第九話 奏音とマシンと招かざる客
「うっわぁ、ちょっと派手に岩落としすぎちゃったかなぁ? 思ったより入り口開けるの大変そうだ……」
そう言って苦笑いする奏音。
そしておもむろに、手に作業用の手袋をはめ(もちろん元の世界の手袋)、入り口を開ける作業を開始する。
「それっ!」
「あ、よいしょ!」
「うんしょっと!」
奏音が掛け声を上げるたびに、少し離れた地面から、ズシン、ズズ~ンと空気を震わすがごとく、すさまじい振動と音がまき起こる。
それを見るケイトとニックは開いた口がふさがらない……。
「どっこらせっ!」
「ええぃ!」
それにしても女の子が出す掛け声じゃない……、ケイトはあとで注意しなくちゃなどと、現実逃避したくなってくる。
ずずぅ~ん! パラパラ……、バキィ、延々続く地響きに音、加えて硬い岩が砕ける音すらしている。
その地響きと音はまるで雷が落ちたときのようで、なんともそら恐ろしい光景が、二人の目の前で今まさに繰り広げられていた。
自分の体より大きい岩を頭上まで持ち上げ、更にはひょいとばかりに放り投げる奏音。
かと思えば転がってる岩を無造作に蹴り、大岩を砕き破壊するわ、その破片を片っ端から蹴りとばすわ……。
そうやってみるみる目の前にあったはずの岩山は消えてゆき、ついには二人の目の前にはポッカリと、大きく開く横穴が現われていた。 その穴はけっこう深いようで、中の様子は暗く確認出来そうもない。
「ふぅ、やっとかたずいたよぉ、ほんと調子に乗って豪快に塞ぎすぎだったなぁ……、反省、ハンセイっと!」
そう言いながら二人に近づいていく奏音。
二人は近づいてくる小さく愛くるしい、娘になったばかりの少女を呆けた顔をして、まだ見つめている。 そのかわいさと今見せ付けられた光景の、すさまじいばかりのギャップに頭がついてこない。 自分たちは白昼夢を見たのではないか? そんな気さえしてくる。
「か、カノン……ちゃん。 す、すごい、のねぇ。 そ、その力ってやっぱり?」
ケイトが、震えながらもようやく口を開き奏音に問う。
「ふふっ、驚かせてゴメンなさい。 そうなの。 この力ってこっちの世界に来てからついた力なの。 私も初め気付いたときにはビックリしちゃった」
かわいい舌をペロッとだし、いたずらっぽい笑顔を見せる。
「そ、そうなんだ? それも流され人になった影響ってことなのかしら……。 それにしたってなんだかもう、あきれるしかないわねぇ」
ケイトはニックのほうを見ながらそう言う。
「お、おうっ。 おりゃあ、なにげにショックだぜ……、頭わりぃから、力だけが唯一の自慢といって良かったくらいだからよぉ……」
そう言うとガックリうなだれるニック。
苦笑いのケイト。
「ご、ごめんなさい……。 でも街の中じゃ目立っちゃうから使えないし、こんな馬鹿力はずかしいからここまで派手に使いたくないし……。 だから頼りにしてるよ? お父さん!」
ちょっとあざといかと思ったけど、あえてお父さんと言って甘えてみせる。
「そ、そうか? こんなオレでも頼りにしてくれるかぁ? くぅ~! がんばるぜっ、カノン!! でもちょっとむなしいぜぇ……」
喜びつつも微妙な気持ちのニックであった。
「じゃ、中入ろっ。 この中に二人に見せたいもの隠してあるのぉ!」
そう言いながらどんどん中に進み出す奏音。
「ちょっとカノン、待ってちょうだい。 暗くて中全然見えないわ?」
暗い横穴の中を平気で進んでいく奏音に慌てて声をかけるケイト。 横穴は案外深く、洞窟と言っていいのかも知れない。 入り口から4・5ミール(=m)も進むと中はもう真っ暗になってくる。
そう言われて初めて自分が暗い中でも全然不自由していないことに気付く奏音。
「うーん、またも発見。 夜目も利くようになったみたい……、なんでもありだ。 えへへっ」
ぼそっと独り言をいう奏音。 そして背負ってたリュックから黒い棒状のものを取り出し、前に差し出すとスイッチを入れる。
すると当たり一面が真っ白い光と共に照らし出される。
「うわっ、なんだそりゃ? 油や、火も使わねぇで、こんなに明るく出来るなんざまるでスピリアの力のようだぜ!」
