旅立ちの物語
今回はヒロイン視点で進めます。
人通りが少ないとはいえ、往来の道での騒ぎに視線がいったのはギルドでの依頼を達成した帰りのことですわ。
粗悪な鎧に身を包んだ3人組が一人の青年と相対しておりました。
青年は短く切って逆立てた真っ白な髪に元は白かったであろうボロボロの汚れた服を着ていました。
一瞬、物乞いかと思いましたがすぐに否定することになりました。
だって彼は小さくだけど確かに呟いたのですから
強烈な殺気と共に
男達に対して
「死ね」
と………
そして瞬き一回ほどの時間があったでしょうか。
私が気付いた時には既に3人組の中で一番体格のいい男の額にそれが突き付けられていたのは……
その光景に戦慄しました。
だって彼の手に握られているのは使いこなせば子供でさえ単独で低級のドラゴンを殺せると言われる古代兵器だったのだから。
それを一瞬でかまえた青年はかなりの使い手なのでしょう。
気付いた時には声を出しておりました。
「そこで何をしているんですの!」
私の言葉に静寂が訪れます。
3人組はもとより、青年もこちらに視線だけは向けました。
その瞳は金色に染まっており、まるで全てを見透かしているかのようでした。
青年はいつ引き金を引いても不思議ではない状態ですわ。
出来るだけ早く穏便に事態を収拾しなければ私を含めた死体が4体転がることになってしまいます。
だというのにこのおバカさんたちは下品な笑みを私に向け、あまつさえ私が青年の方を助けに来たと勘違いしやがりましたわ。
完全にあなた方に向けて助けにきて差し上げたと言いましたわよね。
お耳が悪いんでしょうか。
青年は静観の構えを見せています。
正直いつその銃口が自分に向けられるのか怖いですが、目の前で人が死ぬのはあまり好ましくないことです。
私が彼の持っている武器のことを教えて差し上げるとやっと状況を理解したのか一目散に逃げる男達。
正直、あまりの逃げ足に呆然としてしまいました。
そして気付いてしまったのですわ。
彼らがいなくなったことで青年の矛先が私のみに及ぶ危険性に。
男達の発言から喧嘩を吹っかけたのは青年の方らしいです。
つまりは私は彼の邪魔をした敵(仮)に他なりませんわ。
下手すれば殺されるかもしれませんわね。
ということで捨てぜりふ的なことを吐き彼に背を向け歩こうとします。
幸い彼は男達の逃走に呆気にとられています。
逃げるなら早いほうがいいですわ。
しかし
「おい」
一歩も歩かないうちに声がかけられました。
恐る恐る視線だけを彼に戻してみます。
その顔は怒りに染まっているわけではありませんが不気味なものを感じさせらました。
彼は少し考えるそぶりをしたあと私にこう告げました。
「これから飯を食う。責任をとって金はお前が出せ。」
…なるほど。逆らえば命はないのでしょうね。
だったら私に残された選択肢は一つだけしかありません。
「いいですわよ。ついて来なさいな。」
内心とは別に口をついて出たのはなんとも偉そうな物言いでした。
ちらりと青年を見れば特に気にした様子もなく私について来ている。
彼の機嫌を損ねてはいけない。
だって私は死ぬわけにはいかないのだから……
辿り着いたのは宿屋兼酒場の店。といっても田舎と言っていいこの町じゃ唯一といってよい大人の憩いの場。
都市から仕事の為やってきた冒険者や地元の人達で賑わっています。
この町にはギルドはないですからここのマスターが似たようなことをこなしているらしいです。
私が今回こなした依頼はここではなくアーガルドのギルド支部で受けた依頼なのですが、マスターの斡旋する仕事はギルドのそれとなんら遜色のないものらしいですわ。
そんなことを考えながら空いている席に腰掛ける。
青年も私の前に座る。
それと同時に店員がメニューを持っきてくれました。
青年はメニューを眺めるとなぜか顔をしかめました。
「お前の薦める料理を3品持ってこい。あと、この店で一番安い酒を頼む。」
青年はそのまま店員に注文しました。幸いこの店はリーズナブルなのでよほどの無茶を言わない限り問題ないでしょう。
一度承諾した手前、後には引けません。
「私も料理は彼と同じ物を、あと飲み物にワインを頂けるかしら。」
表向きは冷静に見えるよう努力してますが内心これからどうするべきかと思考が若干パニック状態の私は料理を選ぶことを放棄しました。
まあ、店員のオススメを頂くのは悪くないアイディアですし、こんどから使わせてもらうことにしましょう。
店員が去ったあと私たちのテーブルに訪れたのは静寂。
周りが賑やかなだけに余計気まずい感じがしますわ。
なにか話題を振るべきでしょうか。
「せっかく食事を一緒に摂るのですから自己紹介をするべきですわね。私の名前はリーラ=フラウンですわ。あなたのお名前を教えてくださいませ。」
私の問いに青年はただじっと私の目を見つめる。
まさか、偽名だとばれてしまったのかしら。いえ、だとしても本名を名乗るわけにはいきませんわ。
「名前は忘れたな。」
くっ…偽名を名乗ったお返しというわけですわね。
あからさま過ぎる嘘に内心、心がざわめきましたわ。
「それは大変ですわね。」
だからつい、嫌味な口調で返してしまいましたわ。
この時、すでに私の中では殺されるかもという恐怖はかなり薄まっていました。
