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荒野を進めばそこは異世界  作者: ゆきのいつき
7/24

第六話 これ何のご都合主義?

「うぅ……ん」

 そのかわいらしい唇から声が漏れる。

 その声を聞き、ベッドの脇で丸くなって休んでいたスパナの耳がピクリと動き、奏音の様子を伺おうと身を起こす。


 奏音はニックとケイトの家の、いつもケイトが使っているベッドに寝かされていた。

 スパナはベッドに寝かされている奏音の顔を覗き込む。


「んん……、むにゅ?」

 奏音がなんとも眠たげな声を出しながらも、その閉じていた目をゆっくりと開く。

 そのアメジストのような紫の瞳にほぼ1日ぶりに光が宿った。


「くぅ~ん」


 スパナが目を覚ましたご主人様にむかって、声をかけるかのように甘い声を出して鳴いた。


「ふぁ……スパナぁ? おはよぉ、どうしたの甘えた声出しちゃって?」


 奏音はまだ頭の中が整理されていないのだろう、間の抜けたあいさつをスパナに投げかけた。

 スパナにあいさつの中身なんてわかるはずもなく、ただ声をかけられたことを喜び、その太くちょっと曲がり気味の尾をちぎれんばかりの勢いで振る。 そして前足を上げベッドに乗り上げるようにしてその顔を奏音に寄せ、そのほっぺたをペロっとなめる。


「ふふっ、ちょっとスパナ。 こそぐったいよぉ、どうしたのよう? ずいぶん甘えてきちゃって?」

 やたらと甘え、その顔を舐めまくってくるスパナを、小さな手で必死になって遠ざけながら奏音はスパナに声をかける。

 そうやってスパナの相手をしながらもベッドから体を起こし、しばしたわむれる。

 それと共に頭がはっきりし出し、ふと自分の置かれている状況に気づく。


「あれ? 私なんでベッドに寝てるんだろ?」


 しごく当然の疑問が浮かんだ。

 私って確か……、マシンを岩場の横穴にかくして、それから城門目指して馬車道をずっとスパナと歩いてきて……、それからぁ?


 スパナが急にうなりだして……、


「はっ! 私、なんか空飛んできたやつに、後ろから思いっきりぶっとばされたっ!!」


 奏音はさっきの(奏音にとってはまだついさっきの出来事)一瞬の出来事が、次第に思い出されてきた。


「くっそぉ~! あんにゃろ、いきなり後ろから襲って来るなんてぇ! わかってれば叩きおとしてやったのにぃ~!!」

 なんとも過激な発言をする奏音。 それだけ不意打ちをくらったのが悔しかったのか?


「つうかあれ翼竜? 一瞬しか見れなかったけど。 それにしてもあいつのきっつい攻撃受けたのに、なんか全然痛いとことかないなぁ? 頭とか、かなり強烈なのもらったと思ったんだけど?」


 奏音の側頭部は確かにかなりの裂傷を負っていたはずだが、今その傷は癒され、その名残のカサブタのみがそこに傷があったことを教えてくれていた。 体に多数負っていた擦り傷も同様だった。

 どうやら一日のうちに自然治癒してしまったようなのだ。

 思わず考え込む奏音。


 う~ん、この世界に来てからというもの自分の体の変化には驚くばかりだわぁ……なんかもう人間離れしてきたっていうかぁ。 そりゃ超能力みたいな力、自分にあったらいいなぁって思ったことあるけど。 それにしたっていざ自分に、ほんとにそんな力が付いちゃったってなると……。


「うれしいじゃん!?」


 なんとも素直な奏音であった。

 まぁちょっと子供すぎるのが難点ではあるのだが……。


「それにしたって……、ここどこ?」


 ようやく当初の疑問に立ち戻る奏音。

 ベッドに寝かされている自分。

 ベッドは木で組んだ枠にわら束のようなものを敷き詰め、その上にシーツをかぶせてあるといった感じの、元の世界でも昔ならありそうなベッド。

 そして部屋を見回してみる。 床板はなく土が固く付き固めてあって、日本家屋の土間のような感じだ。 なのでスパナが乗ったシーツには……、ちょっと土がついてしまっている。


「うきゃー!」


 慌ててスパナにベッドからどくよう命令し、その汚れを払う。 土は乾いてるようで、あっさり払うことが出来きほっとする奏音。


 ――気を取り直し部屋を見る。

 部屋は基本木造のようで、6畳間ほどの広さだ。 柱の間は漆喰しっくいのようなもので壁が作られていて、ベッドの向かいの壁には格子窓がはまっているがガラスは無く(ガラス自体がないのか? 貴重品なのか?は不明)、代わりに観音扉が付いている。 窓の横には木で出来た簡単なテーブル、いや机というべきか? とイス。 そしてベッド沿いの壁の角(奏音の足の方向)に、これまた木製のドアがしつらえてあった。


