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「こんなものかしら」

 薬屋の店先で、リディルはノートと荷車の上を見合わせた。

 その脇を様々な年代の者たちが忙しく行き交い、手早く荷をまとめている。瓶や箱に詰められ、または素のまま紐などで縛られている乾物は、いずれも薬草だ。店の在庫に加え、王都にいた行商たちから急きょ買い占めたもの、ロッシに頼み王都外から掻き集めたものもある。

「これも積んでおけ」

 さらに、ジゼルが大量のシーツを担いでやって来て、満載の荷車に加えた。

「近所から古いものをもらって来た。裂けば包帯に使えるだろう」

「ありがとう、助かるわ」

「大体そろったか?」

「ええ。手に入らなかった薬草はエメの温室からもらったし、とりあえず準備できる分は集められたわ」

「リル姉!」

 そこへ、店の中からモモが飛び出して来た。

「あと何がいる? あたしは何すればいい?」

「もう十分よ、ありがとう。荷を動かすから、モモは家の中にいなさい」

 そう言われて頭をなでられても、モモはもどかしそうに拳を忙しく振る。

「あ、あたしも行っちゃだめ!?」

「だめよ」

 優しくも有無を言わせない口調だった。

「でもエメが捕まってるんだろ!?」

「エメはガレシュにいるのよ。私たちはそこまで行けないわ」

「そんなのわかってるよ! ただ、あたしだって自分にできることがしたいんだ!」

「だから、お前には店番をまかす」

 今度はジゼルの大きな手のひらが小さな頭に乗った。払いのけようとしても重たいその手に押さえられ、モモは不満を露わに姉を見上げる。

「あたしだけ留守番なんて嫌だ! あたしだって家族なのに!」

「だからだよ。家族の帰る場所を守る役目は家族にしか頼めない」

「っ・・・」

「大丈夫よ、モモ」

 リディルは身を屈め、不安に満ちた妹の目と目を合わせる。

「エメなら大丈夫。私も、ジル姉も大丈夫よ。必ずあなたのところに帰って来るわ」

 それは己に言い聞かせている言葉でもあった。遠い地に囚われている妹への心配や恐怖を笑顔に変えて、幼いもう一人の妹に向けるのだ。

「・・・絶対、だからな」

 モモはリディルとジゼルの服を握りしめた。

 納得はできていない。しかしまだ自分にはできることがない。これからボランティアとして戦地に赴く姉たちに引っ付いて行っても役には立てない。そんなことはとっくに理解していた。

