第十四話 シスターのお話と城郭都市
中に入るとそこはやはり教会というべきか、あまり広くはないものの60人ほどは入れそうな聖堂となっていた。
紫色のカーペットが敷かれた中央の通路を挟むように、木で出来た横に長い机が片側で2つずつ、奥に向って並べられていて、一つの机に3人掛けることが出来る。 そして一番奥まった壁には祭壇が据えられている。
今はその机の半数には街の子供たちや、その親たちだろう……が座っており、教会とはいえにぎやかな雰囲気を作り出していた。
そして中に入った奏音たちに、紫色をした修道服を着たシスターが近づいてきた。
「あら、メイファさんに、ルディくん、遅かったですね? もう教義の講話を始めようとしてたところでしたよ? おや、ところでそちらの女の子は?」
シスターが親しげに話しかけてきつつも、奏音に気付いて問いかける。
「はい、遅くなっちゃいました。 そうなんですこの子、カノンちゃんっていうんですけど、カノンちゃん誘ってから来たんでちょっと遅れちゃいました」
そういって舌をペロッと出すメイファ。
名前を出された奏音はかるく会釈をし挨拶する。
「はじめまして。 カノン=ディケンズっていいます。 今日はメイファちゃんに誘ってもらったので、一緒について来ちゃいました。 よかったですか?」
自己紹介しつつ初めての場所、いきなり来てよかったのかと? つい聞いてしまう奏音。
「そうだったのですか。 カノン……ディケンズさんっていうと、あのニコラスさんのところの……」
シスターはディケンズと聞いてすぐニックのことを思いあたったのか、名前を出してからちょっと考えるそぶりを見せる。
そして"あの"とつけるあたりなんだかちょっと問題ありそうだなと内心苦笑いの奏音。 「はい、ニックさんと、ケイトさんの娘……です。 よろしくお願いします」
娘というにはちょっとおかしな言い方の奏音。 まだまだこういう場で、とっさにお父さん、お母さんと言えない奏音である。
ちょっと考え込んでいたシスターは、あわてて言葉を続けた。
「カノンさん、教会は来るものを拒んだりしませんよ。 私はこの教会のシスターで、カルア=オクテインといいます。 これからよろしくお願いしますね」
そういうとにこやかな笑みを浮かべるシスター オクテイン。
奏音はそんなシスターを見て、笑うとその整ったきれいな顔がいっそう引き立つなと感心する。 シスター オクテインは見事な金髪碧眼で目鼻立ちもすっきりし、まさに"綺麗"というのがぴったりの美人だ。 金髪のほとんどは修道服のフードで隠れて見えないが、たぶん長く伸ばしているんだろうと想像する。 それにしてもさぞやシスター目当てにくる男の人が多いに違いない? と邪推し、ほくそ笑む奏音であった。
「あ、そうそう、肝心のこれを渡さなきゃね? 今日はせっかくの祝福の日。 三人で講話もしっかり聞いていってくださいね」
微笑みながらそう言うとシスターは、腕にかけていたバスケットから片手で持つのにちょうどいいくらいの紙包みを出し、三人に一個づつ手渡す。
「わぁ、ありがとうございます! 私、これ大好きなの♪」
満面の笑みを浮かべるメイファ。
「へへ、ありがとう!」
ルディもテレながら、でもうれしそうに受け取ってる。
ルディ、顔が赤いよ。
奏音はルディに心の中でつっこみを入れながら、自身も遠慮がちに受け取る。
「ありがとうございます!」
これがメイファの言うお菓子なんだろう、どんなのかな? 包みの中身が気になる奏音。
お菓子を渡すと、「それじゃ」といって三人からはなれ祭壇のほうへ向かっていくシスター。 そして三人も急いで空いている長机に向う。 もちろんお菓子が気になるからであって講話は二の次なのであった。
席につくとさっそくお菓子の包みを開け、中身を覗き込む三人。 とても家に帰るまで待てそうもない。 奏音は周りを見て、やはり同じように包みを開け、見るだけでなくそのお菓子を早速食べている子供もいることを確認した。 どうやら行儀が悪いと怒られるわけでもないようだ……。
