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目目目  作者: 祇光瞭咲


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6話後 神になる呪い

 数時間後、史郎はノックの音で起こされた。廊下から小山の声がする。


「お待たせしております。舞原導師との面会の用意ができましたので、お越しください」

時刻は十七時を回っている。史郎は髪だけ整えて廊下に出た。渡り廊下の入り口で、弥奈子と泉谷が待っていた。

「それでは参りましょう」


 泉谷が先導する。真ん中に史郎と弥奈子を挟み、最後尾に小山が付いて来たので、なんだか連行される囚人のような気持ちになった。

 案内されたのは二階の奥。先程の応接室より格式高い、落ち着いた内装の部屋だった。突き当りに書斎机があることから、ここは舞原導師なる人物の部屋なのだろう。隣室に続く扉があるが、閉ざされている。手前には重厚なソファーセットが置かれており、ひとりの男が腰掛けていた。

 男は史郎たちを見ると立ち上がった。

 彼はおそらく史郎よりも年上だろう。白いワイシャツとスラックスを纏っている。すらりと背が高く、やや鷲鼻が目立つが、整った顔立ちをしていた。引き結んだ唇には彼の真面目な性格が表れているようだった。

 しかし。

 史郎は男の目を見てゾッとした。

 不自然なまでに明るい色の瞳。日本人に多く見られる茶色や褐色ではなく、ほとんど白金に近い色だった。まさに真昼の太陽を思わせるけれど、そこに温かみは感じられない。彼の眼差しはこちらをしかと見据えているようでいて、同時にどこか遠い彼方を夢見ているかのようだった。

 泉谷が告げる。


「導師、安宅さんと弥奈子さんをお連れしました」

「ありがとう。では、しばらく三人だけにしてください」


 泉谷と小山が出て行くのを見届けて、舞原が向かいのソファーへ手を差し伸べる。


「お越しくださりありがとうございます。どうぞ、お掛けください」


 硬直していた史郎は、弥奈子に突かれて我に返った。


「失礼します」


 二人並んで腰を下ろす。舞原も座り、腿に肘をついてゆったりと構えた。


「お話は軽くですが伺いました。お二人とも、なかなか危険な状態ですね」


 史郎は眉を顰めた。詐欺師の常套句だと思ったのだ。


「そうなんですか? でも、ここに来て急に症状が治まりましたけど」

「それは亞慈那様の結界の内側におられるからです。施設の外に出ていただけば、また酷い頭痛や何かに悩まされると思いますよ」


 舞原は事もなげに言った。


「さて。お二人はご自身の状況について、どこまでご存知ですか?」


 史郎は弥奈子と目を合わせる。史郎が口を開く前に、舞原はこう付け加えた。


「経緯は必要ありません。あなた方はあの寺の胎内廻りに行かれた。それはわかっております。私がお伺いしたいのは、あなた方がどの程度までご自身に降り掛かった()()について理解しているかです」


 史郎は少し考えた。


「……とある霊能力者に聞いた話なので、どこまで信じていいのかはわからないのですが」

「構いませんよ」


 舞原の微笑に背中を押され、史郎は大きく息を吸い込んだ。


「俺たちは、目目目の呪いというものに掛かってしまったんだと言われました。額にボウというバケモノが寄生していて、呪いが進行すると額に第三の目が開き、自分たちもバケモノになってしまうと」


 舞原は大きく頷いた。


「概ねその通りです。ボウが寄生している、という部分は正確ではありませんが。最終的に堕ちた先がボウであるだけで、寄生はしていません」

「ではやはり、このままいくと俺たちはバケモノになってしまうんですか?」

「そうです。ただ――」


 舞原は白金色の目を細めた。


「あなた方はこれを『怪物になる呪い』だと考えているようですね。呪いの本質を捉えるのであれば、それは正確な認識ではありません。これは正しくは『()()()()()()』なんですよ」

「……神になる呪い?」

「ええ」


 舞原は身を乗り出し、自身の額を指先で叩いた。


「『三眼』という言葉をご存知ですか。肉眼、天眼、慧眼の三つの目を指します。肉眼は私たちが普段物を見ている目、物質的なものを見る目のこと。天眼は物質を透過してより広くものを見る目。そして、慧眼は物質的なものと非物質的なもの――精神世界を含めたすべてを見通す超越的な目のことです」

「確か、仏教用語でしたよね?」


 史郎がおずおずと訊ねると、舞原はにこやかに首を振った。


「近しいですが、別のものであるとご理解ください。例えば、仏教には三眼にさらに法眼と仏眼を加えた『五眼』という概念があるそうですね。ですが、私たちの神は仏様ではありませんので、悟りに導くという考え方はないのです。法眼も仏眼も含めて『慧眼』と呼んでいるとお考えください」


