第五話 油断大敵。そして運命のめぐりあい!
ちょっと加筆訂正しました。
奏音がマシンを押し込んだ岩場から城門まで、車でなら5分とかからないとはいえ、距離にすると5・6キロはあり、歩いていくと小一時間はかかるだろう。
そんな距離も今の奏音は意に介さないようで、気楽なものである。
「う~ん、なんかポカポカ陽気だしちょっとした遠足気分? バナナはおやつですかぁ? なんて」
周りに聞いている人がいないのは幸いだった……。
それにしても異世界? に飛ばされたかもしれない……という状況なのに、妙にのん気な風の奏音。
元来アウトドアが好きな、お転婆な女性であったから腹が据わっているのだろうか?
それとも考えても仕方ないと割り切ってしまっているのだろうか?
荒れた馬車道を、スパナと共にてくてく歩く奏音。一見するとなんとも微笑ましい光景に見えなくもない。
そんな調子で遠足気分で歩みを進める奏音だったが……。やはり世の中(それも異世界だけに?)そう甘くはない。
だだっぴろい農地?が開けた中、無防備に馬車道を歩く奏音とスパナを、上空から狙っている大型の生物。
それは――翼竜だった。
翼を広げた大きさはゆうに6mはありそうで、その口は鳥のクチバシのように長く、細かい歯がギッシリと生えている。長い翼に対しその胴体と足は非常に短く、なんとなくコウモリの姿を思い浮かべれなくもない。まぁ凶暴さは比ぶべくもないのだが。
今まさに奏音に狙いを定め、その長い翼を絞り滑空から降下に移る翼竜。
奏音はそれに気づかない。いや気づきようがない。
滑空から降下へと続く一連の動きの中、翼竜からは音がほとんど出ていない。 それに何しろ上空での出来事。気づけというのが無理な話か。
翼竜がまるでグライダーのように、滑らかな、そしてあくまで無音に近い動きで奏音たちの後ろ斜め上方、4・5mといったところまで近づいたとき、ようやくスパナがその存在に気づき、うなり声をあげる!
「な、何スパナ。 どうしたの?」
スパナの警告に、はっとして振りむこうとする奏音。
が、時すでに遅く、翼竜のその長いクチバシは奏音の頭部を狙って、まさに直撃コースに入ろうとしていた。
スパナがこの世界に来て得た超絶的な身体能力を持って、襲い掛かる翼竜に食らいつこうと飛び上がる!
しかしスパナのジャンプはすかされ……、翼竜のクチバシは奏音の頭部を確実に捕らえ、頭や首の骨が砕けること必至な一撃を容赦なく浴びせかけた。
奏音は、なんとか避けようと身をかがめる動作をしかけたが間に合わず、翼竜の一撃を側頭部にしこたまくらってしまう。せっかく得た力を振るう暇さえ与えられることなく、その小さな体は、あえなくはじき飛ばされ、もんどりうって地面にたたき付けられるかのように倒れる。
翼竜はたくみに風をつかんで空に戻り、再度の攻撃をしかけようとまたもや降下の体勢に入っている。
スパナは今度こそやっつけるとばかりに、翼竜をうなりながら睨みつける。
そんな時だった。
奏音たちの進行方向から一両の荷馬車が勢いよく近づいてくる。
その馬車の荷台には矢をつがえる屈強そうな長身の男と、その手に長槍を持つ、これまた恰幅のいい大男の2人。馬車を操るのは長い髪を後ろで束ねた、美人だがなかなか気の強そうな女性のようである。
降下体勢に入った翼竜に対してその矢を射る男。
放たれた矢はうなりをあげて翼竜に向って飛んでいき、降下中の翼竜の翼に見事命中する。 翼竜の速度は目にも留まらぬ速さと言うわけではなく、存在に気づいてしまえば、弓矢でも充分に対処可能なようだ。もちろん、やわな矢などでしとめることなど、かなわないのであろうけど。
少なくとも今の男が放った矢はすさまじい力のこもった一撃を翼竜にあびせ、まさに一矢報いたはずである。
翼竜は男達のほうを一瞥し、いまいましげに(そう見えるのだ)ひと鳴きすると、再度飛び上がり、あっさりと襲撃の続きをあきらめ、多少矢で負った傷を気にしながらも飛び去っていった。
スパナは自分で一矢報いることが出来ず、ご主人様も守れなかったことがくやしかったのか、翼竜のほうをその姿が見えなくなるまでずっと睨み続けていた。
翼竜がいなくなったその場所には、身動き一つしない奏音が弾き飛ばされた体勢そのままに横たわっている。
そんな奏音にスパナが近づき、その傷を負った頭部に頭をよせ悲しげに鳴く。
奏音の頭部は裂傷を負ったのか、血が流れ出している。
――その血はほとんど紫色に近い赤……、まるで奏音の目のような紫色をしていた。
馬車が奏音の横に停まり、男達と女性が降りてくる。
そして女性が倒れている奏音を介抱しようと駆け寄り、奏音を見る。
「なんてこと、まだ小さい子供だわ。しかも女の子! かわいそうに……。 でもまたなんでこんなところに昼間っから、一人でいるなんて無茶を?」
そう言って背負ったままだったリュックを奏音からはずし、奏音を抱き上げる女性。そして奏音のその血の色を見て驚きの声をあげる。
「ちょっと、ニック! 大変。 早くこっちきてちょうだい」
女性がニックと呼んだ、先ほど矢を射た男が近づいてくる。
スパナはそんな2人を、とりあえず敵ではないと判断したのか、おとなしく様子をうかがっている。
「ほら、この子を見て!」
女性が近くまできたニックに抱き上げている奏音を見せる。
ニックは訝しげに女性を見てそれから奏音を見る。
「やれやれ、なんてこったい。こんな年端もいかねぇ女の子が、"空竜"に襲われちまうとは!」
