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「どう?」

 人の眼球を模したものを掲げて見せる。

 眼帯を取ったギートは、藍色の肉眼と黄色の義眼でそれをまじまじと眺めた。

「まだ試作品で魔石を使ってはいないんだけどね。知り合いの鍛冶屋に頼んで土台を作って、塗装の得意な人に色を塗ってもらったの。けっこう精巧でしょ?」

「お前を嫁にほしがってる鍛冶屋?」

「そことは別。感想は?」

「すげえ」

 ギートは試作品を手に取り、陽に透かしてみたりして色々眺めていた。

 義眼はひとまず私の目をモデルにしている。見事に職人は、虹彩の微妙な影や血管まで忠実に再現した深緑色のきれいな瞳を作ってくれた。ギートを連れて行けば、その藍色の目を寸分たがわず作ってくれるはずだ。

「それは全部ガラスで作ったけど、本番は虹彩と瞳孔、要するに色がある部分だね、そこだけをガラスにして、土台の白目部分を魔石にするつもり。で、魔法陣を彫りこんだ後に白く塗るの。コーティングの魔法を仕込むから、涙で塗装が落ちたりっていう心配はないよ。大まかにはこんな計画だけど、どうかな?」

「・・・ありがたい話だとは思うが」

 と、しかしギートは歯切れが悪い。

「祭りの時だったか? 確かにそんな話はお前が勝手にしてたが、俺はそもそも、改まって礼をもらうようなことはしてねえよ」

「命の恩人だよ? 祭りにも付き合わせちゃったし、鉱山でも助けてもらった」

「仕事だ。あと俺の運が悪かっただけだ」

「でもお礼したっていいでしょ?」

「だったらもっと色っぽい礼のほうが・・・」

「何色にでもご希望通りに塗ってあげるよ。さ、やろう」

「だから、かわすなよ」

「お願い。こればっかりはギートが協力してくれないと作れない」

 ちゃんと魔法陣が機能しているか、自分の肉眼を外して嵌めてみるなんてことはできないからね。

「さては自分が作りたいだけか?」

「もちろんお礼をしたいのが一番だよ。ルクスさんにもらった目、たぶんあと十年くらいが寿命だと思う。なんにせよ、かわりの目は必要でしょ?」

「いや、でも、けっこー高ぇもんなんだろ? これ」

 左目を指す顔は、微妙に申し訳なさそうだ。遠慮の原因は金か。

「大丈夫。クズのクズのクズ石の魔力を地道に集めて作ったから材料費はタダ同然」

「クズのクズって・・・なんとなく嫌になる言い方すんなよ」

「そうじゃないと許可下りなかったからさー。かわりに手間はものすごくかけたよ」

「いや、まあ、ありがたいことはありがたいんだが・・・」

 遠慮も長いと面倒くさい。むにゃむにゃ言ってるのはほっといて、話を進める。

「さ、どんな目が欲しい? ビーム出す? ビーム」

「何を言ってるのかはわからんが、とりあえずやめろ。嫌な予感しかしねえ」

 戦闘力は上がるんだけどなあ。ま、誤射のリスクのほうが高いかな。うっかり瞼を焼いたら大変だ。目からビームを出す昔の少年漫画の悪役は、角膜とか大丈夫なんだろうか。いちいち再生してたら目ヤニすごそう。

 話が脱線した。改めて。

「現時点で特に希望がなければ、私の考えを聞いてもらえる? まず、今回の到達目標は、肉眼と同等の視界を保ち、一見して義眼とはわからない義眼を作ること」

 書き留めたメモを差し出し、該当箇所を指しながら説明を続けていく。

「そこで、右目に連動して左の義眼も動く機能を新しく付け加えたいと思う。それからコーティングね。かわりに、今の義眼にある、背後まで見える機能はなくさないといけなくて、光感知の能力も少し落ちる。つまりは、普通の人の目になるの」

