第十二話 教会の思惑と奏音の力
テュラノの進入を許してしまった街は、6つに分割された外周区の中でも、第3区画と第4区画の境界にあたる第3城門を基点とする街である。城門を抜けると半径150ミールほどの半円状のエントランス広場が存在し、そこから外周区と内周区を隔てる堀へと続く道が伸びているが、内周区とは直接つながってはおらず、内周区に入るには各区の中央まで周状に移動したのち、そこにある関所を抜けて入らなければならない。
テュラノが進入したとき、当エントランス広場においては市が開かれており、多くの露店やそこに訪れる人で溢れ、それらはみな多大な被害をこうむってしまっていた。そしてさらには第4区画街へと、進入される事態となっていてまさに直前まで迫られていた。
奏音はテュラノに荒されて無残な姿になってしまった広場を、悲しげな表情を浮かべ見ている……。
その片手で振り回すには太すぎるグリップを持つロングソードを、小さな手でなんとか握ってはいるもののその刀身はだらしなく地面の上に投げ出されている。 その刃はテュラノの血でまだらに塗りこまれていたが、すでに黒ずみ固まりつつある。
「ひどい……、朝ここを出るときにはたくさんの人が行きかう、騒がしい広場だったのに」
奏音の視線の先には、燃え尽きて炭と化したいくつもの戦車。 それに今はもう動くことのない……自警団の、テュラノに挑んだ勇敢な人たちの……物言わぬ姿。
「私がもうちょっと早くここに戻ってきてたら……、ううん、そもそも街を出てなかったら、この人たちも死ななくて済んだかもしれないのに……」
奏音は後悔の念にとらわれ、その心は打ちひしがれていた。その表情は普段の明るくかわいらしい奏音とは別人のように暗くしずんだものとなっていた。
「カノン! それは違うぜ?」
しずんだ様子の奏音に声をかける人物。
奏音は声のほうを緩慢な動作で見る。ニック、それにマリオの二人がぼろぼろの、所々血を流した痛々しい姿ながらも、しっかりとした足取りで近づいてきていた。
「カノン? お前がそうやって責任を1人抱え込むのはお門違いってもんだ。 いや死んだやつに対しての冒とく!っていってもいいくらいだぜ?」
今や奏音のすぐ脇にまで来たニックは、そういうと奏音のそのキレイな、しかし今はススと埃にまみれたその銀髪の小さな頭をつかむような勢いでなでる。
どうして? といった表情をし、かわいらし顔をかしげつつニックを見る奏音。
ニックはその愛らしい、今は娘となった奏音を見ていう。
「やつらは誰かに助けてもらえるとか、助けがくるとかなんざ、はなから、これっぽっちもあてにしちゃいなかったし、そもそもやられるつもりで戦ってたわけでもねぇ! ってことさ」
ニックは遠くを見るようにして続ける。
「みんな今まで散々竜どもとも戦ってきた。今日も持てる力を出し切って、全力で戦ってたはずさ。……これまでにもあぶねぇ目にも数え切れねぇほどあったし、それ以上に倒しもしてきた。歴戦の……ツワモノたちで、仲間たちだった……」
奏音はそう話すニックを仰ぎ見る。
その顔は悲しみに満ち、やるせない表情を浮かべていて今にも泣きそうな雰囲気すら漂わせていた。
そんなニックに奏音はかける言葉もなかった……。
――が内心は、城郭都市の外周区の男として泣いてたまるかと……、その矜持にかけて泣いてたまるかと無駄なところに力が入っていたニックだった。 奏音もみてるしな。
だいたい今までだって助けなんぞ来たこともないし、来て欲しいと思ったこともなかった。内周区の、教会の人間はニックの知る限り外周区の人間なんぞ、底辺に巣食うアリくらいとしか考えていないのだ。アリごとき、どれだけ死のうと教会にとっちゃ痛くも痒くもないんだろうさ――。
「カノン、それにしてもおまえ、そのロングソードいつの間に? つうかオレが重過ぎて使えなくなった剣をいとも簡単に軽々と使いこなすたぁ……、わかってたつもりだったがスゴイもんだな」
そういいつつ、ちょっと悔しそうな、悲しそうな顔をするニック。
「あっ、コレ? ケイ……お母さんが作業小屋から出してきてくれたの。ちょっとグリップが太すぎて片手で振り回すのは無理だけど……、ちょうどいい感じだったよ? ふふっ」
剣を軽く振りながら、ちょっとイタズラっぽい顔をして話す奏音。