「うーん。 私ってやっぱ、誰かに助けてもらったっぽい? ねぇ、スパナ?」

「うぉん?」

「はいはい、お前に聞いたのが間違いでした」


 それにしても見れば見るほど、自分の元いた世界との類似性を感じる奏音。

「なんかやっぱいかにも中世っって感じだよねぇ……、中世って見たことないけど」

 そうやってしばらくぼけーっと考えながらベッドでたたずんでいると……、


『コンコン』


 ドアをノックする音がする。

 思わずビクっとする奏音。 そーっとドアのほうを見る。


 返事を期待したわけでもなかったのか、待つことも無くそのままドアが開かれる。

 入ってきたのはケイトだった。

 もちろん奏音はそのことを知る由もない。 ただスパナはすでに面識もあるため、特にうなることも無く奏音のベッドの脇におとなしく座っている。


 奏音はスパナの落ち着いた様子を見てから入ってきた女性を見る。

 女性にしては大柄で170cmを越えていそうだ。 栗色の長い髪を、子供の姿になる前の奏音がしていたように一本結びで束ねていて、日焼けした肌、ブラウンの目が多少つり目気味になってて、気が強そうに見える顔ではあるが、たいそうな美人だ。

 年齢は30前半っていったところだろうか? 長袖のシャツ? に胸の前が編み上げのワンピースっぽい服を着ているのでわかりにくいが、大きく存在を主張する胸にくびれた腰と、スタイルはよさそうである。

(奏音を助けたときは男のようにシャツとズボンだったのだが……)


 奏音はじっとその女性の出方を伺うように上目遣いで見るが、その表情はさすがに緊張でこわばっている。


 女性……ケイトは、部屋に入って少女が目覚めて起き上がっているのを見て、軽く驚いたが、怯えさせてはいけないと平静を装ってベッドへと近づいていく。

 スパナは近づいてくる女性に、うなるどころかシッポを振って迎え入れるしぐさを見せる。

 奏音はそれを見て、ちょっと警戒を緩める。 スパナが心を許したのならそう悪い人間じゃないんだろう。

 はっ! 人間っ、人間じゃん! 今の今までうっかりしてたけど、この世界の人間……こうして会うの、初めてなのに。 こ、言葉は? うわぁ、ど、どうしよう!


 いきなり心の中でパニくりだした奏音。

 そんな奏音の葛藤に気づかず近づいてくる女性、ケイト。


「お嬢ちゃん、目覚めたみたいね? 大丈夫? 痛いトコとかない?」

 普通に話しかけて来る女性。


「へっ?」


 なにそれ、なんで話し通じるの? つうか普通に英語話してない?

 これどんなご都合主義?


 自分の考えに夢中で返事のない奏音に再度声をかけるケイト。

「お嬢ちゃん? 大丈夫? 私の言うことわかる?」


 奏音は我に返り慌てて答える。

「は、はぃ! その、あの……わかります……」

 そう言ってケイトを見る。


 ケイトはついに少女の声を聞き、そしてその目を見て思わず声に出す。


「ふふっ、かわいらしい声♪ それに……、なんてきれいな紫色の瞳! 間違いない、やっぱり流され人だわ……」

 ……それに見たところ怪我もほとんど治っちゃってる!


「は、はい?」

 

 奏音はいきなりの女性の発言に、"かわいい"はともかく、ついていけない。

 疑問符だらけの表情をしている奏音を見て慌てて女性が現状の説明を始める。


「ご、ごめんなさい。 その……目が覚めたようでよかったわ! でもいきなりこんなところで寝かされててびっくりしちゃったでしょ?」


「はい……、そのぉ、でも、助けていただいた……んでしょう?」

「ええ、そうなるかな? お嬢ちゃん、空竜に襲われたの覚えてる?」

「空竜? ……そ、そうですね。 確か後ろからイキナリ……」


 話しながらも女性は机のそばにあったイスを取りに行き、そのイスをベッド脇に置くとどかっと座り、話しを続ける。


 奏音はそれを見てちょっとげんなりする。 どうやら長話になるらしい……。


「そうね。 私はあのとき、ちょうど城壁の監視塔から空竜が飛来してくるのを確認して、撃退しようとしてたの。 そしてその空竜の標的になってたのが、お嬢ちゃん、あなただったのよ?」


