第十一話 対暴君竜テュラノ戦!
※剣のくだりについて一部変更、加筆しました。(2012/5/3)
「カノン……、あなたどうして?」
ケイトはいくら流され人とはいえ、まだ小さな子供であるカノンがテュラノと戦おうとしていることに戸惑いを覚えずにはいられない。
いくら親子のなったとはいえ……カノンにとってみれば、この世界に来てまだ間もない、はっきり言えば今起こっている出来事などなんの関係もないこと、と言ってもいいはずだ。それなのに自らもその身をもって戦うという。
「ケイトさん、いえ、お母さん。戦う力を持ってる、充分敵を倒すことが出来るかもしれない力を持ってるのに、それを使わずただ守られてるなんて……、ニックさん、お父さんだけを危ない目にあわせるなんて……、私できないもん」
奏音はそうケイトにいうと、ケイトに問う。
「だから武器を……、剣でも槍でもいいから私に貸してほしいの。どこにあるかな?」
「カノン、カノンちゃん。そう……。もう、決めちゃったのね……」
ケイトは奏音のその決意に輝く、紫に輝く瞳を覗き込むように見て、そうつぶやく。
そしてケイトも表情を引き締め、覚悟を決める。
「よし、こうなったらカノンちゃんのサポートは私がキッチリさせてもらう! とりあえず武器ね。カノン! 家に向ってちょうだい? 家の作業小屋に武器はしまってあるから」
「お家ね? 了解!」
ケイトの協力が得られ、喜ぶ奏音は嬉々とした声で返事をし、マシンを家へと躍らせる。
門をくぐり3頭のテュラノを回り込むように追い越し、家を目指す奏音。
今もテュラノに向けて戦車の突撃は続いている。ニックもたぶんその中に混ざるつもりだろう。早くしなければ!
奏音の気は、はやる。
荷馬車とは違う、見たこともない車に驚く人々を尻目にマシンを飛ばす奏音。そしてようやく今は我が家となったケイトたちの家が見えてくる。
マシンを急停止させ、土煙とともに作業小屋の前にマシンを横付けする奏音。
マシンから飛び降り、脱兎のごとく小屋へと向う奏音とケイト。
そして作業小屋に入った二人がしばらくして出てくる。
奏音の手には、小さな子供が、いや、大人でさえ持つには大きすぎるであろうロングソードが、まるで木剣でも持っているかのごとく軽々と握られている。ただし、グリップが太すぎて片手で持つことは出来なかったが。
それにしても大きい、大きすぎるロングソードである。
ケイトはあきれるようにしてその剣を見る。
それはニックがテュラノに少しでも深手を負わせられるようにと作った剣ではあったが、あまりの重さに今となっては製作者であるニックにも扱えなくなり……、ニックが扱えないのであればこの街でも使えるものもいないため、まさしくお蔵入りとなってしまっていた剣だった。
それを年端もいかない小さな子供が、ほんとに軽々と、重さなど感じていないのではないかと思えるほどまさに軽々と持っている。
その刀身は少女の身長より長く、少女の腰よりも幅広く、手首よりも厚い。
にもかかわらず!
今もなれないその剣をぎこちなくではあるが、ぶんぶんと木剣のごとく振り回し感触を確かめている。
「うん、これなら充分いけそう? ダガー(短刀)もありったけ持ったし……みんな投げつけてやるんだからっ」
奏音の様子をみてケイトは複雑な心境に陥っている。
流され人の力であれば確かに貴重な戦力になるだろう。しかし、しかしである。やはりそれをこんな小さな女の子に求めてしまっていいのであろうか? 本来なら庇護する立場、しかも今は親として……どうしてもそんなことを考えてしまうケイトであった。
しかし、もう決めた、決めてしまったことだ。なによりも本人がそう望んでいるのだから……今は少しでも戦いやすいよう手助けしてあげるのが自分の務め……と、無理矢理納得させるしかない。
「お母さん、じゃ私お父さんを手伝ってくる! あんなやつらにこの街、蹂躙されたままだなんて許せないもんね」
奏音はそういうとロングソードを肩に担ぐようにして持ち、ダガーを皮袋にありったけ放り込んで腰に巻き(もちろんいつもの小石入りチョークバッグも健在)、城門のほうへ向おうとする。
「か、カノン! ……気をつけて。無事な姿、私に見せてちょうだいね? し……」
死なないで……といおうとしたがそれはやめておこう。そう思ったケイトはこういった。
「信じてるからね。あなたもニックも無事帰ってくるって」
「うん! まかせて。こう見ても私、うそついたことないんだっ♪」
