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昼頃、遊びにやって来た悪ガキどもを外で待ち構えていた。
私の前の地面に置いてあるのは、金属製のカップとお手製の紙コップ、それから火のついた蝋燭だ。当然、子供たちは不審がって足を止める。
「――さあお立ち会い! これから魔法を使ってみせるよ!」
振り売りのように声を上げ、両手を広げて近くに来い来いと呼ぶ。もちろん簡単には寄って来ないが、中には目の色を変えた子もいた。
「まほう?」
思わずといった様子で後ろにいた小さな子が私の言葉を反復した。この世界の子供にとっても、魔法は興味惹かれる魅力的な言葉のようだ。
「そう、火の魔法だよ!」
半分以上が目を輝かせはじめたところで、実験開始。アルコール度数の高い酒を染み込ませた布で金属のカップの内側を拭い、紙コップを逆さにしてかぶせる。
「行くよー、三、二、一!」
金属カップの底に近い側面に、釘で開けておいた小さな穴へ、蝋燭の火を近づけた。
ぼんっ。
紙コップが一瞬で空高く飛び上がる。と同時に悲鳴に近い歓声が子供たちから上がった。これ、結果知らないでいきなりやられると本当びびるんだよなあ。
中学の理科でやったアルコールロケットの実験だ。仕組みは単純で、揮発したアルコールが引火してカップの中で小規模な爆発が起こり、紙コップを飛ばしただけ。本当のロケットを飛ばすのも原理としては同じだ。
「すっげーっ!!」
「ほんとに魔法!?」
「もういっかいやって!」
「あ、こらお前ら!」
よし、喰いついた。
「私がやってもいいけど、自分でやってみたくない?」
「!? できるの!?」
「魔法使いじゃなくてもこの魔法は使えるよ。これが魔道書だ」
寄って来た子供らに、フェビアン先生に代筆してもらった実験手順書を渡した。無駄にナイスでグレートな文法を駆使して書かれたプロトコルを当然彼らは読めない。
「勉強して字を覚えれば、この魔道書が読めてさっきの魔法が使えるようになる。今から授業が始まるんだけど、試しに聞いていかない?」
「いかない!」
心が傾きかけている子供たちの最後の砦となるのが、あのガキ大将。お前もさっきはしゃいでたくせに。
ちゃんと手は考えてある。ここでフェビアン先生の登場である。
「セオ、この前は叩いてごめんなさい」
フェビアン先生は、一度でも来てくれた生徒の名前を全員覚えていた。そして慄いている子の前にしゃがみ込み、丁寧に謝罪を述べたのだった。
「セオたちにわかってもらえる授業ができるように、あれから私もたくさん勉強しました。もうできなくても叩いたりしないから、また授業を受けてもらえませんか? 今すぐには役立たないかもしれないけど、知識はきっと、いつか君を助けてくれる力になるはずです」
大人に謝られるというのは、子供にとって天地がひっくり返るくらい驚愕の出来事だ。常に正しいのは大人であると思い込んでいるんだもの。それがだんだん自分も大人に近づいてゆくにつれ、子供と大人の境なんてほんとは曖昧で、誰もが間違いながら生きていると悟るのだ。
「―――さあ、授業を始めますよ。皆さん席についてください」
おもしろ科学実験は単なるきっかけ。最後はフェビアン先生の優しさに惹かれて、子供たちは彼の生徒になったのだった。
様々な努力と苦労の末に、学校にはようやく子供が集まるようになった。中には商家の子供ばかりでなく、幼い物乞いの子もちらほら混ざっている。フェビアン先生が路上にいる彼らに声をかけ、屋根のある場所で休みながら授業を聞いてみないかと誘ったようだ。頼りなく思っていた先生が実はすごい人格者だったとわかった最近。
生徒が増えたことで授業の時間も今まで一回だったのが、午前と午後にも二回ずつ行われ、子供たちは自分の都合のいい時間に顔を見せる。先生の指導も評判良く、たまに大人まで覗きに来る時もある。労働時間が増えるにつれて逆に先生の顔は生き生きとしてくるんだから、天職だったのだろう。レナード宰相の人を見る目は確かのようだ。
教えられているのは主に国語、歴史、礼儀作法、道徳といった人格を形成するための科目。そちらは文化と常識を知る上で勉強になったが、王制国家における血筋の崇拝思想は肌になじまなかった。私の専門である理系分野は足し引き掛け割り算くらいのもので、科学はフェビアン先生の守備範囲外だ。まあ、暮らしている感覚ではこちらの物理・化学法則等々、元の世界と大して変わらないようだし知っていることは改めて聞かずとも良いが。特有なのは魔法くらいのもんじゃないだろうか。
リル姉は生徒が増えたから自分はもういいだろうと店に戻り、私も大体知りたいことがわかったら後は本を先生から借りて店番しながらの自主学習が主になった。もう小難しい言い回しの歴史書だってさらっと読める。博物誌が今のところ一番のお気に入り。そんなこんなで気づけば一年弱も過ぎ、私は十二歳になっていた。