「そうか、ケイトがお前に渡したか……。まぁ、技もへったくれもない、ぶん回しようにはあきれちまったが……、カノンの身体能力はすさまじいの一言だったぜ。ああっ、そういや礼もいってなかったな!」
ニックはそういうと改まる。
「カノン、オレたちの街を救ってくれて……、ありがとよっ! お前があの時来てくれてなかったらたぶんオレたちは全滅してただろう。ホント……礼をいう」
そういって頭を下げるニック。そして隣りにいたマリオも同じように頭を下げる。
「そ、そんな! 頭あげて。私……当然のことしただけだもん。だってこの街はもう私の街でもあるんだよ? 自分のお家があるこの街を守るのは当然だよ! ね? お父さん!」
奏音はそういうと持っていた剣を地面に放り、ニックの腕にすがりつつ見上げる。
その愛くるしい表情にかたまるニック。
「うっ、か、カノン。そ、そうか、そうだよな。はっ、ははは……」
硬直するニックを見てニヤニヤしながらマリオがいう。
「おい、ニック! 何かたまってやがる! 自警団でも一、二を争う実力者が形無しだな? ほれっ、しっかりしやがれ」
そう言ってニックの背中を思いっきりどやしつける。
「おわっ!」
マリオの大きな手で背中を思いっきり叩かれ、思わず前のめりになるニック。
「な、なにしやがる、ま、マリオ!」
「なにしやがるじゃねぇ! しっかりしやがれっ、コノすっとこどっこいが」
二人のやりとりに思わず微笑む奏音。二人のおかげでようやく沈んでいた心も平静さを取り戻しつつあるようだ。
そして奏音に遅ればせながらもマリオの紹介をするニック。
そんな奏音たちの元へケイトがスパナを連れて近づいてくる姿も見れる。
広場にも人々が戻りつつあった。
それぞれがその状況をなげきつつも元の姿を取り戻そうと活動を始めだす。失くしたものは大きいが、それでも街は早々に元の活気のある姿に戻るのだろう。そう、こんなことはこの街の人々にとって、それこそ日常の一部のようなものだったのだから……。
奏音が現われるよりずっと昔からの――。
* * * * * *
「……はい、やはりあの少女は"流され人"に相違ありません。あの銀髪、それにその身体能力。残念ながら遠過ぎて目の色まで確認出来ませんでしたが……」
そう話しをしているのは少し前……内周区より奏音の戦いを見ていた人物。
そしてその人物がいる場所。
城郭都市「ヘクス」を実質支配しているラスティリア教会第六支部。城郭都市の内周区の更なる中央、まさに中心地にあり、そこよりさらに場所を高め、城壁を積み上げられた上に立つ……まるで中世の城のような教会。
その教会内にある一室、そこでその人物は、奏音のテュラノとの戦いの様子を微細漏らさず報告を行なっていた。
報告者は、その部屋に集まる6人の司祭の1人、アウグスト・スカー・アランデル司祭に師事する修道女である。
その6人の司祭たちとその助祭を含めた12人、そしてこの場にいる物全ての長である、壮年の男。長く伸ばした見事な銀髪を後ろに流し、その皺が目立つ優しい顔の中で碧く冷たい目だけが異様に鋭い光を放つ……クアドラ・ヘクス・ウィタリア司教は問う。
「シスター カルア=オクテイン。して、その流され人の少女がすでに外周区の自警団に取り込まれているというのは間違いなきことか?」
「はい、間違いなく。少女は自警団の実力者、ニコラス=ディケンズとその妻ケイトに養女として迎え入れられております。すでに外周区第四教区(通称:スカー教会)の教区簿にも記帳されております」
ウィタリア司教に、シスター オクテインと呼ばれた報告者がそう答えた。
女性にしては高めの身長ですらりと伸びた肢体、その顔は修道服のフードで隠れよく見えないが、透き通るような声は美しい姿を予感させる。
「さようか……。教区簿にな。教会をあまり敬うことをせぬ、あやつらがよくもまぁ、まじめに記帳したものよ?」
外周区の人間が教会の……(主に)上層部をこころよく思っていないことを知っている司祭は、そういってから感情のこもらない冷たい笑い声を上げ……、また問う。
「で、竜との戦いの最中、流され人の少女はすさまじい身体能力を見せたとはいえ……まだ、スピリアの力を使ったわけではないとのことだったが?」
「はい、少女が使ったのは顕在する力、マリシアのみ。潜在力、スピリアの力は一度たりとも。私はずっと感覚を伸ばし探っておりましたので間違いありません」
「そうか……」
確認し、しばし考え込む司教。