それがなぜかはわかりませんが…
「お待たせしました。エールとワインです。」
店員が飲み物をそれぞれの前に置いていきます。
青年は店員がエールを自分の前に置くと同時に持ち上げ、一気に飲み干し、オカワリを告げる。
遠慮する気は一切ないらしいですわね……いえ、エールを頼んだのは彼なりの遠慮なのでしょう。
それからは大した話もなく、頼んだ料理も届きました。
店員がオススメとして持ってきた料理は、確かにオススメするだけあっておいしいです。
でも料理の味なんかより気になるのは目の前の青年です。
そもそもよく考えれば銃を持っているという事だけでも興味をそそられます。
何せ銃は一丁買うだけで安くても平均的な庶民の家が5つ買える値段であり、なおかつ弾薬代もかかるという金食いの武装の代名詞だと聞いたことがあります。。
また、市場にも滅多に出回りません。
もちろん手に入れた見返りも大きいようですが、冒険者が手に入れようとする場合は手に入れる過程で違う武装での戦闘法が確立されて、もはや無用の長物になっていることうけあいです。
コレクターとして鑑賞するために銃を集める者が存在するらしいですが、彼の動きは明らかに銃を扱う者の動きでした。
他の武装を持っている様子もありませんし、彼は銃を唯一の武装として装備しているのでしょう。
そういえば先程の3人組には彼から喧嘩を売ったらしいですわね。
「質問に答えてくださらない?」
気になって聞いてみました。彼は私の問いかけに顔を上げるとまた目をじっと見てくる。
どうやら聞くだけは聞いてくれるようですわね。正直、あの全てを見透かすかのような瞳は苦手ですわ。
「先程の3人組に最初に喧嘩を売ったのはあなたらしいですわね。理由をお聞かせ願えるかしら。」
単純な好奇心でした。あの醜悪な3人組が何か彼に粗相してしまい、彼の逆鱗に触れたのかもしれない。
彼に対しての恐怖心が薄れた私は自分のした質問の答えを勝手に予想しはじめていました。
「小遣い稼ぎだ。」
しかし返ってきた答えははっきりいえば最低な理由でした。
「小遣い稼ぎですか…お金が欲しいなら働きなさいな。」
心からそう思います。それだけの能力はありそうですし。
「あてがあれば働くのも悪くないが、正直どうでもいいな。」
働く意欲はあるようですわね。後半は聞かなかったことにしましょう。
「ギルドには入っていませんの?」
ギルドに登録しているのならば危険報告するべきだろうと思い聞いてみました。
「なんだそれは」
返ってきた答えに嘘をついた様子はありません。
「ならギルドに登録すべきですわね。ギルドならよほどの事でないと仕事にあぶれませんし。」
それがいい、と自分の中で勝手に決める。
「ふむ、そうまで言うならギルドとやらに登録してやる。で、どこにいけばいい。」
青年も乗り気だ。
「ここからならアーガルドが一番近いですわね。」
「なるほど。では明日にでもいこう。案内しろ。」
彼の言葉に少し首を傾げます。アーガルドはこの国では王都に次ぐ大都市です。
案内が必要とも思えません。
しかし、私は丁度ギルドの依頼を完了して明日にでも報告のためアーガルドに戻るとこだったため、深く考えず了承してしまっいました。
まあ、若干小悪党気質ですがほんとに悪い人間ではなさそうだったのも理由の一つなのでしょう。
「ところで、あなたのお名前は?」
もう一度名前を聞いてみます。案内をするならそこそこの日数を一緒に行動することになりますし、聞いておいたほうがいいでしょう。
「忘れた。」
この後に及んでまだ言うのですか……強情ですわね。
翌朝
食事代だけでなくなぜか彼の宿泊費までも払わされました。
それは置いておいて私は丁度アーガルドへと向かうという商隊の方たちの馬車に乗せてってもらうことを約束することに成功しました。
あと1時間ほどで出発するようです。
彼はというとのんきに朝ごはんのあとのコーヒーを楽しんでいました。
どうせ支払いは私なのでしょうね……
「随分と優雅ですわね。」
口をついて出るのは嫌味だけです。
昨夜一緒にアーガルドに向かうことに決まってから少しばかり話をしましたが彼は後ろめたいことでもあるのか自分のことになると忘れたといって誤魔化してしまいます。
あげくのはてに記憶喪失だなどと言い出す始末です。
はっきり言ってはやくも共にアーガルドに行くことに不安になっている自分がいます。
信頼されない相手を信頼することなんてできません。
そうこう言っているうちに出発の時間になってしまいました。
「では行こうか。」
なぜか商隊の者たちに向けて彼が偉そうに告げています。
皆さん戸惑っているようです。
彼はそんなことは全く意にかえさず馬車に乗り込んでしまいました。
彼と出会ってまだ一日と経っていませんがこれだけは確実に分かります。
彼はとんでもなく自己中な人間です。
これからの旅路での心労を考えると不安しかありません。
でも彼のことを投げ出すことはできません。
だって我が家の家訓にありますもの。
『一度決めたことは最後までやり通す』
これが我が家に伝わる家訓。
そしてこれが私と彼の旅立ちの物語
ヒロインいい娘です。
普通宿泊費まで払いませんよね。
ちょっと強引すぎるかな?
次回はまた主人公視点で話が進みます。