02
そんなこんなでセカンドライフ、みなしごスタートである。ハード過ぎる。
ソーシャルワーカーとか孤児院とか何それってレベルの世界で、幼い姉妹二人が生きる方法を必死に考えたさ。傍目にはぼんやりしてるだけに見えたかもしれないけどね。で、考えた結果、やっぱり大人に頼るしかないと思い至った。そりゃそうだ。誰か引き取ってくれる人があればなあ。
とにかく元自宅がある辺りは治安が悪そうだったので、もう少し普通の人が住んでいる区画に移動した。まだ全体を把握できたわけではないが、おそらくここは商業都市なのだと思う。農地がなく水路が引かれ、店舗がぎっしり並んでいたのだ。姉が進むべき道を迷うたび、なるべく雰囲気が明るいほうへとさりげなく手を引いてなんとかスラム街を脱出した。
整地された道を行き、薄暗くなってきた頃、近くの店から漂う良い匂いに私たちは吸い寄せられてしまう。なにせ、しばらくまともに食べていなかったものだから。店はパン屋で、匂いが漂っていると言っても焼きたてなわけじゃない。すっかり時間の経ったかちかちのパンにでさえ、飢えた鼻が敏感に反応しただけ。私は小公女の話を思い出した。お金持ちだった主人公が父の死をきっかけに華麗な手のひら返しに遭い、使用人となってパン屋にお使いに行った際、優しい店主がパンをおまけしてくれる。そして主人公は店の前にいたみなしごに、自分も腹を空かせているにも関わらず、もらったパンを与えるのだ。
小公女でなくとも、店から出てくる客のうち誰かが私たちに恵んでくれないか狙ってみるが、素通りだ。そもそも時間帯が悪いのか客がほぼいない。するとそろそろ店じまいなのか、店主らしき男が出てきて、すかさず姉が男のエプロンの紐を捕まえた。そこで初めて私たちに気づき、驚いている店主へ、お姉ちゃんはたどたどしくお願いしたのだ。
「あの・・・ごめんなさい。なにか、くれませんか」
「は?」
何かじゃだめだよお姉ちゃん。店主がぽかんとしてる。
「たべりゅ、もの!」
慌てて私が付け足した。ちくしょー舌回らねー。
私たちが物乞いなんだとわかった店主は、それは可哀想にと売れ残ったパンを分けて・・・くれなかった。
「しっし、お前らにやるもんなんかないぞっ」
姉の手を振り払うまでコンマ一秒もなかったんじゃないかな。マニュアルで対応が決められているかのように迷う隙すらなかった。
「すこしでもいいんです、このコのぶんだけでもっ、ゴミでもいいから!」
う、なんて健気なんだお姉ちゃん。でもゴミは嫌だなできれば。いやいやそんなこと言ってる場合じゃないぞ。私も取り縋らねば。
「おねがいなの! うりぇのこったパンとか、ちょーだい! どーせすてゆだけでちょ!」
「うるさいうるさい! 捨てるもんはないし何もやらん! しつこいと兵士に突き出すぞ!」
ひど!? こんな幼い子供相手になんて脅し文句だ! 兵士って要は警察なんだろうが、いらない物をくれと言ってるだけでなんで突き出されにゃならないんだ!
無慈悲な所業にふつふつと怒りがこみ上げ、思いきり足を踏んでやったが体重が軽過ぎて気づかれもしなかった。終いに店主が生地を伸ばす棒を振り上げたので、慌てて逃げた。
細い裏路地に隠れた後、可哀想に姉は恐怖で泣いてしまっていた。それを見ていたら、私まで怒りを通り越してどうしようもなく悲しくなってきた。なけなしの理性で歯を食いしばり、泣き声だけは上げるまいとしたが。だって私がぎゃん泣きしてしまったら、姉を困らせてもっと不安にさせてしまう。
幸いなことに、泣いたら少し冷静になれた。もう夜になる。食糧調達は諦めて、安全な寝床を探さなくては。
「おねーちゃん、いこ? ねりゅとこ、みちゅけよ?」
うずくまった背中をさすってあげると、ぐしゅぐしゅになっている顔を上げてくれた。
「ごはんは、あしたさがそ?」
「・・・ぅん」
今度は私が半歩前を歩いて手を引く。
そして寝床を探しているうちにわかったのだが、街にはみなしごが大勢いた。滅多に見つからないと思われる休むにいい隙間を見つけると、必ず小さな先客がいたのだ。
店主が私たちを追い払った理由がわかった。街にみなしごが多過ぎるためだ。一度恵めば、他の子供が噂を聞きつけ集まってしまう。ここで長く店をやっているような相手には、はじめから情に訴えても仕方なかったのだ。
こうまで大人に取り付く島がないと、身元引受人を見つけるのはほぼ絶望的かもしれない。
ようやくどこかの建物の裏に寝床を見つけ、一日中歩き回った疲れから姉はすぐに寝入ってしまった。そのまつ毛の端に付いた涙を軽く拭ってあげつつ、私は想像以上に深刻なこの状況に密かに戦慄していたのだった。