愛を奪う呪いを受けたので、物理的距離をとるため隣国へ逃げます
私は気付いた。
全ては彼女と出会ってからだと。
当たり前のようにあった家族の愛情が無くなり、
当たり前のようにいた婚約者が私に解消を申し出た。
当たり前のようにあった私を褒める言葉がなくなって
当たり前のようにいてくれた友人達がいなくなった。
私はどんどん自分に自信がなくなり、
人と会話することが怖くなった。
私はベルモット伯爵家の一人娘として生まれた。
上には兄がいて、愛情深い侯爵家の嫡男であるエドモンド様という素敵な婚約者がいた。
両親は貴族らしい考え方の人達だが、私や兄を深い愛情をもって育ててくれていたと思う。
15歳になった時、デビュタントの夜会で出会ったのが彼女だった。
それまでは蝶よ花よとその容姿を褒められて育ったある意味自信に満ちた少女だった私は
その日出会った侯爵令嬢の彼女に見惚れた。
ずっと可愛いと言われて育った。
自分でも可愛いと思っていた。
だって鏡に映る自分はいつだって侍女たちに磨かれた陶器のようなシミのない白い滑らかな肌をしていて、昔から女性に人気があったと言われる父に似た綺麗なセルリアンブルーの瞳をしていて、母と同じはちみつ色の真っ直ぐで艶やかな髪をしていた。
大きな瞳を彩る睫毛は長くて、少し小さな口元は上品だったし、いつだって明るい私を慕ってくれる友人達もたくさんいたから。
私が話すとみんな楽しそうに笑顔になったし、兄は少し心配性なくらい私を可愛がってくれていた。
伯爵家の中では比較的裕福な方かな、と言われるくらいの家だったけれど、
それでも何不自由なく生きてきて、自分自身も人に優しく、努力を怠ることなく勉強も淑女教育も熱心に学んできたつもりだった。
「初めまして。私はエロイーズ。アフロディナ侯爵家の者よ。貴女の名前を教えて下さる?」
輝くような笑顔。
蠱惑的な大きな金色の瞳。
真っ白な雪のような肌。
小柄なのに女性らしい体つきに、幾重にも重ねられた白いチュールが彼女を妖精のように魅せていた。
動くたびに揺れる柔らかな薄い金茶色の髪に、大きな金色の瞳は全てを見通すような神秘的な色で、少し垂れた眦が愛嬌を出していた。
エスコートをしてくれていた婚約者のエドモンド様が呼吸を止めて魅入ったことがわかった。
私も彼女に見惚れて声を失ってしまったから。
我に返った後、私は慌てて挨拶を返す。
「は、初めまして…。私はミレイユ・ベルモットです。」
「私はロシュホール侯爵家のエドモンドです。初めましてエロイーズ嬢。」
「まぁ、素敵な方ね。ミレイユ様の婚約者かしら?私にはまだ婚約者はいないの。羨ましいわ。」
彼女の言葉にも、ニッコリと笑った笑顔も素直さやあどけなさが現れていて、私は好感を持った。
「実は体が弱くて社交界は初めてなの。今日は父のエスコートで参加させて頂いたのだけれど、婚約者にエスコートされるなんて夢みたいね。ミレイユ様は幸せ者ね。良かったら私の初めてのお友達になって下さらない?」
アフロディナ侯爵家は古い歴史ある家柄だ。
その令嬢と友人になれるなら、きっと両親も喜ぶだろうとミレイユは思った。
それにこんなに可愛らしい令嬢、見たことない。
もちろんですと答えたあの時の自分を今は後悔している。
その後、ミレイユが子供の頃から仲良くしていた友人達を紹介してあげると、彼女はミレイユに感謝して喜んでくれた。
「友人が沢山増えて嬉しい!ミレイユとお友達になれて良かった。」
そういって可愛い笑顔を見せてくれた。
思えば最初に出会ったデビュタントの時からだ。