「ほんと、なんて明るさなの! 家で使ってるランプの比じゃないわ。 何なのそれ?」
ケイトは奏音の使っている黒い棒を不思議そうに見る。
「ふふふっ、これはLEDライトっていうの。 元の世界じゃ、誰でも普通に使ってる携帯用の明かりだよ!」
(まぁ今使ってるのは、警棒にもなるごっついやつだけどね)
「える、いー、でぃ、らいと?」
ケイトが奏音のいった言葉を繰り返す。
「そう、LEDライトだよ。 はいっ! これお母さん使って?」
奏音はそういうと使い方を教えつつ、ライトをケイトに渡す。
ケイトは、ライトのグリップ先端近くにあるスイッチをオン・オフし点けたり消したりして試している。
「す、すごい……。 こんなに簡単に、しかも太陽の光に匹敵するくらいの明かりを使うことが出来るなんて!」
ケイトは奏音がいたという世界はいったいどんな世界なんだろうと興味をいだかずにおれない。
そんなケイトをよそに横穴を進んでいく奏音。 それを見て慌てて付いていくケイトとニック。
それにしてもこんな横穴があっただなんて……。
「ニック知ってた? ここにこんな横穴があっただなんて」
「ああ、一応知ってはいたが……中に入ったことはなかった。 つうか入れなかった」
苦笑いとともにそう答えるニック。
「どういうこと?」
当然疑問に思い問い返すケイト。
「ああ、それはだなぁ、この穴ってのは竜の巣になってたんだ。 地竜のな? 最初穴がふさがってたのもビックリしたが、それ以上に地竜がいないってのにもビックリだぜ」
ニックはそういって肩をすくめた。
そして二人はどんどん明かりも持たずに進んでいく奏音を見る。
何をしたのかは、ついさっきのあの光景を見せ付けられれば、おのずと知れようというモノだった。
空竜に襲われていたところを助けた小さな子供。 異世界から来た流され人。
そんな奏音が見せ付ける驚くばかりの力と、変わった道具? そんな奏音がこれから一体なにを見せてくれようとしているのか?
「まっ、何があろうと、どんなことが起ころうと、カノンを信じるだけね。 私たちの娘……なんですものね!」
「ああ、そうだな」
二人はそういって見つめあうと、お互いニヤリと笑い、そして奏音を見る。
キレイな銀髪のポニーテールが歩くたびに左右に揺れている。
そしてそのポニーテールが横に流れる。 奏音が振り向いたのだ。
「着いたよ! 見せたいものはコレ!!」
奏音は笑顔でそういうと、奥のほうへと手を差し示す。
ケイトはその指し示すほうへとライトを向ける。
そこにあったのは大きな車輪をつけた大きな箱のような、何か。
「な、な、なんじゃこりゃぁ??」
思わず素っ頓狂な声を出すニック。
「…………」
あまりの驚きというか、わけのわからなさ? に声の出ないケイト。
それを見てほくそ笑む、根性多少曲がってる? 奏音。
「これが見せたかったもの。 私と一緒にこの世界にきた私の愛機」
マシンを指し示しながらほんとにうれしそうな顔をする奏音。
奏音のクルマ好きはもうほとんど病気の世界だ。
鏡面に近い銀色のボディに思わず見とれて、あっちの世界に行ってしまっている奏音に、ケイトが思わず声をかける。
「か、カノン? カノンちゃん? それで、これっていったい……」
「はっ! そ、そうでした! こ、これはですね……」
そういってから何と説明したらいいのか? と悩む。
で、結局たいしていい案も浮かばないので……、
「これは馬の要らない馬車みたいなものです。 馬はいらないからただの車だけど」
と、答える。 そのまんまだ。
「ふぅん、馬の要らない馬車……ねぇ」
ケイトはそういって持っているライトで車体を照らす。
大きな車輪、タイヤと呼ぶらしい……は馬車のものと違って幅が広く、表面はちょっとやわらかく、それでいて硬い。 そしてごつごつしたデコボコが全周にあった。 人が乗り込むのであろう荷台(車体)は馬車が木製なのにたいして、そうやら鉄みたいなもので作られてるようだ。 鉄はケイトの世界ではまだまだ加工が難しく値もはる。 そもそもこんな複雑で大きな形がつくれるはずもなく。 しかも窓と思われる場所にはガラスだろうか? がはめ込まれている。 ガラスなんてものは、それこそ街の高官や特権階級のやつらしか入手出来ない、金持ちが独占しているような代物だ。
