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荒野を進めばそこは異世界  作者: ゆきのいつき
23/24

第二十二話 紫光の鞭

お久しぶりです。


投稿します。


12/3 内容に一部矛盾するところがありましたので修正しました。

「おい、第二城門から出てきたぞ! 騎士団だ。もったいぶりやがって、やっとお出ましだぜ……」


 監視塔で未だ動く気配を見せない竜人達を見張っていたマリオが、その隣で塔の壁にへたり込み、いかにも不機嫌な空気を周囲にまき散らしているニックにそう話しかける。

 ニックが不機嫌な理由――、それはもう言わずもがなである。


 愛しの娘、カノンが教会からカルアによって連れ去られて早三日――。


 竜人がヘクスに襲来した日。

 監視塔でずっと竜人らの動向を窺がい、日もとっぷりと暮れ、疲れて家に帰ってみれば……、青い顔をしたケイトに出迎えられカノンが教会から帰って来ないと聞かされた。

 気が動転しているケイトをなんとか落ち着かせ詳しく話を聞いてみれば、カノンは教会でいつものように授業を受けていたようだが今回の竜人騒ぎ。様子を見て子供たちはみんな家に返されたらしいが、カノンだけはカルアが話があると言って残された……と、メイファがケイトに伝えたみたいだ。

 だが今に至るまでカノンは戻って来ない。


「くそっ、カルアのやつ。何考えてやがる。まさかほんとに司教側に寝返りやがったんじゃないだろうなぁ?」


 カルアに連れていかれたと聞いて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら文句を垂れるニック。

 カルアはニックにとって苦い経験を思い起こさせる騎士団時代の後輩で、元ヘプテ出身の同郷者。そしてなにより、かつて騎士団でナンバー2の座に付いていたニックをそこから叩き落としてくれた因縁の相手でもある。年齢からくる衰えが見え始めていた時とは言え、当時は相当に悔しく、年下のしかも女に負けたとあってなかなか素直になれない相手である。


 とはいえ十年前、ヘプテが竜人の襲撃によって陥落した際にはケイトと一緒にこのヘクスまで落ち延びてきた戦友でもあり、教会に所属してしまった今でも、一定の信頼をよせていたのである。

 教会に所属したのだって、年々減ってくる子供たちの中から素養の髙いものを少しでも見出すためにだって言うから渋々納得させられていあたニックであった。


 そんな感傷にひたっていたニックにマリオがまたも、今度は先ほどより大きな声、しかも驚きに満ちた声を上げる。


「なんだとぉ! あ、ありゃ、お、お嬢ちゃんじゃねぇかっ? なんでまたあんなところに! お、おい、ニック――、どわっ!」


 マリオが"お嬢ちゃん"との言葉を発し、更に言葉を続けようとしたところに、それに反応したニックががばっと立ち上がると、その勢いのままマリオを押しのける。監視塔の壁から落ちるのではないかというほど身を乗り出し、城門方向にいる騎士団を食い入るように見つめる。そのニックの表情はみるみる険しいものに変わっていく。


「う、うそだろ……、カノン。なんでおまえが騎士団に?

 しかも団長のアッシュなんかと一緒に馬に乗ってるんだ?

 カルアめぇ~! あいつ、一体おれのカノンに何してくれやがったんだ~!」


 歯ぎしりをし、声を絞り出すようにして少々突っ込みを入れたくなるその言葉を口にするニック。その顔は怒りで真っ赤に染まっている。


「ニック……」


 怒り心頭のニックにマリオはかける言葉もなく、自身も彼の隣に立ち城門の騎士団を窺う。

 彼らの眼差しの向こうには、竜人達に挑むべく年若い騎士たちが整然と並ぶ。そしてその中でも一際若く小さい騎士の装いをしたカノンが、団長のアッシュと共に馬に乗っている姿がある。


「ちくしょうめっ!」


 一言悪態をつき、もう一度カノンを一瞥すると、ニックはその場から身を翻し一目散に監視塔から下り降りていく。マリオはそんなニックを見、一瞬肩をすくめ、やれやれといったゼスチャーをする。


