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ゼロの男の物語  作者:
25/32

完治した日の物語

やっとだ。

やっと……


「治った」


昨日の夜に左腕が完治した。

騎士のゴミ共と我が儘お姫様のせいで予定よりも一日ほどズレたが、治ったので今は気分がいい。

一晩たってもきちんと動くかの確認のため左腕を動かし、指の動きも確認する。

……うむ、支障はない。

完治したとはいえ、左肩には大きな傷痕ができた。まあ、それは裂けてたのだから当然だ。

女でもあるまいし、傷を気にするようなこともない。

ただひとつ気になるのは


「若干筋肉が落ちたか?」


怪我してからまだ一週間も経っていないのだから気のせいかとも思うのだが、一度気になるとますます疑いが深くなっていく。

そもそも俺は右利きで左腕なんて補助程度にしか使わないのだが、昨日の自分より劣ることは個人的に嫌だ。

ならばどうする?

左腕を鍛えるか?

一般的に鍛練を一日休むと取り戻すには三日かかる。

俺が怪我をして五日が経っているから取り戻すのに十五日、つまり以前より進歩するにはさらに一日プラスして十六日かかる計算だ。

こう考えると実にめんどくさい。

そういえば俺って左腕の鍛練してたっけ?……してないな。

んじゃあ進歩も糞もない。

普通に生活しよう。


ん?今、部屋がノックされたな。


「誰だ?」

「わらわじゃ」


なんだラキナか……

一体なんのようだ?

いや、その前に世間の厳しさでも教えてやるか。


「だから誰だ?」

「わらわじゃと言っておるじゃろ!」

「ワラワなんて知り合いに心当たりはない。人違いだ」

「……ラキナじゃ」

「なんだチビガキか。入っていいぞ」

「声でわかるじゃろ」


ラキナが部屋に入ってくる。

後ろにはメイドのエレナも控えている。


「例え声でわかるとしても、誰だと聞かれたらちゃんと答えるのが普通だ」

「そ、そうなのか……」


間違いではないはずだ。

ただ気心しれたやつにやることはそうはない。

ちなみに俺とラキナは気心がしれてるわけではない。


「んで、なんのようなんだ?」

「おお、そうじゃった。キシワ=ゴミクズ、わらわと町に出ようではないか!」

「……お前まだソレ引っ張ってんの?」

「なんの話じゃ?」

「いや、別にいい。つーかお前昨日リーラ達と町に遊びにいったじゃん」


俺の名前についてまだ誰も訂正してないみたいだ。

何か不自由があるわけでもないしいいか。

昨日はリーラ、シャル、ラキナ、メイドの四人で出かけていた。

ちなみに俺はオルト(シスコンハゲのおまけ付き)と終日治療のために宿の部屋内にいた。


「うむ、そうじゃ!じゃから今日はお主と出かけることにしたのじゃ!」

「嫌だ。俺は忙しいんだ。他をあたれ」


さて、なにしよっかな?

寝るか食べ歩きか。

どっちにしよう。


「リーラとシャルは仕事じゃし、オルトは兄君の治療で忙しいらしいのじゃ」

「んじゃ、メイドに遊んでもらえ」

「恐れながら私はただのメイド。主たる姫様と遊ぶなどもってのほかです……ペド野郎」

「ぺど?そ、そうじゃそうじゃ!エレナはただのメイドじゃ。妾はお主と町に行くんじゃ!」


……うぜぇ

つーかなんでペド扱い?

手をだすことはおろか欲情した覚えすらないんだけど。


「いやだね。なんでも自分の思い通りにいくと思うなよ」


とりあえずメイドの毒は流す。

発言の後に必ずといっていいほど毒を吐きやがるからいちいち相手すんのも疲れる。


「むぅ〜、こんなに頼んでおるのにダメなのか?」

「ダメだ。それよりいつお前が頼むなんて殊勝な行動したんだよ。」


頼まれた覚えなど一切ない。

あたかも決定事項のように告げられただけだ。


「つーわけで一人で勝手に行動しろ。……いや、メイドもいるから二人か」


そう言って二人を残して部屋を出た……はずだった。




「ついてくんな」


宿から出て10メートルほど歩いたところで後ろを振り返る。

そこにはラキナとメイド、そしてオルトがいた。


「……増えてるし」

「お主についていっているわけではないぞ。たまたま向かう方向が一緒なだけじゃ」


なんてベタな言い訳……

どうする?撒く方法なんていくらでもある。


「つーかオルトは何?ハゲの治療で忙しいんだろ?」

「…………本日の兄の治療終了」


ずいぶんはやいな。

まだ午前中なのだが。


「それで、どこに行くのじゃ?」


ラキナは俺の横に並ぶ。

もはや自分が述べたたまたま行く方向が一緒だという言い訳を忘れているらしい。


「…………食べ歩き?」


オルトも俺を挟むようにラキナの反対側に並ぶ。

……自分勝手な奴ばっかりだな!


