第十八話 つかの間の平和と近づく暗雲
シスターから力の差を見せ付けられてからというもの、奏音はその持ち前の負けず嫌いを発揮し、ひたすら力の使い方についての講義をマジメに受け、その力、スピリアを理解し使いこなす努力にあけくれた。
この世界でこの力は何も特別な力じゃない。 精神修養や力を使いこなす訓練さえつめば、ある年齢までという限界はあるものの誰にでも習得できる可能性があるらしい。 その証拠に一緒に習ってるメイファちゃんやルディ、他の三人の子たちも多少はマリシアの力が使えるようになってきてる。
特にルディの実力はみるみる上がってきてる。 今修練を受けてる中じゃ私の次に能力値が高い。 (まぁ能力値っていっても測定する機械みたいなのがあるわけでもなく、ようはスポーツテストみたいなのをするだけなんだけど)
そんな中、負けちゃらんないよね……流され人である私としては!
もちろん教会の勉強は修練だけじゃなく、他にも色々生活水準を向上させようと自分の知識を活かし色々考案してみたりもしている。
そんな奏音の1日は忙しいの一言に尽きる。
朝の水汲みから始まり、朝食の手伝いをしつつご飯を食べ、いつも迎えに来てくれるメイファちゃんたちと共に教会でこの世界での勉強、そして力についての座学と実践。 それが終われば自己修練をこなし、更にそのあとおとーさんとかの力も借りながら"生活水準向上活動"だ。 夕方になれば再度の水汲みを済まし、夕食準備に家族で夕飯。 その時は教会での出来事や勉強、そして力のこと、家族団らんでいろんな話しがはずむ。
部屋に戻ればその日のことをノートPCにまとめデータベースを着々と整える。
まさに目が回る忙しさだ。
そんな中、今奏音が一番力を入れていること。
もちろん力のこともあるが、なにはなくとも"おふろ" これに尽きる!
力も大事だけど奏音は別に戦闘狂じゃない。
そんなことよりも、年頃の少女に"おふろ"はかかせないのだ!
この世界に来てはや三ヶ月と少々。
その間どうしていたかといえば、大きめの木桶にお湯をはって体をすすぎ、タオルで体を拭うってことをちまちましていたわけで。 その他にも、水場で洗うか……。(これはおとーさんがよくやる手だ。 堂々と素っ裸でやってくれるからはずかしいったらない。 年頃の娘の前でカンベンして欲しい!)
あと水路で水浴びって手もある。 これは子供同士でよくやってるけど奏音はとてもそんなことやる気になれない。 現代日本人の羞恥心なめんな! である。
だからやっぱ"おふろ"なのだ。
この世界にも浴場は存在するらしいのだが、それはとうぜん内周区に住む上流階級(要はお金持ちだ)や貴族って呼ばれる身分の人たちが使うものって認識みたいだ。
ちぇ、どこでもえばってるやつがいい思いしてるのか。
それにしたって別に"おふろ"に入っちゃダメって法があるわけでもなし……。 要はあんまり気にしてないのか? この世界の人って。 特にここは空気も乾燥してるし気温も暑いというほどでもない。 あんまり"おふろ"に浸かりたいって思わないのかなぁ? たとえもし、そうだったとしても私はいやだ。 がまんでき~ん!