「・・・全部の機能は付けられねえのか?」

 ギートは机に腕を置いてメモを覗いている。乗り気になってきたようだ。

「スペースと魔力量の両方で難しい。だからイメージとしては、ルクスさんの義眼を仕事用にして、新しい義眼は休日とか、街の人に変に騒がれたくない時に使ってもらう感じでどうかなと。ルクスさんの義眼の魔力が切れた時はまた同じものを作ってあげるよ」

「別にそこまでしなくても、普通に見えればやり合う時でも支障はねえよ」

「そう? でも、ひとまず両方使ってもらってから感想を聞くよ。――と、こんな感じの計画で問題なければ、さっそく作業に移りたいんだけど、どう?」

 両手をあけて、私はもう準備万端だ。ギートはちょっと呆れたような、仕方がないとでも言うような笑みを浮かべた。

「好きにしてくれ」

 はい、全面許可出ましたー! 大丈夫、後悔は絶対させない。

 まずは義眼を借りて眼球のサイズの確認と、右目の虹彩や瞳孔のサイズを測らなければ。魔法陣の構成や配置はすでに図案に出しているため、土台ができればすぐ取りかかれる。あとは詳細な塗装のためにギートにも鍛冶屋に同行してもらって、などかな。

「ギート、また非番の時ある? できればひと月以内で」

 義眼にメジャーを巻きながら、相手に今後の予定を確認。

「あることにはあるが、ひと月以内ってのはなんだ? なんかあんのか?」

「来月、エールアリーに出張するんだ」

 この件も、長いこと願い出てやっと許可が下りた項目だ。

「皆を治せるかもしれない方法がちょっと思いついた」

 鉱山から流れ出ていたヒ素の影響で体が壊死し、元気になっても皮膚に白い痕が残ってしまった人々の光景が、頭から離れたことはない。できるだけ近いうちに、必ず成果を持って訪れると決めていた。

 今回、同行予定の護衛はギートのいる隊ではないから、彼はよく知らなかったのだろう。基本的に現地へは私と、医療部からジェドさんが行くくらいのものなので、以前のような大人数の兵士は必要なかった。

「行って帰るだけで二か月くらいかかっちゃうからさー、その前に義眼を仕上げたいんだよね」

 帰って来たらおそらく仕事が山ほど溜まって、またずるずる先延ばしになりそうだしな。

 すると溜め息のような音が聞こえた。

「どれか手ぇ抜こうとは思わねえのか?」

「性分じゃない。気になることは気になるし、時間をかけても全部突き詰めたい。むしろ、そうしないことが苦痛だよ」

 ある種の病気みたいなものかもしれない。好奇心と、衝動と、楽しさに憑りつかれて、いつしか追究をやめられなくなってしまう。そこで生じる苦しさは、何もしなかった時に味わう苦しみとは別の風味を持っている。それが私は嫌いじゃない。

 だけど、賢明な友人は必ず忠告をくれる。

「無茶だけはすんなよ」

 頬杖をついて、態度はぞんざいだが右目は心配そうだ。

「わかってる」

 感謝の意味と、安心させたい気持ちもこめて、私は笑顔で頷きを返した。



**



「ただいまー」

 打ち合わせを終えてギートが帰った後、昼過ぎに小休憩がてら私は隣に戻った。今日はリル姉が来ておらず、モモも学校に行っているので薬屋にいるのはジル姉だけだ。ちょうど客が切れた頃であり、ジル姉はカウンターで薬草を擦っているところだった。

 私が戻ってきたのを見て、顔を上げる。

「ギートは帰ったのか?」

「うん。そういえばお茶も出さなかったな。夢中で忘れてた」

「礼の義眼を作るんだったか?」

「そうそう、うまくできそうだよ。ビームは出ないけど」

「ビーム・・・?」

「なんでもない」

 笑ってごまかしておく。

 ジル姉も大して気にせず、薬草を擦る手を再び動かし始めた。

「――で、少しは相手にしてやる気になったのか?」

「何を?」

「ギート。お前に構ってもらうために来てるんだろう」

「半分はジル姉が目当てでしょ」

 今でもギートは暇があればジル姉に稽古をつけてもらっている。庭に私が温室を建ててしまったため、早朝に誰もいない路上でチャンバラをしているのを徹夜明けに目撃する。木刀に布を巻いて、あまり音が響かないようになど工夫してたっけ。でもけっこう、うるさいけどな。

