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 ホグワ・・げふんげふん、もとい王立魔法学校の試験日に合わせて、私とリル姉は旅立った。王都までは、街と街の間を往復している馬車便を乗り継いで行く。本数が少ないので、各街での待機時間を含めると二十日ほどの道程だ。レナード宰相の馬車に乗せてもらうという手もあったが、自力でなんとかできるところは世話にならないことにした。

 出発の時にはジル姉やフェビアン先生と、実験を楽しみにしてくれた学校の子供らも数名見送りに来た。あとついでにロッシも。馬車便を出しているのが彼の家なのだ。

「い、いもうど、おまえ・・っ」

「うわ、ご、ごめんってば」

 私のせいでリル姉が王都行きを決めたと聞き、涙をぼろぼろ流しながら非難がましい目を向けてくるのがあんまり哀れで、うっかり謝ってしまった。本気で好きだったんだな・・・

「ロッシも立派になって王都に出て来なよ。その時は告白くらい許してあげるからさ」

 別にいつも妨害してたわけじゃないんだけどね。チャンスはごまんとあったはずなのに、本人の間が悪かったり、肝心なところでトチるから気持ちが伝わらないのだ。今も何かリル姉に言ってるが、嗚咽混じり過ぎてさっぱりわからん。リル姉に笑われとる。修業を積んで出直しといで。

 ジル姉とは、前の晩に送別会みたいのをやったおかげで、この場で改めて長く話すこともなく、ただ力強く握手を交わした。再会を約束して。

「―――じゃ、行ってきまーす!」

 幌付きの馬車の荷台に乗りこみ、姿が見えなくなるまでジル姉たちに手を振り続けた。

 

 街道に出ると見渡す限りなんの障害物もない。遥かな草原の地平を臨み、世界の広さを知る。

「風が気持ち良いわね」

「うん」

 リル姉の肩を超えるまでに伸びた髪が、煽られて楽しげに踊っていた。

 寂しさは消えないが、清々しい風と、どこまでも遮るもののない視界が、心を軽く自由にし、地平の向こうに期待を抱かせる。いかにも、新たな人生始まるって感じだ。

 気合いが入ったところで、旅荷物の中からお手製ノートを取り出し勉強だ。試験は数学系の問題もあるが、歴史だの有名な詩や文章だのを覚えてなきゃならないみたいなんだよな。百歩譲って歴史はまあいいとして、好きでもない詩をなんで暗記せにゃならんのか知らないが、やれと言うならやるしかない。

 参考書は貴重なので、フェビアン先生に借りて写させてもらった。そのノートは粗悪な紙の束に穴を開けて紐を通しただけ。我ながら苦学生臭すごくてハエが寄ってきそう。

 ちなみに、馬車も格安の一番グレードの低い貨物車で、箱詰めされた荷物どうしの隙間にねじ込まれている。基本的にはこれで王都まで行くつもりだ。安全のために途中の宿をできるだけ良いところにしたい分、移動の快適さを我慢した。一番いいやつは衝撃吸収のサスペンションがちゃんとしていて、座席が付いているらしい。出世したらそっちに乗ってやるから覚えてろ。

 野心は人を勤勉にする。がたがた揺られる馬車の中でも宿に着いてからも努力は怠らなかった。文字通り、人生が懸かってるからね。

「あんまりがんばると試験の前に疲れちゃうわよ」

 必死になり過ぎてしまってもリル姉のストップが入るので問題なし。そういう時は景色を眺めながら話して気分転換だ。二人で良かった。

 生まれて初めての長旅の間には、色々な人との出会いがあった。宿の食堂で相席したり、御者のおっちゃんと仲良くなってみたり、皆おおむね、良い人だった。特に同じく旅をしている人は、お互い仲間意識みたいなものがあって、世間話の中から旅の知恵を授けてくれた。ただしリル姉に色目を使うのは許さんがな。旅の恥はかき捨てなんてさせないぞ。

