第二十話 急転
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※登場人物紹介もトップに追加したのでよければご覧ください。
「やつら……、一体どういうつもりでここまで出向いてきやがったんだ?」
騒ぎを聞きつけ監視塔に登ってきた自警団のベテランたち数人の中の一人、ニックが忌々しげに声を上げる。
「わからねぇなぁ、やつらがこんな南の都市まで降りてくるなんて珍しいこともあるもんだ。ま、なんだぁ、よっぽどこの前のテュラノ二頭の撃退に驚いたんじゃねぇのか?」
ニックの横に並び立ち、同じように城郭からなんとか肉眼で確認出来る場所で留まり、同じようにこちらを窺うように陣取っている竜人たちを見ながらそう答えるマリオ。
「けっ、やつらがたかがそれくらいなことで浮き足立つようなタマかよ。
おおかた、テュラノを倒した俺らのことでも見物しに来たんだろうよ。三頭の襲撃で二頭倒して、一頭も尻尾巻いて逃げていきやがったんだ。興味でも湧いたんだろーさ。ご苦労なこった」
憎憎しげに自分の予想を言うニック。その目はずっと竜人たちの集団から離れる事はない。そして今はああ言ったものの、実はカノンのことを見に来たのではないかと、内心不安でたまらない。
竜人たちの集団は監視塔から見る限り、今のところその場から前進するつもりは無いのか、不気味な沈黙を見せている。やはり陣を構えるのだろう、多数の使役竜たちが雑多な動きを見せていてそれが更に不安を煽ってくる。
二人乗り(二人と数えていいのか悩むところではあるが)の厳つい竜車(馬車のような乗り物だが、それを牽いているのは地竜、カノン言うところのモドキである)から一人の竜人が降り、使役竜に指示を出しつつ辺りの様子を窺っている。地竜は普段のあの凶暴な様子が嘘のように大人しく、竜人に言われるがまま、まるで恐れるかのように従っているように見える。
もう一人の竜人はと言えば、まるで人がするように胸の前で腕を組み、竜車に乗ったまま微動だにせず城郭の方を見つめている――。
ニックはその落ち着いて余裕綽々の様を見ると、胸がムカムカし、更に苛立ちが募る一方だ。
「ちっ、余裕かましやがって。オレたちのことなんかいつでも殺せるとでも思ってるんだろうぜ。
くそっ、冷たい血がながれる冷血野郎どもめ。オレたちゃそう簡単にやられたりせねぇぜ。今までだってなんとか守ってきた。そしてそれはこれからも変わりはしねぇ!」
そう吐き捨てるように言いながら監視塔の壁を蹴りつけるニック。
「おいおい、ニック、そう興奮しなさんな。八つ当たりで壁をこわされたらたまらんぜ。
それに今回は竜人が出てきたんだ。警鐘かき鳴らして、のろしも盛大に上げたんだし、内周区のやつらも出し惜しみせず騎士団を出してくるだろうさ。
連携なんざするつもりも、することもまずないだろうが……、まぁ落ち着いて対処するとしようぜ。なぁ、ニック」
そう言いうやニックの背中をその大きな手で思いっきりどやしつけるマリオ。
「うわっぷ」
思わず前のめりとなり、とっさに足を出して踏ん張るニック。
「こ、この、マリオ。おめぇは限度ってものを知らねぇのかっ?