 この説明は史郎にはピンとこなかったが、詳しく聞いたところで理解できる気はしなかったので、頷いて先を促した。


「一つ目で神。二つ目で人。三つ目で妖」

「え?」


 舞原の唐突な発言に史郎が目を瞬かせる。舞原は微笑んだ。


「あなた方が目目目の呪いと呼ぶものの結末です。呪いの末に開く第三の目とは、すなわち慧眼のこと。すべてを見通す神の目です。本来私たち人間にはそれが備わっておりません。いえ、備わってはいるけれど、体の奥深くで眠りに就いており、通常覚醒することはないのです」


 ですが、と彼は史郎を見据えて言った。


「目目目の呪いに掛かると、強制的にそれが開眼させられてしまう。安宅さん、あなたは胎内廻りを体験してからずっと、奇妙な夢を見ていますね? または、奇妙な存在を」

「は、はい」

「それらは第三の目が見ているものです。肉眼では見ることのできない、超越世界の映像です」


 史郎は考え込みながら言った。


「つまりそれは、死後の世界ということですか?」


 夢の中の光景は理解ができないものばかりだったが、起きている時に見ているのは幽霊だ。だからこの考えに至ったのだが、舞原は穏やかに首を振る。


「それもあるでしょう。第三の目が見ているのは、この世界の真理ですから。生も死も超越した、その究極を望む過程で、死の世界を垣間見ることがないとは言い切れません」

「よくわからないんですが……」

「話を戻しましょう」


 舞原はにっこりした。


「第三の目が見ているものは、通常人間には理解できないものなのです。よって、第三の目が完全に覚醒してしまうと、人間の脳では処理しきれなくなります。挙句の果てには、精神が耐えきれずに崩壊します」

「崩壊……」


 舞原の話は意味不明なことばかりだったが、この点に関しては素直に納得がいった。現に自分たちは、幽霊や怪物といった得体の知れないものを目撃することで神経をすり減らしている。これが悪化し続ければ、心が壊れてしまうのも時間の問題だという自覚はあった。


「それが、『三つ目で妖』というわけです。三つ目になると人は精神が崩壊し、人でも神でもないものになります」

「それが、ボウ、ですか」

「その通りです」


 舞原は立ち上がって書斎机に向かうと、ペンとメモパッドを取って戻ってきた。書き付けたのは目目目の文字。その下に二つの漢字を書く。


 ■


 ■


 ひとつめの文字は八塚が最初に書いてくれた文字だ。目が見えないことを表し、「ボウ」または「モウ」と読むと言っていた。ふたつめの字は水晶の晶の字に似ているが、すべて日ではなく目の字で構成されている。


「こちらがボウ。そして、こちらはバクと読みます。この字は遠くを見据えること、転じて美しい目を表します」


 やはり見たことも聞いたこともない漢字だ。

 舞原は説明を続ける。


「我々がお祀りする亞慈那様とは、この『バク』という存在です。バクは慧眼ですべてを見通す神のことです」

「では、『一つ目で神』というのは――」

「このバクのことを示しています」


 一つ目で神。

 額の慧眼で真理を見通す超越存在。


 二つ目で人。

 左右の肉眼と共に物質世界に生きる人間たち。


 三つ目で妖。

 慧眼の力に耐え切れず怪物となった人間たちの成れの果て。


 ボウとバクは同じ三つの目の字で構成された漢字だが、表すものは対極だ。存在もまた対極と言っていいだろう。

 舞原はペンを置いて言った。


「私が目目目の呪いを『神になる呪い』と申し上げたのは、そういうわけです。そもそも恵山寺の胎内廻りとは、人間がバクになるために必要な第一の試練でした。呪いの目的はあくまで新たなバクを生み出すこと。呪われた者を怪物に貶めることが目的ではないのです」


 しかし、と舞原は悲しそうに頭を振った。


「現実には、呪いの負荷、第三の目の開眼に耐えられる人間はほとんどいません。結果的に怪物になる者ばかりが続出し、恵山寺の胎内廻りは忌まわしき呪いを広めるものと考えられるようになってしまいました」


 正直なところ、史郎には呪いの本質などどうでもよかった。バクにもボウにもなりたくない。望むことは、ただ人として平穏無事に生きていくことだけだ。

 弥奈子がシャツの裾を握る。史郎は口を開いた。


「助かる方法はあるんですよね?」

「もちろんです」


 舞原の返答は二人に安堵をもたらしたが、それは次の言葉によって戦慄に変わった。


「三つの目のうちのひとつを潰せば、ボウになることを防ぐことができます」

「は?」


 今、目を潰すと言ったか?