まず婚約者のエドモンド様が私との時間を作ってくれなくなった。
嫡男としての執務や勉強が忙しいからと言って、約束を頻繁に破るようになった。
ミレイユもいつか侯爵夫人となれるようにと勉学に励んでいたが、それにしたってこれほど長く会えないのはおかしいと、避けられていると感じるようになった。
久しぶりに会った時も、時間ばかり気にしてエドモンド様はすぐに帰ってしまう。
誕生日の贈り物はかろうじて贈って頂いていたが、今までは何が欲しいか聞いてくれたり、ミレイユの好みに沿ったものを選んでくれていたのに、誰が選んだのだろうと思うような当たり障りのないものしか贈られなくなった。
ミレイユが17歳の誕生日を過ぎた数か月後、ロシュホール侯爵家から正式に婚約解消の話が来た。
その頃にはミレイユは自身が彼に避けられていることには気づいていたし、両親は私をいないもののように扱うようになっていた。
婚約の解消は驚くほど容易に手続きが進み、しばらくすると、エドモンド様とエロイーズが婚約したと両親から聞かされた。
彼がエロイーズに見惚れた瞬間を見ていた私には、やはりそうなったかという感想しか無かった。
両親の態度が変わったのも、ミレイユが頻繁に我が家に遊びに来るようになってからだ。
彼女はいつも珍しいお土産を持参して会いに来た。
彼女の話は楽しくて、どんな会話をしていても気がつけばいつも話をするのは彼女で、私の話はいつの間にか彼女の話に変わっていた。
それが不自然に思わないほど、明るく話す彼女の笑顔や声に惹きつけられた。
その場に兄や両親が参加することもしばしばで、彼女はすぐに我が家に溶け込んだのだ。
もちろん、我が家で働く侍女や侍従たちにも彼女は好かれていた。
明るく妖精のように可愛い彼女は愛されていて、次はいつ遊びに来られるのかしらと、両親や兄は楽しみにするほどだった。
なぜか彼女が来るようになってから、両親や兄は私の話を聞いてくれなくなった。
「お前の話はつまらない。エロイーズ嬢のように人を楽しませる努力をしなさい。」
「貴女が彼女のように可愛ければ良かったのに…。」
「彼女が妹だったらもっと可愛がっただろうに…。」
違和感は少しづつ積み重なる。
友人の茶会に呼ばれなくなったのだ。
代わりにエロイーズは頻繁にお茶会に呼ばれているようだった。
ただ、エロイーズが主催する侯爵家の茶会には、ミレイユも呼んでもらえた。
お礼を伝えると屈託なく笑って答えてくれた。
「親友を招待するのは当たり前だわ。今日は楽しんでね。」
そう言って他の友人達と楽しそうに話すエロイーズはいつだって中心にいて、誰からも笑顔を向けられていた。
あの場所にはいつも私がいた…。
幼馴染で親友だった子爵令嬢のリラは、エロイーズとお揃いの髪飾りをつけているし、いつか結婚して侯爵夫人になっても一緒に本の感想を言い合ってねと言っていた本好き友達のシルフィーは、エロイーズにお気に入りのしおりをプレゼントした。
ミレイユはその場では場違いなほど一人ぼっちだった。
時間だけが長く冷たく過ぎていく。
いつもならスラスラ口をついて出てきた言葉が、つまらないのでは…。人を不快にさせているのでは…。そんな不安が心を占めてしまってどんどん話すことも怖くなっていった。
エドモンド様との婚約もなくなり、家族が離れていき一人の時間が多くなると、ミレイユは時間を持て余すようになった。
次第にエロイーズがミレイユと過ごす時間も減ってしまって、仕方なく気分転換にと王立図書館に籠るようになった。