奏音はそういって"にっ"と笑う。
そんな愛くるしい顔はしかし、ケイトの気持ちをぐらつかせる。
「か、カノン!」
ケイトは奏音を思わず抱きしめる。
剣を担いでいる奏音は為す術もなく、ケイトに身をまかせるしかない。
抱きしめながら奏音の頭をなでるケイト。
どれくらいそうしていたのだろう……、ケイトは奏音をようやく開放し、奏音はケイトの顔をしばらく見つめ……口元をきゅっと引き締めると、踵をかえしそのまま城門のほうへ走りだした。身の丈を越える大剣を担いでいるとは思えない速さで……。
ケイトは悲しげな表情でそれを無言で見送っていた。
「くそぅ、戦車も残り三騎のみ! 自警団のメンバーもここにいるのは残り十人を切った。それなのにやつらはまだ二頭残ってやがる。これまでかよ……」
ニックはそういって悔しがる。
テュラノ三頭のうち一頭は、なんとか打ち倒した。それに使った戦車の数は八騎! それに自警団のメンバーが十人以上犠牲になった。
やつらにニックの強弓はほとんど効果がない。テュラノの外皮は存外強力だ。しかも多少矢が刺さった程度ではやつの怒りを誘いこそすれ、ひるんだり、弱ったりなぞするそぶりもみせない。
それに槍や剣では歯が立たないというより近づけない。やつの強力な尻尾がそれをさせてくれないからだ。
結果、戦車を使った突撃をするしか手がないのだ。さすがのやつも火ダルマの戦車はいやなようでその尻尾の攻撃もひるみがちなのだ。ニックたちはやつらの中でも一番小さい個体の足を執拗に狙い、突撃を繰り返し、火にひるんでもなお振るわれる尻尾に弾き飛ばされながらも、ようやくそいつを横倒しにすることに成功し、そこでようやく剣や槍でもって止めをさしたのだった。
だがそれももう限界だった。あと2匹。しかも倒したやつはまだ若い小さい固体だった。今目の前にいるのは成熟し老獪で、しかも獰猛なやつらだ。 はっきりいってなすすべも無くなった。
「くそう! 教会のやつらめっ、俺たちを見捨てるつもりなのかよ!」
ニックが言うとその相方も答える。
「ああ、間違いねぇ、俺たちにやつらを弱らせるだけ弱らさせといて、その上で最後に出てくるんだろうぜ。胸糞わるいっ! やつらにとっちゃ外周区なんざどうなってもかまわねぇんだからな」
そう言った相方は、奏音を最初にニックと共に助けてくれた大男だった。
「おいニック、おめえはもう戻っていいぜ。おめえにはケイトと、それにこないだ養女にしたばっかの、あのかわいらしい娘っ子がいるじゃねぇか」
大男がそういって、本気なのか冗談なのかわからないセリフをはく。
「ばかいってんじゃねえぜ、マリオ! このオレが仲間見捨ててこの場からずらかるなんて本気で思ってるんなら、おめえとの付き合いもこれでおしめえぇだぜ?」
マリオと呼ばれた大男はそれを聞くと大きく肩をすくめこういった。
「へっ、ばかなヤロウだぜ。まあ、いって聞くようなやつだったら、そもそも今ここでやつと向き合ってなんぞいねぇか?」
マリオはそういってニックを見る。ニックもマリオを見返す。二人してニヤリと笑っい、再び憎憎しげにテュラノを見る。
テュラノはその縦に細長い瞳孔を持つ目で、こちらの出方を伺っている。 獰猛だがかしこい。だからたちが悪い。
「とりあえず好きな女を守るためにはがんばるしかねぇってこったよ! 教会のやつらはマジむかつくがよっ!」
「ちげぇねぇ!」
ニックとマリオはそういって、戦車での何度目かの突撃を再び仕掛けようと、二人してタイミングを合わそうとしたそのとき……。
疾風のごとき勢いで彼らの背後からそれは現われた。
140サントにも満たないその体。そんな小さな体に不釣合いにもほどがある自分の身長より長い大剣、ロングソードを肩に担いで現われたのは……。
「か、カノンっ! おまえどうして!」
背後から突然現われた、ロングソードを担いだ小さな女の子。
それは自分の娘になったばかりのかわいい子、そして流され人……、カノンだった。
奏音はニックのその問いに答えるどころか見向きもせず、テュラノを見据えている。
そしてまずは手始めとばかりにチョークバッグから小石を一掴みとると、いきなり手前にいてこちらを伺っているテュラノに投げつけた。
小石はするどい風切り音と共にテュラノの右腕あたりに着弾、その衝撃でまさに爆弾のように炸裂した!
小型の地竜であれば一発で吹き飛ぶ小石爆弾だ。
奏音は右腕は吹き飛んだに違いないと確信していた、が!