ケイトはカノンのいた世界というのはいったいどんな世界だったのか? と改めて興味を覚えるとともに、こんなスゴイ馬車 (のようなもの)を持つカノンはいったいどういう立ち場の人間だったのかと考えもする……。
それにしても馬無しでどうやって動かすんだろ? 当然の疑問に陥るケイトなのだった。
奏音は、自慢のマシンを驚きながら見ている二人を見て満足げに微笑む。 そんな姿はまるでおもちゃを自慢する子供のようである。
そして奏音はぴょんとばかりに飛びあがり運転席側のサイドステップに乗りドアを開ける。 まだここに隠して数日と経っていないのに、その室内からする懐かしい匂いに安心感を覚える。
ケイトたちは何をするんだろうと興味津々でカノンを見る。 カノンは荷台の中で何かごそごそやっている。
かすかに羽虫が飛ぶような音が鳴り出すと共に、いきなり荷台の中に光が点る。 色々なところから細かい光が所々点滅しながら、あるいは棒状の光が左右に振れたりしている。
奏音がマシンを始動させたのだ。
そんな荷台の光景に呆然とするケイトとニック。
「お母さん、お父さん、上がってきて後ろに乗って?」
そう言って後ろのドアを開ける奏音。
誰もいないのに勝手に開いたドアに驚くケイト。 それを見て微笑む奏音。
「さぁ、乗ってお母さん。 何も危ないこととかないよ?」
カノンの言葉にケイトは意を決して、高い場所にある開いたドアまで飛び乗った。 それを見てニックも慌てて同じように飛び乗る。
二人が中に入ったことを確認するとドアを閉める。 これにまた驚く二人。
カノンの横の席、定位置にはスパナがちゃっかりと座っていた。
「よーし、それじゃいっちょパーッとデモ走行しっちゃおっかな~っと」
奏音がそれは楽しそうな表情でそんな言葉を発する。
ケイトとニックはなぜかいいようのない不安が胸をよぎる。
「ちょっとカノン? 何を始める気なの?」
思わず聞いてしまうケイト。
そんなケイトを見るカノンは、いたずらっぽい表情をし、目はキラキラと輝いていた。
そんな表情を見てケイトはまだまだ短い付き合いながらも、言っても無駄なことに気付き……覚悟を決めた。
「よっしゃぁ~! Go! 私のスーパーマシン」
その言葉と同時にヘッドライトをつけ、マシンを猛然と発進させる奏音。
ヘッドライトの明るさに驚くケイトとニックだったがそんな余裕は一瞬でなくなってしまう。
発進時に得た急激なパワーで後輪は前進しようと激しく回転する。 しかしフロントタイヤはロックされているため前進できず、むなしく空転し土煙を巻き起こす。 奏音は軽くステアをきっている。 すると前進できないマシンは……当然テールを滑らせ、ついにはぐるんと180度ターンをかまし、そこまでいったところでフロントロックを解除。
「ひゃっほぉ~!」
思わず歓声をあげる奏音。
ロック解除されたマシンはその勢いを前進力に変え、奏音たちが通ってきた横穴を一瞬で通りすぎ、またたく間に外の世界へと躍り出たのだった。
ケイトとニックは突然のあまりの出来事に呆然自失に陥ってしまっている。
それを見た奏音は……。
「あちゃ~、ちょっとやりすぎちゃったかなぁ?」
あまり反省しているような表情に見えない顔でそういった。
今は二人のことより久しぶりに乗ったマシンに心が奪われている奏音なのだった。
そして……。
「ぐるぅ~!」
スパナの突然のうなり声。
「スパナ? どしたの?」
なんだか以前にもよく似たシチュエーションあったなと思いつつ前を見る奏音。
そこには元いた巣穴に戻ろうとしていたのか? 恐竜モドキ(地竜)が横穴に入ろうとして近づいてきているところだった。
それも多数で!
その数は、10数匹はいるように見えた……。 キモイ。
「あちゃ~!」
奏音は顔に手をやりやれやれといった表情。
対するケイトとニックは血の気が下がり蒼白な表情になって、その悪夢のような光景を見つめていた――。