いろんな本を読んで現実逃避し、呼ばれなくなった茶会の代わりに、教会への慈善活動に時間を使ったり、諸外国の歴史や言葉を学ぶようになった。
ある日図書館でたまたま手に取った外国の古い魔術の本に、気になる一文を見つけた。
心奪呪術
古代魔術の一つで、誰か特定の人間へ向かう好意や愛情を奪う呪い
魅了の魔法とは全く異なるもので、それは呪いである。
北方の少数民族に伝わる呪術で、今はその民族は滅び去ったと記載がある。
はるか昔に異国でその呪いを誰からも愛される王太子の婚約者にかけてその座を奪い、王妃に上り詰めた女がいたとか。しかし、奪われた令嬢が政略で遠く離れた異国へ嫁いだ後、その女へ向けられた圧倒的な好意は失われ、恐ろしい呪い返しが起き、その呪術が白日の下にさらされ処刑されたという歴史があるようだ。
思えば私が家族の愛情を失ったのは彼女に会ってから。
婚約者の好意が消えたのは彼女に会ったあの夜会から。
友人達が私から離れて行ったのも、子供の頃から私に仕えてくれていた侍女や侍従たちから冷たい目を向けられるようになったのも彼女に会った時から…。
でも、この呪術を使える民族は滅んだと記載がある。
エロイーズが呪術を使っているなんて、そんなことがあるのだろうか?でも、それまでは当たり前のようにあった愛情や好意が消えて一人ぼっちになってしまっている今、藁にでも縋りたい気持ちで一杯だった。
奪われた者と奪う者の物理的な距離が出来ると、その呪いの効果は無くなるとある。
皆に嫌われて人が離れていく中、エロイーズだけは私を傍に置いてくれた。
私はずっと感謝していた。
皆に嫌われている私に唯一優しくしてくれる彼女だけは、大切にしようと…。
でもそれが、呪いの継続の為だったら…?
北方民族は皆金色の瞳をしていたと記載がある。
この国では珍しい金色の瞳。
彼女の母親はアフロディナ侯爵の愛人だったそうだ。
侯爵は愛人に傾倒し、正妻を邪険にしていたとも聞く。そのうち、正妻は不幸にも病気で亡くなり、なぜか唐突に、侯爵は正妻への態度を懺悔し、愛人を捨て、侯爵と愛人との間に生まれた娘だけを引き取ったと聞いた。
エロイーズは侯爵の庶子なのだ。
正妻との間には嫡男がいるため、エロイーズは家を継ぐことのできる婚約者を探していた。
あのデビュタントの夜会に参加した中で、ミレイユの婚約者だったエドモンド様が一番家格の高い嫡男だった。
彼を奪うために…?
彼女に会うまでは、彼も、彼の両親も確かに私を大切にしてくれていた…。
その考えが浮かんだ瞬間、ゾッとした。
物理的な距離を取るか、呪われた本人が死ぬ以外、この呪いが解ける方法はない。
離れたところで、本当に呪術のせいなのかどうかはわからない。
ただただ私が皆に嫌われたというだけかもしれない…。
でも、私は…彼女と離れたい。
今迄確かに何かしら奪われているような感覚がずっとしていた。
幸せを吸い取る能力があるのかしらと思ったことがあるほど、彼女の生活は私が失っていくのと反比例して幸せに満ちてキラキラと輝いていった。
離れよう。
ミレイユは決意した。
私は、このまま一人ぼっちで生きていきたくない。
今迄の努力も、確かにあったはずの自信も、こんな風に失いたくない。
彼女から逃げる。
方法を考えなければ…。
そんな時、隣国から使節団がこの国に来訪した。
隣国は強い魔力を持つ者が多く、その力が互いに反発しあうせいで子供が授かりにくいという問題がある。
強国である隣国との和平状態を継続するため、定期的に魔力の少ない我が国から結婚相手を紹介していた。
