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広大な森には馬車が通れる程の道が一本引かれている。採取は基本的にその道端で行った。方位磁針の類がないので、深入りすると危険だ。用心としてジル姉は剣を、私とリル姉も短剣を腰のベルトに差していた。
「私の視界の中から消えるな。特にエメ、何を見つけても走るなよ」
なんで私はいつの間にこんな信用なくなったのかなあ。リル姉まで心配そうにして近くにいるし。見たことのない木々の種類に興奮してきょろきょろしてたせい? 大丈夫だってば。
すでに採取に来たことがあるリル姉に採取方法を習いながら、とった物は籠に入れる。目的の薬草以外にも色々興味深い植物があったので別の袋に入れて持ち帰ることにした。いやー楽しいなあ!
お、赤いキノコ発見! あきらか毒っぽいから手袋をして・・・え?
「エメ? どうかした?」
「っ、来ちゃだめ!」
「え? え?」
片手を突き出し、寄って来ようとするリル姉を止める。
このキノコが赤いんじゃない。横に転がってる・・・う、腕から漏れた血が付いたんだ。しかも持ち主はどこにもいない。まるで作り物のようで、でもそんなわけない、よね。
ぐるるる、と低い唸り声が奥から聞こえた。
視界がいきなり反転したと思ったら、私は後ろへ放り投げられており、剣を抜いたジル姉が木陰から突如飛び出した獣を切りつけた。
「エメ!」
リル姉が私のもとへ駆け寄る。私たちは呆然とジル姉の背中と、サーベルタイガーのような獣を見つめていた。
「二人とも動くな!」
ジル姉の鋭い注意が飛ぶ。いや、あの、これ、助け呼んだほうがよくないか? ところがその時、ジル姉の剣が光った。
夢を見ているかのようだった。
淡い燐光を放つ剣をジル姉が振るうと、光が空間を鞭のように走って獣の体を切り裂いた。恐ろしい獣の悲鳴がこだまする。怯む獣の横へ素早く回り込んだジル姉が、首元目がけ思いきり剣を振りおろし、悲鳴が止まった。
「ふぅ・・・無事か?」
そして余裕の気遣いである。ジル姉、強ぇぇっ! この人こそチートか!?
「ジ、ジル姉は大丈夫?」
リル姉がおずおずとタオルを差し出し、ジル姉は受け取って血を拭いながら「問題ない」とクールに返答。
「そんなに強いのに、どうして兵士やめちゃったの?」
「大人には色々あるんだよ」
ジル姉は剣の血を払って鞘に収めた。そして私が見つけた死体を検分していた。私たちも、後ろから恐る恐る覗く。
「行商だな。おそらくこれが薬草が届かなかった原因だろう」
「ここ、猛獣が出る場所だったの?」
「駆除されているはずなんだが、どこかから移ってきたのかもな。他にもいるかもしれないから今日は引き上げだ。領主様に報告しなくては」
この国は封建制だった。城壁に囲まれた街の奥には、警備の厳重な領主館があるのだ。近づいたことはないが、遠目にうっすら門を見たことがある。
説明するのに早いからと、ジル姉は自分の身長ほどもある獣を背負って森を出た。男勝りどころか超人だぞ。
「ねえ、さっきのってなに? 剣が光ったやつ。リル姉も見たよね?」
「見た。すごかった」
「魔剣だ」
帰りの道すがら、ジル姉は剣を私たちに見せてくれた。
普通の両刃剣のように見えたが、柄の部分に美しい緑の石が埋め込まれており、それは《魔石》という特別な力を持つものなのだという。要はそこに魔法の力が込められており、先ほどの光はその効果なんだそうだ。
ここに来て初めて異世界らしいものを見たな。やっぱあるんだ魔法。
「普通の人がこんなもの持ってるの?」
「いや、基本的には兵士だけだ。魔石は天然の鉱石で貴重なものだから、普通の武器より値が張るんだ。それに使いこなすのにも訓練が必要になる」
「ジル姉は魔法使い?」
「魔法使いでなくとも魔石の力を使えるように加工してくれる職人がいるんだ」
へえ・・・なんかおもしろそうだなあ。一体どういう理屈がある力なのだろう。ちなみに私は、こういう不思議な力を元々の世界でもどちらかというと肯定派だった。よくドラマで演じられている科学者がオカルトな事象に対して「科学で証明できない=あり得ない、存在しない」と主張しているけどおかしいと思うんだよな。理論立てて証明できた不思議が科学になるのであって、科学的に証明できないことが即存在しないことの証明にはならない。というか存在せずの証明など誰にもできない。真の科学者なら不思議なことをあり得ると信じて証明方法を考えるものだろう。当初、ニュートンの唱えた万有引力はオカルト・フォースと呼ばれ、ガリレオだって地動説を否定させられた。科学の世界は信じて突き詰めることで広がっていくのだと思う。
もしできるなら魔法の理論を聞きたいな。だがジル姉はあんまり詳しいことは知らないみたいだった。たぶん、仕組みがわかってなくてもパソコンを使える現代人と同じだ。