 史郎は耳を疑った。弥奈子も静かに目を見開いていた。


「潰すって……それは比喩ですよね?」

「いいえ。外科手術によって眼球を摘出します。この手術を我々は『お祓い』と呼んでいますが」


 舞原は真剣な顔つきで両手の指を組み合わせる。


「乱暴な解決策ではありますが、要するに目が三つあるとボウになってしまうのです。二つなら人のままでいられる。ですから、左右の目のどちらかを手術によって取り除くのです」

「額の目ではいけないんですか?」


 発言したのは弥奈子だ。彼女は驚愕よりも困惑が勝っているらしく、疑い深く舞原を見ている。


「いけません」


 舞原はゆっくりと言った。


「第三の目は開眼するまで実体がないので摘出できませんし、そもそも額の内側というのは大変デリケートな場所です。少しでも失敗すると、前頭葉を傷付ける恐れがある。左右の目を摘出するのが確実でしょう」

「確実でしょうって……」


 史郎は言葉を失っていた。弥奈子の方を見遣るも、彼女は舞原を見据えたまま動かない。史郎は救いを求めるように空中で意味もなく手を動かした。


「ほ、他に方法はないんですか? ほら、それこそお祓いとか、祈祷とか……」

「ありません。あるかもしれませんが、少なくとも私が提供できるのは、この方法だけです」


 舞原は身を乗り出すと、テーブル越しに史郎の肩に手を置いた。


「心配しないでください。私は元外科医です。既にこの方法で何人もの呪いの被害者を救ってきました。大丈夫ですよ」


 舞原の表情には憐憫と思いやりが表れている。だが、覗き込む白金の瞳から真意は計り知れない。史郎は彼の瞳に一層の恐怖を覚え、逃れるように身を引いた。


「む、無理だ! 片目を潰す? ありえないだろ、そんな――」

「やります」


 凛とした声が遮る。

 史郎は驚いて振り向いた。弥奈子は相変わらず真っすぐに舞原を見ていた。背筋を伸ばし、その横顔には迷いのひとつもありはしない。


「私に手術してください。史郎さんより先に」

「……は? ちょっと待て、弥奈子ちゃん」


 史郎は彼女の肩を掴んで振り返らせた。


「自分が何を言っているかわかってるのか? 片目を潰すんだぞ?」

「わかってますよ、史郎さん」


 弥奈子は史郎を見つめて言った。


「私が先に手術を受けて、無事に効果があるとわかったら、史郎さんも受けるかどうか考えてみたらいいと思います」

「馬鹿! そんなのダメに決まってるだろ!」


 史郎は叫んだ。


「他の方法を考えればいい。こんな無茶苦茶なやり方じゃなくて、もっとちゃんとしているところを探そう」


 弥奈子は辛抱強く言葉を返す。


「でも、時間がありませんよ。他の方法が見つかるっていう確証もないんです。だったら、成功例があるところで試してみた方がいい」

「ダメだって言ってるだろ! 弥奈子ちゃん、考え直せ。絶対にこれが最善ではないはずだ」

「安宅さん」


 舞原がテーブルを回り込んで傍らに膝をつき、史郎の腕を掴む。


「彼女は決意しているんです。手術には彼女自身の命も懸かっている。この手術を受けることを止めるということは、彼女に怪物となることを強いるということなんですよ」

「触るな!」


 史郎は舞原の手を振り払った。舞原の奇妙な眼差しが史郎の苛立ちを増長させる。史郎は怒りのままに舞原の胸倉を掴み、立ち上がらせた。


「あんたらなんか信じられるか! そんなことさせられるわけがない!」

「安宅さん、落ち着いて――」

「ふざけるな! 訳のわからん神様なんぞ信仰している奴らに、身なんか預けられるかよ! 弥奈子ちゃんに指一本でも触れてみろ、絶対に――」

「史郎さん!」


 弥奈子の叫び声で、廊下から人が雪崩れ込んできた。騒ぎを聞きつけたのか、もともと有事のために控えていたのか。数人の信者たちが部屋に踏み込み、史郎の体を羽交い絞めにする。

 史郎は舞原から引き剥がされてなお、喚き続けていた。


「やめろ、放せ! 手術なんて許さないからな!」

「ああ、もう」


 舞原は大袈裟に溜息を吐くと、史郎を取り押さえている信者たちに扉を指差した。


「安宅さんは少し動揺しておられるようです。一度部屋でお休みいただきなさい」


 それから弥奈子に向き直る。


「弥奈子さん、あなたも今日は部屋でお休みなさい。後で落ち着いたら、また話をしましょう」

「わかりました」

「わかりましたじゃない! 放せ、馬鹿野郎! このっ――」


 抵抗空しく、史郎は男子寮へと連行された。宿泊場所として宛がわれた部屋に放り込まれる。

 蹲って咳き込む史郎の目の前で扉を閉めながら、小山が険しい顔で言った。


「しばらく頭を冷やしてください。私たちは廊下で見張っておりますので」

 扉が閉ざされる。史郎はすぐに脱走しようとしたが、扉は向こう側から押さえ付けられているらしく、開くことはできなかった。

 しばらく無駄な抵抗を続けた後、史郎はようやく諦めた。硬いマットレスに腰を下ろす。

 こんなところに来てはいけなかった。

 これは自分の失態だ。

 怒りと焦燥は治まらず、史郎は長いこと髪を掻き毟っては歯噛みし続けていた。

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