そして、おもむろにオクテインにいう。
「シスター カルア=オクテイン。そなたは教会からディケンズ夫婦にその少女の教育をすると進言し、その少女にスピリアの力を学ばせるのだ。何事も少女の親身になってあたり、その少女の信頼を得よ。しかるのち……くっくっく」
そういってまた冷たい笑いをその顔に浮かべる司祭。
オクテインはその表情を見て内心どう考えているのか? その顔は無表情でその心うちをうかがい知ることは出来ない……。
そして答える。
「わかりました、司教さま。私は、流され人の少女に近づき教育を施し、その力を発現させるよう尽力いたします」
* * * * * *
「なっ、なんちゅーことにぃ!」
奏音はその光景を見て頭が痛くなる思いがした。
眼前に広がる悪夢のような光景。
「うきゃ~! ちょ、ちょっと、あんたたち~! 私のマシンから離れろぉ~~!」
奏音が家の前に置き去りにしたマシン。そのマシンの周り、そしてボディの上、更にはその天井。あらゆるスペースに乗かっり遊び場にしている……クソガキ(街の子供)ども。
奏音は自分と同じか、それどころかちょっとばかり大きい、そのクソガキどもに向って先ほどの怒りの声をぶつけ、その勢いのまま、わけのわからない叫び声と共にその集団の中に突入していく。
「あっ、ニックんとこのチビが怒って走ってきたぞ~!」
怒涛の勢いで走ってくる奏音を見て、マシンの天井に乗り喜んでいた、いかにもやんちゃそうな少年が、周りの子供らに向って叫ぶ。
「「「わぁ~い、逃げろ~!」」」
そういうや、マシンにたかっていた子供らが一斉に散開、マシンの周りからあっと言う間に消え去ろうとしていた。
「きゃん!」
慌てて逃げたせいか、一人の女の子が転び、逃げそこなう。
そしてあっという間、その女の子の背後に仁王立ちする奏音。
「あっ、メイファ!」
みんなと一緒に走り去ろうとしていた、天井にいた少年がそれを見て、急停止。ヤバイと思い二人のほうへ慌てて駆けつけようとする。
が、相手は少年よりも小さいくせに、少女自身より長く重そうなでっかい剣を持つ奏音。つい躊躇してしまう。
ビビリながらも、それでも女の子が心配でにじり寄る少年。
だが、少年の心配は杞憂だった。
「大丈夫? ケガしてない? ゴメンね、ビックリさせちゃって……」
転んだ女の子をしゃがんで介抱してあげている奏音。奏音も小さいがその女の子も負けず劣らず小さかった。
遠目から見れば小さい女の子同士が二人して助け合ってるように見えるかもしれない?
「うん、大丈夫。私こそごめんなさい。あなたの荷馬車? で遊んだりしちゃって……」
実際にはその女の子は、みんなにそんなことしちゃダメ! と止めようとしていたのだが……、それを言わない女の子。
が、奏音はその並外れた視力、聴力でもってそんなコトは先刻承知だった。だからこその介抱でもあったのだが。
「いい子だね。 私、奏音! あなたは?」
奏音の思わぬ発言に一瞬とまどう女の子だったが、すぐに答える。
「私は、メイファ。その……ほんとにゴメンね? みんなにももうしないように言うから」
「メイファちゃんかぁ。メイファちゃんはやさしいね? もういいよ、気にしないで。私もちょっと……つうかかなりだけど、ビックリしただけだから」
そういってニッコリ微笑む奏音。
メイファは笑顔を見せる奏音の、そのすいこまれそうな紫の瞳を思わずじっと見つめ、そして……はっと気付き、顔を赤くする。
奏音はそんなメイファを見て、さっきまでの荒んだ気持ちから一転、暖かいものが滲み出してくる気がする。
それにしてもちっちゃくてかわいい子だなぁと、奏音は自分のことは棚に上げ、考えていると、ようやく少年がそばまでやって来た。
奏音とメイファが見上げる。
「ごめんなさい!」
少年がいさぎよく、頭を深~く下げて奏音にあやまる。
「よしっ、ゆるす!」
奏音がこれもあっさり、きっぱりと許しの言葉を告げる。
「へっ?」
思わず、ま抜けた声を出す少年。
そして三人はお互い見つめ合い……、「ぷっ」誰かがガマンできず噴出し、それをキッカケに三人で大笑いとなっていったのだった。
ニックたちはそんな子供たちを見て、なんとかつかんだつかの間の平和に胸をなでおろす。
だが、それにも増して……、この先のどうなっていくのか不安を感じずにはいられないのであった。
頭がこんがらがってきた…・・・