第七話 ケイトさんの提案
「話しを進める前にちょっと確認なんだけど……」
ケイトがちょっと聞きにくそうに奏音に問いかける。
「はい? なんでしょう?」
「そのね、カノンちゃん……。 あなた、ここに来るまでって、どこに居たか覚えてる? もっと言えばここがどこだか知ってる?」
「はぅ! そ、それはぁ……」
ケ、ケイトさんってばいきなりなにを? ばれてる? ばれてるの? 私がこの世界の人間じゃないってこと――。
……ん? そういやばれてなんか困ることあるんだっけ? えっとぉ、……ないよね? そもそも今の私に失うものなんて何もないし、それになんか悪いことしたってわけでもないんだしさ。
でも、まぁ異世界から来たっていうとあまりにもアレだからぁ……、
「あのぉ、私、実は記憶が飛んじゃってて、気が付いたらここの城壁のそばに居たっていうか? その、信じてもらえないかもしれないですけど……」
奏音はとりあえずこう切り出してから話しを続けた。
「だから今ここがどこかもわからないんです。 私が元々いたところは"ニホン"って国なんですけど……。 それで私どうしたらいいかわかんなくって、とりあえず見えてた城壁の門目指して歩いてたんです」
居たとこはほんとは違うけど、どうせわかんないだろうし、それにウソは言ってナイヨ、ウソは。 私日本人だもんね! うふふっ。
「あ、それとここのお家ってどこにあるんですか? それもまだわからないので……」
いっきにそれだけ言うと奏音はケイトを見る。
ケイトは奏音の言ったことを頭の中で整理しているのか、ちょっと間を置いてから質問に答える。
「まず最初に質問から答えるわね。 ここはカノンちゃんが目指してた城壁の中。 城郭都市へクスの一般市街区の一角よ。 ちなみに城郭は六角形をしてて、その中で城壁にそった形で区画が分けられてる。 一般市街区は私たちのような普通の市民が住むエリア、この都市の3分の2がそれよ。 で、大きく見ると一般市街地が"外周"で、堀を隔てた"内周"が残り3分の1のやつら……、街の高官や特権階級の"クソやろうども"が住む高級市街区ってのがあるわ。 なぁにが高級なのか、知らないけどさっ」
け、ケイトさん、すっごく不機嫌そうな顔になってるよ。(一部すごい言葉もまじってた)
まぁどんなとこでも特権階級のやつらってのは偉そうにしてるから、ここもそうなのかもね?
「それでカノンちゃん、やっぱりあなた、ここの人間じゃないみたいだね? ニホンって名前の国、少なくとも私は聞いたこともないわ」
そう言って肩をすくめるケイト。
「まぁ海の向こうの遠い国の名前まで、全て知ってるわけじゃないし聞いてないからって絶対無いとは言えないんだけど……、カノンちゃんのはそうじゃないでしょ?」
そう言うとニヤっと笑うケイト。
「は、はぁ……まぁそう、かもしれないですね? あはははははぁ……」
――なんかすっごく見透かされてるっていうか、見破られてるっていうか? なんだろこの敗北感。 私は気の抜けた顔でケイトさんの言葉を待つしかなかった。
「ふふっ、もうこれくらいにしておきましょう。 小さいカノンちゃんをこれ以上いじめちゃ、かわいそうだもんね? 実はねカノンちゃん……」
「は、はぃ~!」
私は思わずうわずった声で返事をする。
ケイトはそんな奏音を見てクスッと微笑むと話しを続けた。
「この大陸、それも特にこの地方での昔からの言い伝えの中に "流され人"って言われる、ちょっと変わった人の話があるの。 "流され人"は外見の特徴として銀色の髪、紫色の目、そして外見じゃないけど……、その体に流れる血もその目の色同様に紫色をしていると伝えられてるわ」
ケイトはそこまで言うと奏音の顔をじっと見つめる。
私はその話しを聞いてどこか薄ら寒い思いを抱く。 それってまるで私のことみたいじゃない? でも血の色が紫って……。
「カノンちゃん? 昨日、私があなたを手当てしたとき見た血の色を教えましょうか?」
ケイトさんが私の目の中を覗き込むようにして話しかけてくる。
逃げ場がないよぉ……。
「ううっ、私の……、血の色ですか? ははっ、赤ですよ、ね? アカ」
私のちょっと震えた声の問いかけにケイトさんは首をかすかに横にふり……、
「紫よ、カノンちゃん。 襲われた直後、あなたの頭部からの出血は相当あったの。 だから見間違うはずもない……。 間違いなくムラサキだった」
「私の血が紫色? そ、そんなウソでしょ? 人の血が紫だなんて聞いたことないよっ」
マジですか! 紫ってそんなっ。
私は宇宙人かなにかですか? グレイなんですかっ? グレイが紫の血かどうかなんて知らないけど……。 ああ、何考えてるの私っ! 落ち着け、落ち着くのよぉ!!
「か、カノンちゃん? お、落ち着いて! ごめんなさい、私ちょっと調子に乗って……」
ケイトは遠い目をして考え込んでしまった奏音の体をゆすって呼び戻そうとする。
「け、ケイトさん? わ、私、人間だよ! 宇宙人じゃないよ? ほんとに人間なんだもん! ぐすっ」
あれ、私泣いちゃってる。 元30越えの女が、それはいかんでしょ~!!
