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 その日、学校へ本を返しに行くとフェビアン先生が不在だった。授業の合間を狙って来たわけではあるが、彼は休み時間も生徒の相手をしていたりするので、日中のうちに学校を離れているのは珍しいことだ。何か用事でもあったのだろうか。

 先生はいなくとも生徒はいた。特に家のない子にとってはいい休憩所となっており、いつも誰かしらはいる。そして私の顔を見ると、子供たちは一様に目を輝かせる。

「魔女だぁ!」

 うん、あのさ、やっぱその呼び方おかしくないか?

「また魔法使って!」

 科学実験は大いに人気を博し、付いたあだ名が魔女である。『魔法使い』より邪悪っぽい響き。教科書にしてる物語に登場した単語だから使い始めたのだろうが、若干悪意を感じるのは気のせいか?

 まあ純粋な瞳に免じて許容してやろう。こちとら大人ですからね。ネタだって毎度ねだられるのでちゃんと仕込んできてある。

 今日のは釘をやすりで削って(めちゃ大変だった)得た鉄粉を薬包紙に包み、両端をねじったものを棒の先に括りつけた、お手製花火だ。

 外に出て、子供たちを近づき過ぎないようにさせながら、蝋燭の火で点火。小さな火花がまず弾け、次の瞬間しゅわ、と一気に強い光を発す。火薬は入っていないのでごく短い間で消えてしまうが、子供たちは大興奮だ。この調子で魔道書を今まで何枚作成させられたことか。ま、喜んでくれるのは嬉しい限りだが。

「もっと魔法見せて!」

「だーめ。一日一回」

 そんなに何個も仕込んでない。気軽に言ってくれるが、手に入らない材料が多くて、実験準備するのけっこう大変なんだぞ。

 ぶーたれる子供らに魔道書を授けて追い払ったちょうどその時、声をかけられ、振り返ると白い人が二人。フェビアン先生と、なんと理事長・・じゃなくてレナード宰相がいるではないか。

「やあエメ。大きくなったねえ」

 そういう宰相のほうは相変わらず朗らかで気安い。

 しかし、二年前に一度だけ顔を合わせたくらいなのに名前まで覚えてくれていたのか。ちょっと意外。

 今日は軌道に乗った学校の様子を見に来たのかな? フェビアン先生は雇い主のお迎えに出ていたのだろう。どうせなので、せっかく習った目上の相手への礼儀作法を実践してみる。背筋を伸ばし、少し顎を引いて伏し目がちに、片足を後ろへ引いて、前にあるほうの足の膝をちょいと曲げて伸ばす。

「お久しぶりです領主様。再びお目にかかれて光栄です」

「おやおや。すっかり立派な淑女になったのだね」

 お褒めいただいたところで猫かぶり終了。そこまで畏まっていなきゃならない場でもないだろう。

「ここでは魔法も教えているのかい?」

 先程の実験をレナード宰相は見ていたらしい。冗談めかした口調で訊いてきたので、こっちも笑みを浮かべて魔道書を渡してやった。改めて説明しなくても、鉄を燃やせば火花を散らすことくらい、いい大人なら知っているだろうが。この世界には鉄を加工する技術があるわけだし。

「へぇ・・・これは君が考えたのか? それとも本を読んで?」

「レナード様、エメの《実験》はすべてエメが自分の頭だけで思いついたことなのですよ」

 いや、多少手を加えたところはあるが、決してオリジナルのアイディアではないよ。説明できないことが、前世の先人たちの名誉を横取りするようで申し訳ない。

 私の想いなど露知らず、この後もフェビアン先生によるポジキャンは続いた。

「国内で出版されている本ならおそらくなんでもエメは読めますよ。最近は他国の言語まで自分で勉強し始めておりまして、もう私が教えることはございません。むしろこちらのほうが教師としてたくさんのことを教えてもらいました。生徒を集めるのにも知恵を貸してくれて、本当に賢い子なのです」

 うーん、私は自分でもなかなか自尊心が高いほうだと思っているが、さすがにここまで手放しに褒められるとむず痒いな。というか胡散臭いな。何か企んでないか?