 しかし彼も――、


「おい待てニック。オレを置いていくんじゃねぇよっ!」


 そうがなり声を上げ、同じようにカノンを一瞥すると、ニックを追うため階下に急ぐのだった。



 城門の外。

 竜人達の構える陣は三日のうちに更に竜種の数を増やし、今や三十を越える地龍が集まっていた。その中にはあの暴君竜テュラノの姿も十匹ほど確認でき、また竜人自身も五人?の姿が確認されていた。それはヘクスの人々、特に外周区の住人に、えも言われぬプレッシャーを与えていて、その緊張感は限界に達しようとしていた。

 そんな盤石ともとれる竜人達の陣にも動きが見えた。もちろん、それは城門から姿を現した騎士団の動きに呼応してのものだろう。


 ヴィオレ修道騎士団全二十六人のうち、実際に門外に現れたのは十人ほどである。カノンは団長アッシュと共におり、その両側を副団長を務める少年と少女二人が固め、後ろに横一列に少年四人少女二人の姿が並ぶ。その中には先ほどアッシュに名前を出された小柄な少女、ミュー=サザーランドの姿もあり、残りの団員はと言えば、後方(城郭内)待機となったようである。


「なんだよあれ、随分数が増えてるじゃない。うーん、精鋭だけで様子見と思ってたんだけど……、ちょ~っとばかり人数絞りすぎちゃったかな?


 ちっ、まぁいいや。


 やばくなったら即、撤収ってことで、みんないつも通り、なるべく竜人との直接対決は避けて、地龍から片づけてくよ? いいね?」


 後ろに並ぶ団員たちにそう告げるアッシュ。その表情はさすがに先ほどまでと違い、なんとか真剣な表情に見えなくもない。


「じゃ、行こうか」


 アッシュはまるでその辺に散歩に行くかのような気楽な口調で団員に声をかけると、自らも静かに馬首を竜人たちの陣へ向け……、そこからは無言で馬を進める。団長に続き、他の団員も静かに追従し、十人の少年少女の騎士たちはとうとう竜人たちと一戦を交えるべく動き出した。



 最初に仕掛けたのは竜人陣営の先鋒ともいうべき小型の地竜たちだ。

 カノンがこの世界に流れ着いて初めて遭遇した竜。全長二mを越える程度の大きさの、竜としては小型の地竜。その地球でいう"ラプトル"に似た小型の地竜たちが、竜人たちの陣から特有の素早い動きで横に広がるようにしながら進み出てくる。その数は二十匹あまりか。

 騎士団が城門から数百mほど離れた頃には、その動きは騎士団をぐるりと取り囲もうとしていることが明確になってくる。

 そんな中、地竜たちの中で一際サイズの大きい、赤に染まった羽毛が特徴的な竜がくちばしの様な長い口を上げ、しゃくり上げるようにしながら、甲高く耳障りな鳴き声をあげる。どうやらこの個体がこの前衛集団の隊長格のようである。

 それが突撃の合図だったのか、騎士団を囲もうと動いていた地竜たちが、返答をするように甲高い鳴き声を上げ、その体を前に伸ばし、鋭く細かい歯を持つ口を突き出しながら突進を始めた。しなやかな足を激しく、素早く動かし、地を蹴る姿は見る者を怯えさせるには十分な迫力であり、尚且つ円弧を徐々にすぼめるていくその様は、狡猾で見る者に不気味な恐怖を与えるに違いなかった。


 それに相対する、まさに的に掛けられている騎士団の十人といえば……。


「早速きたね。じゃあとりあえずここは……うん、カノンちゃんに露払い、お願いしよっかな?」


 特に焦った風もなく、対応の確認を行なっていた。それもカノンに対処させるという無茶ぶりである。


「だ、団長! 何をばかなっ。その子はさっき団入りしたばかりのど新人ですよ? それを露払いだなんて……いったい何考えて――」


 団長アッシュの無茶ぶりに気色ばんで突っ込みを入れる、アッシュと同じ歳くらいに見える少女。彼女、副団長のシャノン・スカー・ニールセンは金髪碧眼の綺麗系の美少女で身長もアッシュより高く、中々に凛々しい騎士である。

 しかしそんな彼女のせっかくの気遣い? を意に介さないどころか、元より関心がないのか。副団長の主張を尻目に、カノンは馬上から器用に音もなくするりと飛び降り、あろうことかそのまま単身、どんどん包囲網をすぼめてきている地龍たちの一角へと駆け出して行ってしまう。


