王都への物語 [ブルーテ・リーラ編]
アーガイルを出立してから7日目、ゼロさんがいきなり倒れて目覚めてから1日が経ちました。
昨日は殊勝な態度を見せていたゼロさんも翌日には普段通りに偉そうに俺が手伝っても邪魔になるだけだから好きにさせてもらうなんて言ってました。
まあ、ジオレンさんの娘のベリーちゃんの面倒を見るようにお願いされて渋々引き受けていましたけど。
日中私はルアップくんと一緒に奥さんのプグレーさんのお手伝いとして売り子をしていました。
扱う商品は日用品や本など多岐にわたります。
ブルーテは人口1万5千人ほどの都市でアーガイルと王都の中間に位置することもあり、かなり活気があります。
事実、並べられた商品の売れ行きは好調であるといえました。
気分よくお手伝いを終え、今はルアップくんと一緒にゼロさん達が帰ってくるのを待っています。
ゼロさんがちょっとした爆弾を抱えてきていることを知らずに……
「……で、そちらはどなたなんですか?」
私の視線のさきにはゼロさんとそのゼロさんの腕に抱き着いている一人の女性がいます。
身長はゼロさんと同じくらいで肩ほどまで伸びたストレートの髪は赤みがかかったピンク色で、少し垂れ気味な薄いパープルの瞳は整った美貌と相まって彼女に優しげな印象を与えています。何よりゼロさんの腕を挟み込んでいる豊かということを通り越した二つの膨らみは見るものを圧倒します。私も決して小さい方ではありませんが、彼女と比べられるのは遠慮します。
ちなみにベリーちゃんがゼロさんにおぶられていますがそこは割愛いたします。
「こいつは……」
「お姉ちゃんはゼーちゃんのお姉ちゃんです〜!」
ゼーちゃん?
……とゆーかお姉さん!?
こんなところで謎だったゼロさんの素性の手がかりが…
「こいつの自称だ。」
「……自称?それはどういうことですの?」
「こいつとは血の繋がりがないことはおろか、今日が初対面だ。」
初対面!?
だったらどうして、その初対面の方と腕なんか組んじゃってるんですか!
そう声を大にして言いたいのを堪えたのはただ単にここで声を荒げてもみっともない気がするからという見栄です。
「へ、へえ〜。そのわりには腕なんか組んじゃって仲がよろしいんですのね?」
「これはこいつが勝手に
「運命の姉弟ですもの〜仲がいいのは当然よ〜。」
さらに抱き着く力を強めたのが端から見てもよくわかります。
ゼロさんも嫌がるそぶりくらいみせなさい!
「運命の姉弟は結構ですが、あいにくとこの町にはギルドの護衛依頼の途中で少ししか滞在しませんわ。ですからあまり仲良くしているとお別れするときが辛くなりますわよ。ですから早急に離れなさい!」
「こわ〜い。貴女そんな顔してるとあとでシワになっちゃうわよ〜。」
どんな顔してるか知りませんが余計なお世話です。
「それに〜、離れるなんてありえないわ〜。だってゼーちゃんとはこれからずっと一緒だもの〜」
「……どういうことですか?」
「せっかく出会った理想の弟と離れるなんてありえないでしょ〜?だから〜、お姉ちゃんはゼーちゃんについていくことにしました〜!」
何を言ってますのこの人…
ゼロさんに視線を移すと困ったように笑いながらどうにかしろと口パクで言ってきました。
どうにかしろということはどうにかして欲しいということ。
つまりはこの女性につきまとわれて困っているということですわね!