 ま、そんなこんな小さなトラブルはありつつもほとんど順調に、すでに旅程の半分を終え、今日は王都までの道にある最後の山を越えていた。


「ここらの名物はなんたって、大地から湧く命の湯だわな」

「温泉!」

 山道に揺られつつ、御者のおっちゃんに次の街の名物を聞いたら俄然テンションが上がった。たまに硫化水素の匂いがすると思っていたら活火山だったんだな。

「地面からお湯が湧くの?」

 温泉を知らないリル姉は、ぴんと来ない様子で眉をひそめていた。

「そうそう。地面の下にはマグマ・・・熱い火の塊があって、それに温められた地下水が、地面の割れ目から湧き出てくるんだよ」

「火が埋まってるの? 地面に?」

「うん。その火の塊が冷えて固まると岩とか、地面になるの」

 この世界のでき方が本当に私のいた世界と同じものという確証はないが、温泉の近くで硫化水素の匂いがするならたぶん、違いないだろうと思って説明した。

「中には色んな物が溶け込んでいて、それが体に良いんだよ」

「ただのお湯じゃないのね? 薬草風呂みたいね」

「あー、似てるかもね」

「嬢ちゃんはえらい詳しいなあ? 体に良いってのは言われてるが、細かい理屈は初めて聞いたよ」

 大した説明はしてないですよ。専門家でもないし。しかし温泉、温泉良いよなあ・・・

「普通の宿でも温泉入れるの? 安めのとこでも?」

「それが売りだからねえ」

「やった! 今夜は温泉―――っ」

 がたん、と突然馬車がその時大きく右に傾いて、御者台に身を乗り出していた私は後ろの荷台に転がって頭を打った。あと舌噛んだ。

 リル姉も、隣で私と同じ格好で荷物に後頭部をぶつけていた。

「だ、大丈夫エメ?」

「う、うん。リル姉も平気? 脱輪かな」

 お互い頭を押さえつつ身を起こすと、外からわーっと大人数の声が聞こえた。

 幌の張られた荷台の中にいる私たちからは前後しか見えないのだが、そのまさしく後方から、山の斜面を駆け降りてくる集団が見える。

「山賊だぁっ!」

 え、マジ? 御者のおっちゃんが叫び、必死に馬に鞭打つが、車輪が溝に嵌まっているようで走れない。ってこれ、もしかして罠!?

 おいいいぃぃぃ! なんでこんな王都の近くで山賊出るんだよ!? 罠張ってたってことはここに住みついてるってことじゃないかあぁっ! 兵士は何やってんだぁぁ!!

 ちくしょうここまで来て死んでたまるか! 今夜は何がなんでもリル姉を温泉に入れてあげるんだ!!

「リル姉、援護お願い!」

「何するの!?」

「馬車を押す!」

 山道を少し歩く必要があった時、杖がわりに拾った棒をひっつかんで荷台を降りた。凶器を持った集団を背後にするのはこの上なく怖かったが、縮こまって震えてたってどうせ殺されるだけなのだ。虎に追われりゃ臆病者さえ崖を飛ぶ!

 棒を車輪の下に差し込み、てこの原理で浮かせる。二頭立て馬車で馬力だけはあるから、少しずつ少しずつ溝を脱出できそうだ。

 しかしさすがに山賊が追いつくほうが早かった。

「痛っつ!?」

 ところがまず悲鳴を上げたのは山賊たちのほう。なぜなら、リル姉が棘の痛いガハの実を投げつけたから。ガハは、いが栗を小さくしたものに近い、素晴らしい天然の武器だ。中身は鎮痛剤に使える。地面に落ちたものを踏んでも痛い。まきびし効果!

 それから紙で作ったお手製の催涙弾。卵のような形のそれが当たって割れると、中から目に染みるハクト草の粉が飛び出し、周囲に飛び散り二次被害を生じる。

 我ら姉妹をなめてもらっちゃ困る! ちょっと私のとこまで飛んで来てるけどな!

 山賊たちの目が潰れているうちに、こっちもぐずぐずになりながら棒に全体重をかけた。ぐ、ぐぐ、と車輪が持ち上がってあとちょっと――――で、ばき、という絶望音が私を地に落した。

 ・・・・え、うそ、折れた?

 衝撃で地面に尻もちをついた私の体から血の気が引いていく。せっかく半ばまで持ち上がった馬車が再び溝の一番深いところに落ちてしまった。

「―――こンのガキがぁっ!」

 襟首を掴んで引き倒され、極悪な男の顔が見えて我にかえる。こうなったらもう、馬車を捨てて一か八か山中に逃げるしかない。

「リル姉! 走って!」

 飛び起き、リル姉に指示しながら男の手を外そうとするが、なかなかどうして握力強い。そのうち他の奴らが馬車へ殺到していた。

「リル姉ぇっ!!」

 くっそ判断ミスだ! もっと早く馬車を捨てて逃げれば良かったんだ!

「エメっ!」

 馬車から引きずり出されたリル姉の、私の名を呼ぶ悲鳴が聞こえた。それに急かされ、必死に抵抗するも虚しく、片手で私を押さえつけてしまった男が鉈を振りかぶる。

 前世まで含めた様々な記憶が、私の頭を駆け巡った。そしてその最後に浮かんだのは、単純な疑問。


 ―――――神よ、ここで私を殺すのならば、なぜ転生させた?


 まるでそれに応えたかのように。

 次の瞬間、重い音とともに男が倒れ、背後から緑の瞳の少年が現れた。

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