第十七話 模擬戦闘? そしてシスターの実力
「その剣で私を倒すつもりで向ってきてくださいな?」
シスターは奏音にそういうと、その端整な顔を誰もが振り向くであろう魅力たっぷりな微笑みに変える。
――街の男の人たちが見たら揃って鼻の下のばしちゃいそうだ……。 奏音はついそんなこと考える。
今二人は、サッカー場ほどはありそうな広い空間で向かい合うようにして立っている。
ここは驚くことに教会の地下に広がっている空間だ。どうやら元々存在していたらしい洞窟の上に、教会というか都市は築かれているらしい。そしてその石灰岩らしきもので出来ている空間は、荒削りではあるけど人の手によって更に広く高く拡大されている。
ただ広場になってはいるものの、その地面は決して平坦ではなくごつごつした岩盤、天井も人の手の入っていない所は未だにツララ状の鍾乳石を多数確認できる。
そんな場所で奏音とシスターは相対しているわけで、その距離は10mほど。 奏音の脚力をもってすれば無いに等しい距離だ。
奏音の手にはテュラノ戦で使った特大ロングソード。ニックがどうせ使わないから……といって、奏音に渡したものだ。更には奏音が握るには太すぎたグリップも細身に修正されていた。――ありがと、おとーさん! 奏音はニックに心の中でお礼を言う。
対するシスターもさすがに修道服ではなく、紫色をベースにした膝丈ほどのチュニックで袖口はパフスリーブになっている。 腰にはベルトと共に鞘が下げられ、足元はロングブーツ、そして右手には構えるでもなくレイピアを握っている。
「ほんとのほんとにいいんですか? 当たっちゃったりしたらケガで済まない? ですよ」
奏音は何度目かの確認をする。
「はい、おかまいなく。私はシロウトのなまくら刃でやられるほどの間抜けではありません。本気でかかってきてください」
「むむぅ」
カチンときた! もう知らない。
シスターは強いっておとーさんから聞いてるけど、テュラノを倒した私の力、見くびってるなら目にもの見せてやるんだからっ! それにそんなほっそい剣、折れたって知らないんだからっ。
奏音はシスターの言葉にそう憤る。
そして意を決し、気が抜けた姿勢で肩に担いでいた剣のグリップをギュッと握り気持ちを集中、一気に小さな自分の両足に力を込め、すさまじい瞬発力をもって岩盤をけり、それにより発生した爆発音とも取れる音を置き去りにして猛然とダッシュをかけた。
10mの距離はそれこそ一瞬、またたく間にシスターの眼前に迫る奏音。続けてロケットダッシュしながら両手で水平に構えていた特大ロングソードを躊躇することなくシスターに向って、まるでバットでも振るかのように横なぎにするどく振りぬく! それも奏音のすさまじい馬鹿力によって。
その空気も切れるのではないかと思える振りの速さにより、刃の視認は困難をきわめた……はずだ。
だが、しかし、そこにすでにシスターの姿は無い。シスターは無駄の一つもない華麗な、バックステップによりまさに紙一重でその剣先を避けている。
しかし奏音も一撃目でうまくいくと考えていたわけでもなく、その返す刀で、超速のまま切りつける! も、やはりみごとにかわされる。
だがしかし、奏音もまだまだあきらめず、振り抜いた剣をその重さを微塵ももかんじさせることなく、その足がその硬い岩盤にめり込むのではないかと思える重い踏み込みを行ないつつ、今度は切り上げる。
その切っ先はシスターの鼻先をかすめ、そのみごとな金髪を数本切り落とすもやはりシスターに一撃を食らわすことはかなわない。
が奏音もさるもの、切り上げた奏音はその勢いを停めることなくあろうことか宙に舞い上がっている。
なんともすさまじい脚力。
そしてテュラノの強靭な尾を両断した時そのままに、その重いロングソードをもうどうなっても知るものかとばかりに、シスターのその頭めがけ凄まじいばかりの勢い、自分の体を預けるかのような勢いで振り下ろした!