お菓子は一見、タルトのように見える。 タルトの具はなんだろ? 見つめている奏音にメイファが小さな声で話しかけてくる。
「カノンちゃん、もらったお菓子はここで食べちゃっていいんだよ? シスター手作りのお菓子、すっごくおいしいんだよ」
「へぇ、そうなんだ? じゃ、そういうことなら……早速、食べちゃおっか?」
「うん、そうしよっ♪」
奏音とメイファはそういってお互い笑顔をうかべ、タルトにかぶりつくのであった。
「「おいし~♪」」
ほんとおいしい。 これは……りんごだ。 りんごのような果物を使ったタルトだ。 その甘酸っぱくもシャキシャキした食感がなんともいえずおいしい。
ちなみにルディは席につく前からすでにパクついていたみたいだ。 しょうのないやつめ。
講話はこの教会の神父がするのかと思いきや、どうやらシスターがするみたいだ。
祭壇の前に立つシスター オクテイン。 紫色のカーペットに紫色の修道服……、なんだかそこにひっかかる奏音。 どうしても連想してしまう自分の紫色の目、そして紫色をしているという血の色……。(まだ確認したわけじゃないけど)
――これってやっぱ関連性あるのかな? 流され人っていうのはここの人たちにとって特別な意味があるみたいだし。
奏音はつらつらとそんなことを考えてると、他のシスターと小声で話しをしていたシスター オクテインがかしこまってこちらをむく。
おっと、シスターの講話ってのが始まるみたい。 身をただし前を見る奏音たち。 騒がしかった周囲の子たちも静かになる。
「みなさん、そんなに身構えなくてけっこうですよ。 気を楽にして聞いてくださいね。 今日は祝福の日です。 ですのでそのことについてお話したいと思います」
シスターは凛とした、良く通るキレイな声で話し始めた。
――1000イェール(年)以上の昔、人々は、この世界の片隅で細々と暮らしていました。 今よりもずっと南、とても温暖とはいえない場所です。
なぜなら温暖な場所には、さまざまな竜たちが繁栄し、そんな中に人が入る余地などなかったからです。 竜たちは寒冷な土地にはなじめませんから、人はそんな竜たちをさけるため、否応もなく南の地に暮らすようになったのです。
ただ、それでも人々は知恵と工夫でもって寒冷な土地にも順応し、それなりに繁栄することはできていたようです。 しかし、ラースの神はいつも恵みを与えてくれるわけではありません。 時には寒さを呼び人々を震え上がらせ、寒さは飢きんを呼び……、多くの人がその尊い命を失ったと伝えられています。
それでも人々は、甘んじてその南の地での暮らしを受け入れなければなりませんでした。 数多の竜をしりぞけ、温暖な地に移り住むなど出来ようはずもなかったからです。
……奏音は初めて聞く、この世界の成り立ちにかかわるだろシスターの話しを、興味深そうに聞いている。 それに対しメイファやルディは退屈そうである。 周りの子や親たちもその雰囲気をありありと漂わせている。
奏音は小声で「どうしたの?」と聞いてみる。
するとメイファいわく、この話は祝福の日のたびに聞かされるようで、もう聞き飽きているらしい。 元の世界の言葉で言うなら、"耳にたこが出来る"ってとこか。 しかも今回はことさら丁寧に話して聞かせてくれているらしい……。
それはもしかして私のため? 初めて聞く自分のために丁寧に話して聞かせてくれてるってのはありえるよね? と思う奏音。
そしてそれならばと、再びしっかり話に耳を傾ける。
――しかし、ラース神はそんな人々を決して見放されたわけではなかったのです。 私たち人類にはラース神より授かった力、"マリシア"と、その力の源にもなっている奇跡の力、"スピリア"があります。 もちろんマリシアとスピリア、その力を自在に操れるようになるにはラース神の、み名のもとそれ相応の修行を積まなければなりません。
当時その力は、人々の間では、たまたま生まれつき発現しやすかった者のみに現われ、多くの人々が使えるのもではなかったようです。 それは今も変わりないともいえますが、一部の人々の間で精神修養によりその力を得ることに成功した方が現われだします。