とりあえず交渉の席につかなければいけませんわね…
でもその前に
「話はあとにしてベリーちゃんを宿のベッドに連れていきましょう。それから座ってじっくりお話しましょう。」
そう言ってゼロさんたちを先導して歩きます。
いつまでもベリーちゃんをおぶっていてはゼロさんもお辛いでしょうし、もし交渉が難航してはベリーちゃんを起こしてしまいます。
場所は変わってゼロさんのお部屋です。
ベリーちゃんは私の部屋に寝かせました。
現在この部屋には私とゼロさん、そして問題の女性と何故かさっきから一言も喋っていないルアップくんがいます。
「なんでルアップくんがいるんですか。ベリーちゃんが寝ている部屋にいなさい。」
小声でルアップくんに言うと、ルアップくんは私と女性を交互に見比べました。
「いや、これが噂の修羅場ってやつだろ?ちょっと見てみたくて。」
別にそんな血生臭い場ではないのですが…
何より私とゼロさんは恋人関係にあるわけではありませんし。
……まあ、ゼロさんに好意を抱かれていることは否定しようもない事実ですが、
別に私はゼロさんのことをどうこう思っていません。
ゼロさんのことなんて…
「なんだ?」
「な、なんでもありませんわ!」
ゼロさんの顔を見ていたら目が合ってしまいました。
なぜか動悸が速くなってしまいます。
冷静になりなさい私。冷静に冷静に。
「コホンッ。まずは自己紹介をしましょうか。私の名前はリーラ=フラウン、冒険者でゼロさんとはパーティーを組んでいます。」
名前を言うと共にギルドカードを提示します。
「リーちゃんか〜。お姉ちゃんはシャルロット、シャルって呼んでね〜」
そう言って彼女もまた、ギルドカードをこちらに見せてきました。
そこには彼女の名前であるシャルロット=ルセフォンという文字の他に彼女のランクが記載されています。
記載されていたのはCランクという文字。
私の一つ上です。
ランクがすぐにあがるのはEランクまでで、そこからはランクがあがるのは難しくなっていきます。
Bランク以上は超一流と言われる世界、つまりシャルロットさんのCランクはいわば一流の証みたいなものです。
リーちゃん呼ばわりは驚きましたが、それ以上にこのことに驚いたこともあり呼び方についてはスルーしてしまいました。
「へぇー、シャル姉ちゃんって結構すげー冒険者なんだね。」
私が考えている間に同じようにギルドカードを見たルアップくんが感心した様子でシャルロットさんに話かけます。
しかし、対するシャルロットさんはなぜか今まで浮かべていた優しげな雰囲気が失せ、無感情な顔でルアップくんを見つめています。
「…えっと、シャル姉ちゃん?」
「それです〜!」
「うぇっ!?」
「そのシャル姉ちゃんってやめてください〜!お姉ちゃんはゼーちゃん以外に弟も妹もいないので〜、君に姉ちゃんなんて呼ばれる筋合いはありません〜!」
「う、じゃあなんてよべばいーの?」
「シャルちゃん、もしくはシャルさんでお願いします〜」
「んじゃあシャルさんで…すごいんだね?」
「そんなことありませんよ〜。」
あまりのことに開いた口が閉まりません。
子供相手に何言ってるんですかこの人?
実はすごい人って思ってすぐに印象は覆りました。
変な人…
これでこの人の印象は確定です。
「そ、それはそうとシャルロットさんはゼロさんについていくと言っていましたがどういうおつもりですの?」
「どういうつもりって一緒に王都に行くってことよ〜。」
「一緒にって…一応私たちは依頼の途中ですのよ。」
「問題ないわ〜。お姉ちゃんも依頼のお手伝いするし〜。報酬ももちろんいらない〜。あっ、二人ってパーティー登録してるのよね〜。空きがあったらお姉ちゃんも入れて〜。」
そうきましたか…
確かに戦力が増えることは歓迎するべきことです。
また、ギルドの規則では依頼を受けた時点で関与していない場合はどんな場合でも報酬を受け取ることはできません。
でも、あとあとから助力したからといって報酬を要求してくるかたもざらにいらっしゃいます。
それを最初からいらないと明言しているのですから面倒な諍いが起きることはないでしょう。
……でも、なぜでしょう。
なんか腹がたちます。
とゆーか……
「いい加減離れなさい!」
なんでまだ腕を組んでますの?
「姉弟だし、普通でしょ〜?」
「血は繋がってませんでしょ!?」
「小さな問題よ〜。前世では姉弟だっただろうし〜。」
「前世はどうでも、現世は違います!」
「も〜、なんで貴女がムキになるの〜?」
「なってません!」
なんで私がムキにならなければならないんですか!
「…………修羅場だ。」
「違いますっ!」
ルアップくんは何を言ってるんですか。
「ふ〜、これがモテる男は辛いというやつか…」
イラッ!
この人何言ってますの?
思考がお気楽すぎます。
誰のせいでこうなっていると…
とゆーか別に私はあなたのことが好きなわけじゃありません!