振り下ろした……が、
その剣がシスターの頭上にせまり、まさに直撃するかというその直前。
その小さい手に激しい衝撃が返り、それと共に空気が震えるかのような、金属が共振したかのような高周波の音が、元洞窟のその広場に響きわたる。
「な、なに~っ?」
今度は奏音の驚きの声が響き渡る。
その剣、重厚で凄まじい威力を誇ったはずのロングソードは、いつの間にか現われたシスターのもつレイピアにみごとに受け止められている……ように見える。
ありえない! その事実に奏音は驚愕する。
奏音に返ってきた重い衝撃からしてシスターにもそれ相応の、それこそ剣どころかシスターの細腕までポッキリいってしまうほどの負荷がかかったはずなのに、シスターの表情は相変わらずの天使のような微笑のまま。
軽く頭上に上げられた、華奢なシスターの右腕で支えられたレイピアもまた取り落されることもなく、まるで力なんか全然入っていないかのように自然体のままシスターの手に治まっている。
刹那、時間が止まったかのように感じた……その時間が動き出し、剣を振り下ろすことがかなわなかった奏音はあえなくはじかれ、バランスを崩しつつも着地する。が、一気に気が抜けると共に地面にへたりこんだ。
「納得いってもらえましたか?」
レイピアを腰の鞘に収めながらシスターがへたり込んでる奏音に、絶やさぬ微笑みのまま話しかける。
奏音はそんなシスターをぼーぜんとした表情で見つめる。そして何か言おうとする奏音を尻目に……、
「す、すごかったね~」
メイファちゃんが歓声とともに近づいてくる。もちろんその後にはルディが続く。
「カノンちゃん、ほんとすごかったよ!」
「シスターはともかく、カノンなんてたいしたことないよ!」
ルディはほんと素直じゃない。
そしてそんな2人の後ろ、同じような歳の子供たちが3人、恐る恐るも近づいてくる。
そう……今はシスター オクテインの授業中、それもマリシアとスピリアについての実技訓練の真っ最中であったのだ。
「メイファちゃん……」
奏音はちょっとバツが悪くてまともにメイファちゃんを見れない。
シスターはそんな奏音を相変わらずの微笑で見てくる。
そして子供たちはシスターと奏音の周りに集合するかたちとなっていた。
「私の剣、シスターのそんな細い剣にも通用しなかった……。もうほんと、めいっぱいの力で振り下ろしたのに……」
奏音が半ばいじけたような口調で、上目づかいでシスターに話す。
「ふふっ、カノンさん。 すごい剣戟でしたよ。 私も内心ヒヤヒヤでした」
シスター オクテインが本気とも冗談ともとれる言葉を返す。
「ほんとっ、私カノンちゃんがシスターを倒しちゃうかと思っちゃった。 本気で傷付ける気だったのかな……」
メイファがちょっと真剣な面持ちで言う。
「ばっかでぇ、シスターがカノンなんかにやられるわけないよっ、何しろ元騎士団の"ナンバー2"だったんだからなっ」
ルディがメイファに突っ込む。
メイファとルディのいつもの言い合いだが、奏音はそこに気になる言葉を聞きつけた。
「騎士団のナンバー2ぅ?」
奏音は思わず聞き返し、ルディを見、そして……シスターをまじまじと見つめる。
シスターは苦笑いをしてから、
「あらあら、もうばれちゃいましたか。 ルディくんのオシャベリにも困ったものですね」
シスターは軽くルディをにらむ。
思わず照れ笑いのルディ。ぜんっぜん褒めてないからっ、とメイファが突っ込む。
奏音が教会の学校で勉強やこうやって力の訓練を受けるようになって1週間が経っていた。教師の役目はシスター オクテインが一手に引き受けていて、奏音はその多才ぶりに驚きの目を向けていた。(もちろんこの世界の知識の範囲内での話ではあるが)
おとーさんやおかーさんの言葉からしてもシスターは相当な実力を持っていると認識もしていたつもりだったけど……、それにしても騎士団の"ナンバー2"って?