 呆気にとられ、思わず見送ってしまうシャノンと他の団員。アッシュはニヤニヤと人の悪そうな笑顔を、少女っぽい顔に張り付かせている。


「団長、無謀です! 止めるべきです。いくら小型の地竜とはいえ、あいつらは知能が高い! 数が揃えば連携して襲い掛かってきて相当に厄介です。少なくとも二人一組で当たるべきです!」


 どんどん前に出て行くカノンを見、そしてアッシュを見て、再度意見を強く訴えるシャノン。


「ふふっ、まぁまぁシャノン。そんなに心配しなくても大丈夫だから。

 まぁ大人しく見てなって。きっと驚くことになるからさ――」


 どこか遠くを見るような目をしながら、シャノン、そして団員たちに向ってそう伝えるアッシュ。


「ううっ、ま、まぁ、団長がそこまで言うのなら……従いますが。でも危なくなったら即フォローに出ますからね? みんなもわかっていますね?」


 そんな団長の言葉に、釈然としないながらも、さすがにそれ以上、口を挟むことは控えてしまったシャノン。しかし、釘を刺すことも忘れない。団員たちもそんなやり取りにやれやれといった表情を見せているものの、シャノンの呼びかけにはしっかり頷いて返す。


「ああ、かまわないよ。それに後ろにはテュラノ十匹、更に言えば竜人たちが少なくとも五体は控えてる。

 そっちの方が本命なんだから、新人に気をとられすぎないで、みんな覚悟と対応よろしくね!」


 アッシュのその言葉に思わず唾を飲み込み、表情を固くする団員たちなのであった。



 騎士団から思い切り良く単身走り出したカノンは、そのまま止まることなく地竜たちの只中へと入り込んでいく。その顔は相変わらず感情の色が希薄で、無表情なまま。


 そんなカノンを地竜たちがまず的にかけるのは自然な流れである。

 大きく騎士団を包み込むような動きを見せていた地竜たちの半数がその足をますます速め、カノンに迫る。そしてカノンの行く手を阻むようにまず5匹の地竜がその体を寄せてくる。更には同時に背後、カノンの退路を絶つかのように五匹の地竜が回り込む動きを見せる。


 カノンは駆けていた足を止めると右手を腰の大剣へと伸ばし鞘から抜き出す。そしてそれを自分の目の前にやり、その刀身を空に向け真っ直ぐ縦にして構える。その大剣は長く大きく、とても小さな少女が片手で持てるサイズには見えないが、カノンはそれを苦もなく構える。それにしてもなんと奇妙な剣であろうか。通常ある"刃"の変わりにあるのはのこぎりのような細かな刃。両刃の刀身に"生える"それは、まるでサメの歯のように鋭く、切っ先からつばに至るまで隙間なく並んでいて、日の光に照らされた刃並は不気味に光っている。


 カノンがその刀身を見つめるとそこに変化が現れる。その細かい刃と刃の間に細くすじ状の溝が現れ、淡い紫色に輝きだす。その現象は全ての刃においてあらわれ、ついには完全にそれぞれの刃が分離状態へと変化した。

 それにより長い刀身が更に間延びし、優にカノンの身長の三倍以上へと伸び上がっている。いや、それぞれの刃が分割されているので伸び上がるというと御幣がある。

 その状態になったところで、カノンが右手を水平方向へと倒す。刀身の刃と刃の間はこれも淡い紫色の輝きを帯びた、細い糸のようなもので繋がっているように見えるが、ワイヤーの類は見受けられない。しかしその輝く光の糸によってか、一本の剣のままであるかのように、それぞれの刃はしっかりとその動きに追従してきている。


 紫光に輝く剣を横に構えたまま、地竜を見やるカノン。


 既にカノンの包囲網は完成に近づき、一瞬、カノンとリーダー格の地竜の目線があったかのように見えた。


 地竜たちが一斉にカノンを威嚇するように吼え、それと共に包囲から集中。的であるカノンへ一気に押し寄せるように走りだした。


 カノンが右手を鋭く、横なぎに払うように剣を振る。


 分割された鋭い刃が淡い紫色を帯びた輝きをまといながら、鞭のようにしなりつつ、目にも留まらないほどの速さ、そしてその刃と刃の間隔をどんどん伸ばしながら、曲線を描くように伸びていく。


 地を這うかのように超速で伸びていくそれは、ついにはカノンを襲おうと怒涛のごとく走り寄ってくる地竜たちに届き、その俊敏かつ強力な脚をことごとくなぎ払う!

