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死にかけながらも予定通り到着しました王都! 同時にお尻が限界突破記念! しばらく馬車には乗りたくない!
よろよろと荷馬車から降りて、歩く王都の街並みはまさしく別天地だった。舗装されたレンガ通りの美しいこと。家や店の外壁がカラフルで目にもまぶしく、通りすがる人々は小奇麗な格好をしており、物乞いの姿など見当たらない。黒塗りでピカピカの辻馬車が何台も走っていて、一瞬だけ見えた中には貴族のご令嬢らしきドレス姿の女性が乗っていた。
市場に露店がどこまでもどこまでも連なっていたので、今日はお祭りなのかと、お昼を買ったところの店主に聞いたら、これがいつもだよと笑われた。
賑やかな裏でどこか荒んだ雰囲気の流れるわが故郷の街とはまるで違う。全体的な空気がとても明るくて緩い。隅々までかなり潤った都市なのだろう。物価高いし。地方格差が酷くないか? リル姉と私は完全に、おのぼりさん状態だった。
宿を取り(これがまた高かった)、よく休んで三日後、私は受験のため、リル姉は面接のために早起きして《一の門》へ向かった。
王都は二重の城壁によって守られている。外側にある《二の門》をくぐると庶民の住む街があり、一の門の先には、王宮に仕える貴族の屋敷や魔法学校がある。王宮はさらにもう一つの城壁に囲まれ王都の中心部にそびえている。
一の門は許可を得た者しかくぐれないので、門番に通行証の提示を求められる。私のは魔法学校への願書が受理された後で届いた必要書類と共に、リル姉のは王宮医療部から手配してもらえた。一時的な通行証なので今日しか使えない。
門番にはめっちゃ怪しまれたね。特に私が。ギートがそうであったように、彼らも魔法学校は貴族だけが入るものと思い込んでいたらしい。おかげで余計な時間を喰わされた。早めに出てよかった。
門を突破したら、リル姉は北へ、私は東へ向かうのですぐお別れになる。ので、門の前でお互い最後のエールを送り合った。
「がんばってね。終わる頃に学校の近くで待ってるわ」
私は終日かかることが決まっており、リル姉はおそらくもっと早めに終わるであろうことが予想されていた。
「ありがと。リル姉も、絶対採用になるから自信持ってがんばって!」
「ええ。私はエメのお姉ちゃんだもの、かっこ悪いことはしないわ」
両腰に手を当てて、まかせなさいとリル姉は頼もしく言い放つ。それでこそ私の自慢の姉だ。私もリル姉に負けず、死力を尽くして戦おう。
朝日の見守る下で、私たちはお互いの健闘を祈り、固く握手を交わしたのだった。
試験会場の王立魔法学校は、これこそ王宮かと思うくらい、広い敷地に建てられ、入り口に薔薇の庭園が広がるなんとも優雅なところだった。受験に来たはずなのに、ドレスでも着てないと場違いのように思われた。実際、私と同じく受験会場に向かう貴族の子息子女たちの格好は、これからパーティ会場に向かう列に見えた。おかげで庶民のフォーマルスタイル、ベストにロングのフレアスカート姿の私は会場入り口で使用人と間違えられた。学校なのに使用人がいるのかよ。
しかしそんなことは想定内。ついでに周囲が私に困惑と疑惑の目を向けてくるのも予想通り。まったく心乱されることなく、指定された席についた。
会場はおそらく学校行事などイベントに使う大ホール的なところで、そこに椅子と机を運び込んだようだ。受験者数はざっと見たところで千人はいそうだった。多いのか少ないのかは正直よくわからない。私大の受験者数に比べたら少ないが、これが全員貴族かと思うとこんなにいるのか、って感じ。
王都にいる者ばかりでなく地方から出てきた貴族もいるのだろう。彼らにとってもここが登竜門であるのには違いないのだ。
少年が多かったが、少女も三分の一程は占めていた。皆、私より二、三年ばかり上っぽい。確かフェビアン先生の話では、貴族の子供は十一で寄宿学校に入って世の諸々を勉強し、十五で卒業するのが一般的らしいから、ここに受験しに来るのは寄宿学校を卒業してからとすれば、生徒の平均年齢はおのずと十代半ばから後半になる。
十代の一年は大きいからなー。庶民な上にダントツで若い私が浮くのはもはや仕方ないな。
ま、気にしないで頑張りましょう。この学校には年齢制限もなければ、合格者数の上限も下限もないのだ。
どんな大貴族の子息だろうが、合格点を満たしていない者は容赦なく切られ、逆に一点でも超えていれば入学を認められる。これだけの受験者がいて、入学者数が十人に満たない年もあるんだとか。非常に厳しい。入学試験は半年ごとに行われており、再受験者が多いそうだ。妙に年齢の高い人がいるのはそういうことだろう。そいつらもちょっと浮いていた。
定刻が来ると鐘が鳴り響き、会場の扉が閉まって試験問題が配布された。なんの変哲もない、普通の筆記試験だ。ただ試験監督の中に兵士が混じってるのが若干怖いかな。カンニングしたら牢屋にでも入れられんの?
歴史年表の穴埋めだの、ある有名なくそ長い詩と文章を最初から終わりまで一言一句違わずに書き連ねるだの、半分は記憶力をはかるテストだった。私は暗記が嫌いだ。が、苦手ではなかった。わざわざ頭に覚え込ませるのを面倒に感じるだけで。
指定されたものを覚えるのは難しいことではない。ぶっちゃけこんなことに知性は関係ないと思う。それは後半に行われた理数系の問題でもほぼ同じ。計算問題が鬼のように羅列しているだけなど笑止! 唯一の敵はケアレスミスだ!