そしてその方々はその方法を自分たちで独占するのではなく、多くの人々に広めようと精神修養の場を作りその力の使い手を増やす試みを始めだしたのです。 それは今も連綿と受け継がれています。
そう、その修養の場こそ、『ラスティリア教会』の始まりであり、その力を得るに至った者たちの集団が "ヴィオレ修道騎士団" なのです。
奏音は思いがけず聞かされた聞きなれない言葉と、ついさっきケイトから苦々しい言葉で聞いた"ヴィオレ修道騎士団" の名前が、シスターの話から出てきて驚いてしまう。 それにしても"マリシア"に"スピリア"? なんなんだろ? そもそもどんな力なのか? の説明がない。 それに騎士団のイメージもニックやケイトが忌み嫌うようなものである……とは今のところ思えない。 奏音はそう考えつつ、尚も続くシスターの話を聞く……。
――力を得た人々はその力を以って南の地より北上をしようと試みだします。 南の地から出ることはすなわち竜のいる場所へ赴くことと同意。 いくら力を得たとはいえ、やはりそれ相応の被害は出たようです。 しかしそれでも人々はあきらめず北上を続け、苦労して確保した最初の土地に、人々は竜の入れない、安心して住める拠点を築きます。
それが最初の城郭都市、今で言う『トリゴ』となるのです。
そうして人々は最初の城郭都市が完成し入植した日を『祝福の日』とし、それ以来ずっとかかさず、その日はこうして皆で集まり、祝いあい、ラース神に感謝の祈りを捧げているのです。
そうそう、私たちの住む『ヘクサ』はトリゴ、スカー、ペントに続く四番目の城郭都市であり、その次の都市『ヘプテ』が出来るまでは人類最北端の温暖な土地にある都市だったのですよ。
ただ、忘れてはならないのは北に行くほど竜の数は増え、体も大きくなり、その脅威が増してくるということです。 それについては先日の件もありますし、みなさん身にしみてわかっていることとは思いますが……。
都市を守るには人々の力を合わせることが必要です。
それもまた今の時代、難しいことなのかもしれませんが……、都市の人々、皆が幸せに暮らせることを私はただただ祈るばかりです――。
「長くなってしまいましたね。 今回の講話はこれくらいにしておきましょう。 ……みなさまにラース神の祝福が授かりますように」
こうしてシスター オクテインの講話は終わりを告げた。
* * * * * *
奏音は教会の帰り道、メイファとルディと別れ、家に向いながら考える。
帰り際にシスター オクテインは奏音に声をかけてくれた。
奏音はすでに教区簿に名前は記帳されているからいつでも教会にきていいんだそうだ。 おかーさんもいってたけど、そこで勉強とかも教えてくれるそうだ。 メイファたちも教えてもらってるって言ってたっけ。
それに最後に気になること言ってた。
「先ほどの講話の内容。 興味あったらいつでも聞いてね? 私でよければいつでも力になりますからね」
それってどういう意味なんだろ?
話の中にあった"マリシア"と"スピリア"って力の話。 そして私が"流され人"だってことは自警団の人はみんな知ってる。 その話をシスターが聞いててもおかしくない。
教会は紫色を神聖な色として扱ってるみたいだし、流され人の象徴といえる色も紫。 どうにもそれらは関連があるように思える。
シスターもやはりそう考えているのかもしれない。
「ああもう、わけわかんないや。 とりあえずまたシスターに会って直接話聞くのが手っ取り早いよね」
奏音はもう考えるのがめんどくさくなり、早々にそう結論づける。
「なにはともあれ、おとーさんやおかーさんの許しを得なきゃね」
そう決めると気分がさっぱりしたのか……、
「そういや車庫どうなったかな? 早く帰って確認しなきゃ。 出来てたら早速マシンいれなきゃね、うふふっ♪」
などといいながら足取りも軽く家路につく奏音だった……。
説明ばっかですね……