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 我が人生に一片の悔いもなかった。

 家は裕福で、父と母と兄の優しい家族に囲まれ、幼い頃から見目悪しからず、才気煥発。お受験をすんなり通過し、都内有数のエスカレータ式超進学校にて成績は常に一番。特に何もしてなくたって運動能力抜群、各行事で大活躍。小中高と生徒会長に選出され首席卒業。某難関大学の医学部入学を当然の如く勧められていたが、人口爆発の昨今、世界の食糧自給をなんとかせにゃならんと志し、同大学の農学部にトップ入学。在学中と卒業後にアメリカ、ドイツ、カナダ留学等々を経て博士号を取得、世間に遅ればせながら国立機関の研究員となって日々国のため世界のため研究に励んでいた。

 プライベートに関しては昔から多忙だったことで決して多くはなかったが、彼氏と呼べる人間がまあ何人かはいた。婚期を迎えた最近はフリーだったが、実家の会社を継いで順調に経営規模を広げていっている兄が結婚し、両親は初孫を可愛がるのに忙しく私に結婚を急かすようなことがなかったため、わりとのんびり構えていた。

 家庭よりも、すべての人が飢えに苦しまない世界を築きたい―――そんな使命感に燃えていた私に落雷が直撃するとは、夢にも思わなかった。

 野外調査中で何もない畑のど真ん中にいた私の不注意だったことは認めよう。だが曇ってきたなと思った瞬間に落ちるとはどういうことだ。ギャグみたいだがマジだ。即死だったさ。痛みとかはわからなかったが、すさまじい衝撃だけは恐怖の記憶として残っている。

 天才は神に愛されるが故、早くに召し上げられるという。私が優秀過ぎたということならば、仕方がない。志半ばで無念ではあったが、神の御許で穏やかな暮らしができるのなら、まだ納得できた。

 だが、だがしかし!

 白い光の中から目覚めると、なぜか私は赤ん坊になっていた。不躾に覗きこんでくるやぼったい外人顔や、まったく馴染みのない周囲の景色を眺めるうち、自分が知らない世界に生まれ直しているということを徐々に理解していった。と同時に以前の記憶が蘇った。この事態を簡潔に表すと異世界転生。なんということだ。そもそも魂があったということが驚きだったし、赤子の未発達な脳でここまで深く思考できることも意味がわからなかった。まあでもいい。不思議は不思議として受け入れよう。生まれ変わってしまったものは仕方がない。

 あどけない少女の頃に読んだファンタジー小説では、主人公が裕福な貴族に生まれ直していわゆるチート、権力ばかりか魔法などの絶大な力まで手に入れ、王子様と結婚していたものだ。そんな人生も楽しいかもしれない。

 だがしかし! しかしだ!

 ありとあらゆる世辞を駆使しても新しい生家は・・・ど貧乏、だったのだ。路地裏の家、っていうか小屋? で父と母と姉も合わせて四人で住んでいたのにまず絶句。常に外から汚水か排泄物の匂いが漂ってくるわ、薄布を敷いただけの床に寝かされているためネズミに耳を齧られそうになるわ、家族はそのネズミを煮込んだ信じられない料理を食べてるわ。姉がスープを差し出してきた時はマジやめろと泣き叫んだね。腹の底からぎゃん泣きしたね。でも最終的に流し込まれたね。吐いたね。

 私の魂の受け入れ先はここ以外になかったの!? 確かにぶっちゃけ信仰してた神なんていなかったけれども! 異世界転生で生活水準下がるってどういうことだよ!?

 それでもまだ、まだ私は希望を捨てていなかったさ。もしかしたらこの世界ではこれが標準なのかもしれない、いいじゃないか多少(?)貧乏だって、温かい家族さえいれば。皆で支え合い、慎ましやかに生きるのもひとつの幸せの形さと自分に言い聞かせた。

 ところがそれすらなかったんだよねー!

 飲んだくれた親父がしょっちゅう家で暴れるわ母親はネグレクトして出ていくわ、そのうち親父の姿も見えなくなり、物置小屋だとばかり思っていた家が実は借家であって姉妹ともども大家に追い出されるという。

 神よ、私になんの恨みがあった!? 信仰してなかったからか!? だったらいっそのこと魂ごと消滅させてくれ!!

 この時点で姉が十一歳、私が四歳である。無責任な両親に似ず、幼いながら責任感を持っていた姉は私の手をぎゅっと握って、街の中を歩き出した。

「ぉねー、ちゃん」

 これからどうするのか、あてはあるのか。そんな疑問を含め、うまく回らない舌で姉を呼んでみる。頭は発達しているのに、体ばかりがおぼつかない。

 私と同じ、姉の赤茶色の髪の先が歩みに合わせて細い肩をかすめていた。やはりこれも私と同じ、深緑色の瞳はまっすぐ前へ向いていた。

「だいじょぶよ。エメはお姉ちゃんが、守るからね」

 両親のかわりに彼女がくれた、ちょっと変な名前を呼ばれた瞬間に、クソ親どもは赤の他人であって今生での家族は姉のリディルだけなのだとわかった。現に生まれてからずっと私の世話をしてくれたのは彼女だった。

 わが身の不幸を嘆けばキリがない。それより同じ境遇に堕ちた少女が、私を守ると言ってくれてるんだぞ? ただ守られていられるものか。

 神が本当にいるとして、記憶を持ったままここに私を転生させる意味があったのだとしたら、もしかしてこの子のためなのではないか?

 違ってもいいや。私が決める。まっさらな魂に刻み込む。

 この地獄から脱し、リディルを幸せにすることが、新しい私の使命だ。

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