ったく、わーった、わーったよ。確かにオレがやさぐれてても何も解決しねぇ。わかってる、わかってるんだ……、そんなこたぁよ。それに……、カルアの奴もいる――」
ニックが最後はつぶやきのような声でそう告げると、マリオはびくりと軽く振るえるような反応をし、なんとも言えぬ疲れた表情で答える。
「ああ、そう、だな……」
お互い渋い顔をして一瞬見つめあうと、二人して盛大にため息をつき、そして並んで竜人たちの陣取る忌々しい場所を望む。
「しかしよ、あいつらこれからどう出ると思う? 奴らがマジで攻め入ってきたら……、正直オレらじゃもうどうしようもないぜ。こないだやられちまった戦車の補充もまだ完全じゃねぇし、そもそも竜人にあんなもの通用するものでもねぇしな。
その、なんだぁ、おめぇんとこの、嬢ちゃん――。
いや、すまん。聞かなかったことにしてくれ。
オレもヤキが回ったぜ。あんなちいせぇ子供、頼りにしようとするなんざぁ……、すまん、マジすまん!」
マリオがあたふたしながら自分の不用意な発言を恥じていた。
ニックは、自身もそれを苦い思いで見ていた。何を隠そう、ニックもカノンの力を使えばと……、少なからず考えてしまっていたからだ。もちろんそんな考えは、今のマリオ同様すぐに捨てた。……とはいえ考えてしまったのは事実、情けないばかりであった。
「くくっ、マリオ。おめぇ……、やっぱいいやつだぜ! そうだよな、カノンに頼ってちゃオレたちの沽券にかかわるってもんだ。
それによ、もし、もしそんなこと口にしてみろ、ケイトのカミナリがドカンと落ちるのは間違げぇなしだ。しかもその後、少なくとも一週間は口きいてもらえないぜ。いや、下手したら飯抜きってこともあり得る!」
ニックとマリオは、鬼と化したケイトの顔を想像し身震いする。恐ろしきは母親である。
見つめ合った二人は再度身震いをし、苦笑いをするのだった。
* * * * * *
「カノンさん、あなたに会わせたい人がいます。少し時間もらっていいかしら?」
竜人騒ぎで教会から出られなくなり、教室でたむろっていたカノンたちのところに、シスターがやってくるなりそんなことを言ってきた。
「わ、私?」
周りにいるメイファやルディたちを眺め見ながら、自分を指差すカノン。
「そうカノンさんです。時間があまり取れない方なので、出来れば急いでお願いします。
それと、みなさん。どうやら竜人たちは今すぐ攻め入ってくることはなさそうです。今のうちに自宅に帰るようお願いします」
「ええっ、じゃカノンちゃんはどうするんですか? 私、待っててもいいですか?」
メイファがカノンを一人残すのは気が引けるのかそんな優しい心遣いを見せ、シスターに聞く。ルディもうんうんと頷いている。
「だめです。状況にいつ変化が起きるかわかりません。帰れるときにすぐ行動してください。
大丈夫、もしもの場合、カノンさんは私が責任を持って自宅までお送りしますよ。だから安心して帰ってくださいな?」
碧い目を細め、優しく微笑みながら二人にそう告げるシスター。
「メイファちゃん、ルディ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとね。
でも私こう見えてもそこいらの大人なんかより断然強いんだもんね、心配いらないよ~」
若干自慢げな顔でそう言うカノン。そんな言葉にメイファたちはやれやれといった表情だ。
そしてカノンの話はまだ続く。
「あ、そうだ、変わりといっちゃなんだけどぉ、お母さんに帰るのちょっと遅れるって伝えといて欲しいな。お願い出来る~?」
小首をかしげ、そう二人に問いかけるカノン。そんな仕草にルディが顔を赤くする。
「うん、わかった。ケイトさんにはそう伝えとくけど。でも……、なるべく早く帰るようにしてね? シスター、カノンちゃんのこと、よろしくお願いします!」
「ええ、わかってますよ。それじゃ二人とも、それからみなさんも、気を付けて帰ってくださいね。
次回のお勉強と修練については追って連絡するようにしますから、当分の間は自宅から出ないようにしてくださいね」
シスターの優しい言葉と共に、教室にいた五人の子供たちは一斉に帰途につく。メイファが心残りなのか心配そうな表情を最後まで浮べつつ、ルディに手を引かれ帰っていく。
カノンはそんな二人、そして他の子たちにも、小さくかわいらしい手を振ってお別れをする。
みんなが居なくなり静かになった教会の教室。
「さぁ、それでは行きましょう」
シスター オクテインのその言葉は先ほどまでと違い、少し固さがあるような気がしてしまうカノン。
「は、はいっ」
