エメこそ、無理はしないでね。辛くなったらお姉ちゃんを頼るのよ?」

 はいはい、わかってますよお姉ちゃん。でもね、私はリル姉が笑顔で暮らしてくれてさえいれば、自分が辛いことなんて簡単に跳ねのけられる自信があるよ。

 最後にぎゅっと抱きしめてくれたリル姉に勇気をもらい、私は意気揚々と未知なる世界へ足を踏み入れたのだった。




 今期の王立魔法学校の入学者は計三十名。予想以上に少ない結果になっていた。

 新入生歓迎会で例の帽子が出て来ないかちょっと期待していたのだが、組み分けするほど人数がいなかったね。寮も女子男子の区別しかないそうだ。

 出てきたのは帽子じゃなく水色のローブ。晴れた日の、少し青が薄い空の色によく似てとてもきれいなものだった。このローブが学校の制服となるのだ。上に羽織るだけで中は自由。一人一人前に出て、バランスボールみたいな中年親父の学校長に着せてもらった。

 ちなみに先生方は白いローブを羽織っている。見習いが水色、白が一人前の色らしい。ダークなイメージ皆無である。

 それから、とてもおもしろいことがあった。授業や生活についての説明があった後、女の先生が一人、歓迎の意味を込めて魔法を使ってみせてくれたのだ。

「フィンルム、ドゥール」

 聞いたこともない言葉が発せられた途端、彼女の胸元を飾っていた緑の魔石が輝き、シャンデリアの下、空間に桃色の花がたくさん咲いた。薄く透けているそれは幻覚なのか、ふわふわ宙を漂って、女子生徒の頭を飾ったり、手を差し出した者の上に舞い降りたりして、最後は虹色の光になって消えた。

 うん、まったく原理がわからない!

 私がやってみせていた科学実験なんてまさしく子供だましだ。これは私の常識にはない、超常的な、不思議な、理屈不明の、頭を混乱させる、だからこそひどく魅力的な力だった。早く学びたいと強く思う。

 歓迎会の締めには新入生代表から簡単なお礼の挨拶があった。こういうのって入試でトップだった人が抜擢されるもんだが、私は一言も頼まれておらず、前に出てきたのは上品な顔立ちの少年だった。かなり自信あったんだけどなあ、一位じゃなかったのかなあ。まあ入学できたらどちみち同じだけどさ、ギートに見得をきった手前、やや悔しい。

 あるいは貴族ばかりだから文句が出ないように、家柄がいい人を選んでいるのかとも考えたのだが、金髪碧眼の少年が悠々と座っていたので関係ないかもしれない。

 アレクセイはしっかり合格していたのだ。わざわざ他の人と同じように試験会場にまで行ったのだから、裏口入学ではないはず。長い四角テーブルの一番端、正面にある先生方の席に最も近い場所に座っていて、特別席なんかではない。よく見ると隣には受験会場にもいたお供の少年の姿があった。

 私は逆の一番端、すなわち話を聞くのに最も遠い席に座らされている。なおかつテーブルは二列あって、私とアレクセイは別のテーブルにいるのだが、たまたま目が合うと彼は気さくに手を振ってきた。

 どう反応すればいいか一瞬悩んだが、次に会う時は学友としてだと彼が言っていたのを思い出した。学友ならば、手を振り返すのが当然だろう。

 ここにいる誰よりも私は年と身分において下ではあるが、学校の中でなら、単なる同級生として接していいよね。


 歓迎会の終了後、代表の先輩が引率し、女子と男子に別れてそれぞれ寮に向かった。この時私だけが、クロークに預けていた引越し荷物を抱えている。他のご令嬢たちは自分ちの人使って一週間前から荷物を運び込ませてたらしいです。なぜか私だけ知らなかった。もっとも、私の荷物は着替えと筆記用具が入ってるだけで、大きめのバッグ一つで事足りてしまっているから、事前に運び込んでおく必要などなかったわけだが。机もベッドも備え付けられてると聞いているし、皆は何をそんなに運び込む物があるんだろ?

 先輩が名簿を見ながら廊下を歩き、あなたはこの部屋、あなたはここ、と一人一人に示していく。相部屋しなくていいくらいには部屋が余っていたようだ。ちらっと覗けた中はかなり広かった。十五畳、あるいは彼女らの運び込まれた余計な家具をどかせば二十畳よりあるか? 前世の実家を思い出すなあ。私の部屋もこのくらいは広かった。懐かしい。しかしこの寮に関しては税金の無駄じゃないだろうか。

 リル姉が狭い下宿所で生活しているのに、働きもしてない私がこんな部屋に住むのは悪いなあと思いつつ、自分の名前が呼ばれるのを待っていたが、一向に順番が来ない。やがて誰もいなくなって、最後に先輩は廊下の端にある梯子を指した。

「お前はこの上よ」

 梯子の先には蜘蛛の巣の張った四角い入り口が見える。

 ・・・・・・はっ、屋根裏部屋か!

 まさかの転落後小公女状態か! 他に部屋余ってるだろ絶対! 入学金も授業料もない学校でなんで格差をつける!?

 こんにゃろー、学校ぐるみでいじめる気か。案内の先輩も、部屋に入ったはずの同級生もわざわざ出て来てくすくす笑ってやがる。セオリー通り、金持ちには嫌な奴が多いってことか。先生たちも貴族なんだもんな。


 しかし屋根裏部屋って・・・ちょっと、おもしろいじゃないか。漂う隠れ家感が胸を躍らせる。なんか、どきどきする。

 軋む梯子を上ってみると、屋根の形に合わせて天井は斜めになっていて、小さな窓と、木製のベッド、机も椅子もある。うおお、テンション上がる。

 圧迫感はあるが、そんなに狭くない。五畳くらいか。ぶっちゃけジル姉のとこで三人で暮らしてた時より広いかもしれない。

 本来は使用人を住まわせるための場所なんだろう。さしあたって私がやるべきは、掃き掃除、拭き掃除、シーツの洗濯ってとこか。

 ふ、他愛ない。

 屋根があってご飯が出て勉強ができる場所にいられるなら、嫌がらせなんて軽いアクティビティだ。なめんなよ!

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