「大丈夫です。姫様の分だけでなく場合によってはお二人のお食事代も払う所存です……両手に花かゲスめ」


音もなく背後に近づいたメイドが耳元で囁く。

魅力的な提案ではあるような気もする。

だからといって一人で動いたほうが自由なんだよな。


「地面に頭こすりつけて懇願するか、何か一発芸を見せるならついてきてもいいぞ」


俺の妥協案がこれだ。

要は俺を楽しませるならオッケーってことだ。


「…………よろ」


オルトは躊躇なく土下座した。

……躊躇なさすぎて逆に面白くない。

もう少し苦悩の末に出した結論として土下座してくれよ。


「む?そうやればいいんじゃな?」


ラキナもオルトを真似て土下座する。

こっちは一国の姫がやってるというだけで愉快極まりない。


「私も何かすべきですか?……チ〇カス」

「お前下品だな……」


なんのためらいもなくチ〇カス言いやがった。

さすがにこれは許容してもいいものなのか……


「土下座なんて死んでも嫌なので一発芸を……刮目しろゴミ野郎」


お前が死んでも嫌なことを主たるラキナがやってたわけなのだが、止めるそぶりすら見せなかったろ。

……それでいいのか護衛兼メイド。


「ふんっ!」


メイドは自らの右腕を掴むと力任せに関節を外した。

ゴキッと嫌な音がした後、左手を離すと不自然に右腕がブラブラする。

なにしてんのこいつ?

俺、そういうの求めてないんですけど。


「おおっ!すごいのじゃ!」

「…………ごいすー」


外れた腕を突っつきながらはしゃぐラキナと無表情かつ平坦な声で賞賛するオルト。

……まあ、どうであれ俺の提示した条件を満たしたことには変わりない。


「仕方ねえからついてこい。あとメイド。いい加減腕嵌めろ」


一発芸としてはそこそこだが、俺が外したわけでもなく自分で外した腕なんか見ても全然楽しくない。


「…………計算通り。…………フフフ」


はたして何を計算したのだろうか。




つつがなく時間を過ごし、昼飯を食べ終えてそこらの店を冷やかしながら歩いている。

たったそれだけなのだが、わりと注目の的となっているのは後方を歩くメイドのせいだ。

メイドなんてものは貴族の住む居住区以外では滅多にお目にかかれないものらしい。

男共の視線を釘付けにしている。

まあ、本人がそれを露ほども気にしていないので問題ない。

問題があったとしても俺に支障がないならば解決する気もないが……


適当に町を歩いていると人だかりが見えた。

その人だかりのせいで道が塞がれているため正直邪魔である。


「なんの騒ぎだ」


近くの野次馬に声をかける。

道端でなんか凄まじい芸でも魅せる芸人でもいるのか、はたまた超絶有名人でもいるのかわからないがはた迷惑だ。


「なんでもお貴族様が因縁つけて騒いでるらしい」


なるほどね。

馬鹿がこの先にいるのか。


「どけ」


人混みを掻き分けて先に進む。

野次馬根性?

そんなものではない。

迷惑な輩を排除したいだけだ。

プラス木を隠すなら森。人混みに紛れてラキナ達を撒く。


人混みが拓けたところに高そうな服を着た偉そうな金髪の男と護衛らしき屈強な男二人、さらに偉そうな男に頭を踏まれている汚れた服を着ている十代前半の少年がいた。

ちなみに周りにはラキナ達はいない。作戦成功ってやつだ。


「お前らが誰のおかげで暮らせているのかわかってないらしいな!」


偉そうな男は少年の頭をぐりぐりと踏み付ける。そのたびに少年の頭は地面にめり込んでいく。


「お前ら貴族が俺達になにをしてくれたんだよ」

「黙れ!薄汚い裏の住人の分際で僕に意見なんかすんじゃねえ!」


さらに強く踏み付けられて少年がみっともない呻き声をあげる。

……代わってほしいなあれ。無論踏み付ける側で。

それにしても裏の住人ね。町中で見つかったら殺されても仕方ない存在。見つかったのが運のツキってやつだ……ご愁傷様。


「だいたいどいつもこいつも無能のくせしやがって僕を見下しやがって!」


話がずれてんぞ。

それにしてもどこかはわからんが見下されてんのか?

まあ当然か、馬鹿にしかみえないからな。それにしても八つ当たりの様を呈してきたんじゃねーか?


