ep1 売られる少女
西暦2185年。深夜の旧日本列島上空。小型輸送機の搬入口から三つの影が投下された。
『いいかお前等。今日の目標は炎王の排除だからな。気を抜くなよ』
「おうよ! 俺等が魚なんぞに負けるかって話だ」
「んふふ。今日も沢山殺しちゃうわよ」
「二人とも。もうすぐ地面です」
激しい爆音と共に三つの影は地面に突き刺さった。そして、その卵のような形の影が割れ、中からそれぞれ人影が現れる。
「あらタギツ。あんたまたそんな飾り物付けてきたの? 」
月明かりに照らされたそれは人では無く、人の形をした機械であった。
「何度も言うが飾りじゃねーやい! これはなぁ、この羽に見える部分が高周波ブレードになっていてだな! 」
背中に翼のようなパーツの付いた機械人間が地団駄を踏みながら叫んだ。
「そんな物背中につける必要ゼロじゃない。ねぇ? ノア」
「そうですね。あんな物をつけて路地などで引っかかったらどうするのでしょう。ウチは心配です」
他の二体に比べて小柄な機械人間が肩をすくませる。
「かっこよけりゃいいんだよ! あと心配してくれてありがとう! 」
『お前等! 無駄話してねーでとっとと仕事しろ! 金払わねーぞ! 』
通信機を通しての怒鳴り声を聞いて、三体は顔を見合わせてから頷いた。
「いつの間にか囲まれていますね」
そう言って一体はライフルを構え
「目標の王様はいねーみたいだけどな」
もう一体は翼を広げながら二丁の拳銃を構え
「こいつら殺してればでてくるんじゃない? 」
残りの一体は巨大な槌を構えた。
「お先に! とっとと終わらせてマキナを迎えにいかねーとな! 」
脚に付いているブースターをフルスロットルで吹かしながら“敵”の軍団に突っ込んでいく翼の付いた一体。
「あたしも負けてらんない! 」
槌を肩に担ぎながら大柄な一体も突撃を始め
「タギツには掠り傷一つも負わせません」
ライフルのトリガーを引き、空中を飛び回る“敵”を撃ち落す小柄な一体。
この三体はいずれも機械ではない。対砂魚決戦個人兵装、アテナに身を包む人間である。そして、人類の希望となりつつある三人組でもあるのであった。
~西暦2182年~
今から100年程前、従来のエネルギー資源の何倍ものエネルギー効率を持つ物質が日本海の地下深くから見つかった。その物質はエクスフュエルと呼ばれ、人類は更に技術を発展させ、当面の資源問題も解決したかに思われた。
しかし、80年前、エクスフュエルの採掘場近海から“砂魚”と呼ばれる謎の巨大生物が出現。人類は瞬く間にその人口の六割と住処を失った。
この緊急事態に世界は各国の軍隊、技術者を寄せ集め、対砂魚対策機関A.I.G.S.を発足。世界から砂魚を駆逐する為に人類の英知を集結させた。A.I.G.S.の活躍により、ユーラシア大陸を開放し、残った人類はそこにネストという集団居住区をいくつか作り上げた。
そして現在。中規模のネスト、キプチャクの中にある町、ユードバーグから物語は始まる。
「あっちーな。」
とある日の午後。なんでも屋「タギっちゃん」は今日も閑散としていた。
「ふんっ! タギツがふんっ! ちょっとふんっ! スカート履いてふんっ! 呼び込みすればふんっ! 入れ食い状態よ」
「いやなにそれまったく意味わかんない」
っていうかなんであいつこんな暑いのに腹筋なんかやってんの?
「あんた折角そんな可愛い顔に生まれたんだからもっと人生楽しみなさいよ」
汗を拭きつつ、我等がタギっちゃんの副社長、マーカス・ベラスはそんな事を言った。
「男のくせに可愛い顔なんて言われて嬉しがる奴なんかお前ぐらいだ」
そしてなんでスカートを履くのが人生を楽しむ事に繋がるんだ。
「でもほら。今日もあんたへのファンレターがこんなに」
そう言って大量の紙束を持ってくるマーカス。
「ちっ。資源の無駄だな」
こんな物贈ってくるなら仕事を持って来いって話だ。
「あらやだ。ちょっといい男じゃないの」
勝手に中身を見始めたマーカスを放置し、テレビをつける。
「先日砂魚の襲撃にあったフィリアからの中継です。ラインズの活躍によって砂魚は撃退されましたが、民家などは激しく破壊されています。A.I.G.S.では町に砂魚を誘い入れた容疑で守衛官の……」
ニュースでは激しく破壊された町並みが映されている。
「正規の軍隊がこの調子じゃあ先が思いやられるわねぇ」
「あんなのはいかに自分の手柄を立てられるかを競ってるだけの集団だ。だから町がこんな事になる」
「ま、だからこうして何でも屋をやってるわけよね。私達」
そう。俺とマーカスはかつてはA.I.G.S.の一員だった。だが、二人ともそれぞれの理由で軍を抜け、こうして何でも屋を経営しているのだ。
「それにしても暇だ」
テレビを消して頬杖をつく。
「あのー。すみません」
おっ! 客だ!