殺意を込めてゼロさんを睨みつけてやります。
「……冗談だ。場を和ませようと思ってな。」
「時と場所を選びなさい!」
まったく、何を考えているのやら…
ん?そういえばゼロさんがどう思っているのか聞いてませんでしたわね。
「ゼロさんはシャルロットさんのことをどうするべきだと思いますか?」
「あん?そうだな…変な奴ではあるが、嫌いではないかな。抱き着かれんのも慣れたしな。だけどどうするかはお前に任せる。」
「任せるって、ゼロさんはどうしたいんですか?」
「どうでもいい。お前が一緒でも問題ないというなら連れていけばいいし、お前が嫌なら意地でもこいつから逃げる。」
「逃がしません〜」
「黙れ。……どうするかはリーラ次第だ。」
なんか責任重大ですわ。
とゆーか何故か場の空気が受け入れる雰囲気になってませんか?
……とりあえずは一人で考えたいですわね。
「少し部屋で考えますわ。」
そう告げてゼロさんの部屋から出ました。
自分の部屋に戻って椅子に座って考えるのはシャルロットさんのこと。
彼女の印象は
第一に変な人。
あれが演技という可能性もあります。でも、多分あれは本気で言ってますわね。ルアップくんに言うときの目が本気でしたもの。
第二に綺麗な人。
あのゼロさんがデレデレしてましたもの。
気のせいか、なんだかイライラする気が…
第三に強い。
あの時は少し冷静じゃありませんでしたが、今思えば動きが洗練されていましたわ。
ゼロさんに抱き着いていながらもあれなら相当な実力者かもしれません。
……でも
「なーんかシャルロットさんが気に入らないんですのよね…」
「それは嫉妬ね。」
私のつぶやきに答える声。
その声の方を見るとベッドの上にベリーちゃんが座っています。
そういえばここに寝かせてましたわね。
「……何のことですの?」
「だからぁ、リーラお姉ちゃんはシャルちゃんに嫉妬してるんでしょ?」
「なんで私がシャルロットさんに嫉妬しなくてはいけませんの!」
「だって、シャルちゃんゼロお兄ちゃんに対して積極的だし。」
「そ、それでなんで私が嫉妬を…って嫉妬なんてしてませんわ!」
「そういうことにしとく。」
子供とは思えない悪い笑み。
この娘、ろくな大人にならないんじゃ…
「あのね、シャルちゃんは悪い人じゃないよ?だってベリーと一緒に遊んでくれたし、優しかったよ?」
何となくわかります。
「まあ、リーラお姉ちゃんにしたらライバルが増えて気が気じゃないだろうけど」
「そんなことありません。」
「え〜、だってゼロお兄ちゃんが倒れたとき
「その話はやめてください!」
あんなにうろたえるとは自分でも思いませんでした。
今思うと恥ずかしい限りです。
まあ、理性を総動員させてなんとかジオレンさんの依頼の続行はできましたが…
引き返すというジオレンさんの提案に飛びつきそうになりましたが完全に違約金コースでしたし。
一応診た限り眠っているだけでしたから。……寝過ぎでしたけど。
ともかくシャルロットさんをどうするか。
とは言ってもベリーちゃんとの話でだいたい決めましたわ。
「私、シャルロットさんを仲間に入れようかと思います。」
彼女がパーティーに入ればパーティーランクはD。私としてもゼロさんにとってもプラスになります。
「そっか、ベリーは嬉しいけど、リーラお姉ちゃんは大変だね。」
「別に大変ではありません。」
「だって、ゼロお兄ちゃんとられちゃうよ?」
「だからどうだというんですか?」
ホントにどうしたというのか?
ゼロさんがシャルロットさんとどうなろうと関係ありません。
……ないんです。
とりあえずは明日、シャルロットさんを仲間に入れることを皆さんに説明しなければなりませんわね。
今日はベリーちゃんが悪い大人にならないように言い含めることにしましょう。
まだ陽が沈んでそんなに経ってはいませんがゼロさんたちに会う気はなぜかありませんでした。
その日はそのままベリーちゃんと過ごしました。途中食事を持ってきてくださったプグレーさんも交えて女だけの語らい。
次の日、シャルロットさんを仲間にすることを告げました。
少し痛んだ胸を無視しながら…
これはそんな王都への物語の一幕
前回と少し異なる描写が…
理由はそのうちに……
次は王都へ到着します。