閑話―ジゼル視点―
認識の違い。
しばらく出なくなると思うので、ジゼルのキャラを固めとくために書いてみました。
夜中に突然現れた小さな来客は、ひどく切羽詰まっていた。
それでもジゼルはまず疑った。この界隈は哀れな子供が多い。同情を買って中に入れてもらい盗みをする、悪知恵の働く者がごまんといる。
「・・・カネは?」
「ある!」
自分より大きな姉を背負っているその子供が、身を揺すると確かに金の擦れる音がしたので、本当の客であるとわかって中へ入れた。
ジゼルは特段冷酷な人間ではなく、また守銭奴でもなかった。熱を出している子供らに一つしかないベッドを明け渡すことも、金がまったく足りないことも、例のごとく男に間違われることも別に気にならなかった。
幼い姉妹の乞食を可哀想だと思う心もあった。そのせいなのか、人を雇う余裕などなかったのだが、妹のほうのおかしな口車に乗せられて、薬代の分くらいは働いてもらおうかという気にうっかりなってしまった。
そうしたら、なかなかのくせ者姉妹だったのだ。
はじめ、ジゼルは比較的よく売れている薬に限定し、客に聞かれたら簡単に薬効を答えられる程度に軽く教育するくらいのつもりだったのだが、妹のエメが説明に対し多くの質問をふっかけてきたのが事の始まり。一体どこで採れるどういう原料のどういった部位をどういうふうに抽出加工し調合するのか、あっちの薬は、ではあっちのは、と熱心に聞かれるまま説明を重ねていたら、あげく文字まで教えることになってしまった。
もしかしたらこれは純粋な好奇心であり、無自覚だったのかもしれないが、ジゼルは乗せられたような気がしてならない。
メモをもとに姉妹で一生懸命勉強し、薬のことをすぐ覚えてしまったため、接客以外の仕事もまかせられるようになり、単純に作業効率が上がった。だけでなく、こっちが何も言っていないのに店の前で宣伝してみたり、客を捕まえて来たりするので売上げも上がっていった。気づけば追い出す理由がなくなっていた。
すっかりジル姉呼びに慣れてきた頃には、罠に嵌まったのだとわかった。いつの間にか、リディルとエメを妹のように見ている自分がいたのだ。
こんな悪知恵を働かせたのはエメだ。子供のくせに頭が回り過ぎるきらいがあり、姉の分まで計算高くて小憎らしい。一方でリディルのほうは素直で純粋で、どこか人の毒気を抜くような柔らかい雰囲気を発しており、嵌められたことについてもなんだか許したくなってしまう。ただ、あまりにもぽやぽやしているのが見ていて不安になることはある。かなり苦労してきた身の上の割に不思議と能天気なのだ。その点、エメはしっかりしているが、人一倍強い好奇心がたまに暴走するので注意だ。油断するとすぐに怪しげな実験を始めている。
しかし、何を言っても結局のところ、妹たちが可愛くて仕方がないのは事実。
はじめは、単なる気まぐれのようなものであった。ともすれば独り身の退屈しのぎでしかないはずの出会いだったのが、ここまで深く情を移すことになろうとは予想外過ぎた。
自分の体は少々特異なものであったために、家族など到底持てぬものだと思っていたのだ。まして、訳ありで王宮を追い出された身なのである。
人生とはつくづく不思議なものだ。
ジゼルはカップの中の酒に口をつけながら、明日の出発に備えて眠っている妹たちの、あどけない寝顔を眺め、ニヒルな笑みを浮かべた。
先のことなどわからないが、彼女たちの輝かしい人生の一瞬にでも関わることができたのならば、王に勲章をいただくよりも名誉なことだと思った。