「ケガするなよっ、かすり傷でも許さないからな!」

「ええ」

 大きな瞳に涙をいっぱい溜めたモモをリディルは抱きしめた。

「・・・ところで、今更の確認なんだがリル、将軍には連絡してあるんだろうな?」

 ジゼルがぽつりと問いかけたことに、リディルはぐずるモモをあやしながら、微笑のみを返す。

「・・・言ってないのか?」

「あちらもお忙しいみたいだったから。荷物を船に積み終えたら軍部に行ってみるわ」

「その前に来たぞ」

 ジゼルが遠慮がちに通りの向こうを指す。遠目にもわかる店先の大荷物に、見るからに驚いている様子のオーウェンが、馬を引いてやって来た。

「あら」

 リディルのほうは暢気に口に手をやり、ひとまずモモをジゼルに預けた。オーウェンは馬を軒先に手早く繋ぎ、さっそく妻に向き合う。

「オーウェン様、いかがなさいました?」

 むしろオーウェンこそがそれを尋ねようとしたのだが、妻に先んじられ一旦口を閉じた。

「・・・いや、王命によりジゼル殿が我が隊に加わることとなったゆえ、その出迎えをと」

 元最強兵士には、すでに宰相経由で召集令状が届いており、当人は二つ返事で出陣を承知していた。

「それと、そなたに一目会わんと思ったのだが・・・これは、一体何事だ?」

「戦の荷造りですよ」

「は?」

「私たち私設医療団もエールアリーまで同行いたします。陛下の許可はもういただきました」

 私設医療団とは、この数年をかけてリディルが街で治療技術を教えた人々で結成された団体である。

 けろっと言ってのける妻に、オーウェンは絶句した。

「・・・まさか、そなたも戦場に来ると!?」

「はい。オーウェン様と同じ船で参ります」

「そんなこと許すはずがなかろう!? 危険過ぎる! そなたは兵士ではないのだぞ!?」

「わかっております。私たちが船を降りるのは、オーウェン様にエールアリーを取り戻していただいてからのつもりです」

「だとしてもだめだ! 大体、リオネルはどうするのだ!」

「ヴァレリア様にお預けしました。ひどい母であることはわかっております。でも」

 リディルは、きゅっと胸の前を掴む。

「行くべき、と思います。エメが囚われているからではありません。オーウェン様やジル姉が行くからでもありません。そこで私にできることがあると信じるからです」

 強く意志を示され、オーウェンは戸惑った。

「・・・それは、そなたでなくても良いことだ」

「はい。私でなければできないことではありません。でも、私に・・できることです。だったら、やらなくちゃ」

 リディルは軽やかに笑った。

 特別な妹を傍で見てきた姉はよく知っている。妹の最も尊いところは、行動を躊躇しないところ。他者の様子など窺わず、己が定めた使命をひたむきに果たそうとする姿勢。一歩を踏み出す勇気こそが人を特別な者にする。

「オーウェン様、どうか私をお連れください」

 そっと、手を取る。

「命を一つでも多く救いたい。それが私の使命です。必ず、お役に立ってみせます」

「・・・」

 オーウェンは溜息を吐く他なかった。何もかもを周到に整えてしまっている状況そのものが、リディルの固い信念を表していることを、理解できないはずがない。

 軍医はいくらでも必要である。リディルは負傷兵の扱いを心得ており、エールアリーの土地柄も住民のことも知っている。さらに、王宮の医師たちとも気心の知れた仲であるのだから、そちらとの連携も取りやすい。リディルの同行は決して邪魔にはならないのだ。

「・・・妻に戦の帰りを待たれるという経験をしてみたかったのだが」

 オーウェンが零した言葉に、リディルは肩を竦めた。

「ごめんなさい。待っていられません」

「いや、良いさ。エメの話では、今やこの大陸のどこにいても危ういのだ。考えようによっては、そなたを傍で守ることができて良いのかもしれん」

 オーウェンはリディルを抱き寄せ、急なことで咄嗟に閉じられた妻の目の上に、口づけを落とした。

「ただし無茶だけはならんぞ。この瞼の裏には、常に家族の顔を映せ」

「・・・はい。ではオーウェン様も」

 夫の肩に手を置き、屈んでもらって、同じ場所にキスをする。

「きっとご無事で」

 ざわめく街の雑踏の中、軍靴の音は次第に大きくなりつつあった。



**



「さ、私たちには一刻の猶予もないよ」

 リル姉に王宮への報告をまかせてしまった後、私とギートはさっそく作戦会議に移行した。私は表面をまたきれいに削った魔石を握って立ち、ギートは鉄格子に背を預けている。

「とりあえずここはお前の魔法で突破できるとして、その先はどうする?」

「さっきの部屋まで全力疾走。魔石を破壊。ルクスさんのことはギートよろしく」

「丸投げかよ」

「君ならルクスさんの攻撃速度にも反応できるよ。その間に私が魔石を壊すから」

 力まかせのごり押し戦法になるのは仕方ない。ルクスさんがいつ魔石を発動してしまうか読めない以上、作戦は「とにかく急ぐ」に尽きるのだ。

「なら短剣も欲しいな。見張りの奴が持ってりゃいいが」

 言いながらギートは階段のほうに目線をやる。ぶんどる気満々だ。

「ところで、片目で戦えるの?」

 心配なのはそこ。片目だけでは遠近感が掴めず視野も狭まるのだから、だいぶ不利になるだろう。魔法使いの中でも著しく戦闘力の低い私は正直、ギートが頼りである。彼が戦えなければ困るし、不利な戦闘を強いて彼を失ってしまうのももちろん嫌だ。

「無理なら言って。目を作り直すから」

 二度も表面を削って、魔石はだいぶ小さくなってしまったが、がんばれば彫り直せる、かもしれない。

 しかしギートは右手を振った。

「いらねえよ。心配しなくても、俺は片目でも戦えるように普段から訓練してんだ」

「そうなの?」

「当たり前だろ。いつも万全の態勢でいられるわけねえんだから」

 本人は、なんなら心配されること自体が失礼とでも言いたげだ。

「堅実に生きてるねえ」

「そんだけ運がなかったってことだよ、俺は」

 かなりの実感が込められている。不幸は人をとことん逞しくするんだなあ。

「それなら、遠慮なく私が使わせてもらうよ?」

「ああ」

「でも、私の能力的にも石の魔力量的にも、あんまり連発はできないから期待しないでね」

「ああ。お前に期待すんのはとっくの昔に諦めてる」

 しれっとなんか言われた。どことなく、魔法のこととは別の恨みが滲んでいるような。まあ、ギートの期待は色々と裏切っている自覚はある。この埋め合わせはそのうち、ということで。

「――じゃ、行こうか」

 反撃開始、だ。

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