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あけましておめでとうございます。

ここから最終話まで毎日8時に投稿していきます。よろしくお願いします。

 ガレシュ軍のトラウィス侵攻作戦は、怒涛の速さで遂行されていった。

 久しく戦の気配がなかったために、トラウィス各地の領主は十分な軍備を有していない。せいぜい賊を征討する程度の備えしかなく、平原の彼方より突如現れた大軍に対応できるはずがなかった。

 軍備のある王都の兵団は、西方地域まで到着するのに二十日以上の時を要す。ティルニからの援軍などもっと遅い。距離の問題もさることながら、もともと魔石の鉱山が少なく魔法使いも不足しているティルニに対し、ガレシュは一部の魔法使いと魔道具を用いて国境の防備を固めているのである。

(こんなものが、戦争か)

 上空から観戦するルクスは、まったく他人事でいた。魔法で溶けた・・・城門を抜け、黒い兵士たちが入り組んだ街の中へ侵入して行く様が、巣穴の蟻の動きに似ている。ただし兵らは食料を巣穴に置いて行くのでなく、奪い取るのだから、行為自体は盗賊などとなんら変わりない。

 戦況はあまりに容易い。それだけこのタイミングでの開戦は非常識であり、愚かであり、ゆえに効果的であったのだろうと、ルクスはぼんやり考えていた。

『ルクス、降りて来い!』

 ポケットの魔石が喚く。ルクスは素直に高度を下げ、城外で指揮する王の傍に浮いた。

 ガレシュ王、ウィルムヘルトはまるで少年のような無邪気な笑みだった。

「退屈そうだな」

「退屈だからね」

 一欠けらの敬意もない言動を、ウィルムヘルトが咎めたことはない。むしろ王は社会の異物ような男を珍しがり、楽しんですらいた。

「いま少し待て。いずれ王都の援軍と当たるだろう。他の道具の《実験》はそこでしてやるさ」

「そう」

(これじゃ間に合わないな)

 彼に作ってやったいくつもの魔道具が狙い通りに効果を発揮するかを己の目で確かめた後で、なんの悔いもなく新たな世界へ行こうと思っていた。そのために、十五日の猶予を設けた。そのくらいもあれば実証に足ると予想したのだ。

 しかし、残り日数はすでにあと三日ばかり。

 いまだ影形のないトラウィスの王軍と衝突するにはまったく足りない。

(別に良いけどさ)

 多少気にはなるものの、激しく悔いる程ではない。今さら予定を変えようとまでは思えなかった。

「なるべく早く頼むよ」

 投げやりに言えば、王は笑う。

「ならばお前も戦え」

 ルクスは無視し、再び上空に落ち着いた。この期に及んで、無意味な行為に労力を使う気にはならなかった。

 下界の騒音に比べ、天は今日も青く静かである。東の彼方には山の如き塊の白雲がそびえ、下に影を作っていた。

(エメは大人しく待ってるかなあ)

 脳裏にちらつく、赤い色は警告色。しかし彼女は牢の中。なんらかの方法で脱獄できたとしても、《滅びの日》を止める手段は残していない。

 不安を感じる要素は一つもなかった。


「・・・ん?」

 なんとはなしに眺めていた東の遠く、雲の影の下に、蠢くものを見た。

 思わず声を漏らしてしまったものの、ルクスは特段驚いていない。ただ軽く肩を竦めた。

「まあ、好都合、か」

 水色の軍旗を掲げた銀色の兵団。

 本来よりもゆうに五日は早く、トラウィス王軍は侵略軍の先鋒に立ち塞がった。



**



 それは両軍の主力がぶつかる数日前のこと。

 緊急発令でトラウィスの領海から大小あらゆる船の姿が消えた。

 それにより障害物の何もなくなった海原を、凄まじい速さで巨大帆船が疾駆する。その姿をいくつも、港に住む国民が目撃した。

 自然ではない、明らかに意図を持った風が帆を膨らませ、ついでに雲を引き連れ西へ向かう。港からは見えるはずもなかったが、船には多くの優秀な魔法使いが乗り込んでいた。

 ――そして同じ頃、船はティルニとの国境である大河の上でも目撃されていた。

 本来は海にしか浮かばないはずのものが、侵略者の目を盗んで流れを遡り、ひっそりと川沿いにあるティルニの砦に停泊した。そこは占領されたトラウィスの砦に程近い、防衛の最前線にある。

 さらにその翌日には、夜半に折しも季節外れの霧が発生し、それもまるで意思を持ったように、静かに《荒れ地》に立つ砦を包み込んだ。

 敵砦には精強な兵士も魔法使いも詰めていたが、この地の気候をよく知らない彼らは異常に気づけず、霧の向こうに隠れた軍影を、すんなり通してしまったのだった――


**


 月が黒く染まった夜である。

 大地は深い闇の底に沈んでいる。エールアリーの鉱山だけが、煌々と照っていた。松明が立ち並ぶ山道を、鉱夫たちが魔石を担いで休まず行き交う。魔石は麓の街まで運ばれ、そこで魔技師たちが魔道具を作り、前線へと送っていた。

 見張りの兵士が坑道の内外に多数立ち、警戒は厳重だ。それらの目を盗み、明るい山中を抜けて街へ行くことは容易でない。

「――状況はこんな感じっすね」

 街と反対側の、鉱山の裏。崖下の暗がりに潜み、ジゼルらはカルロの報告を聞いていた。傍に廃坑道があり、その中にいれば多少の明かりは漏れない。

 伝令として一足先にエールアリーに到着していたカルロは、顔を黒く汚して鉱夫に扮し、逐一王宮へ報告を届けていた。

 普段のだらしなさとは対照的に、物見としての彼の働きは実に目覚ましい。

「守備の兵数はざっと二千ってとこですね。街にいる魔技師は三十人で、全員一か所に集まって作業してます。戦闘訓練を受けてる魔法使いは砦とか前線のほうにいるみたいっすね。あ、あと柵の外に見回り隊がいるようなので実際の兵数はもう少し多いかと。そっちまではあんまし調べられませんでした」

