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94

92からどうぞ。

 ブーケを届けにリル姉のところへ行くまで、その道のりは近くて遠い。

 なにせ知り合いばっかり集まってるもんだから、姿を見かければ声をかけられるし、かけたくなるのだ。

「や、メリー。きれいなドレスだね」

 通りすがりに見つけた同僚が、貴族のドレスでなく、彼女の銀髪が映える黒系の庶民ドレスを着ていたので、これも無視できなかった。

「あら、エメ。いたのね」

「当たり前にいるよ。マティも来てくれてありがとね」

 メリーの隣に立つ彼にも声をかけると、気弱げな笑みが返される。

「こちらこそ。僕は特に何も協力してないけど、招待してもらえて嬉しいよ」

「いやいや、マティには雷の魔剣のことでお世話になったよ? いっぱい楽しんでね。ところでメリーはそのドレス買ったの?」

「試しに着てみてるだけよ」

 じゃあレンタルだ。会場では販売の他、レンタルも行っている。パーティードレスを持ってない庶民のため、プティさんのドレスの宣伝も兼ねて、私が提案した企画だ。プティさんがフリーサイズのドレスをいくつも作ってストックしてあったために実現できたこと。紳士服までは手が回らなかったけど。

 メリーはスカートの裾をつまんで、形を確かめるように半身捻ってみせる。

「さすがに安っぽい作りよね。ドレスというより部屋着みたいだわ。軽いのは悪くないけれど」

「気に入ったなら素直に気に入ったって言えばいいと思うよ」

 嫌ならとっくに脱いでるはず。っていうか脱ぐのもめんどくさそうな貴族のドレスで来たんだろうに、わざわざ着替えた時点で興味津々じゃんか。

「僕はちょっと、何か、落ちつかないけどね・・・」

 マティはメリーの膝元をどこか心配そうに見やる。ひらひらふわふわ、短い裾がそよ風によく揺れるためだろう。でも中にタイトめのペチコート入ってるから、わりと平気なもんだよ。