今回探しているのが、隣国の大貴族、魔力が強いエルネストリア公爵家嫡男のレオンハルト様の婚約者という事で、伯爵家以上で隣国の言葉が流暢な令嬢を紹介するように要請された。
ミレイユはこれだと思った。
幸い勉強は続けていたし、時間があったため隣国を含む諸外国の言葉は、数か国語が話せる。
すぐさま、両親にお願いして立候補した。
彼らは私に露ほどの興味もなくなっていた為、すんなりと願いは聞き入れられ早々に釣り書きと肖像画が隣国の公爵家へ送られた。
幸運にもレオンハルト様に気に入って頂けたようで、ミレイユは選ばれ、希望通りにすぐさま隣国への輿入れが決まった。
ミレイユはエロイーズにはこのことを黙っていた。
万が一でも引き止められて離れられなくなることを恐れたからだ。
エドモンド様と彼女が婚約したせいで私が隣国へ行くことになったと、気を遣わせて悲しい思いをさせたくないから、エロイーズには黙っていて欲しいと伝えると、家族はみんな揃って口を閉ざしてくれた。
彼女のためならみんな聞いてくれるのだ。
伯爵家から出て行くとき、両親も兄も儀礼的な挨拶のみでそっけない別れだった。
仲の良かった侍女や侍従たちも、とりあえずと言った挨拶のみで、こんなにあっけなく実家から出て行くのだとむなしい気持ちにはなったが、とにかくエロイーズと離れることが最優先事項だと、ミレイユは出発した。
隣国へ到着したのは馬車を走らせてひと月後。
国境にはレオンハルト様本人が迎えに来てくださっていた。
魔術師としても騎士としても優秀なレオンハルト様は、エドモンド様よりもずっと背が高くたくましい。真っ黒の髪にグレーの瞳をした彼は、驚くほどの精悍な美丈夫だった。
一目見て心臓が煩くなるほど、素敵な方で、本当に私でいいのかと不安になる。
誰からも嫌われてここに来るしか居場所がなかった私だ。
「ずっと貴女にお会いできる日を楽しみにしておりました。本物の今の貴女は肖像画よりずっと…眩しいほど美しい…!」
キラキラと熱の籠った瞳で称賛され、久しぶりに褒められたことでミレイユは泣きそうになってしまった。
「っ…、ありがとうございます。エルネストリア公爵令息様はとても素敵です…本当に私などで良いのか…。」
「貴女が良いのです。実は私は六年前、貴女をお見掛けしたことがあるのです。当時は知見を広げるため、何か国かを巡る旅をしておりました。その時から貴女は熱心に慈善活動をされていて、偶然立ち寄った教会に併設された孤児院で、貴女は小さな子供たちに本を読んでいました。質問に一つ一つ丁寧に答えながら明るく笑う貴女が…とても可愛くて眩しくて。すぐにどこの令嬢か調べました。しかしその当時、貴女には婚約者がいたので…。辛くも諦めて国に帰ったのです。あれから時が過ぎても忘れられませんでした。ですからあなたの釣り書きが送られてきた時は夢かと思いました。そして肖像画を見てこれほど美しい貴女が奇跡的に婚約者がいないことに神に感謝しました。どうしても貴女が良いのです。」
国境で馬車を乗り換え、レオンハルト様と同じ馬車で公爵家へ移動する。
移動中に話をする中で、レオンハルト様とミレイユには共通点が多くあることに気付いた。
二人とも本が好きで、特に好きな作家も同じ。
好きな色や観劇も同じ、そして何より、レオンハルト様は君と話すのは楽しいと嬉しそうに笑って下さった。
あぁ…ようやく居場所を見つけた…。
ミレイユは彼女から離れて、ようやく呪縛から解き放たれたのだと思った。
