不安な目覚め
――正和時代初期、その真夏の夜。
目を覚ますまで夢の端々にまで届いていたのは夏の夜の虫や、周囲の田んぼで大合唱をしている蛙たちの声だったというのに、
――……?
いつからだろう。
遠くの空から聞こえひびいてくる、振動音。
何に似ているのだろうと咄嗟に思えば、車に乗ったときに伝わるエンジン音や振動を想像するが、夢のなかに侵入してくるそれらは車とは比べものにならない重々しくて不気味。
ごぉおおおお……と身体の奥底にまでひびくのは、経験のない物音だ。
――何だろう。
同時に聞こえるのは、不規則だが連続で夜空に咲く打ち上げ花火の音のようにも聞こえるが、こんな真夜中に咲くにぎやかな祭りなどあっただろうか。
いや、そもそも花火の華やかさには到底およばない不可思議な音。
むしろ激しい落雷よりも恐ろしく聞こえる異質があり、まるで何かが幾度も幾度も凄まじい爆発を起こしているようなそんな音のようにも聞こえる。
何よりいちばん強く疑問に思えたのが、それらの音につられて膨れあがる大人たちの動揺や、何か心底怖いものでも見たように叫ぶ悲鳴。
女の声でそれを聞いたことはあるが、男の声でそれを聞いたことは一度もない。
父や伯父叔父、祖父をはじめとする大人の男は悲鳴などあげぬものだと思っていただけに、彼らの悲鳴が聞こえるのはおかしいと思う以上に何やら怖い。
それがどちらも酷く怯えた悲鳴をあげているように聞こえるから、なおのこと怖い。
どうしてそのようなものが、この真夜中に聞こえてくるのだろう。
その音や振動、騒ぎのせいで草むらや田んぼから聞こえていた虫や蛙たちの声がひとつ、またひとつと聞こえなくなっていく。
――……どうしてだろう?
せっかくみんなで楽しく遊んでいた夢が、虫や蛙たちの声が聞こえなくなる速度とおなじように霞み、遠くへと薄れていってしまう。
――ああ……どうして?
このままでは楽しい夢から目が覚めてしまうではないか。
■ ■
「……」
そうやって夜の眠りを邪魔されて、しかたなしにぼんやりと目を開ける。
蚊帳のなかはいつも通りの夏の夜の色をしていたが、何気なく首を動かし、目を動かして縁側のほうを見ると、そのはるか先の空が奇妙に明るい赤い色をしているのが見てとれた。
何と表現すればいいのかわからないが、何かをたくさん燃やしている、あるいは気味の悪さを感じるほどに濛々として黒や赤でいっぱいになった雲のようなもの、そう思えるものが空に広がっているようすが目につく。
――……何だろう?
まだ子どもの本山一二三は、眠たい目を幼げにこする。
ついで、いつもであればとなりで寝相悪く寝ている三番目の兄の姿がないことに気がついて、途端にさみしく、恋しくなってしまう。
「十七郎兄さん……?」
心細げに小さな声で呼び、どこにいるのだろうと気配を探るが、寝相が悪すぎて蚊帳から転がり出てこの部屋にはいないのか、二度ほど名を呼んでも兄の返答は耳を澄ましても寝息はおろか、いびきさえも聞こえない。
――ひょっとしたら……。
寝る前に畑で採れた西瓜をたらふく食べたせいで腹具合が悪くなり、厠にでも行っているのだろうか。
だとしたら自業自得、じきに戻ってくるだろうから心細く思うこともない。
そう思って一二三は寝直そうとしたが、どういうわけか心が落ち着かない。
上体だけを起こしたまま何気なく周囲を見やると、まだはるか先の空が奇妙な赤い色をしているようすが伺える。
それと並行して、本来ならば夜は静かなものだというのに、それを忘れたかのような大人たちの騒がしい声、悲鳴、なおも遠くの空から伝わる不気味な振動音。
それらがあらためて耳に届いて、一二三を不安にさせる。
――何だろう?
暗い室内でかろうじて見える振り子時計の針は、まだ深夜の時間帯を指している。
一二三は自分が寝ぼけているとは思えないので、ではいまは間違いなく真夜中なのだろうと断定できたが、だったらどうしていつもの夜とちがうのだろうか。
こんなにも落ち着かない気分は、いままで体験したことがない。
どんどんとひとりでいることが怖くなり、一二三は寝床から立ち上がって蚊帳の外に出る。