返事をするカノンの声もどことなく緊張感が混じったものとなるのは仕方ないことだろう。
シスターはさりげなくカノンに手を差し出し、カノンも気にすることなくうれしそうにその手をとる。いわゆる手を繋いで歩く形になるわけだが、今やそんな子供扱いには慣れてしまっていて、ごくごく自然にそんな行動もとれるようになっていた。
それは時間が経てば経つほどに急速に違和感がなくなっていく。
子供らしく過ごすこと。
見知らぬ土地で過ごすカノンにとって、それはとても安心出来る行為であり、手を繋ぐのも素直にうれしいカノンなのであった。
そしてそんなカノンの姿は、この日を境に見ることはかなわなくなってしまったのだった。
* * * * * *
ヴィオレ修道騎士団。
それはラスティリア教会の発足と共に存在し、人類にとって竜たちに立ち向かうためのシンボルとして長きに渡ってその支えとなっていた、強さの象徴だった。
極寒の極地から北上する人類の傍らにはいつも彼らの存在があり、実際に活路を切り開いてくれる……、人々にとって騎士団とはまさに救世の存在だった。
しかしその騎士団に在るための条件は非常に厳しいものがあり、それがいつの時代でも騎士団の存続を危うい物へとしていた。
マリシア、そしてスピリアの力の出方にはある特徴があった。
それは端的にいえば生物学上で若い、成長過程にあるものにだけに現れるという特性だった。特に現代でいうところの第二次性徴が現れてから、更に顕著になる。もちろん精神修養は必要であるのだが、何よりも大切なのは若さ……なのだ。
更に性質の悪い事にその力は、成長が止まり老いが始まるとともに失われていってしまう。もちろん個人差はあるもののそれに例外はない。
過去、そして現在も、生きるに難しいこの世界では子供の数は決して多いものではない。
昔と違い、スピリアの力は、教会の教えとして世に広まり、能力の発現率は相当に高まっているとはいえ、騎士団に入れるような実力を得るに至るものの数はやはり少ない。
そしてそれは容易に特権意識へと変化してしまう。
子供の心は純粋であるがゆえに、それを指導する立場にある大人たち……、その教え導く立場の大人たちがその道を誤まるようなことがあれば、騎士団の存在はたやすく変異した物へと変わっていくこととなる。今現在の騎士団のように……。
ところで例外は無いと言ったものの、そんな条件に当てはまらないイレギュラーな存在がある――。
流され人。
この世の人ならざるもの。
百数十年に一度ほどの割合で、どこからか現れる彼らは、そんなスピリアの発現条件には当てはまらない、超越した存在と伝えられていた。ここ最近では百五十年ほど前に現れたという話しが残っている。
流され人、カノンの存在は前回のテュラノの襲撃により都市内で周知の事実となってしまった。
そしてその存在は騎士団にとっては必要不可欠なものだった。それも大人にとって都合よく動いてくれる存在として……だ。
竜人たちの動きが活発になった現在。
教会としては悠長にかまえてはいられない状況になってきており、その動きは早かった……ということである。
* * * * * *
「お父様。それでは行ってまいります」
城郭都市ヘクスの内周区。
その中でも最も中央に近い堅牢な城壁で囲まれた一角。そこはクアドラ・ヘクス・ウィタリア司教の居城である。
城壁の中には監視塔に勝るとも劣らない高い塔がそびえ立ち、そのたもとには荘厳な雰囲気のただよう、六角形をした三階建てに相当する高さの宮殿のような建物の姿があった。
その宮殿の一室、執務室と思われる広い部屋。そこではまだ年端もいかないであろう少女が、大きな机を前に座っている、見事な銀髪をもつ壮年の男に対し、出立の挨拶をしていた。その男こそクアドラ・ヘクス・ウィタリア司教である。
「うむ。騎士団でヴィオレの名を冠することとなるそなたのこと、大丈夫かとは思うが気をつけてな。成果の報告、期待しているぞ?」
「はい、お任せください。必ずやお父様のご期待に答えられる成果の報告をいたします」
そう答える少女も眩しいほどに輝く綺麗な銀髪をしていて、伸ばせば腰にまで届きそうなその髪をポニーテールにまとめていた。前髪は右目側は素直に前にたらし、左目側は後ろに流し、紫色をした綺麗な石のはまった髪留めで留められていた。
何より少女が特徴的なのはその目である。
彼女の目はアメジストのごとく妖しげに輝く、紫色をしていた。それはとても神秘的で美しい。しかし……、その目に生気に満ちたきらきらしい輝きは……ない。
そう。
その少女は、つい三日ほど前、スカー教会から姿を消したカノン=ディケンズ……その人だった。
読んでいただきありがとうございます。