「十分だ。よくやった」

 隊を率いるオーウェンが物見を労う。

 彼の周囲には今、厳選した二百人の精鋭がいる。重要な補給拠点であるエールアリーを取り返し、前線の主力部隊を孤立させるのが彼らの任務だ。

 兵力は敵のたった十分の一。しかも外にも兵がある状況で、たとえ奇襲が成功したとしても、城壁のないエールアリーは守るに難い。しかし、隊の長は不敵に笑っている。

 人の予期せぬ時に攻め入るは、この将軍の最も得意とするところ。さらに今回、天の時はガレシュにあったかもしれないが、地の利と人の和はトラウィスの手中にある。

 その証拠が、カルロの後ろに控えていた。

「そなたらも苦労であった」

 オーウェンはエールアリーの鉱夫たちに頭を下げた。カルロに協力し、この廃坑道まで隊を導いた者こそ、彼らなのである。

「今しばし、力を貸してくれ」

「言われなくとも。俺らだって、あんた方の力を借りたい」

 将軍たる者に対して乱暴に、しかし意欲的な言葉を返したのは、鉱夫の取りまとめ役である団子鼻の男だ。

「よそ者なんぞに、この山は渡せねえよ」

 オーウェンは頷き、さっと横へ目を走らせた。

「ラウル」

「はっ」

 素早く、側近が跪く。

「小隊を一つお前に預ける。鉱夫に紛れて採掘場へ行け」

「承知っ」

 兵士は重要な任務を与えられた喜びから、瞳を危なくぎらつかせた。所帯を持っても、この男の殺気じみた闘志は少しも萎えない。

「ジゼル殿にはラウルらの援護を頼みます」

「承知しました」

 ジゼルもその場で頭を下げ、しかと拝命する。

「残りの隊は廃坑道に馬と潜み、合図があり次第街へ走れ。先に魔技師を押さえ、兵どもは柵の外へ追い出す。カルロ、山中の道案内は頼めるな?」

「おまかせあれ。この十数日、本職ばりに鉱夫やってましたからね。俺、ちょっと活躍し過ぎじゃないすか? こりゃもしかして、すんごい出世しちゃったり? 弱ったなあ」

「案ずるな。お前の働きは陛下に余さずご報告してやるゆえ、存分に励め」

 お調子者に軽く周りが笑った後、続いて指揮官は坑道の壁際を見やる。

「ベルマンディ殿は手筈通りに合図を。くれぐれも本当の山火事にならぬようお願いしたい」

「わ、わかっています」

 体格の良い者ばかりいる中、幼馴染の手を握り、やや怯えながらいるメリリースはこの場で最も浮いている。その頼りない様子はとてもトラウィス最強の魔法使いには見えなかったが、砦を覆う数キロ四方に広がる巨大な霧を発生させ、ここまで兵団を無傷で守った彼女の実力を疑う者はすでにない。

 しかし当の本人は、「こういうのはクリフォードの仕事でしょうに・・・」と小声でまだ泣き言を漏らしている。

「あ、あの、大丈夫ですよ。おまかせください」

 青い顔で自信なげなメリリースに代わって、約束通り傍に付いているマティアスが言い添えた。

「将軍の思い描かれる通りに、できると思います」

「心強いことだ。クラウゼン殿も怪我をせぬようにな」

 年若い二人には幾分か優しさを見せ、それを最後にオーウェンは笑みを消した。彼の表情一つで、瞬時に空気が入れ変わる。

「出陣だ」

 静かな、力強い命令に、兵たちは低く応えた。



「――ヒューゴというのは、あんたか?」

 奇襲の準備にあたり、邪魔な鎧を脱ぎながら、ジゼルは傍に来た鉱夫に尋ねた。

 鉱夫は白目が際立つ顔を怪訝そうにする。

「うちの妹、エメから、疫病騒ぎの時にヒューゴという鉱夫に助けられたと聞いた。今回のことも含めて、礼を言わせてくれ」

「・・・へえ。あんた、そうなのかい」

 はじめ鉱夫はわずかに驚いた様子を見せたものの、すぐそれをそっぽに向けた。

「礼なぞいらん。助けてもらったのは俺たちだ。山も畑も、俺の家族も救ってくれた。・・・俺たちがすっかり元通りになる方法を考え続けてくれてた。それだから、なおさらガレシュにここは渡せねえんだよ」

 歴史を見れば、エールアリーは何度もガレシュやトラウィスなど様々な国に奪い合われ、支配されてきた。この地方の人間が独特な訛りを持つのはそのためだ。

 しかし、現代の彼らは危険を冒してでもトラウィスに加勢する。その理由が、たった一人の娘への恩義であるというのだ。

「・・・妹が聞いたら喜ぶよ」

 鉱夫は鼻を鳴らし、あとは何も言わない。

 かわりに、ジゼルは妹へ言ってやりたくなった。

(エメ、わかるか? お前のしてきたことが、お前自身と皆を救うんだぞ)

 それを必ず証明する。

 すっ、と顔つきを兵士のものにして、ジゼルは麻袋をかぶった。

※お知らせ

 『転生不幸』書籍の第4巻が1月12日発売予定です。

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