「何が落ちつかないのよ?」

 メリー、素で訊き返す。彼女もけっこう天然系だ。

 マティは一瞬狼狽えたが、すぐ頭を振って気を取り直した。

「ううん、大丈夫。僕が、ちゃんと、君の傍に付いていればいいことだ」

 小さく拳を作って、気合いを入れてる。なんか彼もたくましくなったなあ。

 言われたメリーのほうが今度は狼狽えて、言葉に詰まってしまった。

「ところでクリフは?」

「あっ、あっちでワインの飲み当てやってるわ」

 慌ててメリーが指したのは一つ向こうのテーブル。誰が始めたのかわからないが、数名が集まって瓶とグラスを並べている中に、白いローブを着たクリフがまざってた。

 彼も雷剣作りを少し手伝ってくれたから、というか、アレクにロックにメリーにマティ呼んだんだから全員呼んじゃえなノリで招待状を送っておいたのだ。

「意外に楽しんでるわけね。じゃー、まー、話すのは後でいいや。――そうだ、今アレクが来てるよ。あっちのほう」

「それ、早く言いなさいよっ。着替えてご挨拶しなきゃ。マティ、行きましょう」

「あ、うん・・・着替えるんだね」

 マティはちょっぴりほっとしたように、即席試着室へ向かうメリーの後を付いて行く。

 もしかするとギートが王子相手に何喋っていいのかわかんなくて、困ってるかもしれないから、二人が行けば少しは助けになるだろう。



 人に会うたび一回一回足を止めながら奥へ進んで、やっと礼拝堂が見えてきたと思ったら、地響きみたいな乾杯の声がした。

 将軍旗下と思われる兵士たちが、木製のジョッキを片手に掲げ、新郎新婦を囲み祝杯を上げているのだ。

 なんで所属までわかるのかといえば、彼らが並みならぬごっつい体つきをしていて、その中には知っている顔もいたからだ。

「おおエメ殿!!」

 彼、ラウルさんもやって来た私に気づき、大きく目を開いた笑顔で迎えてくれる。それ、何度見ても怖いからやめてほしい。

 思わず足を止めてしまうが、あっちから構わず寄って来る。

「此度はまことに良い宴を開いてくれた! 主の分まで感謝いたす!」

「はあ、それはよかったです」

「ぜひ俺の結婚式も貴殿におまかせしたい!!」

 たぶん、酔ってるんだろうなあ。

 私はウエディングプランナーではないので、そんなハイテンションで迫られても困る。冷静な時と興奮してる時の温度差が激し過ぎて疲れる、この人。

「――そこっ、いたいけな娘さんにからまない!」

 突如、飛来した水塊が、ラウルさんの横面を引っ叩く。実に見事な一撃で、近くにいた私にはほとんど飛沫がかからず、(おそらく)狙った的にのみ命中した。

 水塊が飛んできたほうを見やれば、ジョッキを前に突き出した小柄な女性がいる。クリーム色の庶民ドレスの裾が、女性の動作でふわりと少し持ち上がって、落ちついた。

 可愛らしい顔立ちをわざと怒ったようにしかめている彼女のことも、私は知っている。

 サルアの店という、王宮兵士御用達の大盛りメニューが豊富な食堂の看板娘にして、ラウルさんの婚約者のベルさんだ。

 年の頃ならリル姉と同じくらいかな。看板娘らしく愛嬌があって気が利いて、豪快なところもあるが、めっちゃいい人。彼女とは披露宴の料理をサルアの店に頼んだ際に、知り合ったのだ。

「ごめんなさいね、エメさん。この人少し酔っぱらってて。水、かからなかった?」

「はい、大丈夫です」

 私への確認が済んだら、ベルさんは腰に手を当てラウルさんを睨み上げる。

「あなたは将軍様の側近でしょう? だったら、みっともない振る舞いをしちゃだめですよっ」

 ラウルさんのほうは髪の先からぽたぽた水滴を垂らしたまま、彼女を静かに見下ろす。

「・・・俺はみっともなかったか」

「ええ、この上なく。酔っぱらって女の子にからむだなんて。エメさんがびっくりしていましたよ?」

「そうか。それは悪いことをした。エメ殿、申し訳ない」

「いえ・・・」

 そんな急にテンション下げて謝られても。親に叱られた子供みたいだな。

 頭を振って水滴を払うと、ラウルさんの表情はすっかり平静になっていた。水ぶっかけられて酔い冷めた?

 落ちついたところで仕切り直し。

「ベルさん、料理などもろもろの準備ありがとうございます。ドレス、とてもよくお似合いですね」

「え? いやいやっ、いいのよ? そんな、気を使ってお世辞言ってくれなくてもっ」

 褒められると途端に、ベルさんは恥ずかしそうに両手で頬を押さえる。その乙女な仕草は、とてもじゃないが婚約者に水ぶっかける人には見えないや。

「料理の準備って言ったって、私はせいぜいここまで運ぶの手伝ったくらいで、作ったのはうちの店長だしね? それしかしてないのに招待してもらっちゃって、申し訳ないわ」

「いえ、ベルさんには多大なるご迷惑をおかけしたので、そのお詫びと言いますか」

 闘技大会でのとばっちりの件ね。いや、ラウルさんが勝手にやって勝手にマイクで喋ったことではあるんだけどね、場を作った私にも責任はあるだろうから。

「あ、そのことなら気にしないで? エメさんのせいではないしね。全部この人が悪いのよ」

 ベルさんは眉間に皺を寄せ、後ろ手にラウルさんを指す。でも次の瞬間には、皺を伸ばして朗らかに笑った。

「だけど、いいの。結果的に店の宣伝になってお客さん増えたし、こんな一生できないようなきれいな格好もさせてもらえたし」

「一生できないことはない」

 ここでラウルさんが口を挟む。

「俺たちの結婚式ですぐにまた着せてやる」

 まあね。そうだろうね。しかし改めて言われると不意打ちになったのか、ベルさんは面食らっていた。

「え? えっと・・・」

「普段から着ていたければ着ていてもいい。俺も好きだ、その格好」

 あー、この人意外に言う人だ。しかも真顔で恥ずかしげなく。

「こ、こんな格好、普段になんてできませんよっ。仕事あるんですからっ」

「だったら俺と二人の時に着ろ」

「っ・・・」

 ベルさん、一気に形勢不利だ。

 なんでラウルさんみたいな人と婚約したのか疑問に思ってたけど、こういうところがよかったのかなあ。

 心の中でごちそうさまして、そっと二人の空間から身を引き、私はようやくリル姉のもとへ辿り着いた。


「リル姉っ、お届けものでーす!」

 ちょいテンション上げて声を高くし、兵士らの筋肉壁を割る。

 礼拝堂の前でオーウェン将軍やジル姉たちと並んでいるのは、まぶしいばかりの花嫁だ。

「エメ!」

 こちらへ、リル姉は幸せ溢れる笑顔を向けてくれる。

 夜明けの結婚式では、ソニエール家が用意した腰回りのふっくらした重厚な白いドレスだったが、披露宴の今は、プティさん渾身の力作である、水色のマーメイドドレスにお色直ししてる。

