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第1話 違和感

別垢でうpしていたのですが読者数が全然伸びないので、過去作を読んでくれた人がこちらも読んでくれることを期待して本垢でうpし直すことにしました。

時刻は午前3時、誰もが寝静まった閑静な住宅街の一室で、一人の少年が何年も前から日課としている実験を行っていた。


部屋の電気は付けられておらず、唯一の光源は窓から薄っすらと差し込む月明かりだけが部屋の中を照らしていた。


少年はベッドに横になって目を閉じてはいるが眠っている訳ではなく、両手を天井に向けて翳し、精神を集中している様子だった。


すると何の前触れもなく、少年の掌の先に1cmほどの小さな黒い穴が現れていた。


その瞬間、少年は堅く閉じていた両目をカッ!と見開き、触れれば割れてしまうシャボン玉でも扱うかのように細心の注意を払いながら、少しずつしかし確実に両手の間隔を広げて行った。


謎の黒い穴は少年の手の動きに釣られるように、徐々に大きくなって良く。


そしておよそ1時間後、黒い穴の大きさが少年自身の体よりも大きくなったことを確認すると、少年はついに長年の実験が成功した事を確信した。


「はぁ、はぁ……やった……ついに!ついに成功したぞっ!これで漸く僕は……」


少年は喜びに浸るのも束の間、漸く完成した黒い穴を崩して仕舞わないように再び精神を集中し、今度はその穴を徐々に自らに向かって下降させ始めた。


さらに10分後、黒い穴は少年の肉体を完全に覆い隠し、そして突然消滅した。


果たして少年の実験とやらは成功したのか、それとも失敗したのか、答えを知る唯一の存在は既に何事も無かったかのように静かに眠っていた。




ジリリリリリリッ!!!


昨夜の静寂とは打って変わって、目覚まし時計のけたたましい音が少年の部屋に響き渡った。


「……うるっせぇ!」


少年は右手を振り上げ、バンッ!と叩き付けるように喧しい目覚まし時計を黙らせた。


「……ふぁー、昨日寝たの何時だったっけ?まさかラスボスが3回も変身するとは思わなかったわ」


少年は盛大な欠伸をしながらベッドから起き上がりつつ、昨夜の激闘を思い出していた。


土曜日の昼にずっと探していたレトロゲームをアキバで見付けた瞬間値段も碌に見ずにレジに直行して購入し、他の買い物の予定を全てぶっち切って家に直帰した挙句、土日の2日間を丸々費やしてプレイし続け、ついに昨夜クリアを果たしたのだった。


「このまま昼まで寝続けたいけど、流石に新学期初日からサボるのは不味いよなぁ……」


少年は数秒ほど本当にサボった場合のリスクを予想し、諦めて登校することにした。


「……あれっ?そーいえば、今朝は起こしに来なかったんだな?」


学校のある日は、目に入れても痛くない、かわいい義妹が毎回趣向を凝らして目覚まし時計のアラームが鳴る前に起こしてくれていたのだが、今朝は珍しく目覚ましの方に軍配が上がったようだ。


「珍しいこともあるもんだ。仕方が無い。今日は兄である俺がかわいいかわいい妹様を起こしてあげようじゃないか!」


肩を揺さぶって起こす時に、誤って違うところに触れちゃってもそれはあくまでも事故だよな?とか考えながら、少年は足音を立てないようにコソコソと忍び足で隣の妹の部屋へ向かって行った。


親しき仲にも礼儀ありと言われるように、妹の部屋を訪れる際は必ずノックをするように言い付かっているが、今回はそれを敢えて省略する。


(ノック音なんかでかわいい妹を起こす訳にはいかない!そして何よりも、俺の完全犯罪(ラッキースケベ)が砂上の城の如く崩れ去ってしまう)


少年は微かな音も立てないように、そうっとドアを開けて妹の部屋に侵入した。


妹の部屋は薄いピンク地に何かの花の模様が描かれた壁紙が貼られており、一目で女の子の部屋だと分かる様相だ。


自分の部屋にも何らかの壁紙が貼られている筈なのだが、ゲームやアニメのポスターが所狭しとベタベタ貼られている為、柄どころか地の色すらパッとは思い出せない有様だ。


匂いも自分の部屋とは大違いである。


こっちの部屋には芳香剤だか、アロマだかが置かれているらしく、花の香りが少年の鼻腔を擽って来る。


少年は、比べてついさっきまで寝ていた自分の部屋はどーだっただろうか?と思案する。


2日間、窓すら締め切って部屋に引き篭もっていたせいで空気は澱み、汗とスナック菓子、消臭スプレーの臭いが混じった混沌(カオス)な空間になってはいなかっただろうか?


今日ばかりは妹が寝坊してくれて助かった。


あんな部屋にかわいい妹を入れる訳にはいかない。


「今度からは小まめに換気をしよう!」と少年は微妙に後ろ向きな決意をし、早速自室の窓を開ける為に、妹の部屋を後にしようとした。


(って、そーじゃねーだろ?あぶねーあぶねー。当初の目的を見失う所だった!俺はそもそも妹を起こしに来た筈だ!断じて妹の部屋の香りをクンカクンカしに来た訳ではないのだ!)