 奏音は所々、意味のハッキリしない単語はあるもののやはり通じる言葉に驚きつつ、話しを聞いている。


「私と、あと2人で、急いでお嬢ちゃんのいるところまで駆けつけたんだけど、ちょっと間に合なかったの……、ごめんなさいね?」


「いえ、そんな。 危ないところ助けてもらって、こうやってベッドで休ませてもらって……、ほんと助かりました。 ありがとうございます! その……」

 そこまで言ってから、奏音は女性のほうをもの言いたげに伺いみる。


 ケイトはきれいな紫色の目で見つめてくる愛くるしい少女に、内心ドキッとしながらもその問いかけの意味を察する。


「あ、そうね、肝心なこと忘れてた。 私の名はケイト。 ケイト=ディケンズっていうの。 よろしくね? それと、助けたことは気にしなくていいのよ? それが私たちの仕事なんだから。 それで……あなたのお名前も聞いていいかなぁ?」


「ケイトさん、ですか。 ……ではケイトさん、改めまして、助けていただきありがとうございました! それで私は、えっと、さく……、うーん……かのん! カノン=サクラ って言います」

 

 奏音はそう言ってぺこりとお辞儀する。

 それにしても、ずいぶんしっかりした受け答えをする子供だなぁと思いつつもケイトが言う。


「カノンちゃんかぁ、いい名前ね! サクラってファミリーネームは聞きなれないけど……。 ところでカノンちゃん? そこにいる銀色の毛並みの、狼みたいな動物なんだけど……その子はカノンちゃんの、その所有してる動物なの?」


 カノンちゃんて、ちゃん付けですか? そうですか。 まぁ仕方ないのか、この体だし……。 お子様ボディになっちゃったもんねぇ……言葉遣い気を付けよっと。

 で、スパナが狼って? なにそれ? そんなコト言ったら狼に失礼よね?

 

 ……おっと、返事しなきゃ。


「そのぉ、この子はスパナって名前なんですけど、"狼"じゃなくって"犬"です。 ラブラドール・レトリバーって種類です。 小さいころからの大事なお友達なんです」


 名前言ったらスパナったらこっち見て思いっきりシッポ振り出した。 かわいいやつめ。


「名前がスパナ。 で、 い、いぬ? ら、らぶら、どーる??」


 ケイトって女の人は全然わからないみたいですっごく悩んだ顔してる。 どうやらこの世界に犬はいないらしい。 この辺、私の世界と似てるようでやっぱ違うなこの世界。 恐竜が存在してることといい……。 この辺の相関関係は一度研究してみる価値あるかもね。


「おーいケイトいるかぁ?」


 そんな話しを2人でしてたら、またノックと共に誰か入ってきた。

 で、でかい男の人だった。 ケイトさんよりも10cm以上はでかい。 いかにも屈強そうな体をしたその男は、しかしその体とは裏腹にやさしい顔をした、なかなか2枚目のダンディさんで短く刈り込んだ赤毛とそのグレーの目が印象的だ。 年齢もケイトさんと同じくらいか少し上くらいってとこか? いかにも作業用って感じの長袖シャツにズボンで身を包んで、仕事帰りなんだろうか?


 つうか今何時なんだろ? おっと、今はそんなことはどうでもいいんだ。


「おおっ! お嬢ちゃん、目ぇ覚めたかぁ! そりゃ良かった」


 なんだこいつ、でかい声だなぁ……、そんなことを奏音が考えているとケイトが言う。


「ニック、いきなり入ってきてそんな大声出さないで! カノンちゃんがおびえちゃうじゃない」

「おう、そりゃすまなかった。 なにしろオレってやつはがさつなもんでなぁ! わははっ……うっ」


 笑ってる途中で黙るニック。 ニックの前ではやはり鬼の形相のケイト。

 懲りない男だ、ニック。


「カノンちゃん、いきなりでゴメンなさい? 驚いちゃったでしょ? こいつはニック。 こんなんでも私のダンナ。 この家の主人よ。 よろしくしてやってね?」


「カノンちゃんかぁ、かわいいねぇ! オレは、ニコラス=ディケンズ。 ケイトも言ったようにみんなはニックって呼んでる。 よろしくな!」


「は、はい。 よ、よろしくお願いします、ニックさん。 それから、あの、助けていただきありがとうございました」


「お、おう。 よ、よろしくたのまぁ!」


 奏音のやたら礼儀正しい挨拶に、調子が狂ったのかちょっとたじろぐニックだった。

 そして奏音の顔、そこに輝くきれいな紫色の目を見るとちょっと驚いた顔をし、ケイトを伺い見る。

 ケイトはうなずき、そして改めて奏音のほうを見る。

 奏音はケイトのその表情を見てちょっと緊張した面持ちになる。


「カノンちゃん? ちょっとカノンちゃんにお話しっていうか提案があるの。 カノンちゃんにとっても悪い話じゃないと思うんだ? 聞いてくれるかな?」


 ケイトがそう言って話しを切り出した。


 これがこの世界での奏音の生活を初める上での第一歩となっていくのだが、このときの奏音にはまだ知る由もなかった……。



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