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猛獣の死骸を担いだジル姉に、兵士たちめっちゃびびってました。
私たちの住む街は戦争でそのまま要塞になれるよう、城壁に囲まれ門で出入りが管理されており、そこに常駐する兵士に猛獣が出たことを報告したのだが、二人いた門番はジル姉こそを化け物を見るように見ていた。気持ちはわかる。
そしてジル姉、死骸をお持ち帰りしました。
「今夜はごちそうだ」
普段クールな彼女がうきうきの良い笑顔してた。私たちも当然喜ぶと思ったみたいだ。家で捌いたらむわあっと凄まじい匂いがしたよ。もともとこっちの世界の肉類は臭いと思っていたが、野生でナマは段違いだ。まあでもハーブを大量に挟んで焼いたらけっこういけた。香辛料は肉食文化のためにある。薬にもなるしね。
その日はそれ以上特に何もなかったのだが、次の日になると不思議な来客があった。
まだ店を開ける前、私たちが狭いテーブルで猛獣の肉を挟んだパンを食べて(朝から重い)いる時だ。ノックとジル姉を呼ぶ男の声がし、「お前たちは食べてろ」とジル姉が席を立った。私とリル姉は顔を見合わせ、まあ当然気になるのでこっそり店先を覗いたら、中年くらいの白い男がカウンターの向こうでジル姉と話していた。白いっていうのは服のこと。私がこの街で見てきた中では最上級に身なりのいい男だったのだ。あれ、絶対に貴族とかだぞ。賭けてもいい。客にすらぶっきらぼうなジル姉が敬語を使っているし。
すると覗いているのが男のほうに気づかれた。狭い店だから仕方ないね。顎ヒゲを蓄えてるのが偉そうな感じだったが、目元がやわらかく、私たちを見つけてぱちぱち瞬いているのが少年のように見える変な人だった。
「子供ができたのか!?」
「違います」
やたらに驚く男をジル姉は冷静にあしらい、私たちを手招いた。怒られなくてよかった。
「リディルと、エメといいます。縁あって五年前から家族のように暮らしている姉妹です」
「ようにっていうかジル姉は家族だよ! ね、リル姉」
「うんっ、そうよね」
正直、もう給料ってかお小遣い貰ってる感覚だし。私たちが自信満々に宣言すると、ジル姉は軽く目を瞠ってから、ニヒルな笑みを浮かべた。
そんな様子に男はひとしきり驚いた後で、緩んだ表情になった。
「可愛い妹たちだね。しばらく様子を見ていなかったんで心配していたんだが、楽しく暮らしていたようで安心したよ」
「はい、色々と助けられています。―――二人とも、こちらは領主で国の宰相でもあるレナード・ヒンシュルウッド様だ。きちんとご挨拶をしろ」
・・・ん?
「え!?」
一拍遅れてリル姉が声を上げ、慌てて我が口を覆った。
領主、まではいい。封建制の土地で貴族と言ったら領主しかいない。でもこの人が、宰相だって? 宰相って総理大臣のことだよな? いくら自分の領地でもそういう人がぶらっと下町に来るもの?
「畏まる必要はないよ。今日の私は友人にお願いをしに来ただけの男さ。リディルとエメと言ったかな? 君たちのお姉さんをちょっとだけ貸して欲しいんだ」
なんのことやら、首を傾げる私たちにジル姉が説明してくれた。
まずレナードというこの宰相は、ジル姉が王宮で兵士をやっていた頃からお世話になっている人で、辞めた後も何かと支援をしてくれた恩人なのだという。普段は王宮に勤めているレナードが久しぶりに領地に帰り、たまたま昨日ジル姉が猛獣を仕留めた話を聞き、森に他にも猛獣がいないか捜索するにあたってジル姉の力を借りたいのだそうだ。
恩人であり領主であり宰相である相手(レナードはあくまで『友人として』と言っていたが)の頼みをジル姉が断れるはずもなく、というかいっそまた猛獣が出たらおかずが増えるとでも思ってんじゃないかな、レナードの部下たちと一緒に出かけて行った。そしてこれは余談なんだが去り際にレナードが、
「君たち勉強は好き?」
となぜかいきなり訊いてきた。好きか嫌いかで言われたら大好きだとは答えておいた。なんなんだろうな、この人。
そしてなによりジル姉。一国の宰相と顔見知りって時点でヒラ兵士ではないね? 冗談みたいに強くてまだ若いのに、ほんとなんで辞めたんだ? ・・・後ろ暗い理由があったらどうしよう。いや、ま、それでもジル姉は家族だけどな!
「ジル姉は偉い人だったの?」
結局猛獣は他に見つからず、かわりに薬草を採って帰って来てくれたジル姉に、夕飯時の開口一番、尋ねたのは私でなくリル姉だった。昼間、店番しながら二人でちょっと話していたから訊かずにいられなくなったか。どのみち、リル姉が言わなかったら私が言ってたとこだが。
「そんなことはない」
てきぱき食べ進める合間にジル姉が答えている。食べるのが早いのは兵士時代の癖だろうか。
「でも宰相と友達なんでしょう? すごいわ。ジル姉も貴族様なの?」
「貴族がこんなとこで薬屋をやっているわけないだろう。私は百姓の子供だった。運良く取り立てられて一時王室の警護を担当していたからレナード様とも面識があっただけだ」
「王室の!?」
つまりSP? それ超エリートじゃね? よくわかんないけど大出世で間違いないよね?
「なんでやめちゃったの?」
「・・・職場の人間関係でもめてな」
おぅ、辞める理由としてリアル。これを言う時だけジル姉の歯切れが悪かった。
「詳しくは訊かないでくれ」
「う、うん」
いきなりぐったりしてしまったジル姉に、リル姉も私も追及する気は起きなかった。きっと話すのも疲れるくらい面倒なことがあったんだろう。
「兵士だった頃から出先で怪我をしても手当てできるよう薬草を勉強していて、薬屋をやろうと思ったんだよ。もちろん知り合いの薬師に師事もしてな。それから店を出すにあたってレナード様が場所を紹介してくれたり金を貸してくれたりしたわけだ」
五年も一緒にいておきながら、この話は初めて聞いた。なんとなく今まで機会がなくて。
詳しく聞くと、どうやら私たちがお店に転がりこんで来たのは、店を開いて一、二年経った程度の頃のことだったようだ。そうするとジル姉が一人でやってた年数のほうがもう短いんだね。
今日は意外な来客に驚かされたが、おかげでジル姉の昔話を聞けた貴重な夜になった。