 こちらは地面まで丈があって、優雅に流れるひだが貝殻の模様にも似てる。水色が薄いので、日が当たると白く光って見えた。

 本当に、きれい。

「――はい、これ。アレクからリル姉に」

「王子殿下から?」

 ブーケを受け取り、リル姉は目を瞬く。横で聞いた将軍も、驚いて辺りを見回した。

「どちらにいらっしゃるんだ?」

「もう少し場が落ちついたらお連れします。お礼はその時にどうぞ」

「殿下をお待たせしちゃっていいの?」

「大丈夫。本人の了解は取ってるよ」

 答え、小さく溜め息を吐く。

 疲れたのでもなく、何に呆れたのでもでない、感嘆の溜め息だ。

「改めて見ても、リル姉、きれいだね」

 最初に見た時も私は同じことを言ってる。リル姉はくすくす笑っていた。

「ありがと。エメもきれいよ? きれいで可愛い」

「当然、私はリル姉の妹だもん。どうせなら、ジル姉もドレス着てみたらよかったのにねー」

 話を振ると、姉は腕組みして唸る。

「簡単に言うがな、私は人生の半分を男として生きてきたんだぞ。そうじゃなくても、いい年こいてその服はきつい」

 私とリル姉を交互に見やるジル姉の格好は、でも普段とは違う。

 ドレスは着たくないジル姉にも変わった格好をさせてみたくて、アオザイや中華服をイメージした服をプティさんにオーダーした。

 上衣の裾が足元まであって、横にスリットを一つ。中はズボンだ。袖はゆったりしてる。風で裾が広がると、ちょっとスカートっぽくもなる。アジアンテイストな情緒漂い、また黒髪だから、けっこうよく似合っているのだ。

