↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

夏の日

作者: ナマコの墓
掲載日:2026/10/24

幼い頃。七月から八月にかけての夏休み。私は毎日欠かさず森に行った。

きっかけは覚えていないが、理由は鮮明に覚えている。


──彼に会いたい。


当時小学一年生の私。彼は中学二年生くらいだったと思う。

優しい笑顔。そしてタレ目で穏やかな雰囲気。何よりも、その時の私からしたらヒーローにしか聞こえない、声変わりをした落ち着いている低めの声。


くだらない話をするのも、虫取りをするところを見てくれるのも、服を褒めてもらうのも、全部「お兄さん」がよかった。


だけど、私が小学三年生になった頃。お兄さんは私と会ってくれなくなった。森に行っても、森に入って「お兄さん」と呼んでも。低くて甘い「どうしたの?」が聞こえなかった。それが堪らなく悲しくて、寂しかった。今思えば私の感情は単純だった。


──そんな私も大学三年生になりました。


あの時からの友達と久しぶりに会った。私は高校卒業後すぐに上京したので、三年ぶりだ。


「久しぶり。元気だった?」


元気少年だった彼も、落ち着いていて、声も低くなっていて、でも少し面影があって。でも大人っぽかった。あんなに声が高かったのに。あんなに小さかったのに。今では身長は抜かされているし、余裕があるところもなんだか負けた気分になるほど、垢抜けていた。


「元気だよ。そっちは?地方の大学行ってるんでしょ?」


少し驚いたように私を見た。その後すぐに嬉しそうに笑って、


「あれ、知ってたんだ。…そう、地方の大学に行ってる。家からも近くて帰りやすいんだよね。」


「そうなんだ…。じゃあ、なんで今日は東京に?」


暗い話をするつもりはなかったのか、少し気まずそうに、


「あー…。従兄弟の兄貴の墓参り。東京に住んでて、そこで起きた事故で死んじゃって。あんまり記憶ないけどさ、優しかったのは覚えてる。」


「…へえ…。…あ、ごめん、嫌なこと聞いたね。」


「全然。気になるよな、そりゃ。」


あの時と同じような砕けた口調に戻ってきていた。久しぶりに会うから、と少し身構えさせてしまったのかもしれない。


「いや…、ごめん。うん。」


どうにかこの雰囲気を変えようと思って、私は彼に


「その…従兄弟のお兄さんってどんな人?」


彼は少し懐かしそうな顔をして考え始めた。


「めちゃくちゃ爽やかで優しい…紳士、かな。」


「完璧じゃん。」


「それな。マジ完璧だった。

顔も結構良かったし。……あ、写真見る?」


「…いいなら…見たい。」


純粋な好奇心だった。

亡くなってしまった人だけど、彼がここまで言うことはあまりないので気になってしまった。


「ほら。イケメンっしょ。」


少し誇らしそうに彼が見せてきた写真に写っていたのは。紛れもなく、


──「お兄さん」だった。


「……え。」


固まる私を見て、少し心配そうに、


「なに、どしたの?」


「ううん、なんでもない。すごい、…カッコいいから。」


「………だろ。」


「なに、その間。」


「なんでもねえよ。」


あの時に戻ったような気がした。

「お兄さん」の写真も含めて。


─


彼が見せてくれた写真。

そこにはお兄さんがいた。だけど、それは彼が三歳ごろの写真。小学一年生の時に会ったはずなのに。実際その年齢だったのは私が三歳のころ?


頭がおかしくなりそうだ。


…幽霊?いやいやいや、初恋の人が幽霊、だなんて。そんなアニメみたいなことが起きるわけがない。………でも、実際に起きている。


─


それから。彼はよく東京に来るようになった。その度にご飯に誘ってくれたり、カラオケに誘ってくれたり。私とも仲良くしてくれた。


そんな彼が今日。


「いきなりごめん。」


いつになく真剣で、その瞳の奥は熱帯びていた。


「俺と付き合って。」


正直、彼のことは全く好きじゃない。

私はお兄さん以外を恋愛対象で見たことがない。…そんなお兄さんは幽霊だった。で、その従兄弟に今告白されてる。


答えは一つだ。


「うん、いいよ。」


今考えてみた。従兄弟ということは、微かにお兄さんの血が彼には流れている。彼と付き合って、結婚して、子供を産めば。彼の遺伝子がほんの僅かに摘出されるのではないか。


──きっと、そうだ。そうに違いない。


涙目で私を抱きしめる彼の背中を私も抱きしめ返した。


お兄さん。あなたにはもう会えないから。


私は、あなたに近い存在で満足するよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。