少年は再び振り返り、妹の部屋の中を見回した。


妹の部屋は自分の部屋のように物が散乱していたりはせず、綺麗に片付けられている。


(毎週妹が掃除してくれているのに、すぐに散らかっちまうんだよなぁ……いったい何が原因だろう?)


「お兄ちゃんがちゃんと片付けないからでしょ?」と妹が起きていたら突っ込みを入れられること間違い無しなことを考えながら、少年は妹の部屋の中を観察し始めた。


綺麗に片付いているので、視線は自然と大物に向けられる。


勉強机、衣装箪笥、ハンガー、本棚、そしてベッド。


妹は猫好きなので、所々に猫のぬいぐるみが飾られている。


UFOキャッチャーの景品らしき物から、ファンシーショップで買ったと思しき値段の張りそうな一品まで様々だ。


(あれっ?俺が去年の誕生日に買ってあげたやつが見当たらないよーな?ひょっとして、気に入らなかったのか?)


渡した時は目を輝かせて喜んでくれていたと思ったのだが、それは単に兄の顔を立てて喜んでいる振りをしてくれていただけだったのだろうか?


少年は見るからにガクッ!と肩を落として落ち込みながらも、今年の誕生日にリベンジを果たすことを誓うことで何とか持ち堪えた。


(さて、いい加減そろそろ妹を起こすとするか)


「……あれっ?」


少年が妹を起こそうとベッドに目をやると、妹愛用の羽毛布団はペタンコになっており、どう見ても中に人がいる様には見えない。


いくら妹が女の子として理想的なスマートな体型をしているとは言っても限度がある。


つまり、妹のベッドはもぬけの殻だということだ。


友達の家に泊まりに行っているという可能性もあるが、その時は大抵翌日に学校がない金曜か土曜であり、日曜から月曜に掛けてお泊り会をしたことは、少なくとも少年の記憶ではこれまで一度も無い。


よって、お泊り会の可能性は極めて低いと思われる。


次に考えられるのは、何らかの理由により、昨夜は別の部屋で寝ていたという可能性だ。


自分の部屋ではないのは分かっているので(深夜までゲームをしていたからとかそんな瑣末な理由ではなく、妹が自分のベッドに入って来て気付かない訳がない!と心の底から確信しているからだ)、両親の部屋かリビングのソファー辺りが考えられる。


今から直接確認しに行くのも良いが、その前にやることがある。


少年は徐に妹の布団の中に右手を突っ込んだ(あくまでも確認作業であって、決して他意は無い!無いったら無い!)。


「……まだ微かに暖かい。やはり、さっきまでアイツがここで寝ていたことは間違いないようだな」


ならば、何故今朝は自分を起こしてくれなかったのだろうか?


ここ2日ほどゲームの為に引き篭もっていたので碌に顔も合わせていないが、特にケンカをしたという訳ではない。


そもそも、妹はケンカをした翌朝も素っ気無いながらもちゃんと起こしてくれるほど心優しい子なのだ。


そんな妹が新学期早々起きて来ない兄を放置するとは考え難い。


少年がいったいどーゆーことだろう?と首を傾げた瞬間、壁に掛けられた時計が目に映った。


その時計が示す現在の時刻は8:20。


少年の通っている高校は8:30に正門が閉められてしまうので、あと10分で遅刻決定である。


「……やっべ!」


少年はあらゆる疑問を一旦放棄して急いで自分の部屋に戻り、30秒で制服に着替え、ペンケースしか入っていない為に軽すぎるバッグを肩に掛け、家の鍵を握り締めて階段を駆け下りて行った。


「メシを喰う時間は当然無いとして、最低限洗顔と歯磨きくらいはしないと不味いか……」


玄関に鍵とバッグを放り、一路洗面所に向かう。


30秒で簡単に洗顔と歯磨きを済ませ、もう30秒で可能な限り水で無理矢理寝癖を直す。


「あと8分……間に合うか?」


家から学校までは徒歩15分の距離だ。


普段なら走れば十分間に合う時間だが、今は睡眠不足に加えて朝食抜きの状態だ。


学校まで走り続けられるかどうかは正直分からない。


間に合うなら良いが、無理して走った結果あと一歩及ばず遅刻してしまったのでは踏んだり蹴ったりだ。


「いっそのこと潔く諦めて、優雅に重役出勤と洒落込もうぜ?」と内なる悪魔が囁いたが、父親の単身赴任に付いて行った母親に遅刻欠席1回ごとに小遣いを減らすと脅されている。