 レナード宰相が身を屈めてわざわざ目線を合わせてきたので、なんとなく嫌な予感がしたのだ。

「エメ、君に一つ提案があるんだ」

 それに続いた言葉は予想外のものであり、うっかり本を蝋燭の火の上に落してしまった。


 学校で会ったレナード宰相が店に来て、まだ昼間だが一旦閉店の札を表に出し、奥のテーブルで宰相とジル姉が向かい合って座り、私とリル姉はジル姉の後ろに立っていた。

 まるで家庭訪問のようなこれは進路についての三者ならぬ四者面談。どこへ向かうための進路相談かと言うと、学校である。王都の、しかも、魔法の。

「今のエメには十分に合格できる力がある」

 レナード宰相はさながらベテランの学年主任のようだ。

 一国の宰相が、なぜたかが街の小娘を魔法学校へ勧誘するのか。

 まず基本情報として、現在この国の魔法使い人口は五十余名程度で、すべて王都に暮らしている。曖昧な言葉だが、魔法使いになるためには素質が必要であるらしく、努力すれば誰もがなれるわけではないそうだ。

 国としては便利で強力な魔法使いを増やしたいのだが、いかんせん、なんだかよくわからない素質とやらを事前に測る術がない。こう、魔力を一発測定! みたいな機械で判別できればいいのだが、そもそもこの世界の魔法は魔石の持つ魔力を使うので、人間自体に特殊な力があるわけではない。

 それでも研究者たちはどういう人が魔法使いになれるのかを知るために、過去から現在までの魔法使いたちの共通点を、外見の特徴や性別、年齢、出身地、血縁、行動、習慣と様々検討した。そして捻りだした答えが、《知性》だったそうだ。

 ・・・曖昧だよ!!

 おそらく特に共通点が見つからなかったのだろう。しかし一応これを参考に、知性をイコール勉強ができる奴とひとまず定義し、試験制度を設けた魔法学校ができたらしい。

 で、ここにもレナード宰相が国民の教育水準を上げたい理由があった。多くの人間に勉強させて知性を磨かせ、特に優秀な上層部を掬って魔法使いの教育をすればいいじゃん、という話だ。これまでの魔法学校への入学者は勉強ができる環境にいる貴族ばかりであったそうで、私がそこへ入って魔法使いになれればレナード宰相の国民総教育案の有用性を示すことに繋がる。

 こういうわけで、むしろ身分のない一介の小娘であるからこそ、レナード宰相が真剣に勧誘しているのだ。彼は自分の学校から優秀な生徒が生まれるのを待っていた。

「魔法使いになれば無条件で王宮への就職が決まる。仮になれなかったとしても、勉強した魔法の知識を活かして王立研究所に勤める道があるよ」

 つまり国家公務員。学校を出るだけでめくるめくエリート人生が待っている。

「決して悪い話ではないと思うんだ」

 でしょうとも! うまくいけば憧れの高給取り! いかなくても前世での身分とほぼ変わりない! ずぅっっと気になっていた魔法について勉強できる上、将来はリル姉たちに楽をさせてあげられる、こんなに良い話はないだろう。こっちが床に頭擦りつけてお願いしたいくらい最高の進路だ。路上生活のみなしごから宮仕えになれるなんて、ハイパー立身出世じゃないか。

「私が口出しすることは何もありません。エメが己で選択することです」

 説明を聞き終え、ジル姉が発したのはそれだけ。雇い主というよりもはや保護者な彼女は、私の意見を尊重する姿勢だった。

「ではエメ、君の気持ちはどうなのかな?」

 そんなの行きたいに決まってる。しかし。

「王都へ行ったら、もうここへは帰って来られないんですよね?」

 私は幸運を前に、即答できないでいた。おそらくレナード宰相は私の言わんとすることを察し、神妙な表情で頷いた。

「そうだね」

「魔法の勉強はぜひしたいです。お金もたくさん欲しいです。でもその代償が家族と離れて暮らすことなのなら、私は、今すぐに行きたいとは正直、言えません」

 自分でもこの気持ちに驚いている。前世での私は、家族などいずればらばらになるものだと考えていた。だからこそ平気で家を離れて海外にでもどこでも飛び回っていたのだ。今思えば、失うことを考えていなかったせいだろうとわかる。

 不幸を経験してきっと私は少し臆病になったのだ。ここには私たちを絶対的に守ってくれるものの存在がない。それは細かく言えば社会保障などを指し、大きく言えば人々の倫理感を指す。とかくここでは命や権利が軽んじられているように思えてならないのだ。

 離れていることで、何かあった時に家族を助けられないのではないか、知らぬ間に、この世に一人ぼっちになっているのではないかと、不安なのだ。

 自分が『どうしたいか』よりも、後悔しないために『どうすべき』なのかが、なかなか決められないでいた。

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