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ゼロの男の物語  作者:
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道中の物語

「いい加減お名前くらい教えていただいてもよろしいじゃありませんか?」


女、リーラが何度目になるかわからない問いを俺に投げかける。

正直うんざりだ。

俺は何度も忘れたと本当のことを告げているのだがこの女は全然信じていないらしい。

最初はこの女に俺の事を聞いてみようかとも思ったが、もっといい情報が手に入りそうなところに案内してくれると言うのであえてこの女には何も聞いていない。

なんでもギルドとやらは世界各国の大きな都市にある世界規模の機関みたいだ。

ならば俺に関する情報も見つけられるだろう。

それまで女は案内役兼財布として精々利用してやることにする。


「ちょっと、無視しないでくださいませ!」


やかましい。耳元でキンキン騒ぐな。


「だから何度も忘れたと言っている。」


言葉に苛立ちが篭る。


「また、そうやって誤魔化すんですのね。」


これだ…

この女は人を信じるという事を母親の腹の中に忘れてきたらしい。

馬車は俺が歩いてきた道を今度は反対方向に進んでいく。

馬車に乗り込んで既に一日が過ぎている。

どこだったかは定かではないが俺の倒れていた場所付近は当の昔に通りすぎていることだろう。

アーガルドという都市までは馬車で三日ほどの距離らしく、このまま道なりに進めば着くみたいだ。

やはり俺の判断は正しかったようだ。

馬車で三日なら歩けば3倍以上は確実にかかるだろう。そこをあえて右へと向かった俺の判断……ヤバいな。



ちなみに女とのやり取りはすでに両手の指の数以上にある。

最初は俺と女の仲裁をしていた商隊の連中も今では俺らの話には不干渉の態度を決めたらしい。

それにしてもこの女にはうんざりだ。

いい加減大人しくすればいいのに。

いや、待てよ…

この女が執拗に聞いてくるのは俺の名前だ。

まあ、世界の中心たる俺の名前を脳に未来永劫刻み付けたいというのはわからないでもない。

ならば適当に名乗ればいいではないか。

この場合の適当とはいいかげんという意味ではなく、ある条件・目的・要求などにうまく当てはまることの方だ。

ではどんな名前がいいだろうか。

宿で確認した俺の姿は白い髪に金色の瞳の20前後の青年の姿だった。

そこからとって『シロ』とでも名乗るか?