今年の妹の誕生日にリベンジを行うと誓った矢先に軍資金を減らすような愚を犯す訳にはいかない。


少年は内なる悪魔の誘惑を辛うじて振り切り、全速力で走り始めた。




「はぁ、はぁ……ま、間に合ったか?」


今年1年間自分の所属するクラスは2‐Aだと事前に連絡が来ていたので、一目散に2‐Aに飛び込んだ。


すると、教室にいた全ての人間の目が、一斉に少年に突き刺さった。


「……あー、お騒がせして申し訳ない。俺は新堂渚(しんどうなぎさ)。これから1年間よろしく!」


渚は数十もの視線に一瞬気圧されたが、気を取り直して自己紹介をしてこの場を取り繕うことにした。


「新堂、お前何でここにいんの?」


すると、渚のすぐ近くの席に座っていた少年が話し掛けて来た。


「はぁ?何でって、俺も2‐Aだからに決まってんじゃん?あれっ?もしかして、ここ2‐Aじゃなかった?」


渚は教室の表示を見間違えたかと思い、ドアを出て確認しに廊下に戻った。


「何だよ?合ってんじゃん!勘弁してくれよ?新年度早々赤っ恥掻いたかと思ったじゃねーかよ?」


渚は憤慨しつつ、去年から引き続き同じクラスらしい男子に抗議した。


「……いや、そーじゃなくて、お前が『A』の訳ないだろ?寝惚けてんのか?」


「……え?どーゆー意味?」


渚は意味が分からず、目の前の少年に聞き返した。


「だから!落ちこぼれのお前が『Aクラス』の訳がないだろ?さっさと『I』だか『J』だか、落ちこぼれに相応しい教室に帰れって言ってんだよ!」


「がはっ!?」


少年がそう言いながら右手を軽く振った瞬間、渚の体は触れられてもいないのに教室の外に弾き飛ばされていた。


かなりの勢いで後方に弾き飛ばされていたが、体には幸い怪我はないようだった。


何が起きたのか訳も分からず混乱しながら起き上がると同時に教室のドアが独りでに閉まり、次の瞬間教室の中から多数の男女の爆笑する声が聞こえて来た。


渚はたった今自分の身に起こった謎の現象よりも、これから1年間クラスメイトになると思っていた者たちに笑われているという事実に耐え切れなくなり、近くに転がっていたバッグを握り締めて教室の前から走り去った。




「クソッ!今日はいったい何なんだよ?妹は起こしてくれないし、教室に入れば落ちこぼれとか訳分かんねぇこと言われて放り出された挙句に笑われるし……」


渚は2‐Aを後にしたは良いものの、自分の所属するクラスが分からないことを思い出し、確認する為に職員室に向かっていた。


(あの野郎!これでもし俺が2‐Aだったら、ぜってぇぶん殴ってやる!)


渚は職員室のドアを前にしてそう決意し、コンコンッ!とノックをした。


「失礼します。2年の新堂渚です。自分のクラスが分からないので、教えて貰えませんか?」


渚はドアを開いて中に入り、一番近くに座っていた若い女性教師に声を掛けた。


「えーっと、2年の新堂渚くんね。ちょっと待ってて……あぁ!新堂くんは私が副担任を務める『2‐J』所属よ。ちょうど良いから一緒に行きましょうか?」


女性教師は名簿らしきファイルを手に取り、渚に付いて来るように指示した。


「私の名前は牧島望(まきしまのぞみ)よ。先生1年目の新人だからお手柔らかにお願いね?」


望は、渚が職員室のドアを閉めると同時に笑顔で自己紹介をして来た。


「は、はいっ!新堂渚です。よろしくお願いします!」


ついさっきまでイライラしていたにも関わらず、自分と5、6歳くらいしか変わらないモデルのように整った顔と体型をした副担任の女性に笑顔を向けられ、思春期真っ盛りな渚は怒りを忘れて舞い上がった。


「……良かった。さっきは少し元気が無かったみたいに見えたんだけど、今の新堂くんの様子を見たら安心したわ」


「えぇ、勿論です!俺は元気だけが取り柄ですから!」


「ふふっ、若くて羨ましいわぁ」


「何言ってんすか?望先生って22でしょ?俺と大して変わらないじゃないっすか?」


「こらっ!女性に年齢の話を振るんじゃないの」


望は渚の頭をポコンッ!と叩いて諌める。


「大学卒業してたら誰だって22歳なのに、理不尽だ……」


「それとこれとは別問題なのよ。あーあ、私も高校生に戻りたいなぁ……」


望と渚は誰も見ていないのを良いことに世間話をしつつ2‐Jに向かって歩き始めた。


そして、2‐Jの教室であることを示すプレートが目に入った所で、渚は名残惜しげに会話を終わらせた。


「新堂くんは後ろのドアから教室に入って?私は少し遅れて、前のドアから入るわ」


「分かりました。それじゃーまた後で」


渚は望に一時的に別れを告げ、教室の後方に位置するドアの前に立った。


一瞬2‐Aでの出来事がフラッシュバックするが、望先生に2‐Jの生徒だと確認を取ったのだから、今度こそ大丈夫な筈だ。


自分の勘違いだったのか、もしくは学校側の通知ミスだったのかは不明だが、望先生と誰よりも早く知り合えたのは、2‐Aでの嫌な出来事を忘れても尚お釣りが来る幸運だ。


渚はドアに手を掛けたまま目を閉じて一度深呼吸をし、意を決して中に入って行った。

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