レオンハルト様との結婚生活は夢のように幸せだった。魔力の強い者は比例して愛情も大きいそうで、彼からの溢れんばかりの愛情を受けて日に日にミレイユは自分らしさを取り戻していった。
生来の明るさや聡明さ、快活さを取り戻し、彼の両親や公爵家で働く者達からも愛されとても大事にされている。
逃げて良かった…。
ミレイユは幸せを噛みしめながらあの時の英断を誇った。
一方その頃ベルモット伯爵家では…
「どうして…どうして私は愛する娘にあれほど酷い態度を…!!なぜ、簡単に会いに行くことも出来ない隣国へ行かせてしまったのだ!!」
娘を隣国へやってから半月もすると、酷い喪失感を覚え始めた。
そんなはずはないと思いながら日々を過ごしていても喪失感は増すばかり。
そして娘が無事に隣国へ到着したと連絡を受けた時には、自分自身の今迄の娘への態度に吐き気がした。
「私も…私も可愛い娘になぜあんなに酷いことを言ってしまったの…。あれほど目に入れても痛くないほど可愛がっていた娘を…どうして…。」
泣き崩れる母に寄り添うように、ミレイユの兄は怒りに満ちた顔をしている。
「すべてはあの侯爵家の庶子が我が家に来てからだ!あの女がミレイユの婚約者を奪い、居場所を奪ったのだ!僕はどうかしていた…。可愛い妹をたった一人で隣国へやってしまった…。」
諦めた様に静かに頭を下げ最後の挨拶をしたミレイユの姿が目に焼き付いている。
いつだって明るくて優しくて家族思いな自慢の可愛い妹。
皆に愛されても驕ることなく、常に努力を怠ることのなかった美しい妹を、この屋敷の皆が愛していたはずなのに…!
そしてミレイユの友人達もまた…
「魔法にかかっていたようだわ…。なぜ私はあれほどエロイーズ様に傾倒していたのかしら…。もともと彼女に向けていた気持ちは大切な友人のミレイユへ感じていたものだったのに…。優しくて友達思いの彼女に…酷いことをしてしまった…。」
「私もよ…。ねぇ、何かおかしくない?ミレイユがいなくなって急にこんな風に目が覚めるなんて…。本当に魔法でもかけられていたのでは…?」
「恥を忍んで伯爵へ話してみましょう。もしかして何か調べて下さるかも…。」
「なぜ私はミレイユとの婚約を解消してしまったんだ!!私はミレイユを愛していたのに…。彼女の艶やかなはちみつ色の髪も、透き通った湖のような瞳も、愛らしい笑顔も、侯爵家の夫人として恥ずかしくないようにと努力する真面目でいじらしい所も…全てを愛していたのに…。なぜ…私は…。」
初めて出会ったのはミレイユが10歳の時だ。はちみつのような艶のあるサラサラの髪を揺らして可愛くはにかんだ笑顔を向けて挨拶をしてくれた。あの一瞬で恋に落ちた。
どんな大変な勉強も諦めずに取り組む真面目なところも、いつかエドモント様を支えられるように、異国語も話せるようになるんだと言って諸外国の文化や言語も学んでくれていた。
優しくて美しい自慢の婚約者。
エドモンドは目の前で戸惑ったように自分を見つめる金色の瞳を睨むように見つめた。
アフロディナ侯爵家の庶子、エロイーズ。
確かに初めて夜会で見た時は妖精のように可愛らしい令嬢だと思った。
そして夜会が終わるころには彼女のことしか考えられなくなっていたのだ。
愛人だった母親は平民の女性。
貴族としての勉強も足りていない上、いっこうに侯爵夫人として学ぶ様子がなく、高価な贈り物を強請ってくるだけ。
それなのに、ただただ愛おしい、エロイーズでない女性を妻にすることなど考えられないとまで思っていたのだ…。ミレイユが隣国に嫁いだと聞かされるまでは…!!