いや、これは安易すぎるか…

何よりどことなくペット臭がする。

ではどんなものがいいのだろう。

今の俺には過去の記憶がない。

親の顔も、これまでどんな風に生きてきたのかも。

ならば無という意味を込めて『ゼロ』と名乗るか。

正確には言葉は話せるから、全くのゼロというわけではないかもしれんが、他に候補が思いつかない。ペット臭はシロほどには感じられない。

うん、これでいい。これで女の執拗な問いも止むことだろう。


「俺の名はゼロだ。」


女に向かって言ってやると女は虚を突かれた顔で数回ほど目をしばたかせる。


「…勿体振っておいて、話すときは随分と脈絡ありませんのね。まあ、いいですわ。ゼロさん、短い間ですがよろしくお願いしますわ。」


そう言って俺に微笑みかける。

それに応えてやるほど俺は暇ではないため無視する。


「…………無視ですか。」




考えるべきことは山ほどある。

差し当たっては文字のことだろう。

先日の食事のときに渡されたメニューにはミミズがのたくったような文字が書かれており、正直全く読めなかった。

他にも文字を見ることがあったが結果が変わるわけもなく、俺は言葉は話せるが文字がわからないということが判明した。

では、どうするべきか。

選択肢は3つだ。

1つは覚えること。

記憶をなくす前は使えていたのだろうし、もう一度勉強し直す選択だ。

2つめは文字を読める者を連れておくこと。

自分が読めないなら他人に読ませればいい。候補としてこのリーラとかいう女が筆頭に挙げられる。結構なお人よしみたいだし、俺の申し出だ。嫌とは言わんだろ。

3つめは気にしないこと。

多少の不便は甘んじて受ける。思い出しさえすれば問題も解決するだろうしな。


さて、どれがいいか…

とは言っても結論は2つめでほぼ決まりだと思っている。

3は不便だし、1は記憶を思い出した時に労力が無駄になる気がする。しかし、2を選択してこの女を供にする場合には俺が対外的にみて無教養な男と成り果てる恐れがある。

何せ俺が記憶喪失だと信用していないのだ。

であれば俺が文字を読めない理由として、無教養だと勝手に考えることは想像に難くない。

何度も記憶喪失だと言っているのに困ったやつだ…

自分の信じる世界が全てにおいて正しいと思っているみたいだな。

正しいのは常に俺だというのに憐れなやつだ。


「なんですの?」


女が俺に話し掛けてくる。どうやら無意識に慈愛の心で見つめていたらしい。


「憐れだと思って無意識に目を向けていただけだ。気にするな。」


女を気遣ってやる。俺は聖母より優しい存在だ。


(わたくし)のどこが憐れなのですか!」


女が声を荒げる。まったく、短気な奴だ。


「自分で考えろ。」


人とは考えることで成長していくものだ。

俺のこの答えで女は人として成長することだろう。

俺って奴はなんてお人よしなんだ…

まあ、この女には俺の金づるを奪うという自業自得があるとはいえ、一宿一飯の恩がある。

成長の手助けをしてやるのも悪くはない。

しかし女よ、そこは睨むのではなくて感謝の眼差しを向けるべきだぞ。

それとも俺が気づかなかっただけで実は目つきが悪いのか?