「間もなく私に用はなくなるさ。近頃はだいぶ負けなくなってきてる」

「へえっ、ジル姉って指導力あるよねえ。オーウェン将軍に軍の指南役お願いされてたもんね? 断ってたけど」

「武術なんかは己の努力がすべてだ。私は今さら何もできん」

 でも現にギートが強くなってるわけだし、私やリル姉に薬のことを教えてくれたのもジル姉だし、やっぱりそういう力があるんじゃないだろうか。とはいえ、本人はこうしてのんびり店を構えているほうが向いてると言い張るので、無理強いすることではないんだろう。私自身もジル姉は傍にいてくれたほうが安心する。

「お前のほうはどう思ってるんだ?」

 何をと訊けば、ギートのことだとまた言われるんだろうが。セオの結婚話を聞いたせいなのか、今日のジル姉は妙にそっちのノリがいい。

「うーん・・・」

 カウンターに寄りかかり、しばらく考え、

「お年頃だなあ、って思う」

 とりあえず口に出たのはそんな感想。ジル姉が微妙に半眼になった。

「お前も同じだろうが」

「そうだね。若い時は多かれ少なかれ寄ってくる人がいるもんだよ。これがだんだん年を重ねていくと自然に消えるわけで」

 鬼も十八、番茶も出花というか。

「年取ってから思い返せば、好きだの好きじゃないだのうだうだしてた頃が一番楽しかったりするんだよ」

「・・・本当のところ、お前はいくつなんだ?」

 前の世からの蓄積分を加えれば、実を言うとジル姉よりも年上だとは言えないので、あさってに視線をそらす。

「なんにしても、はっきり言ってこないのまで相手にする気はないかな。別に焦る必要もないし」

 それは私にとっても、ギートにとってもそうだ。

「若いんだから、これからもっと色んな人を好きになるよ。今のうちに選択肢を絞る必要なんかないって」

 じっくり生きていこうじゃないか。そうやって前世で行き遅れ街道に入っていた私ではあるが、後悔することは何もない。楽しかったし、まだまだ生きていきたいと思えていた。そして今も生きてる。

「やっぱり年をごまかしてないか?」

「ひどいなあ。ぴちぴちの二十歳に向かって」

「どうもお前は昔から年相応じゃないんだよなあ。妙に世慣れしているというか、頭が回り過ぎるというか」

 なんでかという理由を、そういえばまだ誰にも説明したことがない。切り出すタイミングも特になく、言ってもなんのこっちゃな話な上に、そんなこと、わざわざ言う必要も意味もないように自分で思えてしまっているせいだ。

 生まれた理由、生きていく理由、その二つがすでに見つかっている以上、誰に理解されずとも私は満足している。

「別に結婚しなくてもいいじゃん。ジル姉だって私がお嫁にいったら寂しいでしょ?」

「いや? 静かになっていいかもしれん」

「泣くぞこら」

「泣け」

 試しにカウンターに突っ伏すと、笑い声が降ってくる。

「余計なことは気にせず、好きなようにしろ」

「する。してる」

 そこで、私は顔を上げ、調子をがらりと変えた。

「――ってことでジル姉、新商品の開発を一緒にやってみる気ない?」

「なんだいきなり」

「魔法のランプが普及したせいで、蜜蝋が売れなくなったって商会から苦情が来たの。だからそれ、手荒れ防止の軟膏に加工し直して、ついでに美容に効く薬草をまぜて売り出したらどうかなーと。ジル姉も一枚噛んでよ。で、店に置いて貴族庶民に売り込んで」

 すると、ジル姉は小さく肩を竦めた。

「・・・当分、浮いた話はなさそうだな」

「地に足つけて生きてますから」

 未来のことはともかくとして。

 こういう忙しくもまったりとした日常にあることが、今は一番、幸せなんだ。

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