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目目目  作者: 祇光瞭咲


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エピローグ

 それからどうやって山を下りたのか、安宅史郎は覚えていない。気が付くと亞慈那導会の施設の前に倒れていて、駆け付けた救急隊員に保護されていた。

 亞慈那導会は一夜にして壊滅していた。

 施設内の建物はあちこちが破壊されており、また多数の死傷者が出ていた。死者の多くは首が千切れており、凶器や原因は解明されていない。生き残った者たちのほとんどが精神的に異常を来しているという。おそらく彼らはボウを見て、心を壊してしまったのだろう。

 詳しいことはこれから警察が調査すると言っているけれど、まさか怪物が暴れ回ったなどとは思いもよらないだろう。表向きには集団ヒステリー事件として処理されるようだ。


 数日の入院を経て、史郎が自宅に戻ると、大量の置き手紙が残されていた。ほとんどが両親と会社から。時々大家からのもの。スマートフォンは二台とも亞慈那導会の施設に置いてきてしまったから、連絡を取る術が他になかったのだろう。急いで方々に連絡を入れたところ、間一髪で捜索願を出されずに済んだ。

 周囲の人間は史郎の身に何があったのか聞きたがった。どこに行っていたのか。どうして失明したのか。例の新興宗教の事件と関わりがあるのか、と。

 史郎は答えなかった。答えなくて済むために、また、無断欠勤を咎められずに済むために、史郎はさっさと会社を辞めた。


 これから自分はどうするべきか。

 史郎は失った左目に手を当てて思案する。

 救助された時には、既に額の目は閉じていた。左目を潰したことで閉じたのか、弥奈子が一緒に持って行ってくれたのか、真相はわからない。ただ、額にはみみず腫れのような痕が残っているだけだった。今はそれを前髪で隠し、左目には眼帯をつけて生活している。

 史郎は呪いから解放されたのだ。

 もう奇妙な夢を見ることも、異形の者たちを見ることもない。

 だが、一連の出来事は史郎の中に新たな呪いを植え付けていた。


 自分は弥奈子を守れなかった。逆に彼女に守られる結果になってしまった。自分が彼女を守ると誓ったように、あの瞬間、弥奈子も史郎に対して同じことを決意していたのだろう。

 史郎は弥奈子が自分に向けてくれた想いが、愛や恋などではないとわかっている。彼女の自己犠牲は、一連の出来事に責任を感じてのことだろう。そう考えると同時に、彼女は何か罪悪感以上の感情を自分に抱いてくれていたように思う。

 彼女と行ったファミレスに行き、喫茶店に行き、ネットカフェに行って、史郎は何時間も考えを巡らせた。

 その結果、史郎は『憧憬』という言葉に思い至る。それはとても言葉で表すことが難しかったが、その単語を脳内に描いた時、ふと腑に落ちるような感覚を覚えたのだ。

 二人を結び付けたもの、それは寂しさではなかったか。

 きっと二人が初めて出会ったあの日、二人は互いの心に空いた隙間に気が付いたのだ。弥奈子はそれを埋めるものを史郎に求めた。父であり、恋人であり、守ってくれる大人という存在を。

 では、史郎自身はどうだったのか。

 弥奈子への想いをはっきりさせることは気持ちの整理に繋がるかとも思ったが、考えようとして、やめてしまった。

 全部、もう、どうでもいい。

 彼女の想いに応えることも、自身の想いを告げることも、もはや叶わないのだから。




 身辺の整理がついたある日、史郎は車を走らせていた。

 駅前の店でレンタカーを借りて、まず向かったのは駅の向こうの市営住宅。

 水仙寺家は相変わらずカーテンを閉め切っていて、玄関ポーチまで近づくと、テレビの音が小さく聞こえた。

 インターホンを押す。

 出てきたのは三十半ばくらいの女性。茶色に染めた髪を無造作に縛り、キャミソールの上にパーカーを掛けて肩を隠していた。顔はそれなりに美人だが、不摂生が肌に出てしまっている。今日は出掛ける用事がないのか、化粧は眉を描くだけで済ませていた。

 弥奈子の母親はジロジロと史郎の全身を見、ぶっきら棒に言った。


「何か?」


 史郎は自分がさぞ生気のない目をしていただろうと思う。彼女の中に弥奈子の面影を見れば見るほど、自分の中で何かが冷えていった。

 史郎は僅かに頭を下げて、言った。


「弥奈子さんは亡くなりました。それだけお伝えしに伺った次第です」

「は?」


 弥奈子の母は露骨に顔を顰める。


「なに、あんた。誰? 弥奈子の担任……ってわけじゃなさそうだし」


 彼女はサラリーマン然とした史郎のスーツ姿に目を留めて、「あ」と思い至った。


「わかった。あの子の援交相手でしょ? ふざけんなよ、ロリコン野郎」


 嫌悪感を露わに吐き捨てる。


「人んちの娘に手ぇ出しやがって。どの面下げて来てんだよ。あぁ?」


 彼女は苛立っていたが、ふと閃いたらしく、ニヤリと下品に顔を歪めた。上目遣いで胸の谷間を強調し、しなをつくる。


「そうだ。そういうことしたいんだったらさ、あたしがしてあげようか。弥奈子はどうせ男のところだ、もう帰ってこないよ。代わりにあたしが気持ちいいことしてあげる。どう?」