さて、女の心の成長を促したところでまた思考に耽る。

女にはまだ聞いていないが宿の店主を含め数人にこの軍服(?)や俺のことを聞いたが結果は芳しくなかった。

話を聞く限り、最近軍人が町に来るようなことはなかったらしい。

つまり俺は一人ないしは軍人以外とあそこに行ったらしいな。少なくとも以前に俺があの宿に宿泊したことはないらしい。

つまり、俺はあそこに倒れていた地点に行くためにアーガルドにいた可能性が高いことを示している。

ならばしばらくはアーガルドに逗留して情報を集めるのが賢明か…

そんなことを考えていると突然馬車が大きく跳ねる。

どうやらなにかを踏んだらしい。


「どうしましたの?」


案の定、女が食いついた。


「いえ、なにか踏んだみたいなのですが…」


御者の男が説明する。

御者は商隊の男4人が交代で行っている。

名前を聞いたが覚えていないのでA、B、C、Dと見分けている。

御者は朝から昼までと昼から夕方にかけてと1人ずつの交代制らしい。

ちなみに夜は魔物が活発に徘徊する時間らしく安全な場所で夜が明けるまで過ごしている。

今は4人目の商隊の男Dだ。つまり出発してから一日半以上経っているというわけだ。


「おかしいですわね。アーガルドとヤムゥの間の街道は十分な舗装がされていないとはいえ、先ほどのような揺れは起こらないはずなのですが…」


とそこで女がちらりと先ほど通った道に目をやる。


「スピードを上げてください!」


突然女が声を荒げて御者に指示を出す。

なんだと思って俺もそちらに目をやると同時に何かの咆哮のようなものが耳に入る。

そして次の瞬間地面から馬鹿でかいミミズが飛び出してきた。

いや、もうミミズとしか言いようのない外見だ。

大きさを除けばだが…

ミミズとの距離は50メートルほど空いているが、それでもわかる。でかい。

目測で体長はおよそ3メートルほどだろうか。

胴回りは人間より太くないか、あれ…

でも外見はミミズ。と思ったら頭が横に二つに割れる。

そこから現れたのは幾本もある鋭い歯。

結論、ただのミミズではない。

それが1匹だけではなく3匹あらわれた。


「エンシェントワーム…」


誰かがつぶやいた。

なるほどあれはエンシェントワームというのか。

あれが噂の魔物とやらなわけだ。

そして馬車は地面に潜っていた奴らを踏ん付けて通過した、と。

冷静な俺とは裏腹に商隊の連中は慌てふためいている。

見ればリーラとかいう女も顔を青ざめている。


「とにかく逃げろ!」


商隊の男Bが叫んだ。それに呼応するように馬車の速度がわずかに上がる。

速度が少ししか上がらないのは当たり前だ。

ちょくちょく休息を挟んでいるとはいえ、馬達はすでに一日以上走っている。

これ以上を求めるのは酷だろう。

エンシェントワームたちは見かけによらず速い。

蛇と芋虫を混ぜたような気持ち悪い動きではあるが着実に距離を縮めてきている。

もう距離は20メートルまで縮んでいる。


「おい、あんたら!」


商隊の男Cが俺達に声をかけて来る。

顔にかなりの焦りが見える。


「あんたらギルドの冒険者なんだろ?あいつら倒せないのか?」

「確かにそうですが、(わたくし)はつい先日Dランクに昇格したばかりです。対してエンシェントワームはBランクの魔物……とても相手取ることはできませんわ。」


正確には俺は冒険者とは違うわけだが、否定する前に女が答えてしまう。

視線を後ろに戻せばエンシェントワームとの距離は10メートル。掴まるなこれは…


などと考えた時、エンシェントワームの口から何か吐き出される。

それは馬車の荷台、つまり俺達の乗っているところの屋根に当たる。

そして当たった場所がみるみるうちに溶けていく。

馬車はいわゆる幌馬車で周りは布に覆われていたわけだが今では上に大きな穴ができてしまった。

連中はどうやら強力な酸を吐くらしい。


「ぐわあああああ」


悲鳴のような叫びに幌に出来た穴から視線を戻すと商隊の男Aが肩を押さえて唸っている。

その服は溶け、肩が赤い血で染まり出していることから、上から落ちてきた酸に運悪く当たってしまったらしいことが見て取れる。


「どいてください。(わたくし)が治療します。」


女が急いでAに近づくと酸を浴びてしまった肩に手を翳す。

その手が淡く発光すると同時に男の苦痛を浮かべた表情が幾分か和らぐ。


「嬢ちゃん回復導師(ヒーラー)だったのかい。」


Bが女に話し掛ける。


「いえ、(わたくし)が出来るのは初級の回復術程度ですわ。このような怪我は回復導師(ヒーラー)とは違い、治癒には時間がかかってしまいます。」


これが魔法か…

と、そこで女は俺に目を向ける。


「ゼロさん。あなたの持つ銃ならばエンシェントワームを追い払えますわよね。このまま捕まれば死人が出てしまいますわ。ですからお願いしてもよろしいかしら?」


確かにそうなのだろう。

こいつらには世話になっているといっても過言ではない。

だから協力してやるのもやぶさかではない。

なによりあのミミズどもは目障りだ。

しかし問題がある。

それは


「銃弾が一発もないから無理だ。」


ということだ。

銃弾がない銃でどうしろというのだ。

鈍器として使用?

つまり特効か。

却下だ。俺は世界の中心ではあっても無敵超人などではない。

死ぬ可能性が高い。

ではどうするか。

どうもできない。

残念ではあるがこいつらは見捨てていこう。

そんなことを考え始めていると


「弾ならある…」


商隊の男Cが懐から小さな箱を取り出す。

それを開くと中には銃の弾が5発だけ入っていた。


「この前王都に行ったとき、銃が売られていてな、高くて買えなかったんで、記念に弾だけ買ったんだよ。」


なるほどな。それで銃はないのに弾だけ持ってたわけか。

俺は弾を取り出し銃に込めようとする。


「一発一万Rな。」


空気の読めないやつとはこいつの事をいうのか。


「こんなときにお金を取るんですの?」


俺より先に女が反応する。


「おうよ、例え死の淵に立っても商売をする。それが商人ってもんだ。それによく言うだろ?ただより高いものはないって。つまり俺はこの弾をリーズナブルに売ってるわけだ。」