「うっそぉ! なんで腕まだついてるのぉ?」
テュラノの右腕はさすがに無傷とはいかず皮膚は裂かれて、血が流れ、所々で肉もそげてはいたものの……、健在だった。
それを見た奏音は頭に血が上り、小石を同じ箇所に連投し破壊を試みる。
しかし。
今度はテュラノの素直に当たってくれるわけもなくその巨体では想像つかないほどの速さでその場から動き、奏音のほうに突進しだす。
奏音もおとなしくその場所に留まったりはしない。持ち前のフットワークでテュラノの先をとり、またも相対するポジションをキープする。そして今度は小石に変わりにダガーを皮袋から数本取り出すやいなや、素早く投擲した!
ダガーは、まさに目にも留まらぬ速さでテュラノの、今度は顔面めがけ吸い込まれるように飛んでいく。
だが恐るべきことにテュラノはそれをかわして見せる! なんという動態視力!? それとも野生の勘というべきものなのか?
しかしそれでも、あの速さで繰り出されたダガー全てかわせたわけではなく、一本は深々とテュラノの左目に突き刺さった。突き刺さったダガーはしかし勢いは留まらずそのまま貫通し後ろに抜けていく。左目があった箇所はダガーによってポッカリと穿たれた穴があいている。
テュラノが突然まるで狂ったように鳴き、暴れだす。脳に損傷を負ったのか、その行動は先ほどまでとは違い支離滅裂なものとなっている。
「あちゃあ、ちょっとまずかったかな? こりゃ早く倒さないとみんなをまきこんじゃう!」
奏音は所かまわず暴れ出したテュラノを見てそう叫ぶ。
ニックたちは開いた口がふさがらない。
いまだかつてテュラノにこんな無謀な戦い方を仕掛けたやつなどいない。 それにそもそもあんな破壊力をもった攻撃が仕掛けられない。やつの速さにも対応しきれない。
しかし、奏音はそれをすべてこなし、あまつさえキッチリ手傷を負わせることに成功している。
「流され人の力か……、だがまだ力だけに頼った戦い方だ。奏音がキッチリ、スピリアの力を使いこなすことが出来れば……」
ニックがそう考えていると奏音がさらに派手な行動に打って出だした。
彼にも見覚えのあるロングソード、それを使って……。
「ありゃあ、オレが打ったロングソードじゃねぇか! 竜用にと作ったオレの愛剣……今となっちゃ使えなくなっちまった……」
驚きの声をまじえながらもさみしげに語るニック。そして、
「おいおい、あのお嬢ちゃんすげーぞ! よくもあんな大剣を軽々と振り回すもんだぜっ! しかしあの剣、懐かしいぜ! まだとってあったんだな? おめぇ」
マリオが驚きつつニックに問う。
「ああ……、溶かして打ち直すにはしのびなかった」
「くくっ、がらでもねぇ。まっ、気持ちはわかるがな」
奏音は担いでいた大剣、ロングソードを両手でキッチリ持ち、テュラノに向って走り出していた。テュラノの動きには今や理性のかけら(理性があるのかどうかはともかく)も感じられず反射的に前にあるものに反応し暴れまくっている。
奏音はまずは厄介な尻尾の始末にかかる。テュラノに近づくやその場から垂直にジャンプ、4・5メートルは飛び上がると、その高さを生かしロングソードをその尻尾目指して勢いをつけ振り下ろした!
鈍い打撃音がしたかと思うと、肉がつぶれ、骨が砕ける音が辺りに伝わり……、それでも止まらずとうとう地面にロングソードが突き刺さり、ようやくその大剣が止まる。
その太い尻尾を両断されたテュラノは、それまでバランスをとっていた尾がなくなることによりその激痛もさることながら、立っていることが出来なくなり、ついには前のめりに倒れてしまう。
倒れてしまえばこちらのものと、それまで呆気にとられて傍観していた自警団のメンバーが我先にと倒れたテュラノに群がり、寄ってたかってそれぞれの獲物で打ちつけ、切りつけ……、そしてとうとうテュラノのその動きが止まる。
奏音はその光景をあきれて見つめている。
そしてそういえばもう一頭いると、気を取り直し周囲を確認する。が、いない。もう一匹がいない。慌てて更に見回すと……なんとやつはすでに城門から外へ逃げ出していた。
奏音はそのテュラノの行動に逆に多少の警戒をいだく。
……かしこい! 狡猾だ! 自分が不利となったらさっさと撤退するなんて。 油断できないやつだ。ん~、でもまぁビビッて逃げたのかもしんないけど……。
奏音はとりあえず危機のさった街を見渡し、その被害の大きさに衝撃を覚える。
そんな奏音に近づきねぎらいの言葉をかけようとするニックたち。
そしてそれを遠く、堀の向こう、内周区から見つめている人物……。
それにしてもその人物から奏音たちのいるところまで、軽く500ミール(=m)は離れているにもかかわらず……見えているのであろうか?
「あの剣は……。それにあれは……もしや、流され人なのか? 外周区の物たちに取り込まれているとは……。これは早急に手を打たねばなりませんね」
その人物はそうつぶやくと、建物のなかにその姿を消した――。