「そんなことは後でいいからこれを見てっ!」
そういって女性は奏音の流れ出た血を指差す。
「うっ! こ、これは。なんと、この子は……」
ニックが驚いているともう一人の大男も近寄ってくる。
「どうしたい、ニック。被害者は無事か? ええぇ?」
「あっ? いや、まだ……」
「何だよニック。はっきりしねぇなぁ?」
その大男も奏音のほうに近寄ってくる。そして同じように奏音を、その血の色を見て驚きの表情を見せる。
そしてニックがポツリと言った。
「この子は……、流され人だ」
# # #
その城壁は街を外敵から守るように周囲を完全に囲むように造られている。
外周は六角形をしていて、総延長距離は10キロ弱、総面積7平方キロほどある城郭都市の様相を呈していた。
ニックたちは農業で身を立てているのだが、空竜や地竜の襲撃に備えるため都市が設立した自警団の一員という側面をも持っている。自警団には成人を迎えた男子はみな入隊せねばならず、例外はよほどのことがない限り認められない。
奏音の救出にニックらが出てきたのも偶然ではなく、城壁の監視塔から空竜を発見し、それを追い払うために出てきたことにより救出することも出来たのだ。まさに普段からしっかり行なっていた監視体制の賜物といえるだろう。
そして今、奏音は城郭都市の中、ニックと女性(女性の名はケイトといい、ニックとは夫婦ものである)が身柄を引き受け、二人の家のベッドに寝かされているのだった。
「それにしてもこんな小さなかわいらしい女の子が、"流され人"とは……かわいそうにねぇ」
女性……ケイトが奏音のそのキレイな銀色の髪をなでながら言う。
奏音は頭皮に裂傷を受けてはいたものの命に別状はなく、体に付いた細かい傷も手当され、ベッドに寝かされていた。あの勢いで弾き飛ばされて、これだけの怪我ですんだのは驚くほかない。
スパナはかた時も奏音のそばを離れることなく、ずっと心配げに主人の目覚めを待っている。
ケイトやニックはそんなスパナを邪魔者にすることなく部屋の中まで入れてやり思うようにさせてやっている。なんともおおらかな2人であった。
「おめぇ、一見狼に似た動物だがよ、譲ちゃんの所有してる動物か? ご主人さまが心配かい? なかなかよく仕込まれてるじゃねぇか」
そう言ってスパナに話しかけるニック。この世界に犬はいないのであろうか?
スパナはちらりとニックを一瞥したものの、すぐにまた奏音を見つめる。
「ちえっ、ツレネェなぁ」
ニックはそう言って肩をすくめるとケイトのほうに近寄り、ケイトと一緒に奏音を見る。
「この子は一人で流されてきたのかねぇ? まぁこの狼モドキが一緒だったのかも知れねぇが。おっ、するとコイツも流され…狼ってことになるのかよ? そういや毛の色も嬢ちゃんと同じ銀色してやがるし」
ケイトはそんなニックをあきれて見ている。
そして改めて奏音を見つめるケイト。
小さな体は140サント(=cm)もなく、背格好からすると歳は11・2才くらいだろうか? その髪の毛はキラキラとかがやくキレイな銀髪で、かわいらしい卵型の顔は驚くほど白く、今は開くことの無いその目もきっとかわいらしい瞳をしていることだろう。ちょっと小ぶりな鼻につんとしたかわいらしい唇。しゃべったらさぞやかわいい声を出してくれるんじゃないかしら?
そんな子が"流され人"となってこの地に現われた。
この子はそもそもあんなところでなにをしていたのかしら? この子の持っていた荷物……、あのニックが持ち運ぶのに四苦八苦するほど重かったらしい。 こんな小さな体でそんな荷物を持ち歩いてた? そんなに力があるようにはとても見えないけど。
そういや中身、勝手に見ると悪いからまだ見てないけど一体なに入れてあるのかしら?
腰にも変わったバックをぶら下げてて……、中身はただの小石だった。
つくづく色々と疑問に思うケイトだったが、奏音が目を覚まさないことには何も出来ない。
ただただ見ていることしか出来ないケイトだった。
それにしても"流され人"だなんて。
実際に見たのは初めてだ。ほんというとその存在は眉唾ものじゃないか? とも思ってた。
最後に現われたのも150年以上昔のコトだって言うし……。
文献見ても"流され人"についての詳しい記述なんて見当たらないし。
ただその血が紫色で、同じように目も紫色をしていて変わった力を持っていたらしいってことぐらいしかわからない。子供のころは一度でいいから会ってみたいなんて思ってたっけ。
そんな"流され人"が、こんなに小さな女の子だなんて……。
それにまっ昼間、城壁の外に何の竜対策もせずにたった一人でいるなんて、ここの人間なら考えられない。
やはり間違いなくこの子は流されてきたのだろう……。『異界の地』から。
誰も身よりもなく、たった一人で。(あの狼に似た動物はいるけど……)
かわいそう。
「ねぇ、ニック。この子ってこれからどうなるの?」
「うーん、当然身よりなんていねぇだろうし、やっぱ孤児を集めてる収容施設に入ることになるんじゃねぇの? それか役人に報告すればやつらのことだ、色々実験とかしたりするかもな? なんせ流され……うっ」
しゃべってる途中で口ごもるニック。
その目の前には……、
鬼の形相でニックをにらむ、ケイトの姿があるのだった。
そんなことさせない。
させてたまるもんですか!
ケイトはある決意を胸に秘め、目の前の小さな女の子の目覚めを、ただひたすら待つのであった。