馬鹿が…だというなら本当に死ねばいい。

とりあえず逃げるか。

まずは御者を制圧して、次に馬を奪う。乗りこなせるかどうかは別として、男たちと馬車という荷物がなくなって軽くなるし、こいつらが囮となってくれれば……


「わかりましたわ。(わたくし)が買います。ゼロさん、よろしくお願いしますわ。」


俺の思考中に女が話をまとめていた。

仕方ない。

正直、Cは死ぬべきだと思うが弾がただで手に入るのだから我慢してやろう。

俺は弾を銃に込める。

問題なくピタリと嵌まる。

装填数は5発。

充分だ。

しかし、弾の問題はクリアーしたが壊れてる可能性もあるな。

とりあえず撃ってみるか。

エンシェントワームとの距離はあと2メートルほど。

テキトーに狙いをつけて撃った。


銃声が響く


銃弾は一番近くにいたエンシェントワームの胴体に当たる。

緑色の体液がエンシェントワーム体から溢れる。

怯んだのかそいつは他の二体に抜かれ、一番後方に下がる。

まだこちらを追って来る姿に感服するよ。


「エンシェントワームの弱点は口の上にある赤い部分ですわ。」


女の助言らしきものが聞こえてくる。しかし、赤い部分?

よく見れば確かにそんなものがあるが、ありゃなんの器官だ?

つーか弱点わかりやすすぎ(笑)

まあ、1ミリほどの大きさしかないが。


集中して狙いをつける。

その瞬間、まるで時間が止まったかのようにゆっくり流れだす。

先ほどまでは1ミリほどの大きさにしか映っていなかった赤い部分は今の俺の目にははっきりと見えている。


向かって右側のエンシェント・ワームに向けて銃を撃つ。


これは当たった。

まだ着弾してはいないが撃った瞬間にわかった。

では次だ。

今度は左側。


同じ様に狙いをつけて撃った。

ここでようやく先程撃った弾がエンシェント・ワームに命中した。

やはりその銃弾は弱点である赤い部分を正確に貫く。

そしてすぐに先程撃った弾も命中する。

無論、弱点にだ。


二体はその場で力尽き倒れる。

残りは最初に試射の犠牲になった一体だけだ。


仲間が倒れたというのにまだ来るか。

どうやら知能は薄いらしい。



「死ね。」



最後の一体に向けた手向けの言葉。

それと同時に銃を撃つ。

寸分違わず弱点に当たる銃弾に断末魔の悲鳴すらなく倒れるエンシェント・ワーム。


「や、やった…」


誰かが呟いた。

その声のおこした波紋は徐々に広がり、馬車内は喜びの声に包まれる。


「もっと高く売りゃ良かった…」


ボソッとCが呟いた。イラッとするな、こいつ……


「弾はまだ一発残ってるんだがせっかく拾った命、捨ててみるか?」


Cの頭に銃を突き付けて言う。


「すいませんでした…もう言いません。」


ちっ、あと一回でも俺の機嫌を損ねたら速攻でこいつの頭を吹っ飛ばそう。そう心に決めた。



結果としてCの頭が吹き飛ぶことはなかった。

とは言ってもまだ可能性がないわけではない。

アーガルドまでまだ10分ほどの時間がある。

ここまで来るのにうるさかったのはリーラという女だけだ。

やれ、銃弾もないのになぜ喧嘩を売ったのかとか俺の銃技はどうやって習得したのか等、質問が矢継ぎ早にくる。

そんなの俺が知りたいくらいだ。


とは言ってもどうやらあの感覚は銃を持って集中すれば出来るみたいだ。


まあ、俺が卓越した銃技を持つことがわかったことは大きな収穫だ。



もうすぐアーガルドにはいる。



長いようで短かった移動もこれで終わりだ。



アーガルドでは何が待ち受けるのか。



これは俺の辿った道中の物語




主人公の名前でました。

ゼロの男の物語だから名前もゼロです。

あっ、でもこれじゃゼロの男の物語じゃなくてゼロという男の物語じゃねーかとかいう突っ込みはなしの方向で

初戦闘シーンです。

あっけなくおわりましたが…

うまくないのは知ってます。


ここでちょっと説明を

主人公はリーラをきちんと認識していないので心のなかではほとんど女と呼んでいます。

また、通貨の単位は(リン)で価値は円と変わらないと思ってもらえれば

ちなみに紙幣ではなく異世界ものらしく

10R   →銅貨

100R   →銅板

1000R  →銀貨

10000R  →銀板

100000R →金貨

1000000R →金板

という設定です。


銅貨、銀貨、金貨 →十円玉ほどの大きさ

銅板、銀板、金板 →板ガムを二枚重ねた大きさ

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