「お前らも集まって見てるんじゃねーよ。クズ共がっ!」


そう言って馬鹿貴族(決定)は地面に唾を吐く。

俺なら踏み付けた少年もしくは集まってる奴に吐くのだが……中途半端め。


「な、なんと言うことじゃ……あんな男、貴族の面汚しじゃ!」

「…………ムカつく」


いつのまにか周りにはラキナ達がいた。

足を止めすぎたな。

それにしてもさっきの言葉にお姫様はご立腹らしい。ついでにオルトもだ(表情は変わんねえけど)

……なんかあの馬鹿貴族を殺しても許されそうな雰囲気だな。

他の野次馬共も馬鹿貴族に対する非難の目が強くなってる。

そんな雰囲気を微塵も気にせず馬鹿貴族は平民、はては貴族の批判までありとあらゆる暴言を吐く。

そうとう溜まってたんだな。

とゆーか少年関係なくなってきてるじゃん。


「キシワ=ゴミクズ。わらわが許す。あやつの蛮行を止めよ」

「命令される覚えがねえ」


いつからお前の部下になったんだよ。

とゆーか弱者を踏みにじるのは強者の特権だ。

形は違うが自分も同じようなことをしてるからこそ今まで何不自由なく暮らせていたことを理解してるのだろうか。

まあでも馬鹿貴族に好感を持っているかと言ったら皆無だ。

それにイキがってる奴をへこませるのは個人的に大好物なんだよな。

とゆーことで肉体的にはいつでも可能なので、今回は軽く精神的なものでもやっておくか。


「かーえーれっ!かーえーれっ!」


手拍子と共に帰れコールを発する。

ラキナはよくわからなそうにしていたのでとりあえず真似させた。

場は完全に馬鹿貴族に否定的だったため途端に辺りは大きな帰れコールに包まれる。

わけわからず参加してる奴もいるんだろうなぁ……


「な、なんだよ。これじゃ僕が悪者みたいじゃないか……」


少なくとも今は悪者だけどな。


「く、くそっ!帰るぞ」


馬鹿貴族は護衛を引き連れて退散する。

あれ?こっち来た。


「邪魔だ、このマヌケっ!」


馬鹿貴族は俺に向かって言い放ちやがった。

あらやだ。こいつ、殺しちゃってもいいのだろうか。

当然どきませんけど?


「どけって言ってんだろ!」

「どけと言われたのは今のが初めてだ」

「貴様!僕に口答えをするっていうのか!」

「え、何?何か言った?」

「馬鹿にしてるのか!」

「してる。よくわかったな」

「貴様〜!おいっ、こいつを痛め付けてやれ」


馬鹿貴族の指示により、あとをついていた護衛がゆっくりと俺に近づき、俺を殴ろうとする。

とりあえず銃を引き抜いてその拳を撃っておく。

一応の配慮として貫通したとしても周りに被弾しないように上向きに狙いをつけた。


「があぁっ……」

「ネル!よくもやってくれたな。おい、チャン!今度はお前がいけ」

「坊ちゃま……しかし」

「いいからいけ!」

「は、はい。りょうかぐわっ!」

「ちんたら喋ってんじゃねーよ。馬鹿共」


待ちきれなくて足撃っちゃったじゃん。

それにしても弱いな。

いや、前に戦ったのがハゲだから感覚がおかしくなってんのか……あいつ変態だけど強いしな。


「お、覚えてろっ!」


そう言い残して馬鹿貴族は俺がいるのとは逆方向へ駆け出す。

撃っても当てる自信はあるが、あの口ぶりからするともしかしたら報復にくるかもしれないから見逃してやる。

出来れば10人は揃えてもらいたいものだ。

つーかあいつ護衛置いていきやがった。


「病院には自分たちでいけ。あとお前らの主に伝えとけ。報復大歓迎ってな」

「ぐっ……覚えてろ」

「それはさっき馬鹿貴族が言った」


護衛二人は支え合いながら病院に向かっていく。手を貸そうとするものは今のところいない。


「お、おい。あんた大丈夫か?貴族に盾突いて……」


未だ大勢いた野次馬共の一人が俺にそう聞いてきた。


「問題ねーよ。くだらねえこと聞いてくるな」


お前にとったら他人事だろうが!

馴れ馴れしく声かけてくんなよな。

問題になるならなるで別に構わねーよ。


「な、なんかすいません……」

「謝るならそれなりの謝り方が……なんだよ?」


袖を引かれた感触がしたので見てみるとオルトだった。


「…………そこまでにして帰る」


そう言うと俺の袖を掴んだまま踵を返す。


「おおっ!わらわもやるのじゃ!」


ラキナも反対の袖を持って引っ張る。

どうでもいいが歩きにくい。

それにしても……これからがいいところだったのにな。



そのまま宿に帰った俺達の元へと宿の女店主が焦った感じで走り寄って来る。


「どうかしたのか?」

「どうもこうも、あんたのお仲間が仕事で怪我して病院に担ぎ込まれたらしいんだよ!」


……………


………



「ハゲの男か?」

「俺様はここにいるっ!あとハゲじゃないから」


なぜか背後(正確にはオルトの背後)からハゲが出現してくる。つーか反応したということは少なからずハゲだという自覚があるんじゃねーのか?

それにしてもオルトを尾行してやがったなこいつ。

ん?とゆーことは……


「病院に担ぎ込まれたのは女の子二人だよ」


へぇ〜……



これは怪我の完治した日の物語



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