どうもこの子供の姿になってから精神も子供に戻ってきてる気がするよぉ……、気持ちの押さえがきかない。 ええぃ、まぁいいや! なるようになれ、もう知らないっ。
「うぇ、ぐすっ、ぐすん……」
結局泣き続ける奏音。 本人でもどうしようもないだけに困ったものである。
ひるがえってケイトは……、
宇宙人? なんなのそれ? ケイトはするどく心で突っ込みを入れながらも、泣き出した奏音に慌てる。
「ああ、カノンちゃん! ご、ゴメン、ごめんなさい! ああぁどうしよう?」
「おいおい、ケイト。 おまえ子供泣かしちゃダメだろうがぁ」
それまで黙って様子を見ていたニックまでケイトに突っ込みを入れる。
「ああもう、うるさい! ニックは黙ってて」
「うっ、わかってるって、黙ってみてますよ! ああ、カノンちゃん泣かないでねぇ~」
泣いている奏音をなだめようと優しく頭をなでるケイト。
しばらくなで続けているとようやく落ち着きをとり戻す奏音。
「カノンちゃん、ほんとにゴメンね? 私、別にカノンちゃんを責めたり、人じゃないって言ったわけじゃないの! ね、もう少し聞いて? 私の話」
「う、うん……」
はぁ、自分でもびっくりしちゃったよもう。 でなにを話してくれるのかな? ケイトさん。
「カノンちゃん、"流され人"っていうのはね、この世ならざるところから来た人。 あるいは、別の世界からこの世界に流されてきた人っていう風に伝えられてるの。 そして、流された人は、世界から世界へ渡るとき、その体のつくりが変質してしまう……らしいの。 そしてその証こそが銀色の髪に紫の目、それに紫の血……というわけなの」
ケイトさんはそう言いながらも私の頭をずっとなでてくれていた。
私は不思議とずっと落ち着いた気分でケイトさんの話しを聞くことができた。
「体のつくりが変質……。 それじゃ、私の体も変質、したわけ……か」
どうりで……。(この姿とあの力か)
そして私はこの世界に移ってきたときの、あの体の激しい熱さと痛みを思い出し、思わず両手で体を抱える。
そんな私をケイトさんが、背中をなでてやさしく介抱してくれる。
ああ、暖かい。 人のぬくもりってやっぱりいいな。
……お母さん、今頃なにしてるのかな?
私が居なくなったこと、もう気づいてる? それはないか。 私ってめったに家に帰らなかったし、海外で荒野を旅してたんだもんね……。
懐かしいなぁ、でも、もう帰れないんだろうなぁ……日本に、そしてお家にも。
あっ、いけない、また涙が出てきちゃう……。
「カノンちゃん! どうしたの? カノン……」
私は思わずケイトさんに胸に飛びこみ、顔をその胸に預けるようにして……泣いた。
声を出して泣いてしまった。
ケイトさんはそんな私をやさしく、私が泣きやむまでずっと、なで続けてくれた。
そして私はケイトさんにこれまでの出来事をありのまま、でも一部を除いて……全て話した。
(一部が何かはナイショね? ふふふっ)
# # #
暖かい飲み物(ココアのような味だ)を出してもらって人心地付いた私に、ケイトさんがもう少しだけ話しをさせて欲しいと言ってきた。
「うん、いいよ。 もう何でも話しちゃってください。 もう何があっても大丈夫ですから!」
私は元気にそう答えた。
「ふふっ、そう気構えなくてもいいわよ? 今度の話はそんなんじゃないんだから」
ケイトさんはちょっといたずらっぽい表情をしながら私に言った。
「そうなんですか? なんだろ、早く聞かせてください~!」
「うん。 じゃ遠慮なしに」
ケイトさんはそう言うと私の顔をマジマジと見つめてこう言った。
「カノンちゃん、あなた、ウチの子にならない? ううん、なりなさい!」
「えっ?」
私はケイトさんのその言葉に自分の耳を疑った……。
「ええっ、だ、だって、私は……よその世界から来た、その、得体の知れない……」
「カノンちゃん! いえ、カノン? そんなの関係ない。 私がそうしたいの! それに……ニックも賛成してくれてるわ」
私はケイトさんのとなりで、ことの成り行きをやさしく見守ってくれていたニックさんを見る。 ニックさんは、やさしく、でも力強くうなずいてくれた。
「け、ケイトさん……、ニックさん」
きっと2人は、この世界で天涯孤独な私のことを思って……、こんな見ず知らずの私のことを心配して……。
もちろん私の姿が子供ってこともあるんだろうけど……、ああ、なんて優しい人たちなんだろ。
私はさっきあれだけ泣いて、ようやく治まったのに、もう涙は出尽くしたはずなのに……、いつの間にか、再び両方の目から涙が溢れだしていた。
それはもう止め処もなく。
そんな私をスパナが不思議そうに見ていた。
私はケイトさんとニックさん、2人に抱擁され……しばらくずっと泣き続けた。
* * * * * *
そしてその翌日。
私とケイトさんとニックさん。
出会って3日目。
初日は私はずっと寝てたから、実際はまだ二日目のその日――。
私は、カノン=ディケンズ になった。