という訳でここ最近、生活水準向上活動という名の"おふろ"作りにいそしんでいる奏音である。
ニックたちはせかせかと小さい体で色々やってる奏音を優しい目でみつつ、手伝ってくれといわれれば出来る範囲で手伝う……そんな感じなのである。
そうやって作業を始めて二週間ほど。 奏音の執念が実りそれはようやく完成した。
「う~ん、これでようやく日本人の心、取り戻せるよぉ~♪」
出来上がった"おふろ"を見て感慨ひとしおな奏音。
その"おふろ"は車庫の脇に作った。
地面に土を盛りつつ2m四方で50cmほどの深さになるよう整え、そこに手ごろな大きさの滑らかな石を敷き詰めたうえで漆喰のようなもので目止めし湯船としてある。 排水は適当なところまで溝を作って導き出したうえで後はし~らないっと。
そして肝心のお湯はなんとも簡単手抜き技で、作った湯船の上に屋根を作り(そーゆうのはもちろんおとーさんの仕事ね)、その上に水槽作って太陽光で昼間のうちに暖めておく。 ここって雨があまり降らないから、日差したっぷりで夜入る頃でもそこそこのお湯が用意出来ちゃうんだよねぇ♪ ちなみに水槽のフタは木枠にビニールシートを張っただけだ。(あ、最悪湯になりきらなかったときは、素直に道具で沸かして入れるよ? もちろんね)
水槽から湯船までは、これもおとーさんに筒状の樋みたいなのを作ってもらって落とし込むようにしてお湯をはるのだ。 あとアウトドア用の簡易シャワーもあったから、それのタンクも並べて置いておく。
おまけに足場にはスノコを作って置き、水場での足元の汚れ対策もバッチリ。
カンペキだよ!
おとーさんやおかーさんも感心してたもんね!
ふふっ、おとーさんはともかく、おかーさんにはぜひ入ってもらいたいなぁ。
ただ面倒なのはお水を毎回ここまで運んでこなきゃいけないことなんだよねぇ……。 それに毎日おふろはいってちゃさすがにお水がもったいないし。 だからおふろは3日に一度にするって、おかーさんとお話して決めた。
「はぁ~、気持ちいいよぉ」
早速出来上がった"おふろ"につかり、ほんとーに久しぶりにゆったりとした気分でお湯にひたる奏音。
「やっぱ、一日の最後はこーでなきゃ落ち着かないよね! はぁ~極楽、ごくらく!」
なんとも年寄りじみたことを言う奏音。
そんなリラックスした気分でしばらくひたっていると、不意に近寄ってくる足音。
思わずびくっとする奏音。
「おーい、カノン。 その、おふろってやつの具合はどうだぁ?」
無神経にも近づいてきたのは、ニックだった。
なんとも素早い足取りであっさり湯船脇に登場する。
「ちょ、おと、おとーさん! こっちきちゃダメ~!」
「え? なんだよ、どうかしたのか?」
恥ずかしがる奏音に対し、なんとも思っていないのか逆に大きな声を出す奏音が心配とばかりに余計近づくニック。
「お、おとーさん、ダメ! いやー!!」
湯船に体を沈めつつ、ついには大きな悲鳴に似た声をあげる奏音。
「な、なんだぁ?」
ニックはその声に驚き体をすくめる。
そしてその声は家の中のケイトにももちろん届き。
「ど、どーしたの? カノン、大丈夫?」
慌てておふろ場まで、取るものも取りあえず駆けつけるケイト。 ついでにスパナまで付いて来ている。
そしてそこで見たものは……。
奏音の声にあっけにとられて立ち尽くすニック……と、湯船の中、身を縮めて小さな白い顔をまっ赤に染めて恥ずかしがる奏音の姿。
ケイトの顔が次第に鬼の形相に変わっていく。
「ニィーーーーーーーーーーック! あなた娘のはだか、何のぞきに来てるの~っ!」
ケイトの剣幕に恐れおののくニック。
「いや、その、のぞきってのじゃ無くてだなぁ、あー、ふろってやつの具合がどうなのかなぁ? と、気になって……だなぁ」
何もやましいことは無いと思っているニックは、素直にその行動理由を説明する。
「だからって娘が入ってる最中に見にくること、ないでしょうがーーーーーー!」
さらに怒りのボルテージが上がるケイト。
「ほらっ! いつもまでもそこで突っ立てないで、とっととあっち行って!」
