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七色の魔法使い  作者: ミカワ・トヨタ
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ガルムの村の捨て子 その1

 ガルムの村は、《緑の国》の緑豊かな山間にひっそりとあった。


 都市部から数十メクラン離れており、片道だけで数日を要する。村人は、山に自生する木の実や葉、小さな畑では採れるわずかばかりの麦で、慎ましやかに暮らしていた。

 田舎も田舎、ドがつく田舎だった。


 ガルムの村の生命線は主に二つ。

 ひとつは《緑の国》と《青の国》をつなぐ街道だ。村は麦や珍しい木の実などを売り、街道を行き来する行商人から、申し訳程度の収入を得ていた。

 もうひとつは、ガルムの村のすぐ西を走る、小さな川だった。川幅は大人一人分の背丈ほどもないが、この数百年、枯れることなく村に潤いを与えていた。


 ユーリは、川面を覗き込んだ。短く切り揃えられた黒髪の少年が、ユーリを覗き返していた。

 律儀に整えられた前髪からは、生硬い表情が見えた。まっすぐな柳眉の下には、まだ成長しきっていないやわらかさ(まなこ)がある。

 傍らの水桶には、きょう使う水がなみなみと入っていた。これを一人で持ち帰らなければいけない。


「おい、ユーリ!」


 背後からかけられた声に、ユーリは緩慢に振り向いた。

 腕組みをしたガーシャが、斜面の少し高いところからユーリを睥睨していた。映えるような金の髪は、陽光を浴びて、燦然と輝いているようだった。

 同い年とは、ユーリにはあまり思えなかった。


「なんだよ、ガーシャ。ガーシャ・ミルヘクト……」

 

 ユーリは辟易していた。ガーシャは村一番の乱暴者だ。そして、昔からガーシャは、ユーリに絡むことが好きだった。


「今度の《六色祭》、オレ《影追い》をすることになったから」


 だから? ユーリは思った。それがどうした? だけれども、ユーリは口にしない。彼の腕力に、かなわないことを知りたくないほど知っていたから。


《六色祭》は、年に一度のお祭りだった。その日は、どこの国の、どこの都市や村でも、この世界が生まれたことに感謝を捧げるお祭りをする。祀られるのは、《六色の魔法使い》だ。国ごとに違うが、ユーリたちの住まう《緑の国》では、《緑の魔法使い》を祀っている。


 そしてもう一つ。この世界の成り立ち、伝説になぞらえて、《六色祭》では《影追い》が行われる。

 数えで十歳を超えた子は、親の許しを経て《影追い》に望むことができる。そして《影追い》を無事に終えることができれば、その子はもう子どもではなくなる。大人として、周囲の大人と対等に渡り合えるのだ。


 ユーリは嫌な気がした。ガーシャが大人になってしまったら、子どもである自分は、ますますイジメが激しさを増すような気がしたのだ。


「お前はいつ《影追い》をするんだ? おっとごめん。お前には無理だったな。村長っ家の拾い子だもんな。村長は自分の息子でもないやつを《影追い》させたりはしないよな。いやぁ、すまんすまん」


 ユーリはぴくりと頬が動くのを感じだ。ここで怒りをあらわにするのはよろしくない。ガーシャのいつもの手だ。相手の神経を逆撫でして、頭に血を登らせてから、殴り合いの喧嘩に持ち込む。

 そして正当防衛を盾に、彼はいつも大人たちからお咎めを得ない。

 いや。とユーリは思った。それだけじゃない。

 彼の家は、村一番の裕福だ。行商人から手に入れたものを、さらに別の行商人と交換することで、多くのお金を手にしていた。村で彼の家に意見できるのは、村長ぐらいのものだった。


 ユーリが無反応でいるのを見ると、ガーシャは面白くないといった表情で、さらにまくし立てる。


「お前は愛されてないんだよ、誰にも。親に捨てられ、そして村長にも見捨てられている。だから、お前は俺を同じ十二になるのに、未だに《影追い》を受けさせてもらえない。一生子どもなんだよ、お前は。

 ま。そうなっても、俺がお前に仕事をやるよ。荷物を持って、延々と行商人たちの馬車のあいだを行ったり来たりするんだ。一番きついやつだけどな。子どものお前でも、俺が雇ってやるよ」


 ユーリはぐっと拳を握った。

 確かに自分は、村長カラコスの本当の息子ではない。けど、だからなんだって言うんだ。カラコスとの思い出が脳裏を蘇る。楽しかったこと。悲しかったこと。


――村長にも見捨てられている。


 そんなことはない! ユーリは心で叫ぶが、さらにその奥の方では、本当は愛されていないんじゃないか、と疑う心が静かに胎動していた。

 本当は、カラコスも自分のことを嫌っているのではないか? だって――。

 

 ユーリがなお、無反応でいるのを見ると、ガーシャは苛立たしげに叫んだ


「なんとか言えよ、《忌むべき者(インヴィーサ)》!」


 ユーリの怒りは沸点に達した。

 それは、ちょうどユーリが不安に思っていたことを口にされたからだ。小さな不安は、ガーシャに言われることで急激に広がり、心の防御が追いつかない。理性は怒りの後ろに隠れ、つい咄嗟に、ガーシャに手を出してしまった。


「なんだよ!」


 ユーリはガーシャの襟首を掴んで叫んだ。


「よう、怒ったのか? 《忌むべき者(インヴィーサ)》。 心の狭いやつだな。だからお前は《影追い》を受けさせてもらえないんだよ」


 ガーシャは襟首を掴むユーリの手を、乱暴に払った。これで十分に大義ができた、と言いたげな邪悪な笑みを浮かべている。


「言うな!」

「何をだよ? 本当のことをか?」


 ガーシャはユーリに右からパンチを食らわす。まともに防御もできなかったユーリは、そのままふらついた。ガーシャは続けた。


「お前は《忌むべき者(インヴィーサ)》だ。だって、そうだろ? これ以上ないってぐらい黒い髪をしてやがる。お前はいつか村に禍をもたらすんだよ。知らなかったか? 村の大人は、みんなそう言っているぜ?」


 左から拳が飛来する。


「言うな!」


「お前は悪魔に捨てられたんだ。村長はそんな子どもを育ててる。ありがたく思えよ、村長は心が広いんだ。《七色の魔法使い》レベルだよ、まったく!」


 お腹に蹴りを見舞われる。


「言うな……」


 ユーリは蹴られた腹を抱え、その場にくずおれる。


「言うな……」


 ユーリは何一つ、ガーシャに叶わなかった。


「つまんねーやつだな」


 ガーシャはそのまま、水桶をひっくり返していった。「大変だな。水汲み、頑張れよ? またいっぱいになったら、こぼしてやるからな。あははは!」下品な笑い声を残して、ガーシャは村に帰っていった。


 ユーリの意識は、そこで途切れる。


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