 彼女は卑猥な手つきをして笑った。

 史郎は答えなかった。怒りではなく、憐みのような感情が湧き上がっただけだった。

 踵を返す。背後で弥奈子の母親が何事か喚き立てていたが、聞く必要はないと思った。




 次に向かったのは寂真院恵山寺。

 寺院は相変わらずの佇まいでそこにあった。やはり境内にひと気はなく、亞慈那導会での騒動などなかったかのように鎮座している。

 史郎は堂々と山門の前に路駐すると、後部座席からダッフルバッグを取り出し、それを持って庭を歩いた。バッグの重みで体が左へ傾いだが、目だけはしっかりと本堂を睨んでいた。

 本堂に顔を突っ込むと、内陣に住職が座していた。


「おや」


 住職は史郎に気付くと笑顔で振り返ったが、彼の眼帯を見るなり顔を顰めた。


「嗚呼、お可哀想に……。あなたは不適合だったのですね。いえ、逃げてしまわれたのか。そうして塞がってしまったのであれば、二度と神にはなれません」

「黙れ。俺と弥奈子がどんな目に遭ったと思ってるんだ?」


 史郎は歯を剥き出した。


「あんたは知っていたんだろう。呪われると知っていて、怪物になると知っていて、あんなものを人に体験させていたんだ」

「呪いだなんてとんでもない。祝福ですよ」


 住職はゆっくりと口角を吊り上げた。


「怖気づいて逃げ出した臆病者が、怪物に成り下がるだけのこと。自ら道を選び取りし者は神になる。これを祝福と言わずしてなんと言いましょう」

「何が神だ。どちらにしても、人を不幸にするだけじゃないか」


 史郎は土足のまま堂内へ上がり、大股で住職に歩み寄った。


「人を不幸にするだけの神なんて、いらないんだよ」


 目の前に仁王立ちしても、住職は感情の籠らない笑みを浮かべて座ったままだった。住職の三日月の目の中に白金色の光を見た気がして、史郎はまた怒りが燃え上がるのを感じた。


「絶対に許さない。俺はここに、けじめをつけに来たんだ」

「けじめ。ほう。それはどんな風に」

「こんな風にだ、くそったれ」


 拳を振るう。住職は抵抗しなかった。頬に拳の殴打を受け、痩せた体がどうと倒れる。史郎は住職の体に跨って、気の済むまで彼を殴り付けた。

 住職が動かなくなると、史郎は立ち上がって汗を拭った。無感動な目は住職のそれと変わらない。眼帯のズレを直し、溜息をひとつ。

 史郎は持参したダッフルバッグの中を開いた。取り出したのは赤色の携帯缶。中にはガソリンがたっぷりと入っている。

 史郎は真っすぐに脇陣へ歩いて行くと、床下へと続く階段の蓋を抉じ開けた。覗き込めば、胎内廻りのための道は以前と変わらずそこにある。

 携帯缶のキャップを外し、地下へ向かってガソリンを撒いた。

 透明な液体はツンとする臭気を放ちながら、木造の階段を滑り落ちていく。まるでアメーバのように乾いた床を侵食していく。

 すべて流し終えると、磨き上げられた床面はてらてらと七色の被膜を浮かび上がらせた。

 携帯缶を投げ捨てる。

 マッチに火を点け、穴へと落した。

 ふわりと砂埃が舞うように、ガソリンの上に炎が広がる。それはあっという間に床を、階段を舐め尽くし、辺りを炎で包み込んだ。

 耐え難い熱気が吹き上げる。眼帯越しに、失った左目が痛んだ。

 炎が穴の中まで回るのを見届けて、史郎はその場を後にした。

 住職は先程と同じ体勢で蹲っている。死んではいないはずだが、あの怪我では逃げ出せないだろう。それくらい火の巡りは速い。


 玉砂利を踏み締めながら、史郎は考え込んだ。

 神になる呪い。

 そんなものを掛けられる存在がいるのなら、それはきっと呪いで創られた「神」を超越する存在だ。超越する神は、どうして「神になる呪い」なんてものを生み出したのか。その意図は計り知れないが、きっと大いなる神の意図なんて、人間ごときに理解できるものではないだろう。であれば、そんなものはこの世から消えたほうがいい。

 ここは人の世。神なんて必要ない。


「さようなら、弥奈子ちゃん。君は本当に嫌な子だったよ」


 立ち去る史郎の背後で、柱が焼け落ち、天蓋が崩れる轟音が響いた。それはまるで戒壇下に眠る怪物たちの断末魔のようだった。

 その中に、水仙寺弥奈子の悲鳴を聞いた気がしたけれど。

 きっとそれは、罪の意識からくる幻聴だったのだろう。


     了

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