そう言いつつ、家の方を指差すケイト。
「は、はい~!」
そう言われるや、脱兎のごとく、一目散に慌てて走り去っていくニック。 その姿に普段のたくましさや勇ましさは微塵も感じられない。 ……情けない姿である。
「はぁ、ったく何考えてんだか……」
それを見送ったケイトは思わずタメ息をつく。
「お、おかーさん……ありがと」
そんなケイトに普段の活発さからは程遠い、弱々しいほどの奏音の声。
「カノン、ごめんね。 ほんとニックったらバカで、デリカシーのかけらもないんだから」
そう言いながら湯船の脇に腰かけ、今はおふろにつかるため髪をアップにしてあるかわいらしい頭をやさしくなでる。
「う、うん……、ちょっとびっくりしちゃって。 おとーさんにも悪いことしちゃった」
恥ずかしさもおさまったのかようやく笑顔を見せ、ニックへの気遣いも見せる奏音。
「いーえ、あのバカへは当然の仕打ちだわ。 カノンも甘やかしちゃだめよ。 いくら娘とはいえ女の子のはだかを覗くなんて最低!」
なかなか怒りが冷めやらないケイトに苦笑いする奏音。
まぁニックから見れば奏音はまだまだ子供。 大人の女性として扱われていないのだろうと、冷静になった今ならそう思う。 実際奏音の体は今ではすっかり子供体型で、胸もお尻も全然出てない。 とーぜん色気なんて全くなし。 悔しいけどニックが子供扱いするのも仕方ないといえる。
「ふふっ、ありがとおかーさん! ほんとうれしいよ、心配してくれて。 そーだ! せっかくだし一緒に入ろ?」
奏音がそう提案する。
「うーん、そうねぇ……せっかくだし入っちゃおっか?」
「うん! 入ろ、入ろ♪」
こうしてニックを蚊帳の外に、親娘で仲良くおふろにつかり、色んな話しを楽しみつつ……異世界での初おふろ体験を済ませた奏音だった。
せっかく心配してケイトと一緒に駆けつけたスパナも相手にされることなく蚊帳の外だったそうな。
そういやスパナ、お前もオスだったな。
* * * * * *
ラスティリア教会第六支部、その教会内にある、ごく一部のものしか立ち入ることの許されない、場所すらあかされていない私室での出来事。
「ヘプテの状況はどのようなものになっておる?」
クアドラ・ヘクス・ウィタリア司教が前に控える男に問う。
「はっ。 三ヶ月前、我らヘキサへの襲撃を画策して以降、竜人どもに表だった動きは無いように見受けられます」
「流され人についてはどうだ?」
「はい、それに関しては前回の襲撃の際、テュラノを一匹逃しておりますれば、その情報があちらへ伝わった可能性は否定できませぬ。 ただ、あの当時の戦い方であればまだマリシア使いの"てだれ"として判断される可能性もありますゆえ……断定は出来ませぬが」
問われた男は淡々と、現状わかっている事実とそこから導き出される推測を報告する。
「ふむ、さようか……。 してかの流され人の娘のほうはどうか?」
「はっ、そちらのほうはシスター カルア=オクテインの方でとどこおりなく能力の指導は進んでいるようであります。 娘自体も興味を示しているため、殊の外順調にことが運んでいるようではあります」
「ほう、興味をのう。 さすれば力の覚醒も近いとみるか?」
「はっ、今の修練の様子から見ますれば近日中にはそこに至るかと」
「ふうむ。 ぬかるなよ?」
「心得ておりますれば、お任せを」
しばし沈黙するウィタリア司教
「よかろう、下がってよいぞ」
「ははっ」
下がろうとする男に、ふと思い立ったように今一度声をかけるウィタリア司教。
「シスター オクテイン……だがの。 こちらのほうも……わかっておろうの?」
「はっ、ぬかりはございません」
「ならばよい」
手を振り下がれのしぐさをするウィタリア司教。
その顔は無表情で何を考えているのか想像だにしえない。
そしてその心は深い闇のように、表情以上にとらえどころがないのであった。
偉い人の言葉使いって難しい。
使い方間違ってたらすみません……。 おかしいとこあればご指摘いただければうれしいです。