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その夜も夢の中にいた。
今日も史郎は暗い道を歩いている。いつもの通勤路ではなく、駅を挟んで向こう側の地区だった。まったく明かりのない住宅街は薄気味悪い。
ごく最近見た景色だと首を傾げ、思い当たる。
そうだ、これは弥奈子の家に向かう道だ。
視線は相変わらず付いてきた。初日からずっと視線の主は姿を見せないけれど、いつか目の前に現れるのだろうか。その日が今から恐ろしい。
歩き続けていると、遠くから川の音が聞こえた。
真っすぐ行けば弥奈子の家に着くだろう。家に行けば弥奈子がいる。きっと彼女に会えるという奇妙な確信があった。だが、史郎は川へと足を向けた。
川に出た。
暗い世界なので、川面も黒い。それでも水際を見分けることができたのは、辺りに蛍が飛んでいるからだった。鮮やかな黄緑色の光は、いくつもの尾を引きながら舞い踊っている。
しばらくその光景に見惚れていると、史郎は唐突に喉の渇きを覚えた。
水が飲みたい。
嗚呼。
水なら目の前にあるじゃないか。
その衝動に、理性が警告で反論する。あの水は飲んではならない。
だが、結局は抗えない。史郎は喉を潤すという甘美な誘惑に負け、水際に膝をついた。水を掬って飲む。水は冷たく、美味しかった。
もっと飲みたい。
もっと、もっと。
史郎は水が顎を、服を濡らすことにも構わず、水を飲み続けた。
三度手を差し入れる、川の底。
水の中には光があった。無数の白い光。
それは唐突にこちらに向いた。
川底を覆うのは光ではない。無数の目だったのだ。
見られている。