全体の問題数はやたら多いが難易度は大したものではなかったのだ。基本をしっかり勉強してきていれば、何も怖がることはなかった。そういえば生物系の問題もちょっと出てきて、博物誌を愛読していたのが役に立った。知ってて損なことはないね、やっぱり。
終了の鐘が鳴ると同時に、勝利を確信してペンを置けた。完璧だ。満点の自信すらある。
外はすでに夕暮れだ。早くリル姉と合流しなくちゃ。勢いよく立ち上がったら、昼も食べずに休憩もなしにほぼぶっ続けの試験だったためか、よろめいてしまった。
「――っと」
後ろから背に添えられた手が、私が倒れるのを阻止した。いや倒れると言っても椅子があるから、また座ってしまうだけだったと思うんだけどね。
「大丈夫か?」
親切な後ろの人は親切にも具合を訊いてきた。咄嗟に手が伸びただけかと思ったが、心配する少年の声はただの良い人だ。イメージ的に貴族はもっと高飛車で庶民を馬鹿にしてくるものと思っていたのだが、フェビアン先生といいレナード宰相といい、普通に優しい人たちが多いのかもな。
「大丈夫です。ごめんなさい、ありがとう」
その人にきちんと向き直る。そしたらびっくり。すーごくきれいな顔をしていたのだ。
あんまりまじまじと人の顔を見るのはよくないのだろうが、サファイアに似た青い瞳に惹きつけられる。髪は柔らかそうな金色。金髪は毛が細いんだよな。シュペーマンがイモリの胚を分割するのに使った程に。彼は幼い娘の髪を抜いて実験していた。娘、禿げなかったのかな。ちなみに東洋人の黒髪が一番太いらしい。
庶民は黒か茶髪がベースで、ちょっと薄かったり濃かったりの違いしかないが、貴族は金髪が多いようだ。この会場にもけっこういる。
にしても金髪碧眼は遺伝的になかなかいない組み合わせなんだよなあ。しゅっとした佇まいといい、まるで・・・いやでもこんな王子然とした人が、なんの捻りもなく王子様なわけないよな。そもそも試験会場に普通に混じってるわけないわな。
こっちが大丈夫だと言っているのに、彼はまだ少し心配そうな顔をしていた。
「これだけ長い試験の後では疲れて当然だろう。確か医務室があったはずだが、休ませてもらってはどうだ?」
「ちょっとお腹が空いてるだけですから。ご心配ありがとうございます」
「待て。せめてここを出るまでは送ろう」
「は?」
わけわからんまま、流れるような動作で手を取られエスコートされてしまう。なにこの紳士。レディファーストがこの国の文化にもあることは知っているが、貴族限定の話じゃないの?
一瞬、下心でもあるのかと疑ったが、彼はおそらく寄宿学校を終えた十五歳くらいだろうし、私は十二歳だし、滅多なことはないなとすぐ思い直す。きっとお人好しな少年なのだろう。
実は傍にお付きの人みたいな少年がいて、「アレクセイ様っ」と行動を咎めるように金髪の彼を呼んでいたのだが、彼は片手を振っただけでそれを黙らせた。
「あのー、ほんとにほっといてくれていいので」
出口の門まで向かう間、お付きの少年だけじゃなく周囲のぎょっとしたような目線がさすがに居心地悪かった。あとナチュラルに腰に手を添えるのやめて。慣れてないからくすぐったい。しかし無理やり振り払うと彼に恥をかかせることになるのでできない。
「私も帰るついでだ。ところで君の名前を聞いても?」
「え? あ、エメです。苗字はありません。あなたは、アレクセイ?」
言ってから様を付けるべきだったかと気づいたが、彼は特段何も咎めず、後ろへ向かって片手を挙げた。たぶん、怒ろうとしたお付きの少年を黙らせたんだな。
「どこで勉強を習ったんだ?」
彼が近寄って来た理由は、どうやらこの質問をするためだったようだと察する。他の貴族は、なにこいつ? って感じで私を遠巻きにしているのに、好奇心旺盛なことだ。説明してやると、彼は興味深そうにいちいち相槌を打ってくれた。
「それで、試験はできたか?」
「簡単でしたよ。ほとんどの人が受かるんじゃないですか? あれで知性を問えているのかはなはだ疑問です。あなたもそう思いませんでした?」
「君は優秀なんだな」
こちらの問いには答えず、アレクセイは笑っていた。いやでもあんなのただの暗記テストだよ。
そうこうするうち、迎えの馬車で混雑している出口に着いた。
「エメ!」
リル姉をすぐに見つけられたのは、一緒になぜかレナード宰相もいたせいだ。合格した後にでもご挨拶に伺おうと思っていたのだが、もしかしてわざわざ迎えに?
しかしレナード宰相は私に微笑みかけるよりも先に、アレクセイを見て目を瞬いた。アレクセイが私をエスコートしたまま迷わずそちらへ向かっていくと、さらに宰相は恭しく頭を下げた。
「エメは疲れているようだ。よく休ませてやれ」
「これはこれは、御身自らがお連れくださったのですか? ありがたき次第にございます」
「気にするな。偶然だ」
・・・なんだこの会話?
私をレナード宰相に引き渡し、アレクセイは去り際に手を振ってきた。
「今度は学友として会おう」
またな、と兵士の護衛が付いた馬車に乗り込み、王宮のある方向へ去ってしまった。
「いきなり殿下と親しくなるとは、エメもなかなかやるものだね」
「え、殿下って・・・」
レナード宰相の苦笑気味な声と、リル姉の驚いている声が後ろに聞こえた。
捻りもなく王子様なのかよ。これってフラグ?