奏音のシスターを見る目は熱くなっていく一方だ。
それを見てため息をつきつつ、仕方ないとばかりにシスターは説明を始める。
「そうですね、確かに私はヴィオレ修道騎士団に入っていたことがあります。入っていたのは14のときから2イェール前……24才の時までです。でも"ナンバー2"っていうのは前に住んでいた都市の騎士団でのことで、ここに来てからは指導のほうにまわったからそんな地位にはついてなかったのですよ」
「前に住んでた都市ってヘプテとかいうところ?」
奏音はこの前のおかーさんの話しを思い出し、思わず尋ねる。
「そうです。よくご存知でしたね? カノンさん。……あぁ、ニコラスさんかケイトさんに聞きましたか? でもまぁ、昔の話ですよ。さぁ、それより続きです!」
シスターは実技から脱線しまくってしまった話しを絶ち切り、奏音たちの気持ちを実技へと戻す。
子供たちは気持ちを切り替えシスターを見る。不思議と不満もでないようで、思うに今の話、みんなにとっては周知の事実なんだろう……などと、なんとなく考える奏音だった。
「カノンさん、どうして最後のあなたの一撃、私のレイピアで防がれたと考えますか?」
シスターが探るような眼差しで奏音を見つつ聞いてくる。
奏音は一寸考え、そして答える。
「最後、シスターの細い剣、私はアッサリ折れると思ったんだけど折れなかった。それどころかはじかれちゃって……」
そこまで言うと、キッっとした目で、そのアメジスト色の目でシスターを見つめる。
そして言い切る。
「最後のあれがスピリアの力……なんだよね? だって私のおっきな重い剣とシスターの細い剣、どう見たってあれで私の剣受けられるはずないもん。っていうか私の剣、シスターの剣に直接触れてなかった! 当たる前にはじかれちゃったんだもん!」
奏音はそう言いきるとシスターをもうにらみつけるかのように見つめている。そんな奏音とシスターを固唾を呑んでみまもっている、メイファら子供たち。
問うように見つめててくる奏音に、しかし直接的な答えをせずに話しを始めるシスター。
「さきほどの試合、カノンさんの攻撃を紙一重でかわせていたのはマリシアの力によるもの。バックステップなど素早い体裁きも身体能力を何倍にも向上させるマリシアをならではのものです。それにマリシアは物の動きを追う力、動体視力にもその力を発揮することが出来ます。力だけでは先ほどのカノンさんが見せたような、目がついていけないような素早い動きに対処することが出来ませんから……、よく覚えておいてくださいね」
話しの中、子供たちを見ながらそう言うシスター。話しはまだまだ続く。
「そして最後のあの一撃……、さすがにあれは私の出しうる限りのマリシアをもってしてもかわすことができませんでした」
そう言うと奏音を見て微笑みむシスター オクテイン。
「ですのでレイピアで受けたような形になってしまいました。ただし、あれはレイピアでなくとも……極端な話、木の枝でもなんでも良かったともいえます。何しろあの時、私のレイピアには直接カノンさんの剣はふれてはいなかったのですから」
シスターはそういって奏音を見ると、更にしれっと言う。
「カノンさんのご指摘どおりです」
そして変わらぬやさしい微笑を浮かべる。
しかし、どこか人を探るような底の知れない……落ち着かない気分にさせられる微笑みに思えてならない奏音だった。
「いつ見てもシスターの技ってカッコいいやぁ!」
ルディが空気を読まない声をあげる。
硬直したかのようになっていたまわりの子供たちもそれを合図としたかのように、そうだそうだとうなずきあっている。
「もう、お兄ちゃんったらマジメな空気が台無しよ~! それにほんとは半分も見えてないくせにぃ」
もうお約束のメイファの突っ込みが入る。
でもさっきはメイファちゃんが同じように入ってきたよね……と考える奏音であったが、それを口にだすほど馬鹿じゃないのであった。
「私もあれ、出来るようになるかなぁ?」
そんな空気のなか、それでもやっぱり気になる奏音がシスターに聞く。
その問いかけにシスターから一瞬微笑が消える。
「もちろんです。そのための実技訓練、そのためこその"この場所"なのですから」
そう言ったシスターの端整な顔には微笑みが戻り……、やはりその笑顔にはなぜか空恐ろしいものを感じずにはいられなかった。