 見たことない形の服に、本人は最初「何だこれ」状態だったが、懸念してる露出がないということで、最終的には着てくれた。

「でも、その服も似合ってるわ。かっこいいと思う」

「どこの国の服なのかよくわからんがな」

「強いて言うなら、私の夢の中の国」

「なんだそれ」

 怪訝そうなジル姉のことは体の向きを変えてかわし、私は花婿の前に立つ。

「――それよりも将軍っ、こんなにきれいなお嫁さんを差し上げるんですから、絶対大事にしてくださいねっ」

「言われるまでもないことだ」

「きっとですよ? もし浮気なんかしたら、あなたが存在すること自体を許しません」

 殺すぞゴラァを丁寧に言うとこうなる。

「わ、わかったから、足を踏まないでくれないか」

 うっかり気持ちがこもり過ぎ、前に出た足が将軍のつま先をがっつり踏み込んでた。いや、無意識無意識。

「そなたらが必死に守ってきたものを、決してないがしろにはしない。信じられなければ何度でも誓おう。私はリディルを必ず守り、生涯愛し抜く」

 誰の前でも恥じることなく、淀むことなく、彼は宣誓してくれる。

 私は一歩下がって、笑みを浮かべた。

「それなら、いいです」

 その時、視界の端を小さな手籠を持ったモモが走り来た。ドレス着てるのに、店の従業員の子供たちと鬼ごっこして遊んでいるのだ。

「あ、モモ、籠貸して」

「これ? はい!」

 子供たちからいくつか受け取った手籠の中には、薄桃色の花びらが入ってる。披露宴の最初、リル姉たちが礼拝堂まで行く道に、皆でまいてもらったものの余りだ。

 私は胸の魔石を開封し、新郎新婦へ呼びかけた。


「リル姉っ、将軍っ、私は心から、二人を祝福します!」


 呪文を唱えるとともに、籠に入れた手を振り上げる。

 突風が吹き、花びらは私の指の、遥か先へ。それらは二人を包み、天空に踊り、人々の頭上へ降る。

 そこへ、きらめく星のような光を足した。

 無数の花びらと光によって、二人とその周囲のすべてが一層輝かしく、華やかに彩られる。

 祝福とともに。

 選んだ道はきっと明るく、未来は希望に満ちて、幸多きものであることを示してみせた。


「――エメ」

 涙声で、リル姉が私を呼び、傍に来て抱きしめてくれた。

「ありがとう」

 滲む視界の中、私も抱きしめ返す。そのままで、リル姉は話してくれる。

「私ね? 子供の頃、神様なんて信じてなかったのよ?」

 それは、ずっと一緒にいた私でも、初めて聞く話だった。

「だって目に見えないんだもの。それに、つらい時、苦しい時、痛い時、どんなに祈っても応えてくれなくて、全然、存在を感じられなかった。――でもね、それは違ったの。神様はもうずっと前に、私のお願いを叶えてくれてたの」

 リル姉は不意に体を離して、涙が浮かぶ顔で微笑んだ。

「それが、あなた」

 優しく、私の頬をなでる。

「いつも、私を救ってくれた。励まして、守って、時々叱って、たくさん、愛してくれた。神様は、一人ぼっちで死んじゃうはずだった私の人生に、あなたを与えてくださったの。そしてあなたが、私に幸せをくれたの」

 再び、リル姉に抱きしめられる。

「大好きよ、エメ。大好き。これから先、あなたに助けが必要な時、私はいつでも力になる。私もあなたの、救いになりたいわ」

「―――」

 温かい言葉が、胸の深いところまで染みて、涙が伝った。

 ぎゅっと瞼を閉じ、同じくらい強くリル姉を抱きしめる。

「ありがとう、リル姉・・・でもね、一つ勘違いしてるよ。私、ずっとリル姉には救われてる」

 わけもわからずこの世界に生まれ落ち、理不尽な仕打ちに神を恨んで、一度は絶望したんだ。いっそ魂ごと消滅させてくれりゃよかったのに、って、願ったこともあるんだ。

 だけどリル姉がいたから。

 絶望の中で死ななかった。死ねないと思えた。

 私こそが守られていた。支えられていた。この世界で目を開けた瞬間から、ずっと、ずっと。

「ありがとう」

 姉妹で、そればかり口にした。

 感謝の言葉。

 お互いの存在に、周囲に、そして、幸も不幸も分かち合えるようにしてくれた、神に対する。



**



 皆に祝福される新郎新婦を少し遠くに眺め、私はまつ毛に残った最後の滴を指で払う。

 今、傍にいるのはジル姉だけだ。気兼ねせず、両腕をぐっと天へ伸ばし、声とともに息を吐く。

「―――あーあ、これからどうやって生きようかなっ」

「どうした、いきなり」

 ジル姉は軽く驚いた目で、こっちを見る。

「私さ、自分はリル姉を幸せにするために生まれてきたんだって、ずっと思ってたんだよ。それで、まあ、必ずしも結婚がゴールってわけじゃないけど、一応、区切りがついた形ではあるでしょ? だから、これからは、なんのために生きていけばいいのかなー、って」

「・・・そんなの、悩むことじゃないだろう」

 ジル姉は肩を竦めて、どこかを指した。


「エメーっ! さっきの魔法もう一回やれーっ!!」

 モモが遠くでぴょんぴょん跳ねながら、精一杯の大声で私を呼んでる。どこから集めてきたのか、さっき遊んでた人数よりも倍以上の子供らを率い、早くこっち来て見せろって、言ってる。

「他にもあちこちで呼ばれてるぞ」

 ジル姉は笑みを浮かべ、顎で周囲を示す。耳を澄ませば、本当にそういう声が聞こえてきた。

「――うん、そうだね。悩むことなかったね」

 はじめ、異世界は私の他にリル姉しかいない狭い場所だった。

 だけど今、見渡してみれば、いつの間にか世界は広く、青空の下に人が増えている。まだ出会っていない人を含め、この空の下にいる全員が、大小様々な理由で互いを必要としたり、必要とされたりして生きていて、その世界の中に私も確かに組み込まれているのなら。

 じゃあ、問題なし!

 私が転生した理由はリル姉を救うため。私が生きていく理由は、この視界に溢れる人々のため。

 神には問わない。自分で決められる。


 私はここで、生きていく。

※お知らせ

 ・転生不幸3巻、9月に発売予定です。

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