 遠目から見れば、きっとそれは淡い紫色に光る鞭が伸び、地竜たちの脚を撫でていったかのように見えただろう。しかしそれは撫でるといった生易しいものではなかった。


 地竜たちのその凶悪な口から、驚愕と痛みからか悲痛な鳴き声が搾り出される。それと同時にその脚を鋭い刃でむしるように引き裂かれた地竜たちが勢い余ってその場でつんのめるように転倒する。十匹の地竜が揃って倒れる様は、戦闘中にもかかわらず滑稽ですらある。


「まだ」


 無口だったカノンがポツリと口にする。


 剣を持った右手を前に突き出すと、その剣に、長く伸びて地竜の脚を切り刻んでいた小さな刃たちが一瞬の元に元の刀身を形成する。バラバラになっていた残滓は、その刀身の継ぎ目ごとの輝きに見ることが出来る。しかしそれも一寸後には消え、普通の(普通とは言いがたい剣だが)一本の大剣へと姿を戻した。


 カノンはすかさず矢のような勢いで走りだし、未だ立つことが出来ない哀れな地竜の群れへと駆け寄っていき――、剣先を躊躇することなく一匹の竜の胸へと突き立てる。赤い羽毛が一際目立つ地竜。リーダー格のその地竜の胸に突き立てられた大剣。苦しそうにもがきながらも、強靭でしなやかな尾をカノンに振り当てようと足掻くもあっさりかわされる。


 そんな小格闘をしている最中、突き立てたままの大剣、その鍔から噴水のように血が噴出した。まっ赤な血しぶきがそれはもう勢いよくである。

 それは剣の鍔、ナックルガードの隅に設けられた、切っ先の開口部から繋がった細い筒状の通路の出口から。地竜の胸に付き立てられたその場所から、剣に設けられた通路を通って噴出してきたものだった。噴き出し口は大剣の持ち主からうまく離れていく方向へ噴出すように開けられていて、噴出物でその身を汚すことはほとんどない。


 カノンは尚も無表情のまま、遂には倒れ行く地竜のリーダーを見つめる。

 しかし、それもつかの間。最初の襲撃に混じらなかった残りの地竜たちが騎士団包囲からカノンへと的を変え、突入しようと迫りつつあった。

 カノンは事切れた地竜から剣を抜き去り、返す刀で脚を切られ倒れている地竜たちの止めをさすべく、またもやその刀身を輝く鞭に変える。鞭の目指す先は地竜たちのノド元。しかも今度の鞭は先ほどよりも輝きが強い。

 輝く刃の鞭を防ごうと傷付くことを省みず自らの尾を盾にする地竜たち。しかしそれは何の役にも立たず、その尾ごと、的になったノド元から上はバッサリ――、両断されてしまう。


 一瞬で九匹の地竜の首はことごとくはね落とされた。手負いの竜たちの防御はなんの役にもたたず、しなやかな紫光の鞭はまるで意思を持つかのように的を追い、防御ごと、あるいは防御をかわし、両断していった。


 それを見て、カノンに迫り来ていた地竜たちもさすがにその脚をとめ、膠着状態へと変化する。



 騎士団の騎士たちは目の前で行なわれた惨殺劇に言葉を失う。

 いや、別に地竜が何匹死のうが知ったことではないのではあるが、あの小ささ、そして初戦闘、更にはたった一人での無謀とも言える突貫でまさかの圧勝。

 しかもあの扱いの難しい蛇腹剣スネークソードを見事使いこなして見せた、スピリアの力の片鱗。――ウィタリア司教さまの娘というのも納得できる。



「だから言ったでしょ? 問題ないって。

 ほら、あいつらがカノンちゃんに気をとられてるうちにボクらは本命に突入するよ!

 新人にばっかいいとこ見せられたままじゃ情けないよ? 君たちもがんばんなよ。


 じゃ、突撃だ!」


 アッシュの言葉で我に返った騎士たち。

 そして檄を飛ばされたからには彼らもがんばらざるを得ず、それはもちろん言われるまでもないことでもある。


「「「「「おう!」」」」」


 ヴィオレ修道騎士団の若者たちの声がその戦域にこだました。


読んでいただきありがとうございます。

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