「そんな…。エ、エドモンド様、私の事を愛してるって…私のような美しい人を見たことがないって…。一緒にいると楽しくて幸せだって言ってくれたじゃないですか!」
「…そうだ…、なぜかミレイユに感じていた気持ちを君に感じるように…そう捻じ曲げられていた…。今考えると不自然なほどだ。あれほど愛おしく思っていたミレイユとの時間を苦痛に感じるようになるなんて…君に会ってからだ。何か魅了でも私にかけていたのではあるまいな!?」
エドモンドの言葉に子供の時から我が娘のように可愛がっていたミレイユとの婚約破棄を嬉々として了承したエドモンドの両親も険しい顔をエロイーズに向けている。
ミレイユの実家の伯爵家や友人達、そしてロシュホール侯爵家からの訴えで動いた調査隊は、過去にアフロディナ侯爵自身が愛人、つまりエロイーズの母親の心奪呪術のせいで正妻を虐げ、彼女への愛情を奪われて愛人を愛したこと、そしてその能力を引き継いだエロイーズがミレイユへの愛情を奪う呪いをかけていたことが発覚した。
滅んだと思われていたその北方民族は散り散りなって今もどこかで暮らしているようだ。
彼らが使う、心奪の呪いは生涯でたった一人、一度しか使えない呪いだそうだ。
呪いの発動条件は相手の目を見つめながら、自分が決めた言葉に対して了承させること。エロイーズの場合は『初めての友達になって』という言葉。
その言葉に了承したミレイユは呪われたのだ。
すぐに王宮から呪術に詳しい解術師が呼ばれ、エロイーズがミレイユにかけた呪いは物理的な距離が出来たことにより、ほとんど機能していなかったが、万が一国にミレイユが戻った時に同じことにならないよう、完全に解術された。しかし、想像以上にミレイユは大勢の人々に好意を向けられていたようで、数多の人を混乱させた罰として彼女は牢へ入れられた。彼女の父である侯爵は自身に起きていた事実を今更ながらに知って、激怒し、エロイーズを侯爵家から除籍した。
「私は目に見えない好意を奪っただけ!!誰もそれを証明出来ないわ!何かを盗んだわけじゃない!!みんなが勝手に私を愛しただけよ!私に罪は無いわ!!」
彼女はしばらくの間牢で叫び続け、そのうち衰弱して言葉を話すこともなくなったそうだ。呪術を使う北方民族はまだまだ謎が多く、外に出す事は危険だとして彼女は生涯幽閉された。愛らしかった容姿も、解術した後は老婆のような見た目になったそうだ。呪術は呪い。呪いは解術されると大きな呪い返しが来るのだ。エロイーズの母親も行方不明だと聞いている。しかし長年アフロディテ侯爵の正妻から奪い続けた報いが、正妻の死を契機にとてつもない呪い返しを受けただろう。
ミレイユは家族や友人達、そしてエドモンドからの謝罪と後悔の詰まった手紙を読み、そしてエロイーズのその後の事を知った。
心奪の呪術なんてなくても、彼女はとても美しくて可愛かったし、話していても明るく楽しかったように思う。そのままの彼女で十分に幸せな人生を歩めたはずだ。
なぜそれほどまで私の立場を欲しがったのだろう。
いえ、きっと自分の身に過ぎた能力があれば使いたくなるのが人というもの。
きっと彼女には私が羨ましく眩しく見えたのだろう…。奪いたくなるくらいには…。
やわらかい風が吹いて、ミレイユのはちみつ色の美しい髪が揺れた。
「ミレイユ。風が出てきた。中に入ろう。風邪を引く。」
温かいストールでミレイユを包んで、フワリと抱き上げる逞しいレオンハルトに、甘やかさないで、と笑う。
溢れるほどの愛情を与えてくれる完璧な旦那様とその両親、そして生まれた我が子たちに囲まれながらミレイユは自分の居場所を取り戻したのだと喜んだ。
そしてミレイユは本来の明るさで周囲の人々に愛され生涯を幸せに過ごしたのだった。




