ガルムの村の捨て子 その3
ユーリが家に着くと、玄関からは夕食の匂いが漂いでていた。ユーリには、それがすぐに豆の煮物の匂いだとわかった。ここ数日、ずっと豆の煮ものだった。
「ただいま」
「あら、ユーリ」台所からカムランおばさんが顔を出す。「ちょうどよかった。夕飯にしますからカラコスを呼んできてくれる?」
「はい」
ユーリは奥の書斎へと向かった。ドア越しにカラコスおじさんに言った。
「夕飯だって」
ドア越しの返事。
「わかった」
ユーリはそのままその場でカラコスを待った。ユーリ自身もどうしてそうしているのか、わからなかった。
やがて、ドアが開き、橙色の光が漏れ出た。
「なんだユーリ。先に行ってなかったのか」
「はい」
カラコスはユーリを見た。ユーリは射抜くようなカラコスの視線に耐えられず、俯いた。その拍子に、言葉が口を出る。
「カラコスおじさん。ぼくの《影追い》はいつですか?」
ユーリ自身も驚き、理解した。ルクスンのところに行ってから、ずっとこのことをカラコスに聞きたいと思っていたのだ。
カラコスは何も答えなかった。その代わりに、ユーリの頭に大きく、熱い手が置かれ、そのまま彼は食卓へと向かった。どうして答えてくれないの、とは聞けなかった。不意に、ガーシャの言葉が脳裏をよぎる。
《お前は悪魔に捨てられたんだ。村長はそんな子どもを育ててる。ありがたく思えよ、村長は心が広いんだ。《七色の魔法使い》レベルだよ、まったく!》
カラコスはユーリの本当の父親ではない。父親ではないのだから、《影追い》の許しも与えられない。それに、本当に自分が悪魔に捨てられた子どもなら、《影追い》程度の《黒い色》の魔法も使えまい。
でも。と、ユーリは思う。ならば、自分は一生子どものままなのか?
ユーリはカラコスの後ろをついていくしかなかった。
食卓にはすでに料理が並んでいた。
いつもの通り。カラコスが上座に座り、この世界の始祖である《六色の魔法使い》、それも食物にかかわる《緑色の魔法使い》に感謝の祈りを奉る。そして夕餉が始まる。
静かな食卓だった。いつもはおしゃべりなカムランも、ユーリとカラコスの様子に気が付いたようだった。
気まずい空気の中、食事を終えると、カラコスが唐突に言った。
「ユーリ。お前の《影追い》は少なくとも、今年ではない」
カムランは目を見張った。そしてユーリを見た。
「じゃあ、いつなの?」
ユーリは、聞いた。ただ「はい」と返事をすればいい、という心の声を押さえつけ。
「それは私が判断することだ」
とたんに、ユーリは沸騰した。
「ごちそうさま」と言葉を投げつけて、席を立った。脳内にガーシャの声がした。《忌むべき者》。
別にカラコスが陰で《忌むべき者》だとユーリをののしっているとは思えない。けれども、ユーリを《影追い》させないことが、遠まわしにユーリを《忌むべき者》と言っているように感じられた。いや、ユーリが《忌むべき者》であることを否定してもらえてない気がしたのだ。
育ての父。
けれども本当の父じゃない。
そのことが、ユーリの心を蝕んだ。
ユーリは酷く荒れた心で、ベッドに横になった。ふて寝だ。
夕焼けはだんだんと頭を冷やし、闇が深くなっていく。
星はまだ見えなかった。