「はい。いらっしゃいませー。タギっちゃんへようこそ」
客は若い男だった。少し落ち着かない様子なのはきっとマーカスが舐めるように全身を眺めているからに違いない。
「本日はどのような御用件で? マーカス。お茶入れて来い」
「そういうお茶汲みは当然女の仕事。って態度気に食わないわね。前時代的よ」
「安心しろお前はおっさんだ」
おっと。客が苦笑いしてるぞ。
「ごほん。失礼しました」
「いえ、それよりも、ここって何でも屋なんですよね? 」
「ええ。そうですとも。お金さえいただければなんでもいたします」
何でも屋というと、何でも売ってるお店、と思う人がいるかと思うが、家は物販店ではない。もちろん○○が欲しいと言われればなんとしてでも入手はするが……まぁ、ようするに代行業なのである。庭の掃除をしてくれと言われれば喜んで掃除し、犬の散歩をしてくれと言われれば喜んで散歩をする。それが俺達タギっちゃんだ。
「申し遅れました。私、ここタギっちゃんの社長をしております、タギツ・クロッサムという者です」
「あ、はい。御丁寧にどうも。僕はアレン・シュトライクといいます。あのう、いきなりですが、これ」
男は懐から厚めの封筒を取りだした。
「おわ。すげー金」
目の前に出された大金を前にし、警戒心がグンと高まる。こういう最初に大金で釣ろうとしてくる奴等は大抵危険な仕事を持ってくるからだ。いくら何でも屋とはいえ犯罪は犯せない。
「この程度で足りるか分からないのですが。これで、僕の今日だけの偽の恋人を依頼したいんです。申し訳ありません。これが僕の一月のお小遣いなもので」
……
「はひ? 」
どんなにヤバい仕事を依頼されるのかと思っていたら、偽の恋人?
「はいお待たせ~。あらやだ、なにこの大金」
マーカスがお茶を汲んでやってきた。
「恋人ですか……少々お待ちください」
マーカスと一緒に事務所の外に出る。
「おい。どうする? 」
出来る限り声を抑えて話す。
「いや、私には何が起こってるんだかさっぱり」
マーカスにあの男の依頼について説明した。
「あら。それはもう私がい「それは無理だ」
「食い気味に言うのやめなさいよ! じゃあどうするの? みすみすこんな美味しい話逃がす訳にはいかないでしょ? ってかやっぱり怪しくない? こんな仕事にあんな大金払う奴いる? 」
「ああ。それは大丈夫だ。あいつはあのモンスター企業。シュトライクグループの御曹司だからな。金銭感覚がぶっ飛んでるのさ」
ダブレットPCに出てきたシュトライクグループの御曹司の写真をマーカスに見せる。
「わお。お金持ちって素敵」
「その通りだな。あの歳でお小遣いってのも驚きだが見たかよあの量。俺らが馬車馬のように働いてもあんだけ稼ぐにゃ半年以上はかかるぜ」
「そうね。なら、どうするの? 何か考えが? 」
「そうだ。その為にここに来たんだよ。いいか? マーカス。今この瞬間から俺達は三人でこの店をやってる事にするんだ。そして現場にはクレアを向かわせる。アイツのことだ、札の一枚か二枚渡せば喜んで手伝ってくれるだろ」
「なるほどね。そして私達はここで楽しく銭勘定と。了解」
二人で打ち合わせをし、中に戻る。
「アレンさん。了解しました。このお仕事引き受けましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます! で、どなたが僕の恋人に? 」
御曹司様が俺とマーカスを不安げに見つめる。そりゃそうだよな。俺かこのおっさんがあなたの恋人です。なんて言われたら発狂しちゃうもんな。
「ええ。今少し出ているのですが、後ほどうちのもう一人のスタッフをそちらに向かわせますよ」
「ええと。できれば……その」
突然もじもじとしだす御曹司。男がやっても気色悪いだけだからやめろ。
「あなたにお願いしたいんですが」
む? 俺の後ろに誰かいるか?
「後ろじゃなくて、あなたです」
「お、俺? いや、すまんがこんな見た目だけど俺はおと」
「りょーかいいたしましたー。いやーお客さんお目が高い! この子社長にしてうちのNo1なんですよ」
マーカスに口を塞がれる俺。
「よかった。これであいつらの鼻を明かせる」
「で、こちらには準備がありますので、時間とどこか集合場所を決めていただけませんか? そしたらタギツをそこへ向かわせますので、現地集合という形で」
「はい。では、17時に夕日の子羊亭でお願いできますか」
夕日の子羊亭だと? 超の付く高級料亭じゃないか!
「了解しました。料金の方はこちらで十分足りますので、御安心を」
「はい。ああ、楽しみだ。あいつらの悔しがる顔が目に浮かぶ」
上機嫌で御曹司は事務所を出て行った。
「ぷはっ。あー苦しかった」
恨めしげにマーカスを睨む。
「それはごめんなさいね。でも、結果オーライって奴じゃない? 」
「まぁな。まさかあんな高級店で飯を食えるとはな」
うはは。今から唾液が止まらんぞ。
「じゃ、さっさとおめかししちゃいましょう」
「え? このままでいいじゃんか。どうせあいつ気付いてないんだし」
「あの口ぶりからすると、あんたを友人達に自慢するつもりなんでしょ。万が一バレたらどんな事になるか分からないわ。しっかり準備しないと」
むぅ。そうか。
「お化粧ならオカマに任せときなさい。いつも通りとびっきり可愛く仕上げてあげるわ」
うへぇ。女装か……いや、まぁこういう仕事は初めてじゃないから女装自体には今更どうこう思わないが、男の視線がガンガン突き刺さってくるんだよなあれ。
「まぁ、そこら辺は全部任せるよ」
こうして記念すべき一話目の仕事は女装して男とデートをするというなんとも情けないものになってしまったのだった。